「いやあー、ははは!これで捻挫でもしてたら可愛げあったんでしょうけどね!」
司令室の床で正座しながらムタタユーは得意げに言った。
4日目戦闘終了後、ナギトはムタタユーに助力の礼を言おうとして探していたところ、司令室にいると聞いてその場に向かったのだが。
「バッカモン!」
モルガンからムタタユーに拳骨が落とされる。すでにタンコブは3つほど積み重なっていた。
「いってぇ」と床に叩き伏せられたムタタユーとモルガンがナギトの存在に気づく。
「えーと、プレイ中失礼します?」
「お楽しみ中ではない!」
ナギトの小ボケにモルガンが大仰に応える。
「ムタタユー軍曹と話をしに来たんですが、待ってた方がいいです?」
「いや、もういい。調子に乗ったこいつはあまり話を聞かん……フリをして実は聞いてるからな。身に染みているだろう」
モルガンの見透かすようなため息にムタタユーは「うっ」と言った。
さすがは将軍、軍曹程度の処世術など見破って当然といった体だ。
モルガン将軍からムタタユーを預かるとナギトは使わせてもらっている応接室に連れて行きコーヒーを用意した。
「さっきは助かったわ。サンキューな」
「いえいえ。一応戦果として認めてもらってますし。まあ、あなたのお友達には悪い事をしちゃいましたけど」
よく見ている。ナギトとリィンらの関係を友人のそれだとムタタユーは見抜いている。
「いいさ。あのくらいじゃあいつは死なん。それと、無事でなによりだよ」
「ありがとうございます。やったぜ!って大興奮もあったんですけど何とか着地も成功して、そっからは命からがらハーケン門に逃げ込みましたよ」
「大したもんだよ。ピンチだと冷静になるタイプ?」
「まあ…そうかもですね。あっヤッベ…ってなるとそうなります」
「まだ20歳くらいか?かなり実戦慣れしてるな?」
「21ですね。訓練の賜物ですよ。まあ書類仕事は後輩の方に任せっきりなんですけど」
ムタタユーは自嘲げに、自慢げに「ははは」と笑う。これにて閑話休題。ようやく本題だ。
「……なんで援護しようと思った?」
「そっすねえ……、カーファイさんがちょくちょく剣やら槍やら飛ばしてこっちを援護してくれてたじゃないですか。それが“お前らも手伝え”的な催促に思えたんですよ」
本当に、良く見ている。アンバーズ・シードの評価や先日ナギトを戦場に引き入れた事と言い、ナギトのムタタユー評価は中々に高かったが、今日でそれはより上がった。
「良く見えたな?」
「たまたまですよ。比較的安全なところにいたんでチラッと見えてそうじゃないかなーと」
ムタタユーはコーヒーを啜りながら事もなげに言った。帝国軍と王国軍の大混戦の中で比較的安全?もし仮にそんな場所があったとして、どんな嗅覚があればわかるんだそんなもの。
ナギトはこのムタタユーという男を少し試したくなった。かつてナギトを試した面々もこういう気持ちだったのかと苦笑する。
「そうだったか。……ところでお前、この戦争をどう見る?」
「どう……どうとは?」
「お気楽にお答えください」
「面接かな?………まあ、正直言って意味不明ですね。どうしてこの時期で…とか、何が狙いで…とかですね。リベールは一応七耀石の鉱脈が多かったりしますが帝国の国土からすればそこまで欲しい土地でもないでしょうし。今回の急な宣戦布告は各国からの反感もあるしでマイナス面も大きいと思うんですよ」
軽妙なやり取りがあり、その後にムタタユーは語り始める。彼なりの今回の戦争についてを。
「クロスベルを手放した件については置いとくとして、帝国は昨年ノーザンブリアを併合。これでまあ北については心配が要らなくなった。でも南にはリベールがある。共和国との戦争を始めたとして、背後を突かれる可能性があるなら今のうちにリベールを統治下に置いておく……というのもわからないでもない。でも支配したとして、それで逆らわなくなるわけじゃない。それこそクロスベルが独立したみたいにリベールも帝国共和国の戦争の際に裏切って攻撃する事もできる。これについてはノーザンブリアも同じですね。……だから“共和国との戦争に備える”という意味ではこのリベール侵攻はあまり意味がないのかなーと思います」
ナギトも概ね同じ考えだ。ただこれは常識的な意見でもある。物事を俯瞰して見る事ができればナギトのような勉強嫌いでもこの程度は知恵が回る。
「なので、意味不明です。………ああ、でもただひとつだけ激烈な違和感があります」
「違和感か。それは?」
ムタタユーはナギトを見つめている。少し間があって彼は少しため息を吐いてから言った。
「あなたがいること」
ナギトがリベールにいることにムタタユーは違和感を覚えていた。
「俺?」
「だってそうでしょう」と当然のようにムタタユーは続ける。
「あなたがいること。これはリベールにとってめちゃ有利に働いてます。てかぶっちゃけあなたがいなきゃもうリベールは占領されてる可能性あります」
《緋の騎神》としての働き、特務兵ジョン・ドゥとしての働き。これらはムタタユーの言う通り別格の活躍を見せている。
改めて考えると自分でも頭おかしいんじゃないかというレベル。後世では話盛ってるとか複数人だったとか言われる類だ。
客観視するととんでもない。
「あなたがたまたまリベールに旅行中に、たまたま帝国との戦争が始まって、たまたまあなたはリベールに味方してる。……こんな偶然ありますかね?女神の思し召しとか言われたらどうしようもないですけど」
「俺がリベールに味方したのはたまたまじゃないぞ」
「そうですね。でもリベールからしちゃ
ムタタユーはナギトがリベールに味方している事を、ナギト自身の信念に従った結果だと理解している。それがリベールにとってこの上ない奇跡だと言っている。
「うーん、帝国に仲間友達はいるけど別に故国ってわけでもないしなあ」
ナギトは帝国のために戦っているわけではない。その行動原理はいつだって自分の幸せのためだ。その幸せのためにリィンら友人たちも幸せにならなければならない。
あとは認めたくはないが正義感というやつだ。Ⅶ組として一年ほど活動した結果だろう。誇らしくもある。
「それでも、ですよ。正直あなたの行動は異常です。……もしかして帝国政府に仲の悪い人とかいます?」
「ふ、オブラートな言い方だな?」
「政敵──という表現が正しいのかわかりませんので。命を狙われるくらい恨み買ってるとか」
「ノーコメントで」
この戦争を引き起こしたのはギリアス・オズボーンだ。その前提で考える。
彼ならナギトがリベールに旅行に行く事を掴んでいたはずだし、この戦争に巻き込んで殺すなんて陰謀を企む事は可能だ。やるかやらないかはさておき。
ただそれはおかしいのだ。実際にナギトを暗殺できていないし、やるつもりならリベールに戦争をふっかけるよりよほど有効な手段はあるだろう。
「まあ……俺にわかるのはこれくらいですよ」
「参考になりました」
実際、ムタタユーはナギトが《理》の地平から見ている意見とほぼ同じだった。彼の本質を見る眼が“観の眼”と同質なものである事は明らかだ。
限定的ではあるだろうがムタタユーは《理》に足を踏み入れている。森羅万象に通ずるとも過大評価される《理》だが、これに至るのは別に武を極めるだけが手段ではない。森羅万象に通ずるというなら、森羅万象から至れるのも道理だ。
「じゃあ俺はこのへんで。ぼちぼち溜まった始末書があるんで」
「おう、ありがとな。……なんか、悪い」
「いえいえ。俺が始末者書くのも祖国のためですから」
「はっ、始末書書く英雄ってな、なんか締まらねーな」
「はは、ガラじゃないすよ英雄なんて」
ムタタユーとの挨拶まで終えて一息つく。残りわずかなコーヒーを煽って「うっわ」と声が出た。
窓の外に蒼い鳥が見えたからだ。それはナギトと目が合うと屋上の方に姿を消して行った。
追った先にいたのは、やはりと言うべきか戦火の地に似合わぬ妖艶な魔女だった。
☆★
夜風に蒼いドレスを靡かせて、蒼い鳥と戯れる美女。美しい黒髪が風に揺れて白磁の肌を際立たせる。見る者に忘我を授ける圧倒的な美貌だった。この一瞬を切り取ればさぞ絵になる事だろう。
「こんばんわ、ナギトくん」
振り向かずに蒼鳥グリアノスと戯れながら彼女は言った。
「こんばんわ、クロチルダさん」
ナギトが名前を呼ぶと、ようやく彼女は振り返り「ふふ」と妖艶に笑んだ。
「大活躍みたいじゃない?マスク・ド・ジャックだったかしら?」
「は、そっちは2日目だけですね。俺の活躍も騎神ありきですよ」
あいも変わらず耳が早い。自明の理と言えばそうだが、ナギトは警戒を一段階引き上げる事にした。
「今日はクロウとリィンくんと戦ってたわね。遠くから見させてもらっていたわ」
「そうですか」とおざなりに答える。騎神同士の戦いは内戦終結間際の煌魔城でも行われた。今にして思えば、ヴィータ・クロチルダはあの戦いを導いていたように感じられる。
「苦戦していたわね。それほど彼らは強かったかしら?」
「強かったですよ」
短く答えたナギトに「嘘をおっしゃい」とクロチルダもまた短く返した。
「あなたの実力ならあの2人がかりでも容易に撃退できたはずよ?」
「買いかぶりですね」
「……ああ、なるほどね。クロスベルでも言っていた“殺意の有無”の話ね。あなたは彼らを殺すわけにはいかない。生きて帰すために力を抜いていたってわけね?」
昨年末頃のクロスベルの物語。オルキスタワー前で《赤い星座》を迎え撃ったナギトはシグムントらを殺すつもりがなかった。それを咎められもしたが───
「手抜きとは意味が違いますよ。俺は本気だった。騎神に不慣れな事を差し引いてもあいつらは強かった。それだけです」
「そう」とクロチルダはつまらなそうに、あるいはすこぶる愉しそうに言った。やはり《蛇の使徒》ともなればナギトからは推し量れない感性の持ち主なのだろう。
「それで、要件はなんです?……結社の幹部であるあなたがわざわざ俺に会いに来た───その意味は?」
結社《身喰らう蛇》、《蛇の使徒》第二柱《蒼の深淵》ヴィータ・クロチルダ。それがこの女の裏の世界に轟く名前だ。
その彼女がナギトに──執行者No.Ⅱ《剣皇》に接触した意味とは。
「……そう警戒しないでちょうだい。私と君の仲じゃない?」
「はっ」
「鼻で笑ったわね……?」
クロチルダはジト目でナギトを睨みつけてくる。こういうところは級友エマにそっくりだと思った。血は繋がってないのだったか、しかし姉妹で似ているようだ。
「……まあいいでしょう。私も個人ではなく結社の人間としてここに来ているのだから、このくらいの歓迎は想定していたわ」
「すみませんね、歓待の準備もなくて」
開戦1日目の夜にトマスと話したところ、最近は結社の連中は組織として動いている様子はなかったらしい。それが帝国とリベールの戦争が始まってから動き始めたという事は、やはりそういう流れなのだろうか。
「私がここに来たのは、あなたに話を通しておくためよ。ナギトくん」
「……うん?」
「不思議そうな顔をするのね。……当然でしょう?君は今や《
「光栄な事です」
「また心にもないことを……。それで話というのは、執行者が何人かリベール入りしたけど、彼らと会っても潰しあったりしないでね…という事なのだけど」
執行者が数名リベールに派遣されたとクロチルダは言っている。ナギトの推測は強固になった。
「わかりました。このクソ忙しい時にやってられん相手ですからね」
「その中には《痩せ狼》もいるのだけど……」
「ヴァルターっすか………」
執行者No.Ⅷ《痩せ狼》ヴァルター・クロン。
泰斗流を骨子とし、様々な流派を組み合わせた殺人拳の戦闘狂だ。
ナギトとの戦績は1勝1敗。白黒つけたい気持ちもあるが、相手は紛れもない達人クラス。下手にやり合って怪我しても事だ。
「まあ、まあ……まあ。了解です。あっちから仕掛けてきた場合は撃退しますけどいいですね?」
「仕方ないでしょう。……彼もそこまで分別のない人ではないと思うけれど」
ナギトの中にあるヴァルターのイメージはまんま戦闘狂だ。アレと比べればラウラの剣比べなんて可愛いにも程があるレベル。
「……結社がこの時期にリベール入りしたとなると例の《幻焔計画》の鍵がこのリベールにあるという認識でいいんですか?」
そうして話も一段落したところでナギトは推測を口にした。
《身喰らう蛇》メンバーのリベールへの派遣。それ以前にオズボーンがリベールに戦争をふっかけた理由。
「違うわよ。私たちが知っている範疇ではね」
「あれっ?」
キメ顔の推理が的外れだったナギトはずっこけた。
「《幻焔計画》はクロスベルと帝国に跨がる《オルフェウス最終計画》の第二段階……第一段階である《福音計画》が終わったリベールは関係ないはずだけど………このタイミングで《鉄血宰相》はリベール王国に戦争を仕掛けた…………その行動の意味についてはわからないと言うしかないわね」
結社でもオズボーンの意図が読めてないとなると、厄介な事になってきたと言わざるを得ない。
「一応聞きますが、あなたたちが知らない《幻焔計画》のピースがリベールにあるなんてこと…ないですよね?」
「そのはずよ。……でも確定ではないからこうして執行者を数名派遣したってわけね」
「なるほど」
「…………使徒たちで話し合っても今回の帝国のリベール王国侵攻の意図はわからなかった。《幻焔計画》に関する何かがあるのか、シンプルにリベールの領土を欲しているのか……はたまた別の狙いがあるのか。………第四柱のオジサンは陽動かも、なんて言っていたけど……」
結社にとっても今回の帝国によるリベール侵攻は大事だったようで最高幹部である蛇の使徒で集まって会議したらしい。
ナギトが面識があるのは第二柱であるクロチルダと第七柱だけ。他の使徒についても人伝てやプレイヤー知識として知ってはいるが、実際に会った事はない。
「第四柱……《千の破戒者》でしたか」
「良く知ってるわね?」
「名前だけですよ。……しかし陽動ですか」
「うーん、問題は何に対する陽動かって事よね。性格破綻者だけど頭の良い人ではあるから……」
「それフォローしてます?」
「してるわよ」とクロチルダは言い返した。そこから幾許か会話したが、特に得るものもなくその場を離れる事となった。
「あ、そうだクロチルダさん。星辰コード使わせてください」
と、彼女が転移する直前にナギトは言った。クロチルダは転移を取りやめると、ナギトを見て首を傾げた。
「君…いらない、使わないって言ってなかったっけ?」
クロスベルでクロチルダとアリアンロードに連れられて星辰の間に行ったナギト。その場で執行者No.Ⅱ《剣皇》のコードネームと《外の理》の魔剣レーヴァテインをもらったが、実はその時に星辰コードに登録する云々という話もあったのだ。
これがあれば転移やらネットワーク接続やら遠距離通話やら特典が盛り沢山だったのだが、ナギトは“相性が良過ぎる”と言って固辞。スペシャルな機会を逸していた。
「そうも言ってられない状況なんで。まあ保険をかけとくくらいの意味合いなんですけど」
クロチルダは「いいわよ」と言ってナギトの申し出を快諾した。代わりにとある条件を突きつけてナギトはしぶしぶ了承。2人の合意をもってナギトは一時的に
☆★
そんな一幕があり、夜。
ハーケン門に───否、リベール王国に激震が走った。
司令室のPCと向かい合うのはモルガン将軍だ。モニターの向こうにはカシウス将軍。この場にナギトも呼んで情報共有と洒落込んでいたわけだが。
まずカシウスに一報が届けられた。彼が驚愕に目を見開く様は新鮮なもので、この智将でも驚く事があるのかと思った。
次にカシウスからハーケン門のPCモニターの前に集う者たちに、その情報が与えられた。
「エレボニア帝国から停戦の申し入れがあった。受け入れられ次第、明日にでも使者を寄越すと」
モルガンらハーケン門の将校の驚きはカシウス以上のものだった。
それからしばらくして落ち着いた面々は停戦の申し入れについて議論したが、受け入れる方向で話はまとまった。
「ついてはウィル。君には明日までハーケン門を守ってもらいたい。この申し入れが嘘とは思えんが、念の為にな」
カシウスからナギトへの指示も降り、やがて通信も終わる。
選択を迫られる事になる。ナギトが。カシウスが。リベール王国が。誰しもが。
決断を先延ばしにする事はできない。
すでに選択を誤っているのだとしても、突き進むしかないのならそうするのみ。
さあ、選択の時だ。決断の時だ。尽くす時だ。
選尽のリベールはすぐそこに。否。すでにここに。