八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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マスク・ド・ジャック任務開始

 

 

カシウスの要請はこうだった。

 

王都グランセルで起きた暴動は移民が扇動したものであり、それはギリアス・オズボーンの仕込みと思われる。

それが各都市にも及んでいると想定し、暴動を未然に防いで欲しい、と。

 

 

「また難しい事を言いますね」

 

 

この暴動はオズボーンの作為によるものだが、暴動そのものは計画ではない。テロやクーデターなら事前に怪しい動きがある。

しかし暴動は“起こす”ものではなく“起きる”もの。暴動に参加するその直前まで暴徒は市民なのだ。

 

 

「君ならできるだろう。意脈を読めるんだとか」

 

 

ナギトがその話をしたのはリシャールにのみだ。彼から伝え聞いたのだろう。

 

そこからカシウスは続ける。すでに王国軍から選抜した数十名のメンバーを各都市に配置していて、ナギトは彼らに指示を出して市民を扇動して暴動を起こそうとする者を確保する役目を求められている。

 

 

「君に任せたいのはボース市、それからロレント市だ。その二都市での仕事が終わったらそのままグランセルに来てくれ」

 

 

「わかりました。…ルーアンとツァイスはどうするんです?」

 

 

「そちらはリシャール──R&Aリサーチに依頼してある」

 

 

王国五大都市、グランセル、ロレント、ボース、ツァイス、ルーアン。

すでに暴動が起こったグランセルを除くロレントとボースをナギトが担当し、ツァイスとルーアンはリシャールが受け持つ。納得の人選だ。

 

 

ナギトはカシウスの要請を引き受けた───というのが昨日。

 

 

あくる日、ナギトはハーケン門から出てボース市に向かった。

カシウスからはハーケン門から補助として数名の軍人の引き抜きを許可されたがナギトは辞退した。アンバーズはモルガンの副官でハーケン門に欠かせぬ人材であるし、ムタタユーの思考はナギトに近いため逆に要らない。他の面々はそもそも知らないに等しい。

あとは、その方がナギト自身も動きやすいと思ったからだった。

 

 

ボース市に着くと、協力者であるメイベル市長宅にて派遣された兵士の取りまとめ役と落ち合う。そこで打ち合わせをしてからナギトは街に繰り出した。

 

 

商業都市ボース───その名の通り、リベールの商業分野の最先端を行く活気のある都市だ。街の中心にはボースマーケットという建物があり、その中にはいくつものテナントが入っている。

都市にはもちろん遊撃士協会支部があるが、今回の件については協力はなし。ナギトが暴動を防げなかった場合の保険として機能してもらう事になっている。

 

この暴動は帝国とリベールの戦争の一環ではあるが、表向きは市民の暴動……つまりは遊撃士が介入する事由のある出来事となる。

 

もちろん暴動の未然防止のための作戦も軍からギルドには通達が下されており、言わば暴徒化以前の一般市民を拘束する件についても承知してもらっている。市民の味方であるギルドと軍のいざこざを防ぐための措置だ。

 

 

「ん、あの人」

 

「了解です、ジョン中尉」

 

 

近場の軍人に指示して暴動を計画している者を捕縛してもらう。

意脈を読む、とは霊脈を通じて人の思考を読み取る事に他ならない。とは言っても思考の詳細までわかるわけではなく、その人物が持つ感情が読める程度。

今回では暴動を起こそうとする悪感情を読み取っている。

 

 

ナギト──もといジョン・ドゥは中尉という階級を与えられた。今回の作戦を現場指揮するための特例措置だとか。当然白い仮面も被っていて、公的にはここにナギトは存在していない事になる。

その事実が何を示すのかはまだわからないが、カシウスの指示によるものだ、何らかの意図があるのだろう、と思考を打ち切る。

 

 

5時間もするとボース市に潜伏している暴徒予備軍のすべてを取り押さえる事ができた。未だ事件を起こしていないため横暴とも言われたが、一応テロ準備罪という名目はあり、さらには国家の非常時という事で予想していたよりスムーズに事は運んだ。

 

実は遠目からナギトが殺気で威圧していて、それで暴徒の戦意を削いだりもしたが、優秀な王国軍にはバレていたようで、少し苦言を呈されもした。

 

 

そんなこんなで本日の仕事は終わりだ。開戦より6日目、停戦から2日目。

束の間ではあるが、血が流れない事を平和と呼ぶのなら今はそれだった。ボースの街並みが街頭に照らされて優しくライトアップされている。ボース市はリベール王国でも第二の都市とされるが、エレボニア帝国第二の都市である海都オルディスと比較すると慎ましやかな街と言えるだろう。あちらは貴族趣味が街に反映されていてギラギラしている。陰謀の匂いもするから余計にそう感じられるのかもしれない。それとは逆にボースは穏やかな印象を受ける。良い街であるとナギトは結論した。

 

 

コーヒーをちびりと嚥下した。ボース市、夜の街角の事である。

 

 

☆★

 

 

午前10:00から開始されたボース市の暴動未然解決作戦は約5時間をかけて完了した。潜伏していた暴徒102名を拘束し、今は軟禁状態にある。

 

ナギトはこの日はボースで一泊し、明日一日かけてロレント市へ移動、翌日にロレント市内の暴徒を今日のボースのように拘束する手筈となっている。ジョン中尉の命令に従う選抜メンバーは各都市に配置されており、ボースで共に作戦に従事したお仲間とはここでお別れして、ロレントではまた別のメンバーがジョン中尉の命令を待っている。そんな事をカシウスが言っていた。

 

 

夜、手持ち無沙汰になったナギトは宿泊施設から抜け出すと街に繰り出した。

昼間に取りこぼした暴徒がいないかの確認であったが、杞憂だったようで意脈で読む限りはすでに暴動を企む者はいないようである。

 

 

「……………ふう」

 

 

しかし、市民の不安はある。戦争は止まったとは言え一時的。国の差配次第では続行される可能性もある。意脈を読んでいると、市民の漠然とした不安がナギトに流入してきた。

 

ナギトはそれを意識的に断つと、今度はギルド支部へと向かった。

エステルやアネラスといった知り合いはいなかったものの、受付に遊撃士のバッジを示すと情報交換ができた。

 

 

すでに主たる遊撃士のほとんどは王都近郊に集まっているらしい。あとは帝国にいたシェラザード・ハーヴェイも共和国経由で王国に戻るルートを確保し、さらには共和国ギルド所属の遊撃士2名を引き連れてくるのだとか。

 

目新しい情報はそのくらいで、ナギトはギルド支部を出ようとしたところで大柄な男とすれ違う。

 

 

「失礼」

 

 

出入口のドアでぶつかりそうになりつつも回避。そのまま出ていこうとして、

 

 

「待て。お前……昼間のやつだな?」

 

 

因縁をつけられる。昼間の──とは仮面を被ったジョン中尉の事だろう。

 

 

「さすが、わかるか。アガット・クロスナー」

 

 

赤毛の大男の名はアガット・クロスナー。《重剣》の異名を取るリベール王国のA級遊撃士だ。

 

 

「ほう、良く知ってるな。どこからの情報だ?」

 

 

「ご同輩なもんで。お噂はかねがね」

 

 

遊撃士のバッジを再び懐から取り出す。アガットはそれを認めると、受付の老爺に話を通してナギトを外に引っ張っていった。

 

 

「お噂はかねがね……ってなあ、こっちのセリフだぜナギト・ウィル・カーファイ」

 

 

アガットは先ほどのやりとりを踏まえ、ナギトの正体を見破っていた。さすがはA級遊撃士といったところだろう。

 

ナギトが道々するアガットの足は街道に向いている。これから起こるであろう事にナギトはげんなりしつつも、わずかな愉しさが胸に踊った。

 

 

「帝国所属の遊撃士でありながら、帝国政府にも通じた男───そんなやつがリベールでなにしてやがる」

 

 

「旅行中に戦争に巻き込まれたってだけさ。そんな事より…いいのか、俺なんかに構ってて。こんな国の非常時だし遊撃士は大忙しだろ?」

 

 

「だからだ。旅行中に戦争に巻き込まれただぁ?しかもそれから王国軍に協力して故郷の軍隊を撃退するなんざ、動きとして怪し過ぎるだろうが?」

 

 

そらきた、と内心でつぶやく。確かに客観視するとナギトのムーブは怪しいなんてもんじゃない。アガットの指摘は尤もであった。

 

 

「まー、気持ちはわかるけどな。俺が王国軍に協力してるのはただの正義感とちょっとした私用のため……。正直、俺に絡むのは時間の無駄だと思うぞ?」

 

 

「それを確かめるために……」

 

 

アガットは背中に背負っていた重剣──身の丈ほどもある鉄塊の如き大剣を引き抜くと、ナギトに向かって振り下ろした。

 

 

「──こうして来てるんだろうが!」

 

 

半歩だけ退く。重剣が地面を抉り砂と雑草が舞い散った。

 

 

「お前じゃ無理だ、《重剣》の」

 

 

「ハッ!煽りやがるな。お前の狙い……暴かせてもらうぜ!」

 

 

 

静止が煽りになる。ほとんど狙ってやったが、挑発ほど効果はなかった。アガットは飛び退くと本格的に重剣を構える。問答無用らしい。

 

 

「オラッ!」

 

 

アガットは一足飛びに肉薄すると再度重剣を振り下ろす。避ける。横薙ぎの一撃。避ける。袈裟斬り。避ける。避ける、避ける、避ける。

 

 

「チッ……ひらひら避けやがって。やる気ねぇのか?」

 

 

「遅いんだよ、お前の重剣は。……出させてみろよ、本気」

 

 

再びの挑発。アガットはそれを受けて咆哮。荒ぶる心を薪にして闘志を燃やす。おそらくは“ウォークライ”を我流に仕上げたクラフトだ。

 

 

「なら……こいつでどうだぁ───!」

 

 

飛び上がったアガットは火龍の威容を纏ってナギトに突撃してきた。“ドラゴンダイブ”──アガットのSクラフトだ。

 

対するナギトはようやく太刀を抜いた。この“ドラゴンダイブ”も避けるのは容易いが、それではアガットの狙いから逸れてしまう。

 

 

「神鳴刃」

 

 

極大の雷力を太刀に込める。バヂバヂと千の鳥の鳴くような音と共に雷光が瞬き──

 

 

“ドラゴンダイブ”と“神鳴刃”が激突する。

火炎が爆ぜて雷鳴が轟く。

 

極光が視界を灼く。視覚が正常に戻る──より早く、

 

 

「ラァッ!」

 

 

アガットの重剣は振り切られていた。

 

 

「ハハ」

 

 

ナギトには当たらない。

 

 

「大振り過ぎんだよねえ!」

 

 

太刀の鋭い刺突がアガットの頬を掠める。ナギトのテンションは上がりつつあった。

 

 

「チッ、腹が立つぜ」

 

 

頬の赤を拭いながらアガットは重剣を構え直す。

 

 

「かっかっ。そこまでわかれば上出来というもの」

 

 

アガットは見抜いていた。彼我の実力差。逆立ちしても勝てないという事実を。

 

 

「しゃらくせぇ!」

 

 

再度、突撃。そんな弱気は捨てている。

 

ナギトはオーレリア戦以来の剣士のバトルに心が躍り、わけのわからない事を口走らないか内心で不安になっている。秒で忘れた。この心地良い理合には不要の感傷だ。

 

 

「はは、いいぞ。もっとアゲてけ!」

 

 

「るっせえよ!」

 

 

重剣と太刀が交わる。鉄塊のような大剣と細枝のような刃。しかし重剣は自ら避けるようにしてナギトに当たらない。すべて螺旋の技術で受け流されている。

 

 

「当たらないね〜、悔ちいね〜?」

 

 

「───殺す」

 

 

ナギトのクソ幼稚な煽りにアガットは青筋を立てた。重剣が勢いを増して叩きつけられる。

 

 

「あっはっはっは!」

 

 

愉快に、楽しそうにナギトはひらひらと舞う。重剣は空を切る。

 

 

「くそったれ……お前…遊び過ぎだこの野郎!」

 

 

重剣はさらに鋭さを増していき────

 

 

 

 

 

果たして10分後、地に倒れていたのはアガットだった。

 

 

手には重剣。額には玉の汗。息切れも激しくアガットは何度目になるかわからない「くそっ」と悪態を吐く。その体には無数の太刀傷が浅く刻まれていた。

 

 

「はっはー。アガット・クロスナー……お前さん、なかなか悪くないな」

 

 

「褒めてんのかよそれ……ったく」

 

 

「俺とは相性が悪過ぎたな。……ほれ」

 

 

ナギトはアガットの手を引っ張って起き上がらせる。

アガットはため息をついて重剣を背負い直すとナギトに向き直った。

 

 

「毒気が抜かれちまった。……これが狙いか?」

 

 

「おうよ。剣を合わせりゃわかる事もあるだろ?」

 

 

「……癪な事にな。お前はガキっぽいが悪いやつじゃねぇ。…………その、なんだ」

 

 

「言えよ、因縁つけて悪かったなって」

 

 

「ああ言ってやるよ!因縁つけて悪かったなくそったれ!」

 

 

軽妙な会話はこれで終わり。アガットの真意が自身を試す事と看破していたナギトはそれに乗っていただけだった。剣士同士、刃を交えれば相手の善悪くらいは見抜けるものだ。

 

そうしてナギトは己の心情を刃に乗せて開示し、アガットはそれを受けてナギトが、少なくとも悪意があってリベールに来たわけでない事を察した。

 

そこから先は興が乗って試合然とした運びになったが、アガットの目的は達せられた。プライドは粉々になってしまったが。

ナギトの性能からして一定以上のスピードを持たない者は相手にならない。そういう意味でアガットはナギトにかなり相性が悪かった。

 

途中で斬撃をコンパクトにまとめてきた時はひやりとする場面がいくつかあった。やはりA級遊撃士の実力は伊達ではない。

 

 

「お前の故郷はラヴェンヌ村だったな。大丈夫だったか?」

 

 

「……ああ、戦火に巻き込まれちゃいねえ」

 

 

遊撃士でも公式には最上位に位置するA級のアガットが、他の面々が王都近郊に集まっている中、ボースに現れたのは近くにある故郷を訪れたからだと推測したナギト。国境にほど近いアガットの故郷──ラヴェンヌ村は戦争の被害を受けていないそうだ。

 

 

「………今はまだ、だな。これからどうなるかはわからない」

 

 

「ああ。だから……いや、そうじゃなくてもこんな戦争は認められねえ。さっさと終わらせなくちゃなんねえ」

 

 

「それには遊撃士なんて身分は足枷になる」

 

 

アガットの気持ちを受けてなお、ナギトは寄り添う事はしない。今のナギトにはアガット個人を慮る余裕はなかった。

 

 

「……はっ。だが、遊撃士にしかできねえ事もまたある」

 

 

「………そうだな。やっぱ、さすがだよアガット」

 

 

ナギトに言われるまでもなく、唆される事もなく。アガットは自身がやるべき事を定めている。

 

 

「俺は今カシウス・ブライト将軍の命令で動いている」

 

 

「なに…?いや………そういう事か。帝国軍を蹴散らしたって噂の緋色の機甲兵もお前ってわけだな?」

 

 

「お察しの通り。……まあ今は王都での暴動の事件を受けて各都市を手分けして回ってるとこでね。明日明後日でロレントを片付けたらグランセルに向かう予定になってる」

 

 

「…………まさか、そこで落ち合おうってんじゃねえだろうな?」

 

 

粗野な見た目に反してアガットは頭の回転が速い。ナギトの教官だったサラ・バレスタインと同格なのだから然もあらん。

 

 

「いやいや。……だけどな…………たぶん、顔を合わせる事にはなると思う」

 

 

「一応、根拠を聞いておこうか?」

 

 

「カン。………おそらくもう一波乱くらいある。グランセルか、あるいはリベール全土でかはわからんけども」

 

 

それくらいじゃないと、ナギトの中のギリアス・オズボーン像とはマッチしない。このリベールの戦役において、もうすでにオズボーンの像がぼやけて見えるナギトがどの口で、という話にはなるが。

 

 

「グランセルの暴動、そして各都市で暴動を目論む移民工作員……これらはオズボーンの仕込み、時間稼ぎという見解は俺とカシウス将軍で一致してる」

 

 

「時間稼ぎか……なんのためだ?」

 

 

「それがわかんねぇんだよな……」

 

 

そこからナギトとアガットは少しの間情報交換と議論を行った。しかし新たに判明した事はなく、やがて2人は別れる。

 

その間際、アガットは小言を言った。曰くナギトの挑発癖は直したほうが良いと。でなければ今後も誤解されて面倒に巻き込まれるのだという忠告。

ナギトも重々承知している事ではあったが、指摘されると頷くしかない事実だ。リベールに来てからというもの、リシャールにも“子供っぽい”と言われたり、アガットには“ガキ”とまで評された。

ナギトは帝国の人間──それがリベール側の認識だ。しかも先のクロスベル独立に関わっていた事もあり政府や帝国情報局に通じていると──事実だが──思われている。

そんなわけで、少しでも情報に精通している者からすると、ナギトの怪しさはすでにMAX。どうしてリベールに味方しているのか、その真意はどうなのか。そういった点において色眼鏡で見られてしまうのだ。そのような誤解を避けるために、誠意ある態度対応をしろ、との諫言であった。

 

 

 

翌朝、ナギトはロレントへ、アガットはグランセルに向けて出発した。

 

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