八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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選尽のリベール
「ナギト・ウィル・カーファイのリベール入国を確認」


 

 

 

 

 

ナギトは空路を利用してリベール王国に入った。国際便を使ったのである。

エレボニア帝国とリベール王国は敵対関係というわけでもなく、国交は普通に行われている。王都グランセルには大使館などもあったりする。

 

リベールはかつて敵対していたエレボニアとカルバードを仲裁し戦争を回避した事もあり、ナギトはこの王国を“賢い国”だと評価している。ハーメルの沈黙然り。──というのは些か性格が悪いか。

 

 

「──ふむ」

 

 

グランセルからロレントへの便を待つ最中、ナギトは監視されている事に気がついた。

 

早過ぎるマークだ。ナギトが王国入りするなんて情報をいったいどこから入手したのか。

しかもその監視役は手練れだ。視線も気配もすべて一般人を装えている。彼の不運はナギトがその顔を知っていた事実だ。

 

 

ナギトはトイレに行くふりをして、その人物の背後に立った。

 

 

「R&Aリサーチのリシャール元大佐…ですね?」

 

 

金髪を逆立てた男、リシャールが振り向く。

 

アラン・リシャール。

元王国軍情報部大佐。クーデターを仕掛けるも失敗し、恩赦を得て牢を出た彼は後にR&Aリサーチという会社を設立した。

 

 

「ッ──きみは、どうやって?」

 

 

リシャールはこちらに敵意がない事を察すると落ち着いた様子で尋ねてきた。

 

 

「分け身ですよ。気配で探ってなかったのが仇になりましたね」

 

 

「私に気づいた理由は?」

 

 

リシャールは続けて問いを発する。今後に活かすつもりだろうか。

 

 

「意脈を感じて」

 

 

殺気や闘気以前の話、人の発する意思をナギトは感じ取れるようになっていた。おそらく《緋の騎神》との繋がりによって霊脈に干渉する術を得たからだった。

 

ナギトはこちらを監視するリシャールの意思を感じ取って、その姿を確認したのだ。

 

 

「………君が私とは格が違う武人だという事はわかった」

 

 

「いやあ、ははは。どうでしょうね、あなたの抜刀術も相当なものだと聞いていますし。影の国じゃ剣聖の後継とまで呼ばれたそうじゃないですか?」

 

 

「そんな事まで……!?」

 

 

本来知り得るはずのない情報を小出しして会話のイニシアチブを取るやり方。今回はやる必要もなくリシャールの警戒度を引き上げただけ。ナギトの悪い癖が出た結果だ。

 

 

「あー、警戒させてしまったな。すみません……別に害意があるわけじゃないんですよ」

 

 

リシャールは驚きの表情を引っ込めると「いや」と言った。

 

 

「確かに君からは殺気の類を微塵も感じない。敵意がないのは本当なんだろう。……しかし何だ…………こういってはなんだが子供っぽいんだな」

 

 

「はっはっは!いやはやまったくその通りで。あなたの慧眼には恐れ入りますよ、リシャールさん」

 

 

ナギトは自らの悪癖を悪戯心と見破ったリシャールに感服した。そのやり取りと共にわずかに残っていた緊張感も霧散して。

 

 

「リベールには何用で参られた?」

 

 

「カシウス・ブライトに会いに来ました。八葉一刀流をユン老師から受け継いだ二代目としての挨拶で」

 

 

リシャールはカシウスに師事した八葉の剣客である。師たるカシウスからユンの事も聞かされているだろうと思ってナギトは言った。

リシャールは「なるほど」と首肯した。

 

 

「…………それでカシウス将軍の休暇を狙って訪ねて来られたのですね」

 

 

今の間はなんだろうか。リシャールから警戒の色は感じられないが、ナギトには察知できていないだけかもしれない。

意脈を読めると明かしたが、その対策でも打ってきたのか。

 

 

「はい、教会方面の伝手でね。ご存知でしょう?ケビン神父」

 

 

「ああ、彼の紹介でしたか」

 

 

リシャールはナギトをリベールに誘ったケビンとも知り合いだ。その名前を出して反応を探るが───さすがは諜報畑の人間だ、まるで読めない。

今度は逆にこちらから尋ねてみる事にした。

 

 

「疑問なんですが、どうして俺がリベールに来ると?ピンポイントであなたがいるのには何か作為を感じるんですが」

 

 

「とある筋から、クロスベルで多大な武功を挙げた《刀神》がリベール入りすると聞いてね。陸路、空路、海路それぞれ警戒させてもらっていた。……私がグランセル空港で張っていたのはたまたまです」

 

 

持ち上げられる事に内心で慢心しつつ、ナギトはリシャールの説明にひとまず納得した。

 

 

「なるほど。一番可能性の高いグランセル空港だからこそ、あなたが自ら出張ってきたわけですね」

 

 

腹芸なんてものではない。これもただの悪癖の発露。それを見抜いたリシャールだからこそ遠慮なくできるナギトのいやらしさだ。

 

 

「そういうわけです。……しかし、あなたがリベールに来た理由に嘘もなさそうなので退散する事にしますよ」

 

 

ナギトの推理をあっさり肯定したリシャールは肩をすくめる。無駄足を踏んだというポーズにも見えるが、その真意までは見通せない。

 

 

「ナギト・ウィル・カーファイ殿。どうかこのリベールで良い休暇をお過ごしください。それでは」

 

 

「ありがとうございます。いずれはあなたとも語り合いたいものです。……時間が取れれば連絡しても?」

 

 

「ええ、構いません。尤もカシウスさんの後になるでしょうから、有意義になるやら」

 

 

「聞いてみたいんですよ。カシウス・ブライトから剣術を受け継いだ者の話をね」

 

 

ナギトとリシャールは軽妙に会話を終えると互いに別れの挨拶をしてその場から立ち去った。

それぞれがそれぞれの思惑を見通せないと感じながら、それでも多少の信頼はおける相手だと己が観の眼が告げていた。

 

 

☆★

 

 

「ん〜」

 

 

飛行船から降りたナギトは思いっきり伸びをする。長くないフライトではあったが、帝国からグランセル、グランセルからロレントまでの旅路は中々に遠い道のりであった。

 

 

「ここがロレントか」

 

 

リベール王国は東のロレント市。ここは“軌跡”という物語が始まった場所である。そういった意味でも感動はひとしおであった。

 

それにどこかトリスタに似ている気もする。都会過ぎず田舎過ぎず。良い雰囲気の街だと、実際に来てそう思った。

 

 

「ここから南だったな」

 

 

空港から南に行ったところにブライト家はある。今回の旅行の目的地だ。

 

カシウス・ブライトはユン・カーファイの一番弟子である。剣の腕前でなく順番という意味で。《剣仙》ユンがリベール王国で剣術指南をしたのはナギトが誕生する以前の話のため、いかんともし難いが、ナギトはそこが微妙に不服だった。詮無い妬み嫉みの類だが、そこは人なのだから仕方ない。

 

 

そんなカシウスは帝国との戦争──百日戦役が終わると同時に剣を捨てた。家族を失った事により、敵を斬る剣より味方を守る棒術に移行したのだったか。その時のユンの落胆は大したもので、自身がカシウスを超える剣士になってユンを安心させたい一心で出奔した。

それから遊撃士になって共和国で100人斬りをしたり、記憶喪失になってリィンたちに出会ったりしたが、そういった意味においてカシウスはナギトの物語が始まった原因のひとりと言えよう。

 

 

帝国の酒を土産にブライト家の敷地に入る。

 

 

「んん?」

 

 

ナギトの気配感知は普段から発動している。もはや無意識の内に30アージュ程は知覚している。意識すればそれこそロレント市全体を覆って余りある程なのだが──今回は無意識のそれに引っかかった。

否。気配感知に引っかからなかったからこそ、その事実にナギトは引っかかったのだ。

 

 

玄関をノックすると、元気の良い少女の声が聞こえてわずかの後に扉が開かれる。

 

 

「どちらさま──ってええ!?」

 

 

「や、こんにちわ。遊びに来たよ!」

 

 

良い反応をする少女──エステル・ブライトに半ばヤケクソで挨拶する。

 

 

「あ、これお土産ね。ところでカシウス・ブライトさんはご在宅?」

 

 

「え、え、え…………ちょっと待って。あんたって確かハーメルで出会った……」

 

 

「ナギト・シュバルツァー。……今はナギト・ウィル・カーファイと名乗ってるんだけど。実はカシウスさんとは同門でさ、ちょっと話せないかと思って訪ねさせてもらったんだよね」

 

 

当然の訪問客。帝国からの旅行者。父の同門。色々な情報がエステルの頭の中で完結──しなかった。落ちつなかいままエステルはそれでも良い反応をした。

 

 

「あ…あんですって〜!?」

 

 

 

☆★

 

 

 

「じゃあ、カシウスさんはこの家にはいないと」

 

 

エステルの絶叫を聞いて駆けつけたヨシュアとレンによってナギトは居間に通されて事情を説明した。

そしてこの家に住む3人によって、カシウス・ブライトの不在を知った。そもそもカシウスが軍の休暇で帰省するなんて話も聞いた事がないそうだ。

 

敷地に入った時からカシウスの不在は気配で掴んでいたナギトだったが、ただ外に出かけているだけとも思い訪ねてみたが、当てが外れた。

 

 

「うーん、父さんの休暇か……」

 

 

「あの不良親父……またどこかでお酒でも飲んでるんじゃないでしょうね?」

 

 

「まあまあエステル。オジサマもさすがに久々の休暇となれば家に顔を出すはずよ」

 

 

ナギトはカシウスの休暇を狙って訪問した旨を告げており、それでヨシュアは何か考えを巡らせ、エステルは推測で憤慨しレンはそれを宥めている。

 

 

「ナギトさんはどこで父が休暇を取ると聞いたんですか?」

 

 

ヨシュアはコントを行うエステルの横でまじめくさった顔でナギトに尋ねた。

 

 

「呼び捨てでいいよ。七耀教会のケビン神父から聞いた。……けどその情報源までは知らないな。教会の情報網にかかったとか言ってたが」

 

 

「なるほどケビンさんから。教会の情報網…というのも気になりますが、別に父さんとケビンさんはそこまで仲が良かったわけじゃないから……」

 

 

「直接やり取りをしたわけじゃなくて、その教会の情報網とやらに引っかかったオジサマの休暇という情報を《刀神》さんに横流ししたってわけね」

 

 

ヨシュアの予測をレンが引き継いだ。

それにしても《刀神》呼びとは、耳が早い事だ。クロスベルの事なんてリベールでは所詮他国の出来事だろうに。……いや、この3人は遊撃士としてだったり、あるいは家族としてクロスベルに縁が深いんだったか。

 

 

「え、《刀神》って確かクロスベルでロイドくんたちと戦ったっていう……」

 

 

「うん、総督府の臨時武官──あのアリオスさんを降し、独立宣言の際にはクロスベルの恩人とも言われたね」

 

 

「俺だな。はっはっは、かしこまらずとも良いぞ」

 

 

エステルの疑問にはヨシュアが答え、それに乗っかる形で偉ぶる小ボケをしたナギトにエステルはきっちりツッコミを入れたが、その後に頭を抱えた。

 

 

「なんだか頭がいっぱいよ……、ちょっと意味がわからなくなってきたわ」

 

 

意味がわからない、という点においてはこの場の4人ともがそうだった。

だが、ある程度の推測ならできる。

 

 

「俺が来たのはケビン神父からカシウス・ブライト休暇の情報を聞いたから。そのケビン神父は裏にある程度精通してるならこの情報は誰でも手に入ると言っていた」

 

 

「でも父さんの休暇なんて話、僕たちは知らない」

 

 

「いくら軍属でもそんな事ってありえるかしら?……あり得るわよね、なんせこのリベールを支える将軍の休暇だもの」

 

 

ナギトの補足によりヨシュアとレンの推理は加速していく。ダウンしていたエステルも復帰して会話は続けられる。

カシウス・ブライトの休暇──軍事機密と同等の価値のある情報だろう。

 

 

「いくらモルガン将軍がいるとは言え、父さん──カシウス将軍が休暇で不在となれば王国軍は片翼を欠いた鳥と同じ……」

 

 

「つまりこの情報は嘘───。何かを釣り出すための罠……いいえ、撒き餌と言うべきかしらね?」

 

 

「ちょっと待って3人とも。今って不穏な話してるわよね?」

 

 

エステルが突っかかる。エステル・ブライトも様々な経験を経たB級遊撃士ではあるが、根っこは普通の少女だ。結社《身喰らう蛇》の執行者だったヨシュアとレンと比較して非日常への感覚は遠い。

 

 

「ま、急な話ではあるわな。……リベールにとってはほとんど杞憂と言っていい懸念だろうが………帝国の軍拡が関係してそうかな?」

 

 

帝国政府──ギリアス・オズボーンは軍拡を推し進めている。すべては激動の時代とやらのためと思われるが、それはおそらくカルバード共和国との戦争を見越してだ。決してリベール王国との戦争のためではない。いずれリベールと事を構える可能性はあるだろうが、そのための軍拡ではないのだ。軍拡以前の兵力として帝国はリベールの8倍の戦力を有している。軍拡など必要なくリベールを征服できるのだ。

 

だが、それでも脅威なのは事実。

 

 

「──カシウス・ブライトの休暇という事実()を前に帝国がどんな反応を見せるのか。……そんな狙いなのかもしれないな」

 

 

こんなのは出来の悪い憶測だ。普通に考えれば、休暇の予定だったが急な仕事が入った…というのが妥当。

 

それに対共和国のための軍拡で得た軍事力をリベールに差し向けるのもどうかという話だ。後顧の憂いを断つ意味はあるかもしれないが、再びハーメル悲劇のような戦を仕掛ける大義名分も立つわけでもなし、もしリベールと戦争をしたとしてもその後背を共和国に突かれては元も子もない。

 

よって、ナギトの推測は戯言に過ぎないものなのだ。

─────そこにたったひとつのファクターが欠けただけで。

 

 

 

「それって───」

 

 

エステルがナギトの言葉に何らかの反応を示そうとしたその時、外から妙な音が聞こえた。

飛行船の音にしては大きく、そして相次ぐ機械の駆動音と地面を駆ける音。

 

 

ナギトは気配感知の網を広げた。

 

 

「───────!?」

 

 

馬鹿な。何が起きている。さっきのはただの戯言だったはずだ。

 

 

──そんな事よりも今は。

 

 

「まずい……外に出るぞ!」

 

 

ナギトは窓を開け放つとブライト邸から飛び出した。続いてエステルとヨシュア、レンも続く。

 

そんな4人の視界に映ったのはロレント市上空に留まる250アージュ級飛行戦艦。

 

 

「ガルガンチュア級……!…しかも、何だ……あの意匠……!?」

 

 

帝国軍最大級の飛行戦艦だ。見間違うはずもない、あのパンタグリュエルと同等の威容。

 

 

「あれは……帝国の飛行戦艦!?」

 

 

「なんでそんなのがロレントに来てるのよ!?」

 

 

 

エステルとヨシュアは空を見上げて驚愕と共に唖然としている。ナギトだってそうだ、こんなのは出来の悪い悪夢だ。

 

──エレボニア帝国とリベール王国の戦争が始まったかもしれないなんて。

 

 

 

「構えろ、エステル、ヨシュア!」

 

 

「……───来るわ!」

 

 

 

ナギトとレンが揃って警告を行う。ロレント市からやや外れたブライト家に続く細道を駆けてくる雑踏。

 

兵士たちがあっという間にナギトらを取り囲んだ。

 

 

「警戒しろ!数で勝るとは言え油断ならん相手だ」

 

 

それを指揮するのは褐色の肌に青い軍服を着た槍使い。

 

 

「あの人は……!」

 

 

「ウォレス・バルディアス…!《黒旋風》だ。帝国領邦軍きっての勇将……!」

 

 

ヨシュアもその勇名は知っていただろうか。ナギトの説明に静かに戦慄しているようだった。

 

 

 

そして。

 

 

 

「どうやら元剣聖殿は不在のようだな。こいつは一杯食わされたか。………しかしこんなところで会うとは思わなかったぞ、ナギト───我が愛弟子よ」

 

 

 

 

 

《黄金の羅刹》オーレリア・ルグィンが、真紅の宝剣を手にやって来ていた。




界の軌跡良かったです。
終わりに向けてノンストップ、という触れ込みらしいですが。ホントーにノンストップで終わりまで行きましたね、終わりの始まりまでですが。次回作が楽しみです。
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