「───お久しぶりです、我が恩師。オーレリア・ルグィン将軍」
ナギトはオーレリアを“恩師”、オーレリアはナギトを“愛弟子”と呼ぶが、2人はそんな間柄ではない。ナギトはたった一度だけ指導してもらっただけ。その指導に大いに助けられたが、この呼び方は単なる戯言に過ぎない。
オーレリアからすれば目をかけている若者──否。目をつけている標的である事の意味合いが大きかった。
そして今この瞬間こそ、収穫の時だとオーレリアの放つ覇気が示していた。
「どういうわけか……説明してもらえますね?」
オーレリアの放つ覇気に負けず劣らず、ナギトも闘志を漲らせる。《黄金の羅刹》オーレリアは《光の剣匠》と《雷神》を師とするエレボニア屈指の武人だ。
ナギトが本気でやったとしても負けるかもしれない相手。だからこそ刃を交える前哨戦である闘気のぶつけ合いで遅れを取るわけにはいかなかった。
「いいだろう。すでに察しているだろうが教えてやろう」
そんなナギトの闘気、そして控えるブライトの子らの意志を認めてか、オーレリアは問いに答えた。
「つい先程、エレボニア帝国はリベール王国に対して宣戦布告した。……つまりは戦争が始まったというわけだ」
「「「────!」」」
エステルをはじめとする3人は、言葉にされて実感を得たのか驚いている。ナギトもまた苦い顔をした。
「ちょっと待ちなさいよ!宣戦布告って…帝国はなにを考えてるわけ!?」
「それは私の預かり知るところではないな、エステル・ブライト嬢。確かカシウス・ブライトの実子だったか。……それ以外の面々も中々に愉しませてくれそうだが…………さて」
オーレリアの視線がエステル、ヨシュア、レンを順番に見ていった。この3人も数多の試練を乗り越えた強者ではあるが、オーレリアは別格だ。実力、経験共に上回られている。
真紅の宝剣アーケディア。それを担いだオーレリアからの圧力が倍加する。
「ッ──!……衝突は避けられないって事ですね」
「無論だ。本命はかからなかったとは言え、そちらの面々は遊撃士だったな。“民間人の安全”…だったか、その条文を盾に戦争に介入されても面倒なのでな。あのカシウス将軍の子息となれば尚更だ、旗印になる可能性もあろうよ」
やはりと言うべきか、オーレリアとウォレス、兵士たちはカシウス・ブライトを捕らえるためにこの場にやってきたようだった。
そのカシウスを偽装情報で取り逃したが、その娘らと息子を取り押さえれば今後の動きにも繋がると感じていた。
「いきなりの事で悪いが……君たちは我々で“保護”させてもらうとしよう。………大人しくしろ…と言っても無駄だろうが」
ウォレスの理不尽な物言いにエステルは「あったりまえよ!」と得物の棒を取り出して構えた。ヨシュアとレンもそれに続く。
「戦争が始まったなんて信じられないけど………、でも、だからこそこの場を切り抜けて真実を確かめてやるわ!」
「エステルの言う通りだ。……相手は帝国で有名な将軍、それに兵士たちもかなり練度が高そうだ」
「ええ、おそらく極秘に新設された部隊……気を抜かずにいきましょう!」
エステルの吼える言葉にヨシュアもレンも怖気が吹き飛ぶ。さすがは《太陽の娘》とまで評されただけはある不屈っぷりだ。
「救いは機甲兵がいない事か……この細道じゃ通り抜けられなかったものと見える」
「うむ。まあ……直接敷地内に降下する手もあったのだがな?………それではつまらんだろうと思ったのだ」
ナギトの質問に答えたオーレリアの言葉は本心7割というところなのだろう。おそらくカシウスを捕らえる目的なら家ごと踏み潰してもいけないし、そも家を踏み潰すなんて真似を誇り高い帝国貴族は忌避するやり方だろう。
「……まったくあなたという人は………。エステル、ヨシュア、レン……この人は俺が相手をする!お前たちは他を頼む!」
3人はそれぞれ承知した旨の返事をして、ウォレスは“他”扱いされた事に息を吐いたが、十字槍を構え直した。
戦闘が始まる。ウォレスもまた帝国で有数の使い手だ。加えて練度の高い精兵。エステルたちも強いとは言え、勝率は良くて4割と言ったところか。
「やはりこちらにつく気はないようだな、ナギト。……そなたがこの場にいたのは……ふむ、師兄に流派を継いだ挨拶といったところか」
「見透かしますねぇ……。まあ、落ち着いたらもっと話を聞かせてもらいますよ?」
ナギトの発言は暗にこの勝負には自分が勝つと挑発したものだった。
「………では、こちらも始めるとしようか。我が愛弟子よ……そなたの修練の成果、この《黄金の羅刹》に見せてみよ!」
アーケディアを構えて突っ込んでくるオーレリア。その顔には笑みが貼り付けられていて、この場でカシウスと対峙する以上の愉悦を見出していた。
「応えましょう我が恩師!我が剣の果て、その身に刻んで差し上げる!」
☆★
「無幻九十九疾風」
数多の幻影と共に数多の斬撃を刻むナギトの戦技。オーレリアを取り囲む実体とそうでない分け身が同時に、あるいは緩急をつけて襲いかかる。
「猪口才な」
闘気の流れを読む技法に長けたオーレリアであっても処理能力には限界があり、ナギトが時折混ぜるフェイクにより見切る事は叶わない。
防戦を嫌ったオーレリアが高く跳躍する。宝剣に集約されるのは四色の力。
「大味ですねぇ!」
“四耀剣”───その起こりを読んだナギトはオーレリアが剣を地面に突き立てるより早く斬撃を放った。“緋空十字連斬”。十字とX字が重なる広範囲のそれを、
「そう来ると思っていたぞ」
さらに読んでいたオーレリア。
アーケディアに戦技の力を維持しつつ、ナギトの“緋空十字連斬”を受け流し巻き取ると、地面のナギトに向けて返却した。
「それ、返してやる!」
螺旋の技術。考えてみれば修得していても何らおかしくない。
それにオーレリアは“緋空十字連斬”に自らの戦技も乗せて返礼をしていた。
避ける?この範囲の斬撃から逃れられる段階ではない。
ならば受けるか?これだけのパワーの乗った斬撃、ただでは済まない。
受け流す?その隙を突かれるだけだ。
ナギトの思考が様々な可能性を弾き出しては否定していく。のっけから選択肢を突きつけてくれるものだ。
「伍の型」
避けられず、防ぐにも十分ではなく、受け流す事もできない。
で、あるならば。
「──残月」
斬れば良いだけだ。
抜刀一閃。大地を砕かんばかりだった緋空にして四耀の斬撃は霧散した。
「────!」
その鋭さを目にして追撃をやめたオーレリアは着地して宝剣を肩にかついだ。
「予想以上の出来だ。さすがは八葉の二代目といったところか。……そういえばクロスベルではかの《風の剣聖》を降したそうだな?」
「紙一重ですがね」
疾駆。激突。鍔迫り合いの最中、オーレリアの凶悪な笑みが瞳に焼き付く。
「二度も勝利したのであればそれは実力だろう!?」
その場で数十合打ち合って、互いに無傷。剣力そのものはほぼ互角だ。
離れてオーレリアは闘気を解放した。“武神功”。
黄金の奔流がその異名を誇示する。
「さあ!見せてみろ!」
「いいでしょう。………ふー」
息を吐く。集中。解放。収束。維持。
それは完成した“真気統一”。
「無縫真気統一────!」
瀑布を思わせる闘気の奔流。ナギトが漲らせた力が漏れ出たその一切、一片残らず身体に押し留める絶招。
ほんの僅かなほつれすらないそれは、まさに天衣無縫。
「なんと………そこまで至ったか」
オーレリアは目を剥いている。ナギトの極まった絶招“無縫真気統一”はそれだけの無法にして絶技、神業であった。
「ようやくの完成です。お披露目相手があなたなのは少々出来過ぎですがね」
この絶招の完成は自他共に天才を認めるナギトであっても年月を要したものだ。解放した潜在能力、それによって体外に漏れ出る闘気を体内に押し留める技術。一才の無駄のない闘気の運用。それを意識せず維持する事は至難であったが、何とか完成した。
「ふっ……面白い。そうでなくてはな───ナギト・ウィル・カーファイ!」
ナギトの絶技を見てテンションを上げたオーレリアはさらに闘気を迸らせた。黄金の闘気が津波のように押し寄せるが、己が闘気をすべて身体に充填したナギトにとっては細波に過ぎない。
「ゆくぞ!」
凶笑と共に斬撃が放たれる。幾重にも重なる黄金のそれをナギトは正面から打ち砕く。
「応えよ、明星村正」
太刀に伝わるナギトの鼓動が増幅される。魔剣レーヴァテインを覚醒した時並にこの名刀はナギトの力を発揮してくれる。
「──鬼炎斬!」
薙ぎ払う炎の斬撃。しかしオーレリアは跳躍して回避している。否、回避のための跳躍ではない。
飛び上がった勢いのまま地面に突き立てる宝剣アーケディア。
「──王技・剣乱舞踏!」
大地を伝って戦場全体を貫く怒涛の刃群。
ナギトに言わせれば殺意の高い戦技。それを容赦なく使うオーレリアから、この戦いに臨む在り方を認識した。
突き立つ剣の群れを前にナギトは太刀・明星村正を構える。
「反証剣技──十二時の鐘」
地面に太刀を突き刺す。同時にオーレリアのSクラフトは沈黙した。
「………まったく同量の力で打ち消したか。……舐めた真似を」
“王技・剣乱舞踏”───その舞踏会が終わりを告げる12時の鐘をイメージした反証剣技。
オーレリアが言っているのは、同じエネルギーで打ち消す事ができるなら、それ以上の力で打ち砕く事もできたはず、という意味だ。
だからこれは純粋にナギトの舐めプであった。
「なに、ただのデモンストレーションですよ。あなた相手にこれができるなら、他の誰にだってできるはずだ」
挑発。そのためだけにナギトは危ない橋を渡った。オーレリアはナギトの妙技に感服しつつも挑発に乗ってやる事にした。
「それを舐めていると言うのだ──ッ!」
距離を詰めるオーレリア。その手の宝剣には王技と見紛うほどの闘気が込められていて。
破壊的な圧力と共にナギトに打ち込まれた。
絶招での身体強化の効率はオーレリアを上回っているとは言え、素の身体性能差からかナギトは押し込まれた。
が、それも数アージュだけだ。吹き飛ばす気概だったオーレリアにとっては想定外で。ほんの0.1秒にも満たない隙にナギトはほくそ笑む。
「超過式」
太刀から解放する闘気。絶大なそれを8つの手掌の形へと結んだ。
「八卦覇掌!」
オーレリアを受け止めたナギトごと、八連続の張り手が押し潰した。
やもれすば衝撃だけでブライト邸が崩れかねない衝撃。大きく地面を抉り比例するように大きく土埃が舞った。
「けほっ……無茶をする」
土埃が晴れる頃にはオーレリアは立ち上がりそう言った。その全身は血に塗れている。
「はっ……こうでもしなきゃ時間がかかり過ぎるでしょうからね」
同じく立っているナギトも血だらけだったが、オーレリアよりダメージは軽微だ。“八卦覇掌”の軌道はオーレリアを狙ったもので、ナギトは掠める程度のものだった。加えてナギトの闘気による戦技だったため本人への効果は薄い。
「ふ……そのための挑発か。あえて乗ってやったつもりだったが間違いだったかな?」
オーレリアもまたダメージの差を確認して微苦笑しつつもこの死合いが長く続かない事を嘆いた。
「紙一重でしたよ」
そう言うナギトにオーレリアは失笑する。
「そなたのそれは実力で二度も上回った相手に使う表現ではなかったか?」
先のアリオスを2回も破った話と繋げているのだ。
「かっ!……ま、狙ってましたしね。否とは言いませんよ」
ナギトもまた苦笑しつつ賛辞だと曲解する。
「さて…………あちらも佳境の様子。こちらもそろそろ決着といきましょうか、オーレリア将軍」
ナギトはちらとエステルらを見やる。オーレリアとの戦いに集中していたせいで気を回せなかったが、どうやらあの3人も奮闘しているようだ。
「いいだろう。──改めて認めようナギト………そなたは我が覇道に立ち塞がる壁だ」
「……光栄と言うべきかな。では問いますオーレリア将軍、あなたの覇道……その行く末とは?」
それはオーレリアがナギトを格上だと判断したが故の発言であった。
それはオーレリアがナギトを乗り越えるべき壁だと断じたが故の宣言だった。
「我が覇道……我が目標は、かの《槍の聖女》を超える武勲────」
アルゼイド流とヴァンダール流。帝国における二大流派を修めて久しいオーレリアにとって挑戦者になるのは本当に懐かしい心持ちになる。
そしてその事実が、なによりも心を震わせた。
「───つまりは“天下無双”だ」
声に出す事でより魂が熱くなるのを感じた。
すでに三十路の身、衰えていくばかりと思っていたオーレリアの精神に火がつく。
250年前の“獅子戦役”で名を挙げた《槍の聖女》リアンヌ・サンドロット。七耀教会からは聖人認定なんてのもされている天下の大将軍とも言える人物だ。
それを超える武勲とはなんだ。
一昨年の内戦も年単位で続いた“獅子戦役”に比して規模で及ばず、近いうちにあるはずだった共和国との戦争も、リベールに攻め込んだ今どうなるかわからない。
そもそも剣や弓で戦う時代はとうに過ぎている。そんな時代に剣に魅了された自分はどうすれば良いのか。いくら武人として名を挙げても、戦人として名を挙げられずば歴史に残る事はないのではないか。
どう証明するというのか、己の最強を。天下に無双たるこの武勇を。
そんな願い、思い違いも甚だしい。何が最強だ、何が天下無双だ。今目の前にこそ乗り越えるべき敵がいると言うのに。
「なるほど、なるほど……天下無双か。こりゃまた面白い。………あなたはもうそれに限りなく近い場所にいるのでは?」
「そうかもしれぬ。だが、まだこの世界にそう証明したわけではない」
ナギトのからかうような質問にオーレリアはきっぱりと答えた。
どこまでも武人としての高みに登り詰めているオーレリアはナギトにとっても憧憬を覚える存在だ。
その実力はおそらく、すでに武人溢るるエレボニア帝国においても最強。あの《光の剣匠》と比較しても何ら見劣りしない──否、勝るであろう。天下無双を名乗ったとして不足のない人物だ。
だが。
「天下無双……窮まったな、オーレリア・ルグィン」
ナギトにとって、それはありえない存在だ。“天下無双”なんてやつ、この世のどこを探してもいない。
「なに?」
もちろんオーレリアがそんな意味で言っているわけではない事は承知の上だ。それでもナギトは言わなければならない。
「天下に二人といないなんて……そんな寂しい事、言わないでくださいよ」
ほんのりと柔らかく、微かに苦笑するナギトにオーレリアは力を抜きそうになる。
「ようやくこの時が来た。我が恩師………恩返しをさせていただきますよ」
「なにを……───いや、いいだろう。もはや言葉は無用。次の一合にて勝負は決する」
心が震え、魂は熱く、精神には火がついた。オーレリア・ルグィンにもはや一片の隙もなし。
放つ剣技は生涯最高を更新した一振りとなった。
「剣乱舞踏・覇天───!」
世界を塗り潰すが如き大剣が降り注ぐ。地面からは変わらず刃の群れが突き出ていて回避も防御も不可能だ。
「八葉刀神流──」
だったらやはり、斬ればいいだけだ。
「──閃の型」
これなるは《刀神》が世界を斬り裂く剣。
八葉刀神流、その第四の神技なり。
「───生死流転・剣全一如」
☆★
ナギトの振るった一閃は大地から突き立つ無数の刃、天から降り注ぐ大剣を真っ二つにした。
絶技を放ったオーレリアの視界もふたつに裂けて死を確信したが───
「これは……どうなっている?……それに傷も………」
己が絶技と共に死したはずのオーレリアは自分が生きている事実を理解できない。奥義が破られ、それを放った自身も真っ二つにされた。ほんの一瞬、意識が暗転する前は切り裂かれた己が半身が見えた気がした。
それなのに生きている。よもや幻術とも思えぬ現実感。さらに死合いの最中についた傷がなくなっている事も混乱に拍車をかけていた。
「──生死流転、我が太刀は理を縫い繋ぐ」
そこに太刀を鞘に納めたナギトが歩いてやってきた。その姿は先刻見た時と同じくオーレリアと戦ったダメージが見て取れる。やはりあの死闘は夢ではなかった。
「はっはー、こっちも実戦初投入でしたけど上手くいきましたね。……気分はどうです?」
愉快そうに笑うナギトに、やはりオーレリアは困惑を隠せない。
「気分…と言われてもな。そなた……なにをした?」
「なに、と言われましても。んー………太刀を通じて世界と繋がって、理を歪めた……というのが一番簡単な説明なんですが」
わかるか!と突っ込みたいオーレリアだったが、なんとなくそれを理解できるほどには《理》に通じている。
「………仔細はわからぬが、無茶をしたな。そしてそなたの言葉の意味も理解できた」
──“「天下無双……窮まったな」”
そう言ったナギト。その真意をオーレリアは見抜いていた。それもナギトの“生死流転・剣全一如”を受けたからだが。あの世界と繋がったらしい刃が身体を通っていく瞬間、自身も世界と繋がったように感じられた。
この世に天下無双などありえない。この世の誰も、何も、単一で成り立っているものなど存在しない。互いに寄り添いながら生きている。
人間がその最たる例だ。人と人の間で活かし活かされ生きている。
「なるほど……ちゃんちゃらおかしい話だったわけだ」
それでオーレリアは自分の目的が最初から破綻しているのだと理解してしまった。天下無双なんて存在しないなんてただの言葉遊びに過ぎないが、魂で理解してしまっては目指す気も失せるというもの。
だが、オーレリアの心に虚しさは一欠片もなかった。
「ははははは……なんとも痛快ではないか。ナギト、そなた……私の婿になる気はないか?」
「ぶっ!?……何を言うかと思えば。無理ですよ、俺…そのうちアルゼイドに婿入りするんで」
「うむ……そうだったな。ではナギト……そなたを私の目標とさせてもらうが、それは構わないな?」
「いやまあ恐れ多いですが………天下無双なぞ目指すより有意義───いやホント恐れ多いな!?」
軽妙に言葉を交わす2人。つい先程まで刃を交えていたとは信じられないやり取りがなされている。
「こほん」と気を取り直したナギトは、言い直す。
「光栄ですよ、そして本懐でしょう我が恩師。弟子に超えられる師匠というのは」
「うむ、では次は私が弟子としてそなたを超えてみせようか」
「気がはえー、そしてこえー。………まあ、リベンジマッチはまた今度にしてもらうとして。あちらも終わったようです。……改めて話を聞かせてもらいましょうか?」
エステルら3人とウォレス&兵士たちの戦闘も終わりを迎えていた。
彼ら彼女らを含めて真面目な話が再開されるのだった。
☆★
オーレリアの説明はこうだった。
カシウス・ブライトの休暇という情報を掴んだ帝国政府はリベールに対して宣戦布告。カシウス不在の王国軍の隙を突き五大都市を制圧する手筈だったと。
そしてオーレリアを司令官とする独立遊軍“銀蹄機甲兵団”はカシウスが休暇中に帰省するはずのブライト家に突入、カシウスの身柄を確保した後に格都市の戦場に参戦、勝利を盤石なものにする予定を組んでいたと。
「だけど父さんの休暇は偽報だった。───楽観的になるけど、リベールが占領されるまで若干の猶予はできた…と思っていいのかな」
「ああ、今頃五大都市に攻め込んだ我が軍は手痛い反撃を食らっている事だろうな。……世界で有数の戦略眼を持つカシウス・ブライトが相手だ、急な出撃で足並み揃わぬ帝国軍を蹴散らすなど造作もないだろう」
ヨシュアの推測を肯定したのはウォレスだった。数的有利があってなおエステルたちに敗北した事からブライト家に対して評価を上方修正したものと見える。
「ああ、急な開戦…そして大義名分のない戦……帝国軍にはこの戦争を疑問視する声も大きかろうよ。実際、我が“銀蹄機甲兵団”でも反戦の意見は出た」
「それでも出張るあたり軍人ですね。………ヨシュアの言う通り若干の猶予はできたろうがそれでも国力、戦力の差は歴然だ。時間を与えれば帝国軍はそれだけ勢いを増すだろうな」
オーレリアの意見を聞いてナギトも自分なりの推察を述べる。開戦前後に嫌戦の意見が出たとしても戦争が続けばそんなものは消える。戦場に立つ兵士にとって大切なのは目先の命なのだ。好戦嫌戦は後ろの国民、政治家が考える事…という思考になるだろう。要は引き金の重さが徐々に軽くなっていくわけだ。
「だったらこうしちゃいられないわ!このリベールのため……なにより遊撃士として戦争なんて事態、見過ごせないわ……ね、ヨシュア、レン」
エステルの正義感にヨシュアとレンが応え、思い出したようにウォレスが言った。
「ああ……一応、軍には民間人に被害を出さないよう厳命が降っているぞ」
「遊撃士対策かしら?でもまったく犠牲を出さないなんて土台無理な話……規約的にもエステルたちがこの戦争に絡む事はできるとレンは思うのだけど……」
「ええ、そうね。でも戦争そのものには介入するつもりはないわよ。そこは父さんの仕事……、私たちは民間人の保護を最優先に動くわ。きっとシェラ姉やアガット…クルツさんに他の人たちもそう動くはずだもの!」
エステルの今後の動き方を「うん、そうだね」とヨシュアが肯定する。
レンは「ふうん」とそれを認めて今度はナギトに視線を向けた。
「それでお兄さんはどうするのかしらぁ?確か遊撃士だったわよね?」
水を向けられたナギトは選択を迫られた気持ちになる。これからどうするか、ナギトは決めなければならない。
「遊撃士としては動かねーよ。……少なくともこのロレントを解放して北上するつもり。ハーケン門だったか……陸路は他にもあるはずだけど、あそこが一番大きい玄関口だろ」
「確かに…前に帝国軍が来た時もハーケン門だったわね」
「そうだね……あの時は父さんとオリビエさんが一芝居打って帝国軍を退かせてたけど……」
「今回は望むべくもないわねえ。何せもう戦争が始まっちゃったんだもの」
エステルらが言っているのはこのリベールに七の至宝がひとつ《
「このリベールは世界で初めて飛空艇を軍事運用した国家でもある。空戦では帝国軍に対して一日の長があると信じたい……。物量差を覆せはしないだろうが良い勝負はできると思う。──そこに楔を打ち込む」
ナギトの今後の動向を示す発言に目を細める面々。
「それってどういう意味?」
そこにエステルが、もっとわかりやすく言え、と突っ込んでナギトは言い直した。
「俺が奥の手を使って帝国の陸路を封じ、空の戦況についても何とかなるよう働きかけるってこと」
「何とかって……それに奥の手って………?」
1から10までの説明を求められるのは久々な気がするナギト。Ⅶ組ではもはや秘密主義扱いされ、ルーファスやらの面々では言葉足らずな議論が多い。
「《灰色の騎士》は知ってるだろ?俺はあれの同型機を操れる」
その発言に反応したのはオーレリアといった帝国の面々だった。リベールの3人も反応したが帝国の人間ほどではない。
「そうか……そなた、噂の騎神とやらを………」
「まさかの事実だな。……帝国政府は知っているのか……?」
「その点はご心配なく。俺がアレに乗れるのは半分以上宰相閣下のせいですよ。まあ、今回は使用許可も得ず使うつもりですが」
これもまた決断だ。
《緋の騎神》をオズボーンの許可なく使うのはルール違反。しかし戦争が始まった以上、帝国内は荒れているだろう。Ⅶ組の安寧が約束されないなら、先に契約を破ったのはオズボーンだと理論武装はできる。
なにより、Ⅶ組のあいつらなら、ここで“帝国に戻る”なんて選択肢を選ぶわけがないと思ったから。
「で、あなたがたはどうする気ですか?」
すでに戦意を失くしているオーレリアとウォレスに視線を向ける。
2人はアイコンタクトを取り、ウォレスはゆるゆると首を振りオーレリアは「ふう」と息を吐いた。
「ひとまず撤退しよう、負けた事だしな。……その後再び出撃するかどうかは命令次第だな」
オーレリアの選択はそういったものだった。
“銀蹄機甲兵団”──その名の通り、多くの機甲兵を有する特別師団なのだろう。ここブライト邸には立地の条件で機甲兵を出す事は叶わなかったが、逆にそれは戦力を失っていないとも言える。
そんな彼女らが帰ってくれるのであればリベール側としては助かるものだ。
司令官であるオーレリアや副官ウォレスを捕らえておきたい気持ちもあるが、ここロレントでは彼女らを繋げておく牢も望めない。
「わかりました。……また戦場で出会わない事を祈りますよ。3人とも、それで良いか?」
ナギトはエステルら3人に確認を取る。ナギトの判断を3人とも肯定してくれて、この場でオーレリアらを逃がす事が決定した。
ナギトとエステルたちは撤退するオーレリアらを見届ける。“銀蹄機甲兵団”の旗艦らしき特別な意匠が施された飛行戦艦が飛び去っていく……と、なんとその影からまた新しいガルガンチュア級戦艦が現れたではないか。
「あ…の、くそ恩師……!黙ってたな!?」
二隻の飛行戦艦はブライト邸からは重なっていて“銀蹄機甲兵団”旗艦の影にいて奥の戦艦は見えなかった。
「……とんでもない曲者なのね。でも……!」
わなわなと震えるナギトの苦労を察したかエステルが同情し、それから空を見上げる。
「うん…!あれはきっとこのロレントを制圧するために派遣された部隊だ」
「行きましょうエステル、ヨシュア、それからお兄さんも」
オーレリアはおそらく聞けば答えてくれていただろう。聞かなかったナギトの落ち度と言うには些か性格が悪いが。
「ああ……さっさと片付ける。市内には機甲兵も放たれてる……くれぐれも無茶すんなよ」
「ええ/了解/わかったわぁ」
三者三様の返事を聞き届け、ナギトは思念を送る。
「───来い!《緋の騎神》テスタ=ロッサ!」
リベールでの戦乱が、幕を開けた。
黎の軌跡でのイメージが強過ぎてこの頃のレンの口調があやふや……どうかご勘弁願います。