八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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人の繋がり、縁の価値

 

 

《北の猟兵》の襲撃及びアリシア女王との謁見の翌日、ナギトは遊撃士協会グランセル支部に顔を出していた。というのもアルジュナに呼び出されたからである。

 

 

「お疲れ様でーす」

 

 

グランセル支部に入る。静寂と共に視線が一斉にナギトに向く。それに込められたわずかな畏怖をナギトは感じ取っていた。

 

無理からぬことだとは思う。これまでのナギトの活躍、決断、裏での働き。意味不明過ぎて意図不明過ぎて不気味に思える。もしナギトも同じような動きをしている者がいたら最大限に警戒していただろう。

 

 

「来てくれたか、ウィル」

 

 

しかし、そんな中でひとりだけ変わらぬ扱いをしてくれるのがアルジュナだった。ナギトのような考えられた立ち回りでそう成るのではなく、このような人物こそが真に英雄と呼ばれるべきなのだろうと思う。

 

 

「アルジュナ先輩、お呼びいただいて。……何か用です?」

 

 

「何か用です?…じゃないわよ!」

 

 

つかつかとナギトに詰め寄ったのはエステルだった。エステルもまた英雄の器だ。

 

 

「あんたのおかげで助かったわ、ありがとう!でもそれについての話はしたい…けどもう決着ついちゃってるんでしょ!?」

 

 

「そうだね」とナギトは返答する。ナギトが《アナザーフォース》という傭兵組織─広義では猟兵─を運用した件については昨日のアリシアとの謁見で話は済んでいる。

 

 

「私は納得していません」

 

 

支部の扉を開いて新たに人物が入ってくる。紫の髪の彼女は、

 

 

「クローディア王太女殿下。……いや、今はクローゼ・リンツかな?」

 

 

クローディア・フォン・アウスレーゼ。リベール女王の跡目だった。その彼女の世を忍ぶ仮の姿と偽名がクローゼ・リンツだ。

 

もちろんナギトはそんな事を知るはずはない。だから要らぬ警戒を引き出してしまう。目を細めたクローゼを安心させるように、その肩に手が置かれる。

 

 

「そう警戒しないでくれたまえ。彼は見た目よりは良い人間だよ」

 

 

そこにいたのはオリヴァルト──否。オリビエ・レンハイム。エレボニア皇子オリヴァルトの漂泊の天才演奏家としての姿だ。

 

 

「おや、オリヴァルト殿下。……こちらはオリビエさん、ですか?」

 

 

「そういうところだよナギトくん。君は言葉の端々に暗躍みを出したがる。……諸君も勘弁してやってくれ。彼は時に自分を大きく見せたり卑小に見せたりする。これはただの悪癖で、その暗黒微笑の裏には普通の笑顔が似合う青年なんだ」

 

 

「はは……恐れ入ります」

 

 

オリビエの冗談混じりのフォローにナギトは少し項垂れるポーズ。ギルド支部に詰める面々も信頼あるオリビエの言葉に息を吐いた。

 

 

「そうだぜ。こいつは要するにガキなんだよ」

 

 

続いてアガットもフォロー(追い打ち)する。さらにナギトは肩を落とす。

 

 

「………さて。まずフロイライン・クローゼ、その話についてはもう終わったものなので、俺は関係ありません。関係ない事になったんですよ。よろしいですか?」

 

 

「ナギトくん」

 

 

ナギトの突き放すような物言いにオリビエが突っ込む。

 

 

「でもですね、もうその件についてはどうにもできないんですよ。そんな事がわからない王太女ではないでしょう」

 

 

「ならばせめて子供扱いはやめてあげたまえ」

 

 

 

「…ですね。失礼しましたクローゼ女史。平たく言うとですね……納得云々抜かす暇があんなら強くなれ…って事です」

 

 

「──ッ」

 

 

「悪辣だねぇナギトくん」

 

 

オリビエはもうツッコミを入れるでもなく嘆息するだけだ。せっかくフォローを入れたのにこれでは台無しだ。

 

 

「だってもう時間の無駄でしょ、終わった話なんだし。納得できないなんてガキの癇癪に付き合う暇はないんですよ」

 

 

“納得”というものは国民のものだ。国主の立場に至るクローゼはそんな言葉で国を乱す可能性を生じさせてはいけない立場。

 

 

「……やれやれだよ」

 

オリビエはもう言葉もなかった。

 

 

「それともなんだ……自分の納得のためだけに俺を力づくで動かしてみるかよ?」

 

 

個人の“納得”は武力でも権力でも力でもってもぎ取るものだ。

そしてクローゼはナギトを動かす事はできない。武力はもちろん仮に女王だったとしてもナギトは権力に平伏するような人間ではない事が見抜けた。

 

 

俯いたクローゼを見てエステルがナギトの肩を殴った。

 

 

「そうじゃないでしょ!」

 

 

「ぬん?」

 

 

「クローゼが求めてる納得はそこじゃない。………わからない、なんて言わないわよね?」

 

 

「さっきから悪癖全開だよナギトくん。もっと良い人ぶる事も覚えないとね」

 

 

エステルとオリビエの2人に諌められる。なんならアルジュナからも頷きかけられて観念する事にした。

 

 

「失礼しましたクローゼさん。やむを得ない事情があったとは言え猟兵の運用を行った事実に相違ありません。謝罪いたします。故あって獄に繋がれるわけにはいきませんが、以降もリベールのために尽力するつもりです。どうか平にご容赦ください」

 

 

わかっていた。最初からクローゼが求めているものなんて。ただ意地悪してみたくなっただけだ。これからのリベールを引っ張っていく王太女が英傑の器であるのか。

 

 

「その謝罪、受け入れましょう。リベール王太女クローディア・フォン・アウスレーゼではなくクローゼ・リンツ個人として」

 

 

「君はあの謁見で謝らなかったからね……。公式な場での謝罪は色んな側面があるとは言え、だ」

 

 

あの裏話を取りまとめた謁見が公式な場とは認め難いが、確かにあの場でナギトは謝罪しなかった。悪びれもせず三文芝居を貫き通した。

感謝と謝罪は人間関係を回す潤滑油だ。そんな事はわかっているはずなのに、それができていなかった。知らずの内に緊張していたのかもしれない。

 

ばつが悪そうに顔を上げたナギトの背中をばしばしとオリビエが叩く。

 

 

「まあこうして謝罪も済ませた事だし、存分にこき使ってやってくれたまえ!リベールのために働くと言質もとった事だしね」

 

 

オリビエの取り計らいには感謝するしかない。わだかまりなく、とはいかないまでもこれで支障なく仕事ができるだろう。

 

 

「というか……オリヴァルト殿下。今日は帝国とリベールの和平交渉あるんじゃないんでしたか?クローディア殿下も」

 

 

「僕はそろそろ行かないとね。ちょっとみんなの顔を見に来ただけさ」

 

 

「私はみなさんに協力させてもらいます。交渉についてはお祖母様とカシウス将軍にお任せする形になっているので」

 

 

どうやらオリヴァルトはもう行かなければならないようだ。クローゼが和平交渉に参加しないのは予想外だったが、参加するアリシアやカシウス、帝国側のレクターからすれば小娘に等しいだろう。いてもいなくても同じとは言わないだろうが………

 

 

「いやあ、あなたは参加するべきでしょう。前の西ゼムリア通商会議にも参加したようですし、レクターさんにとっては特効でしょう」

 

 

クローゼの存在はある意味でレクター・アランドールに対する泣きどころだ。奇妙な縁が2人にはある。ジェニス王立学園時代の先輩後輩だった。

 

 

「いえ……私は………、というかなんで知ってるんですか?」

 

 

「ははは」

 

 

「はははじゃなくて」

 

 

本来知らないはずの情報。プレイヤーとしての記憶によるものだ。またオリヴァルトから咎めるような呆れた視線を向けられた。

 

 

「まあいいじゃないですか。俺は特別なんですよ。……それより仕事の話をしないと」

 

 

無理やりナギトは話を変えた。説明してもいいが容赦ない解説は絶望を生むだけだ。ナギトは鬼畜の自覚もあるが、働き手が減るのは困る。

 

クローゼから切った視線を受付エルナンに向けた。

 

 

「おっと、そうだね……候補は2つあってね」

 

 

エルナンの説明はこうだった。

ひとつは市街地の復興支援。もうひとつはグランセル地方の手配魔獣の討伐。

復興支援をメインに行いたいようだが、手配魔獣も捨て置けず。手配魔獣をナギトが引き受ける場合はその実力を認めて単独でお願いしたいと。

 

 

「ほんなら手配魔獣で。ちょっと他にやりたい事もありますし」

 

 

市街地の復興支援となると、ナギトも常外の働きはできないだろう。それなら規格外と称される武力を発揮できる手配魔獣の討伐の方が良い。

 

 

「私も同行します」

 

 

ナギトが手配魔獣の討伐を引き受けるとクローゼが同行すると言い出した。ナギトは露骨に嫌そうな顔をした。

 

 

「足手まといにはなりません。……それとも何か不都合でも?」

 

 

「それなりに使えるのは知ってますよ。でも霊脈が乱れてる今、幻獣クラスが顕れてる可能性もある。守るのは容易いですけどね……守られるって事は足手まといになるって事ですよ」

 

 

ナギトの“やりたい事”も他人に見られたところでさして支障はない。しかしクローゼは足手まといになる事はナギトの中で確定事項だ。

 

 

「それなら彼女の面倒は俺が見よう。それでいいか、ウィル」

 

 

そこで新たに名乗りを挙げたのはアルジュナだった。

 

 

「先輩に言われると弱いっすね……。まあいいでしょう。バトルでも移動でも遅れたら容赦なく置いていきます。それでいいなら」

 

 

クローゼとアルジュナの2人から了承を得る。他の遊撃士らからも顰蹙を充分に買いつつ───ナギトら3人は出発した。

 

 

 

☆★

 

 

 

そして案の定、クローゼはナギトに撒かれてしまっていた。アルジュナも一緒に途方に暮れている…わけではなく、ナギトの気配を追っている。

 

 

手配されていた大型魔獣の数は5体。グランセル地方を東西に広く出現していて、クローゼは一日仕事だと思っていた。

しかしグランセル市を出たナギトは「かかっても2時間だな」と言い、それから疾駆した。

クローゼとアルジュナはそれに置いていかれてしまう。アルジュナ単独なら辛くも追い縋れたが、クローゼの面倒を見ると言った以上はそのペースに合わせる他なく、予定していた1匹目の手配魔獣の地点にはすでにナギトの姿はなく、遠くで戦闘音が聞こえるのみだ。

そんな絶対に追いつけない追いかけっこを続けて2時間。

 

 

「お、遅かったな。……もう全部終わったぞ」

 

 

最後の手配魔獣が出現していたポイントにナギトはいた。こちらは追いかけるだけで肩で息をしているのに、同じ距離を走り、何より手配魔獣を単独で討伐したナギトはまるで息を切らしていない。

 

 

「置いていくって……はぁ…はぁ………こんな……」

 

 

「俺言ったもーん。追いつけない方が悪いもーん」

 

 

まさか本気で置いていかれるとは思っていなかっただろうクローゼは何とも言えない感情になっている。

 

 

「まあ息を整えなさいな。……俺にとっちゃここからが本番だ」

 

 

念話を繋ぐ。ハーケン門では騒ぎになるかもだが、別にいいだろう。それくらいの規格外だとの理解はあるはずだ。

 

 

「来てくれ、テスタ=ロッサ」

 

 

《緋の騎神》テスタ=ロッサが転移してくる。ハーケン門の軍倉庫から空間を跳躍してナギトの前に現れた。

 

 

「5日ぶりだな、我が起動者よ。用命か?」

 

 

「おう。ちょっと新しい試みをな」

 

 

振り返ってクローゼとアルジュナを見る。クローゼは目を丸くしアルジュナはいつもの真顔だった。

 

 

「紹介する。俺の相棒のテスタ=ロッサ。超常の存在だけど……まあ気にしないで」

 

 

「それほどの存在を気にするな、とはな」

 

 

「それが話に聞いた………まるで至宝のような…」

 

 

クローゼにわずかに警戒を感じ取る。テスタ=ロッサに向き直りつつ言う。

 

 

「警戒するなっても無理か。まあ警戒したところで無駄だから意識割くだけ損だぞ」

 

 

「無駄……?」

 

 

「俺がその気になればこいつを使って──、いや使わずともリベールなんてすぐ滅ぼせるからな」

 

 

「───!?」

 

 

ナギトにそんな気はないのだから無駄だと言いたいだけだが、言葉選びが悪過ぎた。

 

 

「だが、国を滅ぼせても国を維持する事はできない。それではお前の望みは果たせない──だから警戒するな…という事だな」

 

 

アルジュナのスーパー気遣いによりクローゼの警戒は解ける。「そうです」と肯定した。というかアルジュナにナギトの願い云々の話などしただろうか。相変わらずの慧眼である。

 

 

「テスタ=ロッサ、まずは確認だ」

 

 

しかし今突っ込んだところで時間を無為に消費するだけだ。2人との会話を打ち切ってテスタ=ロッサに話しかける。

 

 

「お前は霊脈から霊力を汲み上げる事ができる。それは言わば───無色の力だ」

 

 

「肯定する。無色の…というのはわからないが、霊脈から得られる力は純粋なものである」

 

 

ナギトの意図をテスタ=ロッサは見事に表現してみせた。

 

 

「それだ。逆はできるか?」

 

 

「逆──とは、霊脈に霊力を還す事が可能かという意味か?」

 

 

「それだ」と首肯する。ナギトの目的は霊脈に霊力を還す事だった。それもただ還すだけではない。

 

 

「還す霊力に色をつけて──というと語弊があるな。例えば…反戦意識を乗せて霊力を霊脈に戻す………できるか?」

 

 

ここからは仮説に仮説を重ねたナギトの妄想になる。

ナギトは人々は少なからず霊脈に影響されながら生きていると思っている。普段の霊脈は純粋な力のみが流れているから人々の生活には何ら干渉しない。しかし霊脈が乱れているような状況だと不安になったりする。霊脈が乱れているという事はそれなりの事案が起きているのだからそのせいとも思えるが、可能性は捨て切れない。

だったら霊脈に意図的に干渉できれば?反戦意識で霊脈を塗り潰せば人々はそれに影響されて反戦意識が芽生えるのではないか。

 

 

「やった事がないゆえわからぬ。が、我が機能とそなたの技量があれば可能だろう」

 

 

「なら」

 

 

「だが、それは広大な湖に水を一滴だけ落とすようなものだ。我が残存霊力をすべて注いだとてそれは変わらぬ」

 

 

「……む、ぬぬぬ。ここは幻獣が出現していた…霊脈の点穴みてーなもんだ。それでもか?」

 

 

「それでもだ」

 

 

どうやら無理らしい。ナギトも最初から望み薄だと思っていたが、正面から言われるとくるものがある。

 

 

「……わかった。用件はこれだけだよ、呼び出して悪かったなテスタ=ロッサ」

 

 

まだやりようはある。しかし実現可能性は低いだろう。ナギトはこのやり方を断念する事にした。

 

クローゼとアルジュナに向き直る。置いてけぼりだった2人に焦点を合わせて肩をすくめて見せた。

 

 

「というわけです。思いつきに付き合わせたみたいで悪かったですね」

 

 

「………まさか、そんな事をするつもりだったなんて………」

 

 

「思いも寄らぬ事をするものだ。まさか霊脈を通じて民に干渉するつもりだったとはな」

 

 

「これこそ無駄でしたがね。……できたとしても効果もさほど望めなかったでしょう。仮にリベール全土の人々の想いを束ねて霊脈に干渉したとしても、それが帝国まで流入したとしても翻意させるべき対象は絶対に意志を曲げない鉄血のオズボーン………すでに帝国民や軍兵にも反戦意識はあるようですからね」

 

 

反戦意識が転じて反オズボーン勢力として興る事もないだろう。貴族派が弱体した今、帝国で表立ってオズボーンに反抗する勢力はない。

 

 

「……でも、お気持ちは嬉しかったです。あなたがリベールのためを想って動いているのがわかってよかったです」

 

 

「ウィルは口と態度の悪さに反して良い男だ。少し視点が違い過ぎるきらいはあるがな」

 

 

アルジュナの言葉には平伏するしかないナギト。リベールで開戦してからこっち、いわゆる仕事モードのナギトはいち個人の視点ではなく国主の如き視座で動いたりしている。

《アナザーフォース》の運用がその最たる例だ。

クローゼはほんのりとナギトを認めてくれた様子。

 

 

「まあ当初の目的だった手配魔獣の討伐は終わった事ですし王都に戻りますか。……ちなみにこいつ王都で働かせても大丈夫ですん?」

 

 

「私たちは何もできませんでしたが……って、その機甲兵をですか?」

 

 

頷くとクローゼはため息をひとつ。

 

 

「馬鹿な事を言わないでください。市民を動揺させるおつもりですか」

 

 

「いやいや。昨日の話じゃこいつは王国が密かに開発した新型ですよ。お披露目も兼ねて復興支援……瓦礫の撤去とか役立つんじゃないです?」

 

 

冗談半分の提案だったが、クローゼは顎に手を当てて考え込む。

先日の謁見でテスタ=ロッサは王国が対帝国のために秘密裏に造り上げた機甲兵という設定になった。女王アリシアが認めた以上、テスタ=ロッサは以後英雄機扱いされるだろう。テスタ=ロッサでなくても《アナザーフォース》が所有するオルディーネ・イミテーションを緋色に塗装すれば英雄機になる。

 

 

「いえ、やっぱりダメです。確かに機甲兵のマシンパワーは復興においても大きいですが、お祖母様とも足並みを合わせないと」

 

 

クローゼの言う通りだった。ナギトのやり方は拙速に過ぎる。

 

 

「わかりました。……ってわけだわテスタ=ロッサ。近くの人目につかないところに隠れといて」

 

 

「了承した。我が力が必要になったら呼ぶがいい」

 

 

そんなやり取りを終えて、ナギトら3人は王都への帰路に着く事になった。その道中、雑談混じりに情報交換を行う。

アルジュナの元いた町では新米だったティーダとルカが遊撃士として成長して任せられるようになったためアルジュナがリベールに来た事。

クローゼのお付きのはずのユリア・シュバルツは和平交渉の会談の場に護衛として立っている事。

オリヴァルトらの新たな使者はパンタグリュエルでリベールに来訪した事などをナギトは知った。

 

 

「パンタグリュエルか……」

 

 

「なにか因縁でも?」

 

 

「因縁というほどの事は」

 

 

ただ、どうしてカレイジャスではないのか疑問に思っただけだ。カレイジャスの艦長はヴィクター・S・アルゼイド。カレイジャスの運用に彼が欠かせないわけではないが、万が一でも《光の剣匠》をリベールに来させたくなかったとか、そういう話なのだろうか。

 

そうこうしている内にグランセル市に到着した。それから3人は復興支援に参加し───。

 

 

 

夜、ナギトはカシウスと面会した。

 

 

 

☆★

 

 

「お疲れ様です。待たせましたかね?」

 

 

「老師の手紙で君を知ってから何年もな。ご苦労様だ、ウィル。かけてくれ」

 

 

「失礼します」と用意された椅子に腰掛ける。

グランセル城、あつらえられた客室での邂逅である。

 

 

「ええと…一応、はじめまして?」

 

 

「通信では何度も顔を合わせてるがな。昨日の謁見でもだ。……だが、確かにそうだな。はじめましてだ、ウィル──ナギト・ウィル・カーファイ。カシウス・ブライトだ。君の事は老師からの便りで聞いている」

 

 

「こちらこそ、カシウス師兄。俺の方も老師ユンからあなたについては聞かされています」

 

 

ナギトとカシウスは2人してくつくつと笑う。2人の縁は本来八葉一刀流のみ。それが何とも奇妙な流れで、こんな場での対面になっている。

 

 

「…本当なら酒でも酌み交わしながら……と思ってたんですがね」

 

 

「そういうわけにもいくまい。俺も酒は好きなんだがな。……そういえば、ロレントの家に土産で持ってきてくれたとか?」

 

 

ナギトはカシウスの休暇と聞きつけてロレントのブライト邸まで行ったが、その際に帝国の酒を持って来ていた。

エステルたちからでも話を聞いたのだろう。

 

「ええ。グラン=シャリネには劣りますがね。落ち着いたら適当に飲んでくださいな」

 

 

「悪いな」とカシウスは微笑した。

 

 

「しかし……まさか君のような若人が八葉を継いだとはな………。此度の戦の活躍でもわかったが、相当の才能のようだ」

 

 

「まあ……もう謙遜はしませんよ。八葉を継いだ身……それなり以上の剣力は求められますからね」

 

 

「《刀神》…だったか。随分と大層な二つ名をつけられたものだな?」

 

 

「はっ。それもまた俺の八葉継承者としての自覚を促す戒め……みたいなもんですよ」

 

 

「剣を、《剣聖》の名を捨て去った俺には耳の痛い話だな」

 

 

「なにをおっしゃる。あなたが剣を捨てたからこそ俺は奮起し今ここにいる。ユン・カーファイの嘆きを晴らすために立ち上がった俺がここに至った。ウィル・カーファイの物語はあなたが剣を捨てたから始まったんですよ」

 

 

カシウス・ブライトが剣を捨てた。それを知った師にして親たるユンが悲しい顔をしたから。ウィルはカシウスを超える剣士になってユンを喜ばせようと立ち上がったのだ。

“俺たち”ならぬ“俺”の出発点は間違いなくそこだった。

 

 

「………そうか。君ほどの剣士が生まれたとなれば、俺が剣を捨てた事にも意味ができるというものだ」

 

 

カシウスは感慨深げに大きく頷いた。少し悲しそうな色を見せたのは、かつて剣を捨てた理由を思い出したからだろうか。

 

 

「それに上昇志向のようだな。昨日の謁見で望むものは安寧だと言った者とは思えんな?」

 

 

「剣を高めるのも平穏の内に、ですよ。…というかあなたがそれを言います?なんでも空の聖獣に挑んだとか」

 

 

カシウスの冗談には相応に応じる。若かりしカシウスは剣を極めるだとか言って空の至宝の行く末を見守る聖獣レグナートに挑んだなんて伝説がある。なんとも剛毅にして馬鹿丸出しな話である。

 

 

「はっはっは。そんな事もあったな。あの頃は若かった」

 

 

「今でも充分若いでしょうに。それに男ってのはいつまでもガキでいいんですよ。馬鹿みたいに騒いで笑って……そんな日々を守れればいいと決心できる生き物なんですから」

 

 

「……そうだな、その通りだ。…………言う事がいちいち老成してるな。至った境地も窺い知れるというものだ」

 

 

「あなたはいちいち持ち上げ過ぎです」

 

 

今度は2人で呵呵と笑う。ひとしきり笑ってからナギトは切り出した。

 

 

 

「あー、楽しいっすね。……でもここまでです。そろそろ真面目な話をしますか」

 

 

「……ああ、惜しいが……そうだな。兄弟弟子の会話はまた次に持ち越しだ」

 

 

このまま剣談議を続けたい気持ちはあった。なんならアリオスやリィンも交えてやりたい。

しかしそう言ってられないほど今のリベールは差し迫った状況だ。

 

次は酒でも酌み交わしながら、他のメンツもまじえてやろうと話を締めくくり、ナギトはまず今日の和平交渉について聞いた。

 

 

「オリヴァルト殿下が来てくれたことで議論は確実に進んでいる。だがやはりレクター特使が難敵だな。交渉ごとで負け知らずという噂は本当だったようだ」

 

 

「彼がネックですか。のらりくらりやったり途端に真面目にやったり…面倒でしょう?」

 

 

「面識があるんだったな。八葉の彼とはまた別の兄弟分だったか?」

 

 

「良くご存知で。彼にはクローディア殿下がクリティカルだと思うんですけど、切り札も出し方次第ですよね。……まあ、ちょいと腹案はあるんですが」

 

 

「ほう、腹案とな」

 

 

「それについてはサプライズで。俺が今後面倒になるし、あんまりやりたくないんですけどね。もし決まったらお伝えしますよ」

 

 

「楽しみにさせてもらおう」

 

 

 

ナギトにはエレボニア帝国とリベール王国の和平交渉に参戦する力技があるかもしれなかった。

そもそも成功するかもわからない手段のウルトラCだが試すくらいの価値はあった。ただそれは痛みを伴う決断になるだろう。

とりあえずしばらくはオリヴァルトに頑張ってもらうとして、それでも無理そうなら秘策を発動させようとナギトは考えていた。

 

 

「あっと……そういえば、この戦争を起こしたオズボーンの目的がわかったとか言ってませんでした?」

 

 

和平交渉の話は一段落したと判断したナギトは気になっていた事を聞いた。

ナギトがどれだけ考えても尻尾すら掴めた気のしないオズボーンの開戦目的。カシウスは前に通信でそれがわかったかも、などと言っていた。

 

 

 

「ああ、言ったな。憶測になるが……聞くか?」

 

 

「是非に」と居住まいを正す。

 

 

 

 

「オズボーン宰相の目的は、おそらく─────」

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