帝都異界地下に乗り込むラウラたちの背中を見送って、ナギトは作業に入った。
地面に手をついて目を瞑る。帝都の地図を思い浮かべた。ナギトの役目は地上と地下を結ぶ出入口を封鎖する事。正確には地下から地上に這い出ている暗黒竜の瘴気をシャットアウトする事だ。
「さすがに広いな……」
ナギトの気功術はすでに大陸でも一、二を争うものだ。そのナギトの実力をもってしても帝都全域を探るのは骨が折れた。
ナギトは帝都の地形を暗記しているわけではなく、出入口の数も完璧に把握しているわけでもない。
ただ暗黒竜の
「ん……ここもか」
ろくに覚えられない地図や漏れがあるかもしれない地下入口を探すよりこちらのやり方が確実だった。実際にレーグニッツ知事から教えられた地下への入口以外のポイントも何件かあった。
およそ20分ほどかけてナギトは帝都全域の地下への出入口を封鎖した。これで新たに暗黒竜の眷属になる者はいないはずだ。
「……やっぱきっついなあ」
常に集中していなければならない。たったひとつの緩みが帝都を滅ぼしかねないと自らに言い聞かせる。
「まあ……仕方なし、だな」
ナギトは自ら立てた作戦をベストだともベターだとも思っていない。ラウラたちがいた場ではそう言って勢いで押し切ったものの、この作戦はかなり危うい。
それでも後のために、この状況を最大限利用してやろうと考えたのだ。
ラウラたちを騙したのは悪いと思うが、信じて送り出した以上、後は任せるしかない。
とは言っても放置するわけではない。援軍を呼ぶと言った手前、そうするつもりだ。断られたら断られたで、もうナギトも地下に乗り込んで暗黒竜の首を刎ねるつもりだった。
ARCUSで通話を開始する。
「初めてかけてきたと思えば、こんな時間に何の用事だね?」
聞こえるのは低く艶のある声。《鉄血宰相》ギリアス・オズボーンのものだ。手っ取り早く戦力を募るなら彼に頼るのが一番と考えたナギト。しかしこれは賭けでもあった。
「暗黒竜復活の件ですよ、もう掴んでるでしょう? アレへの対処は俺がやります。…今回はそれに当たってお願いがあって連絡しました」
時間はすでにないかもしれない。ナギトは余談をせずいきなり本題に踏み込んだ。
「暗黒竜ゾロ=アグルーガか。どうやらこの帝都の地下で胎動しているようだな。フフ……かつての厄災を相手に“対処”と簡単に言ってしまえるとは、さすが我らが《緋玉の騎兵》と言うべきか?」
「願いは2つ。まず戦力をお貸しいただきたい。暗黒竜と戦えるやつを至急、地下に送ってほしい」
オズボーンのおべっかを無視して話を進める。
瘴気が濃い方に進めばそこが暗黒竜のいる場所だ、とナギトは続けた。
「2つ目、《緋の騎神》の使用許可をいただきたい」
「ほう、騎神をか。……いいだろう」
思っていたよりかなりオズボーンは話が早かった。騎神に関してはダメ元だったが、意外と言ってみるものだ。これでラウラたちを死地に送り出した甲斐は出た。
「ただし条件がある」
しかし無条件とはいかないようで、ナギトはオズボーンの続く言葉を待った。
「此度、暗黒竜は帝都にて復活した。その経緯と再発しないためにはどうすれば良いか述べよ」
オズボーンの出した条件は、その設問に答えよ。というシンプルなものだった。またぞろ法外な要求をされると思っていたナギトは拍子抜けした。
しかし嫌な質問でもある、性格が悪いと言うべきか。この暗黒竜の復活の原因はナギトにあるのだから、それを本人の口から言わせようとは。
「暗黒竜ゾロ=アグルーガ。かつてヘクトル帝に討伐されたかの竜は、呪いという形で世に存在を留めた。………どんな間違いか、本来皇族しか認めないはずの《緋の騎神》は俺を起動者候補として選定し、そしてその試しの儀として暗黒竜の呪いが立ち塞がる事になる。呪いは騎神の中で力を溜めてたのかもな、獅子戦役の時とこの前の内戦──魔王となった《緋の騎神》は帝都中から生命力を奪い取った」
《緋の騎神》と暗黒竜の呪いは深く結びついていた。なら、騎神が昇華した姿である紅蓮の魔王の力を暗黒竜が少なからず奪っていた可能性もあるだろう。
「続けたまえ」
「その呪いを俺は斬った。それにより《緋の騎神》は暗黒竜に呪われる以前の姿に立ち戻った。……だがそれは騎神から呪いを切り離すのと同義。騎神の内に潜み、多少は力を取り戻したであろう暗黒竜の呪いは自由になって、緋の玉座──すなわちこのバルフレイム宮から繋がる帝都地下へと進み、己の死体に再び受肉した。そこからは地道に復活の作業に入ったものと思われる」
ナギトは自ら望んで《緋の騎神》の起動者になったわけではない。オズボーンの謀略によってそう仕向けられたのだ。
しかも試しの儀においては半ば眠っており、夢見心地で振るった刃は今、こうして厄災を復活させる事にも繋がった。
よもやこの事態をはじめから引き起こすつもりだったかとすら勘繰れる。
「ふむ、それが暗黒竜復活の経緯だな。私も概ね同じ考えだ。……フフ、しかし甘かったな。暗黒竜の呪い──この次元に現界した好機を逃すとは」
「すみませんね、あの時は俺も半分意識なかったんで。試しの儀の時に十全ならはじめからこんな事態にはなってませんよ!」
言っても詮無い話だが、仮に試しの儀の際にナギトにはっきり意識があれば、暗黒竜の呪いを斬り祓う事も出来ていた。
だから今回の事件は、ナギトを起動者にしたがったオズボーンが招いた謀略のせいでもある。
悪態を吐いたナギトだったが、冷静まで失ってはいない。次はどうしたら暗黒竜の復活をループ化させないかへの回答だ。
「今度は肉体も呪いも何もかも……暗黒竜が存在したという形跡をこの世に残さない。それが事件再発への対策です」
「できるのかね?暗黒竜はかつて騎神を駆ったヘクトル帝ですら勝ち切れなかった怪物だ」
「ナメんな」
「フフフ……剛毅な事だ。いいだろう、許可しよう。案内は必要かね?」
「いらねーよ」
そんなやりとりを経て通話を切る。《緋の騎神》の使用許可も出たし、バルフレイム宮から帝都地下に道が繋がっている事も確認できた。これについては帝都中の地下入口に防壁を張り巡らせている最中に発見した事だった。
ナギトは緋の玉座に向かう最中、再びARCUSで通話をかける。
「はい、リィン・シュバルツァーです」
「おうリィンか、今すぐ帝都に来い」
相手はリィンだ。今の時期なら帝都近郊トリスタにいるはずなのでそう時間もかからず来れるはずと思っての試みだ。
「ナギト、いきなり何だ?……切羽詰まってる、のか?」
リィンは通話越しにナギトが焦っている事を見抜いた。
「ああ、ちょっと助けてほしい。暗黒竜が復活しそうでな、騎神でひとっ飛びして来てくれない?」
「暗黒竜!?……ってあのゾロ=アグルーガの事か?いったいどうしてそんな事態に……」
「経緯がどうあれ事実だ。どうだ、これるか?隣でアリサが寝てるとかだったら無理にとは言わんが」
こんな時でも冗談を欠かさないナギトに、だからこそリィンは緊急事態だと理解する。
「行くさ。例えアリサが隣で寝てたとしてもな」
「はっ、俺なら行かねーけどな。……それじゃあ帝都に着いたら空で待機しててくれ。暗黒竜は空に誘導するつもりだ」
「わかった。……あと、後で隠してる事も教えてくれよ?」
リィンは短いやりとりの中で、ナギトが暗黒竜の復活に一枚噛んでいる事を看破していた。
ナギトはその慧眼に言葉を詰まらせてため息をついた。
「……できたらそうしてるっつーの」
☆★
「よお、久しぶりだなテスタ=ロッサ」
リィンとの通話を終えたナギトは《緋の騎神》テスタ=ロッサが封じられているバルフレイム宮地下──緋の玉座に到着した。
「我が起動者ナギトか。久しいな。此度はどのような用件で参った?」
「話が早いな……というか気づいて当然か。お前と暗黒竜は結びついていた。その復活を感じ取れるのは道理だな」
テスタ=ロッサはすでに暗黒竜の復活を察していた。その姿はマクバーンに破壊される以前の十全な姿に立ち戻っており、暗黒竜との決戦にも力を振るってくれそうだ。
「うむ、暗黒竜ゾロ=アグルーガ───かつて我を駆ったヘクトルが斃せし災厄。再び甦ったようだな」
ただし、その威容は封じられている。おそらくオズボーンによるものだ。この封印のせいでナギトとテスタ=ロッサは念話もできず、また呼び出す事もできなかった。
「ああ、だから力を借りたい。いけるな、相棒?」
「無論。だが我は封じられて───」
ナギトは太刀“明星村正”を抜き放つと、テスタ=ロッサの封印を断ち切った。
「ほい解決。さっさといくぞ!」
「───頼もしい事だ」
言葉を失ったテスタ=ロッサだったが、それだけ言うとナギトを自らの内に迎え入れた。核の中でナギトが操作を始める。
「……俺たちの繋がりが強化されてるな、いい事だ」
感触を味わうナギトは、自身と騎神の繋がりが深まっている事を確認した。これは本来、長い時を共に過ごした起動者と騎神が得る絆だ。
「汝の中に我を感じる。──以前、我が欠片を取り込んだ影響だろう」
ナギトは「だろうな」と返答する。マクバーン戦にて使った裏技でナギトは己の存在が一部“無”となった。その“無”にテスタ=ロッサの砕けた破片を取り込んだのだ。それがナギトとテスタ=ロッサの繋がりが強まった理由となる。
「いけそうだな。よし……出るぞ!」
「──応!」
《緋の騎神》テスタ=ロッサは帝都の空に飛び立った。
☆★
「上出来だな」
帝都の空、空間に亀裂が走ったかと思うとそこから暗黒竜が飛び出して来た。
その姿はかつて恐れられた暗黒竜のイメージとは乖離した、まるで敗走してきたようにボロボロだ。
しかも暗黒竜が地下から地上に移動する際は帝都の地面をぶち抜いてくると想定していたものだから、今のこの状況は帝都に被害を出さない僥倖だ。
暗黒竜が《緋の騎神》に気づく。
「おせえよ」
《緋の騎神》の内に永く呪いとして留まった暗黒竜。その際に出来たテスタ=ロッサとゾロ=アグルーガの縁は未だ失われていない。
それでも暗黒竜は《緋の騎神》の存在に気づくのが遅れた。それだけ余裕のない戦いをしたのだ。
ナギトは帝都中に敷いた封印を解除する。
「プロパトール」
霊力が剣の形に収束する。テスタ=ロッサの異名──千の武器を操る魔人の本領。鋳型に霊力を注いでそれを実体化させる。ナギトには“幻造”で馴染みのある工程だ。
魔剣プロパトールをもって暗黒竜を打ち据える。ろくな反撃も出来ずにゾロ=アグルーガの視界が明滅した。
「
その隙にナギトは《緋の騎神》を通じて無数の武器を鋳造すると、それをすべて撃ち放った。
霊力で編まれた武具の数々が暗黒竜を攻撃していく。その勢いに押され、やがて暗黒竜は帝都の外へ追い出された。
闇色の巨体が墜落する。《緋の騎神》もそれを追って着地した。
「ラウラたちに手酷くやられたみたいだな。……こりゃ楽ができそうだ」
再び良く良く観察する。身体を覆う鱗は大半が剥がれ落ち、爪も欠けて、翼は役目を果たせるか心配になるほど傷だらけ。加えていくつもの斬撃が与えられた痕が見えて。
しかもテスタ=ロッサの千の武器の射出によって、さらに手傷を負って暗黒竜の威容は翳りを見せている。
暗黒竜がのっそりと立ち上がる。その身体からは血の代わりに瘴気が吹き出した。
「終わりだな」
言葉は通じずとも意味は通じたのか、剣を突きつけたテスタ=ロッサに暗黒竜は怯んだ様子を見せた。
そして、吼える。夜の帝都に暴竜の叫びが響き渡った。
そして、そして、そして─────
暗黒が渦巻いた。
「むっ……」
ゾロ=アグルーガを中心に闇色の雲が形成され──否。
「───拡散させていた瘴気を…!?」
暗黒竜がいるだけで発生する瘴気。それは暗黒竜を異次元の怪物たらしめるファクターだ。帝都地下が異界化するほどに蔓延させていた瘴気は今、暗黒竜を取り囲んでそれに吸収されていた。
やがて渦巻いていた瘴気が晴れると、そこには伝承に謳われる暗黒竜の姿があった。
ラウラたちにつけられた傷も、ナギトが与えたダメージもすべて無に帰した完全体。
「瘴気を取り込んで再生したのか…!」
それがゾロ=アグルーガが戦闘以前の姿に戻ったカラクリだった。これで帝都に広まっていた瘴気は取り除かれ、死の都になる事態は遠のいたが、それも暗黒竜が生きていればいずれ必ず実現される未来だ。
「目的を棄て今の命を拾ったか。実に良い生き汚なさだ。その方がこちらとしても都合が良い」
その時、灰色の機体がテスタ=ロッサの横に着地した。ヴァリマール──リィンだ。
「すまない、遅れたみたいだな。ナギトだろ?」
テスタ=ロッサの核内にウインドウが開き、そこにリィンの顔が映し出された。
「驚かねえのな。すごいわお前」
「ちょっと訳知りだ。状況は?」
リィンはナギトが《緋の騎神》の起動者になっていた事に対して驚きはないようだった。
「あとは仕留めるだけ」
「シンプルでいいな」
「だろ?」
そんな軽快なやり取りを経て各騎神はそれぞれの得物を構えた。本当はもっと詳しく聞きたいリィンだったが、それらすべてをうっちゃって、ただナギトと肩を並べる。
「そんじゃ久々に共闘開始だ!」
「ああ、いこうナギト!」
テスタ=ロッサは魔剣プロパトールで、ヴァリマールはゼムリアストーンの太刀でゾロ=アグルーガに斬撃を与えていく。反撃の爪牙を躱して、
「合わせろ!」
ナギトの合図で二騎が“紅葉切り”を決めた。
が、暗黒竜の防御は貫けない。
「ひぇ〜、硬いなーこいつ」
ラウラたちはどうやって生身でゾロ=アグルーガをあそこまで追い詰めたのか。
「だが効いてるぞ。続けようナギト」
しかし、リィンの言う通りダメージは与えられているようだ。「おう」と返事をして再び突っ込む。
斬撃が積み重なる。再生した暗黒竜の身体に再び傷が増えていく。
「随分騎神慣れしてるな。クロスベルじゃそういう噂は流れてなかったみたいだけど」
「余裕かリィン。まあ内戦中にゃ騎神の操作システムの機甲兵動かしてたからな」
戦闘の最中、リィンがそう語りかけてくる。《緋の騎神》に乗っての戦闘は実質初めてだが、かなり上手くやれてるはずだ。
「お前には負けるけどな……、来るぞ!」
ナギトらの余裕──油断を見てとったか、暗黒竜が吼えた。“ヴォイドハウル”。
「っとと」
緋と灰はそれをバックステップで避けるが、その咆哮は敵を遠ざけるための牽制に過ぎなかった。
暗黒竜の翼がはためき、空に舞い上がる。
「させるかよ!」
スラスターを吹かして急接近。ゾロ=アグルーガの“カラミティブレス”が放たれたが、
「甘いねぇ!」
テスタ=ロッサは魔剣でそれを切り裂き、続く二の太刀で逆袈裟に斬りあげる。
「──無想覇斬!」
今だ、と言う必要もなくリィンが刹那に七閃を刻み込む。
暗黒竜が再び地に沈んだ。
「おらよっ!」
そこに追撃するテスタ=ロッサ。魔剣プロパトールでゾロ=アグルーガを貫き地面に縫い付ける。
「よし、これで─────ん?……ぬうッ!?」
終わりだと勘違いした。ゾロ=アグルーガから距離をとったナギトは見た。突き立てた魔剣が光子となって消えていくのを。
それだけではない。ゾロ=アグルーガはテスタ=ロッサから霊力を奪っている。
「ナギト!?」
ゾロ=アグルーガはヘクトルⅠ世に斃されたが、呪いとして《緋の騎神》に取り憑き、永い時を共に過ごした。もはや暗黒竜=《緋の騎神》という図式が成り立つほどに。そのため《緋の騎神》の起動者たるナギトを吸血鬼事件の加害者は己の主人だと勘違いしたのだ。
だからゾロ=アグルーガはテスタ=ロッサから力を奪える。融通してもらえる。
だったら、逆もできるはずだ。
「この…野郎!」
霊力の奪い合い。力の綱引き。多少回復したとは言え満身創痍の暗黒竜ではテスタ=ロッサ──ナギトと力の押し引きで敵うはずもなく。
奪った霊力以上の力をテスタ=ロッサに簒奪された。だが───
「──ぐッ……!こ、れは………」
力を奪ったはずのナギトが苦しんでいる。リィンは心配そうに声をかけてくるが、視界に黒くカーテンがかかったようにして思考が明瞭ではない。
だが、すぐに解は導き出せた。
「汚染、してんのか……!」
暗黒竜が取り込んだ霊力はその色に穢されている。霊脈から汲み上げた霊力は本来無垢無色。だがゾロ=アグルーガが取り入れた場合は、それが暗黒に染まる。早い話が暗黒竜の衝動が伝染するのだ。
なおも続く綱引きに、わざと負けてやる事でナギトは黒い衝動を手放した。おまけに相応の霊力を奪われたが、ナギトが暗黒竜の眷族になるよりましだ。
「クソッタレ……良く出来てやがる」
「大丈夫か!?いったい何が……?暗黒竜の傷も塞がっているようだし……」
「あーあー、心配すんな。ただちょっと目論見が外れただけだよ。アレを斃すくらいの余力は───マジで?」
ナギトは本気で驚愕した。暗黒竜ゾロ=アグルーガは《緋の騎神》テスタ=ロッサとイコールである。それは理解していたつもりだったが、甘かった。
霊力で編まれた武具の数々が暗黒竜の背後に控えたのだ。
あれはテスタ=ロッサの権能だ。千の武器を持つ魔人の。暗黒竜はそれをテスタ=ロッサから霊力を奪う事で使用可能になっていた。
「あれ、は……!」
リィンも異変に気づく。暗黒竜が更に力をつけて復活した事実に。
ナギトらがうだうだしている間にゾロ=アグルーガは飛翔した。
「そりゃそうだよな!」
千の武器の射出は地上であればせいぜいドーム状に警戒しておけば良い。しかし空なら上下左右すべてに注意を払わなければならない。
まずいと思ったナギトがテスタ=ロッサを操作して千の武器を形成、射出する。しかし同じように武器を射出した暗黒竜には届かず相殺された。
「くっそー、空でやるしかねえか」
暗黒竜は滞空したままナギトらを見ていた。誘っているのだ。
「ん〜」
騎神の掌を開いては閉じてみる。霊力はすでに霊脈から汲み上げて暗黒竜に奪われた分は補充できている。
「ナギト、空に上がったとして作戦は?」
リィンもまた暗黒竜を見上げながら警戒を怠らずナギトに問う。
「ぶっつけ本番になるが手はある。俺が露払いするからお前は道を切り拓け。アレの首を刎ねるぞ」
「……了解だ」
ナギトとリィンの信頼関係は完成している。ナギトの言葉足らずな説明でもリィンは充分だった。
背面のユニットを吹かして宙に浮き上がる。
「さあ、ケリをつけようか」
ナギトのセリフに呼応するかのように暗黒竜は吼えた。
ヴァリマールが突っ込んでいく。その迎撃にゾロ=アグルーガは霊力の武具を射出していく。
「させねえよ」
それを同じく霊力で編んだ武具で撃ち落とす。
「はああああ!」
ナギトの援護により集中できたリィンの突撃。ゼムリアストーンの太刀が閃く。
振るわれた爪をひらりと躱して刻み込む“残月”。
「──まだだ!」
“龍炎撃”が放たれ、ゾロ=アグルーガの総身を包んだ。
咆哮。同時に瘴気を放出して炎をかき消す暗黒竜。
瘴気はやがて一点に集中し球体を成した。そしてその球体を飲み込んだ暗黒竜は大きく胸を膨らませる。
「ブレス、来るぞ!」
背後にいるナギトの言葉はリィンにとって不要なものだった。そんな事はわかっている。これが好機だと理解している。
だからリィンは放たれた闇の波動を真っ向から受け止めた。
「う……おぉぉぉぉぉッ────!!」
暗黒竜の破局的ブレスはヴァリマール──リィンによって受け切られた。少なからず被弾したヴァリマールは墜落していく───、
「良くやってくれた!」
───その後ろから飛び出すテスタ=ロッサ。大技の後でゾロ=アグルーガは隙だらけ。リィンが切り拓いたこのチャンスを逃すわけにはいかない。
「テスタ=ロッサ!」
ナギトはテスタ=ロッサに合図を出す。その意味はすでに伝えている。
「任せたぞ、我が起動者よ」
騎神からの激励を受けて、ナギトの身体は宙に踊った。騎神の核から出たのだ。ナギトはテスタ=ロッサの肩を蹴って加速、致命的な隙を晒す暗黒竜ゾロ=アグルーガに肉薄した。
「始の太刀」
もはや構えすら必要なく。
「──八葉一閃!」
その一振りにて災厄の首を断つ。
胴体と泣き別れした暗黒竜の首が落下していく。残念な事にこのままだと帝都外縁にぶち当たってしまうルート。暗黒竜が空に戦場を移したせいだ。
「テスタ=ロッサぁ!」
だがこれも作戦の内。ナギトは再び騎神の名を呼ぶと、馳せ参じながら不安を感じさせるテスタ=ロッサに笑って見せる。
「お前の起動者を信じろ!」
「───、応!」
ほんの刹那の逡巡。その後にテスタ=ロッサは掴んだナギトを地面に向けてぶん投げた。
大きく土埃を舞いあげて着地。夜の帳と巻き上がった粉煙により視界確保は難しいはずだった。
しかし空中で体勢を立て直したリィンが目にしたのは暁の如き輝きだった。
「八葉刀神流、零の型」
光が弾ける。この真夜中の時間帯にここだけ旭日を感じさせる光が立ち昇っている。
それをやっているのはナギトだ。ナギト・ウィル・カーファイ。八葉一刀流を継ぐ者。《刀神》にして緋の起動者。
そのナギトの身体の節々からは血が噴出していた。大き過ぎる力に身体が耐え切れないのだ。
ナギトは《緋の騎神》の起動者にして、その欠片を自らに取り込んだ半騎神とも呼ぶべき存在と化していた。だからこそ暗黒竜との霊力の奪い合いもナギトにダイレクトに影響した。
「霊脈から力を汲み上げる感覚は掴んだ……!」
だが、それゆえに。ナギトは霊脈に干渉する術を手に入れた。
霊脈から汲み上げる無尽蔵の霊力をただ一振りの太刀に凝縮して放つ。収まり切らぬ霊力は周囲に光子として漂いながら───
「───龍脈凱旋・王剣真授」
光が放たれる。帝都に落下する暗黒竜の死体を目掛けて。
光は包む。帝都に厄災を振り撒かんとした暗黒竜の死体を。
光は灼き尽くす。暗黒竜ゾロ=アグルーガの800年に渡る妄念を。
☆★
「っはー、一件落着だな」
光に包まれた暗黒竜の死体が塵も残さず消えたのを遠目に見てナギトは尻餅をついた。最後の一撃、死体を焼き払う光の斬撃は反動が大きかった。
「無事かナギト!」
騎神から降りてきたリィンにひらひらと手を振って大丈夫だと伝える。
ナギトに駆け寄ったリィンは眉根を上げて困ったように笑う。
「まったく、きみは……。最初からこうしてれば良かったんじゃないか?」
「それは言いっこなし。新技は俺もぶっつけだったし……騎神の剣じゃ暗黒竜の防御を簡単には貫けないと思ったからこそのやり方だった」
確かにリィンの言う通り、初めからナギトが単身で暗黒竜に挑んでいればもっと迅速に事件は解決していたかもしれない。しかし人の精神を蝕む瘴気のせいでその作戦は難しかったのだ。
「あ、テスタ=ロッサも気分悪くしたらごめんな?お前の力不足ってわけじゃないんだ、ただ相性が悪かっただけで」
暗黒竜へのトドメを生身で行ったナギト。テスタ=ロッサが気を悪くしてないか心配したが。
「気遣いは不要だ、我が起動者ナギトよ。見事な一太刀であった。練度足らずの我と汝ではあの一撃は放てまい」
「そう言ってくれるなら何よりだよ」
と、一段落着きかけたところで、暗黒がナギトの側に揺らいだ。
「───!」
座っていたナギトもすぐに立ち上がり太刀の柄に手をかける。
「それは……」
リィンにも見えているようだ。
「これは暗黒竜の呪いだ。……なるほどな」
暗黒竜の呪い。《緋の騎神》に宿っていた闇の思念。
それは、ナギトを誘惑していた。
これをテスタ=ロッサに取り込ませれば、おそらく大きな力を得るだろう。任意で《紅き終焉の魔王》に変生する事だって出来るかもしれない。
それだけの力があれば、いったいどれだけの事が可能になるだろうか。
「馬鹿がよ」
しかしナギトは誘惑を振り払った。
未来のためでもなく、オズボーンとの契約のためでもなく、ただ兄弟分の前で格好悪い様を見せないために。
一閃。呪いを斬り祓う。
これにて暗黒竜は完全に消え去った。その血と骨も、呪いさえも、この世に一片たりとも残さずに。
「……ナギト」
安心したようにリィンがこちらを見ている。ナギトは目を合わせて「ハハ」と力なく笑って。
「すまんもう無理。さすがに血ぃ流し過ぎた──」
どう、とナギトは倒れ伏した。
暗黒竜を斬り伏せた男の、あまりにも締まらない事件の幕引きであった。