ハーケン門でカシウスと連絡を取った翌日、ナギトはルーアン市に来ていた。王国五大都市に数えられる港湾都市ルーアンである。
テティス海沿岸に位置するこの都市は、この戦争において多少の意味を占める地域だ。海に面した港湾都市であるという事は、そのまま海路で帝国軍の侵入がありえる場所であり、それは実行されていた。
カシウスによるとルーアンーツァイス間は王国軍が厳重に守っていて帝国軍は攻めあぐねているらしい。しかし占拠されたルーアンから続々と援軍が来ればいずれ防衛線を突破される見込みとのこと。
今日のナギトの役目はルーアン市の解放、およびルーアンーツァイス間の帝国軍の排除。しかしそうしてもルーアンまで防衛線を拡大する余裕はなく、王国軍が守るのはあくまで、ある意味においてはリベール王国の心臓部とも言えるツァイス市──ツァイス中央工房を擁する工房都市ツァイスだ。
だが、帝国海軍を足止めする策はあるという事だったため、指定地点までの敵の掃討をナギトは命じられていた。
昨夜のカシウスとの通信を思い出す。
「君には明日、ルーアンに行ってもらいたい。すでに帝国海軍が市を占拠していて橋頭堡を築いている。そして付近のジェニス王立学園も同じく帝国軍により占拠されていて、ルーアン市と相互に連携を取る事で、帝国軍の拠点になりつつある」
「わかりました。……けどハーケン門は?」
「うむ、ハーケン門は確かにリベールと帝国を結ぶ最大の玄関口……守備を疎かにはできないな。………君は今の戦局をどう見る?」
カシウスに言われてナギトはわかっている事を頭の中で整理した。
「………開戦直後に攻め込んだ帝国軍部隊は王国軍の反撃で各個撃破されたものと見ます。…それから今日………ハーケン門に攻め込んだ帝国軍は予想以下の数でした。陸路は塞がれてるし、前日の事もあって慎重になっているのか………もしくは急な開戦に国内の意志を統一できてないかもですね。これは他の地域にも同じ事が言えそうです。ただそれでも帝国軍は精強…ハーケン門方面がダメならすでに橋頭堡を確保できてるルーアンの方面から攻略を進めたい…………。ならそっちに戦力を傾けるか。ハーケン門には嫌がらせ程度に戦力を寄越すとしても。………って感じですかね?」
戦局を俯瞰した発言。室内のモルガンやアンバーズはうんうんと頷いている。“観の眼”やら《理》の視点で語らせてもらったが、当たらずとも遠からずと言った反応で安心する。
「うむ。やや甘いところはあるがおおよそ正解だ。……さすがだな?」
「半分以上ハッタリですがね」
「フフ…それでこそユン老師の弟子というものだろう」
八葉の師たるユン・カーファイももちろん“観の眼”をもっている。“天元眼”などと持て囃される事もあるが、それらは“当たり前”の事を当たり前に解し、不足分を経験やら直感でカバーしているだけの、つまりはハッタリだ。
それはナギトの“観の眼”もそうで、ただユンやカシウスといった者たちより人生経験で劣るため、そのぶん精度は低い。
「まあ、そういうわけだから君には明日ルーアンに行ってもらいたい。そこに駐留する部隊、そして周辺海域に展開する帝国軍を撃破してほしい。後続もあるだろうが、何とかする策はある」
「あとジェニスを占拠しているやつらもな」とカシウスは付け足した。
「了解しました。……がやはりハーケン門が気がかりですね。昨日今日の戦闘で将兵の数も減っていますし」
「それについては心配無用だ。すでにボースやロレント方面から援軍を出している。現地には必要最低限のみを残したが……ハーケン門を抜かれない限りはボース市は大丈夫だし、ロレント方面はすでに極秘裏に共和国軍が救援に来る手筈になっている」
「なるほど。……極秘裏っていうのは?」
カシウスの発言に一部引っかかりを覚えたナギトは突っ込む。共和国からリベールへの救援は極秘裏でなくとも良いはずだ。大義のない戦を仕掛けた帝国打倒のために力を貸すのは正道なのだから。
「実はこの救援は共和国政府の決定ではなくてな。リベール最寄りの基地に顔馴染みがいて、その人物に力を借りたというわけだ」
疑問は氷解した。共和国軍にも知己がいて、それなり以上の関係を築いているカシウスの顔の広さに感服する。
「なる、ほど……、それはまた……ちょいと問題になりそうですね」
「うむ。しかし今はこの難局を乗り越えるのに手段を選んではいられない。………それに俺の予想では力を貸してくれる彼にも罰は下らないだろう」
カシウスの意図もある程度は理解できるナギト。軍人としての独断専行になるだろうが、その行動は英雄的だ。共和制であるカルバード共和国でそんな人物を罰すれば民心が与党から離れる公算がある。そういった小難しい話なのだろう。
「……わかりました。そういう事ならこの力、ルーアンにて振るいましょう」
「ああ、よろしく頼むぞウィル。……何か質問はあるか?」
「今のところは。……あ、いえひとつだけ。エステルたちとは会いました?」
「いや、会ってないが。知り合っていたのか?」
「はい。実はロレントのお宅で話させてもらってたところに開戦の報せが来まして」
「うーむ………、なるほどな。だいたいわかった。なにやら特別な意匠のガルガンチュア級がロレントに来てすぐに帰ったらしいが、そういう事か」
「話早過ぎぃ!」
たったそれだけの会話でカシウスはロレントで何があったか把握したらしい。ナギトの激しいツッコミに「はっは」と笑って、カシウスは顎に手を当てた。
「ふむ、そうなると………しかし、あり得るのか…………?」
カシウスの視線が画面越しにナギトを射抜く。
「……どうしました?」
「いや、なんでもない。……作戦の前に君を混乱させるのも本意ではないしな」
「小説の探偵役みたいな事を言いますね」
カシウスは何らかの可能性を考えたのだろう。ナギトには思いつかない、なにかに。
小粋な返しをしたつもりだが、カシウスの反応からは何も得られず。
「そうだな。今はまだ語るべき段階ではない…だ。では特務兵ジョン・ドゥ────いや、ナギト・ウィル・カーファイくん……明日はよろしくお願いする。話は以上で終わりだ、モルガン将軍にかわってくれ」
そうして短い邂逅は終わり、兄弟弟子らしい会話はまたの機会に持ち越される事になった。願わくば酒を飲みながら話せる機会ができる事を祈って。
☆★
そして翌日。テスタ=ロッサに乗ってルーアン地方に入ったナギト。
生身じゃないのは戦力的にきついのもあるが、昨夜の通信でカシウスは“ジョン・ドゥ”と言って“ナギト・ウィル・カーファイ”と言い直したからだ。
つまりこれは仮面の特務兵ジョン・ドゥとしてより、騎神のパイロットとしての役割を求められているとナギトは受け取った。
「さて………ここらへんだな」
そろそろ帝国海軍や空軍のレーダー範囲内に入りそうだ。かつて情報局から仕入れたガルガンチュア級相当艦のスペックを思い出す。
気配で海空軍との距離を測り、ぎりぎりのところで騎神を降りた。近場の林にテスタ=ロッサを隠す。
まずはジェニス王立学園を解放する。
「そういえば……」
ふと思い出す。ブライト家で会ったレンが着ていたのはこのジェニスの制服ではなかったろうか。
ここの生徒であり、何らかの理由で帰省していた?2月上旬という事もあり長期休暇のタイミングという事もなさそうだ。
「………妙な予感がするな」
今日のミッションはのっけから一筋縄ではいかないという直観があった。
気配で王立学園の内部を探る。
どうやら帝国軍の歩哨は30人弱。生徒たちは数ヶ所に分けて管理されているようだ。やはり王立学園の生徒と言うべきか、士官学生ならざる子供と言うべきか、短慮な行動は起こしていないようだ。
「ふむ、ふむ………………ふむん?」
さっさと歩哨を気絶させてジェニスを解放しようかと思った時、それは起こった。
「おいおいおいおい……マジか」
数ヶ所に分けて軟禁されていた生徒たちが息を合わせて帝国軍兵士に牙を剥いたのである。
正気とは思えない決死。兵士たちは遅れて事態に気づくが数に押されて徐々に捕縛されていく。オーレリア曰く民間人に手を出さないよう帝国軍にら厳命が下っているそうだが、それにしてもジェニスの生徒たちの手並みは鮮やかであった。
しかしそういった幸運も、兵士たちが優先順位を迷っている間だけだ。ジェニスの生徒の命を奪うリスクと、王立学園という拠点を失うリスク。傾いた天秤が兵士たちの銃口を上げさせた。
引き金が引かれる。乾いた音。そして鉄のぶつかる音。
「子供は未来だ。その命を奪う事は未来を失う事だ」
生徒たちによるジェニス王立学園解放にナギトは便乗、干渉する事にした。
弾いた銃弾。それを放った兵士の表情は驚愕に染まるが、すぐに兵士然としたものに戻った。
「貴様は……!?」
「お前が首謀者か!」
的外れだが答えてやる義理はない。ナギトに定めた銃口から弾丸が放たれる。
「壁」
“幻造”で半透明の防壁をつくり出した。銃弾はそれですべてシャットアウト。後背の生徒たちに届く事はない。
「疾風」
それから二の型で距離を詰めると斬撃の代わりに手刀を見舞い、兵士たちの意識を刈り取る。
再度、気配感知。周囲に敵影なし。どうやらこの場以外では兵士たちの良識が勝ったようでほとんど無抵抗で拘束されていた。
「よう、おつかれ」
気配感知で察知した2つの気配。この場に急行した2人に手を挙げて挨拶した。
「おにいさん……!?どうしてここに……?」
「レンちゃんの知り合い?……生徒たちを守ってくれたみたいだけど………」
レン・ブライト。それにティータ・ラッセルだ。見れば2人ともジェニスの制服を着ている。
状況を見て察したレンは冷静さを取り戻し、ティータにナギトを紹介する。
「紹介するわね。こちらのおにいさんはナギト・ウィル・カーファイといって帝国からの旅行者。不幸にも今回の戦争に巻き込まれちゃったのよね?」
「そうだな」と肯定するナギトにレンは胡乱げな視線を向けてくる。
「そのおにいさんがどうして今、このジェニス王立学園にいるのか……経緯が気になるところではあるけれど」
「王国軍に協力する事になって、その一環だ。なんかタイミングが良かったと言うか、もうちょい早くても良かったな。………そちらはティータ・ラッセルだな。ジェニスの生徒だったとは」
「あ、いえ私は……」
「さすがに情報収集に余念がないわね、おにいさん」
ナギトの視線にたじろいだティータ。2人の間に割って入ったのはレンだった。
ティータがかの高名な三高弟A・ラッセルの孫だと知っているナギトに対する牽制でもあった。
「ただの挨拶だろ。それより状況の確認だ。なぜここにいる?ジェニスの帝国軍兵士は全員制圧済みなんだな?」
ナギトはそんな牽制を流して質問をした。話が早いというか、レンの言う通りに情報収集に余念がない姿勢に、疑問をぶつけられたレンはひとつため息をして答える。
「エステルたちとは昨日王都で別れたわ、ジェニスが占拠されたと聞いてね。それからツァイスに寄ってティータに同行を強制される形でジェニスに来たの」
「ふむ」と相槌を打つナギト。ある程度話は読めたが、確認の意味も込めて続きを促す。
「それで機を見て生徒たちと協力して兵士たちを制圧したってわけ。帝国の女将軍さんの話から民間人への攻撃はないと判断したから大胆に動かせてもらったわ。一部、良識のない兵士さんもいたようだけど……おにいさんが来てくれて助かったわね」
「それについてはもう少し早く来てれば…だな。まあ生徒たちに被害がなかったのはなによりだよ」
「ええ本当に。あと兵士さんたちについては全員制圧したつもりよ。……取り逃しがあったら、もうおにいさんが動いてるわよね?」
「俺が気配で把握する限り全員制圧されてるな。さすがの手腕だな《殲滅天使》」
「元、よ。その恥ずかしい二つ名はやめてちょうだい」
「これは失礼。……で、この後は?」
「ツァイス方面は帝国軍と王国軍がやり合ってるから避けるつもりだったけど……、おにいさんの目的はルーアン市かしら?」
言葉足らずのナギトのセリフに、レンはドンピシャで回答してくる。ジェニスを解放したはいいが、この後生徒たちをどうするのかという問いかけ。
「そうだな。ルーアン地方の帝国軍を撃破撃退する予定。その後にお前たちはツァイス市に抜ければいい」
「わかったわぁ」と間延びした声。若干の幼さを感じさせるレン。不安の裏返しなのだ。
だがナギトはそれに構わず踵を返した──その時、「あのあのっ!」とティータがおずおずと、しかし勢いよく声をかけてくる。
「なにかお手伝いできる事はありませんか……?」
この少女もリベールと帝国の戦争という苦境の中で自分にできる事を探しているのだ。
ナギトは知っている。ティータ・ラッセルという少女がリベル=アークや影の国の一件で大人顔負けの胆力を発揮した事を。
しかし────
「ねーな。……いや、取りこぼすつもりはないけど一応流れ弾には注意しといて」
こと戦争においてティータは無力だ。それこそ騎神のような埒外の力でようやく干渉できるレベル。ベクトルは違うが、それこそ導力停止現象を引き起こしたリベル=アークの事件でさえ比較にならない規模の話なのだ。
「あう…」と引き下がったティータ。レンは嘆息している。気遣いのできない大人で悪いが、ナギトも戦争に巻き込まれた以上あまり余裕はない。
ジェニス王立学園の解放という大金星をあげた2人の少女と生徒たちの安全が確保できるまで大人しくしておいてもらおう。
ナギトはテスタ=ロッサを呼ぶとそれに乗り込み、メーヴェ海道付近に展開する帝国軍に向かっていった。
☆★
それは悪夢であった。悪意であった。悪魔であった。そしてなにより───現実であった。
帝国ルーアン方面攻略軍にとっての、これ以上ない
メーヴェ海道付近に展開された部隊から連絡が途絶えて1時間。ルーアン駐留部隊から連絡が途絶えて30分。それは周辺海域に展開した帝国海軍の前に姿を現した。
「あれが……報告にあった…」
「緋い機甲兵──いや《灰色の騎士》の」
すでにそれの情報は帝国軍で共有されている。
ボース方面攻略軍を壊滅させた緋色の機甲兵。クロスベルでの戦役で活躍した《灰色の騎士》や《蒼の騎士》が駆った、便宜上最新鋭機とされる機甲兵。
尤も、それがただの機甲兵でない事など一兵卒からして理解している。ただそういう常識外のものが存在しているとだけ理解している。
否。理解していなかった。
常識外。予想外。想定外。それらの言葉が甘過ぎる表現だと。
《灰色の騎士》たちと戦場を共にした兵士たちも在籍する軍内において、その存在は高く見積もられていた。ガルガンチュア級を単騎で墜としたなどという眉唾の情報も勘案し、その戦力を計算した。
万が一、それがハーケン門を離れてルーアン方面に来ても対処できる布陣で待ち受けていた。
打ち砕かれた。
「俺はリィンほど優しくねぇぞ」
それは容赦なく帝国軍部隊を撃破していった。艦砲を避け、あるいは斬るという暴挙。空母から発進した飛空艇部隊の悉くを斬り伏せる暴虐。
まるで現実味のない現実を前に、帝国軍は敗北した。
☆★
ナギトは顔を顰めた。
帝国海軍は万全の布陣で待ち受けていた。
メーヴェ海道の部隊とルーアン市の部隊。どちらもおよそ中〜大隊規模だった帝国軍との戦闘も無傷とはいかなかった。
奇襲をかける事でアドバンテージは取れたが、さすがは帝国正規軍と褒めたくなる練度で苦戦を強いられた。
どちらも10分ほどで制圧し、使った霊力を霊脈から補充する。本来、騎神が霊脈から力を吸い上げて回復するのは時間がかかるが、そこは起動者ナギトが霊脈に干渉する技能を身につけたことによりカバーされている。
そして本日の本命の相手である周辺海域に展開した帝国海軍を視認した。
「うっはー、準備万端だな」
メーヴェ海道やルーアン市に配置していた部隊から連絡が途絶した事で警戒していたのだろう。これは死ぬかもしれんとナギトは思った。
例え騎神であっても艦砲をまともに受ければ中破は確実だ。装甲の硬さや霊力・闘気の防護も圧倒的な火力の前には脆いものだ。
それに騎神には起動者へのフィードバックもある。それが有利に働く場面もあれば不利に働く場面もある。
しかし、ナギトも覚悟完了した身だ。
殺す覚悟。その命を背負わない無配慮。無慈悲に、無遠慮に帝国軍を蹂躙しよう。
艦砲が飛んでくる。避けた。砲弾が海面に落ちて炸裂。大きく水柱が立った。それが開戦の合図となる。
すでに空母から発進した飛空艇がテスタ=ロッサを取り囲み、一斉に機銃を掃射した。
意に介せず接敵。魔剣プロパトールで一閃。包囲を破る。
「効かないね、そんな豆鉄砲!」
嘘だ。ちゃんと痛い。50mリジュ口径の機銃程度では騎神の装甲は貫けないが、フィードバックのせいでナギトにダメージは通っている。
こんなハッタリで機銃掃射をやめてくれればいいがさすがは帝国軍人、こんなブラフには引っかかってくれない。
「俺はリィンほど優しくねえぞ」
クロスベルに攻め込んだ共和国軍を、リィンはあくまで戦闘不能にしただけだった。飛空艇の不時着などがそうだが、今のナギトにはそうしてやれるだけの余裕はない。
なにせ双肩にはリベールの明日が懸かっている。
カシウスからのオーダーは“ルーアン地方に展開した帝国軍の撃退”だ。そのやり方までは指定されていない。
とは言え、圧倒的な実力を示して帝国軍に早期撤退されても困るのだ。オーレリアの《銀蹄機甲兵団》は戦力を残したまま大人しく帝国本土に戻ったらしいが、普通の師団であればある程度態勢を立て直したら再び攻め入ってくる公算が大だ。
だから、少々の苦戦を演じつつナギトは帝国海軍の戦力を削っていった。彼らがナギトの狙いに気づいた時にはもう遅い。すでに立て直すのが不可能なほどの打撃を与えられていた。
「千の武器、破空装填───破軍!」
最後の飛空艇部隊はあっけなくやられて、それで帝国軍はナギトの策に嵌っていたのだと自覚する。
「いやー、キツかった。強かったよ、あんたら」
空母から見上げる緋色の機体はまるで鮮血を浴びた死神のように思えた。その死神が大鎌の代わりに弓に槍を番え、そして放った。
「破空装填。魔槍一擲」
槍が空母を貫き爆発する。付近に展開していた空母や戦艦の数だけそうした。
帝国ルーアン方面攻略軍は文字通り壊滅した。
☆★
「いやあ、きついのなんの」
帝国海軍を壊滅させたナギトは一度ジェニス王立学園に戻ると生徒たちを引き連れてルーアン市を訪れていた。
ルーアン市の通信装置を使ってカシウスに連絡するためだ。
画面越しのカシウスは柔和に、しかし渋面をつくっている。
「よくやってくれた。……それで、いつごろ合流できそうだ?」
「……かなり急いで1時間、ってとこですね。いけます?」
カシウスからナギトに下されたオーダー。本日最後のそれは、ルーアン地方の帝国軍を撃滅した後、返す刀でツァイス地方に進軍している帝国軍を王国軍とナギトで挟撃、撃破する事であった。
「こちらはほぼ膠着状態……いくらでも時間は稼げる。だが無理をさせる事になってしまうが、できるだけ急いでほしい。君が帝国海軍を壊滅させた事で海路からの援軍はないだろうが空路での援軍はまだ懸念されるからな。再びルーアン地方を押さられてしまえばテティス海にしかけるこちらの策も打てなくなる」
カシウスは語りながら眉をハの字にして「君にばかり負担をかけてしまうが」と付け足した。
ぶっちゃけた話、今日のナギトはすでに働き過ぎだ。単騎でルーアン地方の帝国軍を撃破した。こんな他の誰にもできないような真似をさせた後に、さらに激戦区に参入せよと言うのだ。カシウスも申し訳なさそうにするのも当然といえた。
「わかりました。……さっきも話したジェニスの生徒らの保護は任せても?戦闘に巻き込まれないようカルデア隧道付近に待機させておくつもりですが」
「それについては任せてくれ。ツァイスに来ている帝国軍を撃破次第こちらで保護しよう」
「お願いします。……では1時間後に」
「うむ、よろしく頼む。現場の指揮官はマクシミリアン・シード大佐だ。話は通してある」
通信を終える。レンらジェニス生徒らと少し会話し、テスタ=ロッサに乗り込んだ。
「どうだ、テスタ=ロッサ」
「霊力の残量23%……今日の戦い方を継続するのは困難だ」
帝国海軍との戦いでは霊力を大幅に消費していた。戦闘スタイル的には近距離で剣を振るのが一番強くはあるが、対軍において言えばそのやり方はチマチマとしたもの過ぎる。だから破壊力のある大技を使うわけだが、そういった技はえてして闘気や霊力の消費が大きい。加えて海上では霊脈と接続できず戦闘中に霊力を補充できなかったのもある。
「補助する。1時間弱で70%くらいまで回復できるか?」
「可能。ただすでに霊力補充の機能が破損しつつある。このような無理はしばらくできなくなるだろう」
「それは困るな…」
テスタ=ロッサが説明するには、霊力を霊脈から補充するための機能は、本来“吸い上げる”ためのものではない。ただナギトの補助によって得られる霊力は多大であるためその機能がバカになりつつあるらしい。
「じゃあ無理のない範囲でやろう。次は王国軍との共同戦線だ、さっきより俺たちの負担は少ない」
「すでに無理をしている範疇だが、承知した。それより我が起動者よ……そなたの方が心配だ」
メーヴェ海道、ルーアン市、テティス海での帝国軍との戦闘によりナギトは少なからずダメージを負っていた。テスタ=ロッサからのフィードバックだ。身体的な損傷はないし、戦闘の規模からは考えられないほど軽微なダメージではあるが一個人としてはすでに体力ゲージが赤くなる頃合いだ。
「心配なし、とは言わんがまだいける。お前の霊力回復と並行して気でも体力回復してるし。まあいざとなったらフォロー頼むわ」
「承知した」
☆★
カシウスとの通信からきっかり1時間後、ナギトとテスタ=ロッサはツァイス地方で王国軍と戦闘している帝国軍を急襲した。
王国軍のジャミングにより帝国軍はルーアン地方の部隊とは連絡が取れていない。後続がこない事と併せて幾分以上の不自然さは感じていただろうが、その程度で撤退を選ぶほど帝国軍人に弱腰な者はいなかった。
と、そんな心理を読んだカシウスの策がばっちり決まったと言えよう。ジャミングは昨日から続けられていた事もあり不自然さもいくらかは緩和されている事もあった。……カシウスはハーケン門と連絡が取れる前から、これに似た絵を描いていたのだろうとナギトは考える。やはり彼は《剣聖》という以上に稀代の戦略家なのだ。
背面を突かれた帝国軍は、王国軍との正面戦闘が激化していた事もあり長く保たず沈黙する事となる。
王国軍飛空艇部隊と制空権を争っていたガルガンチュア級や主力戦車アハツェンがテスタ=ロッサによって大破させられた事で敗北を悟った帝国兵の残り多くは捕虜となる道を選んだ。
こうして現在リベール王国内で最大の激戦区であったツァイス地方の戦闘は落ち着く事となったのである。
ナギトはジェニス生徒らを王国軍の現場指揮官シード大佐に引き渡し、その後はカシウスの指示通りハーケン門に戻る事になる。
開戦から3日目、リベール王国は静かな夜を過ごす事となる。
そして翌日。開戦4日目、帝国の大軍勢がリベール王国に侵攻を開始した。