八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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風の止む時

 

ギリアス・オズボーンがリベール王国に戦争を仕掛けた理由。

誰にも告げず始めた戦。大義名分もなく、国政を回す者、軍の将兵、各国からの顰蹙を買ってまで始めた争い。

たったの4日で、何の成果も得られないまま停戦しそのまま和平交渉が始まった無為なる戦争。

 

にも関わらず移民工作員を利用しての暴動や、オリヴァルトを囮にしての《北の猟兵》の襲撃を行ったりと、断続的に工作を仕掛けてきている。

 

リベールの領土を欲しているわけでもなければ、至宝など裏に通じる事情もないだろう事は《身喰らう蛇》から聞いている。

 

 

オズボーンの目的。不明だったそれがカシウスの口から明かされる────

 

 

「オズボーン宰相の目的は、おそらく────、おっと」

 

 

その時、室内に設置されている通信装置──内戦がコール音を鳴らした。カシウスは「すまない」と断ってそれに応答した。

 

 

「──なに!?…すぐに鎮火活動に移れ。襲撃の可能性もある、充分に注意するよう伝達を徹底しろ。アリシア陛下など城内の重要人物の警護にも人員を割け。もちろんオリヴァルト皇子にもだ。それと市街地の状況も確認しろ。追って指示を出す」

 

 

カシウスはガチャリと通話を切った。

 

 

「まずい事になった。グランセル城に火が放たれた……おそらく襲撃だ。君も事態の鎮圧を手伝ってほしい」

 

 

オズボーンの目的を知れるその時だったが、こうなっては仕方ない。ナギトは椅子から立ち上がって頷く。

 

 

「もちろんです。……フリーで動きますが、いいですね?」

 

 

「ああ、君ならいちいち指示を出すよりその方が早いだろう」

 

 

カシウスと別れて走り出す。気配を読むと同時に意脈に干渉して敵の位置を炙り出そうと試みるが難しい。

 

グランセル城内はかなり混乱している。意脈にも多くの感情が流れ込んでリベールに対する敵意のみを絞り出すのは難易度が高い。そもそもナギトは意脈を読めるだけでそれに長けているわけではない。

 

 

相手の目的を考えてみる。この襲撃も十中八九オズボーンの手先によるものだろう。先の《北の猟兵》の襲撃はおそらく失敗を前提としたものだった。今回の襲撃のためのシミュレートだった可能性は?今回の襲撃が本命か?狙いはなんだ?

 

アリシアやカシウスを殺してリベールの弱体化を狙うか。オリヴァルトを殺して国内の敵対勢力を弱体化すると同時に戦の大義名分を得るのが狙いか。

どちらもあり得る。どちらでもない可能性も十二分にある。

 

 

「……ひとまず抑えるべきは───」

 

 

《北の猟兵》を捕らえている牢獄だ。今回の襲撃の規模はあまり大きくないはず──気配から市街地は静かなものだとわかった──だが、《北の猟兵》の牢を破られて連携されれば事態は混迷を極めるだろう。

 

 

《北の猟兵》を捕らえている牢獄に到着する。火が放たれていた。中からは悲鳴が聞こえる。気配で探る限り牢獄内の人数は襲撃前後で変わっていない。

《北の猟兵》の口封じが目的だったのか?いや、ならわざわざグランセル城に襲撃を仕掛ける必要性はない。

 

 

「─────」

 

 

迷いが生じた。消火するか放置するか。《北の猟兵》の価値は如何程か。天秤が揺れている最中だった。

 

グランセル城で爆発が起きた。──否、爆発に匹敵する衝撃が生じ、一室が吹き飛んだ。

闘気で強化した視力が捉える4つの影。ひとりはカシウスだ。残る3人は───胸に鳥をあしらったエンブレム。

 

 

 

「西風────!」

 

 

 

《西風の旅団》───《赤い星座》と並び大陸西部最強と称された猟兵団だった。かつてそれぞれの団長が死闘をして相討ちになるまでは。

《赤い星座》は副団長だったシグムントが跡を継いだが、《西風の旅団》は《猟兵王》の跡を継げる者がおらずメンバーは散り散りになっていたはずだが、どうやらこの襲撃は彼らによるもののようだった。

 

 

ナギトは手近の兵士に牢獄に火が放たれている事実を告げると、カシウスと西風の3人がいる部屋に急行した。

 

 

☆★

 

 

《西風の旅団》はオリヴァルトがリベールに来るのに使ったパンタグリュエル内に潜んでいた。オズボーンの計らいでオリヴァルトはパンタグリュエルに乗る事になり、その広い艦内に隠れていたのであった。

 

《西風の旅団》に命令を下したのももちろんオズボーンだ。彼らがオズボーンに従っているのは、内戦中に西風の連隊長ゼノとレオニダスの目的“団長を取り戻す”ために真に上司としていたのは《黒の工房》───そして《黒の工房》を取り込んだのが他ならぬオズボーン。彼らの望みを叶えたオズボーンに対して《西風の旅団》は借りがあるのだ。

 

 

「そんな身体で良く粘るもんだ。さすがは元《剣聖》」

 

 

そのオズボーンの命令を果たすのに、最大の障害となると目されたのがナギトとカシウス・ブライトだった。

《西風の旅団》はこの2人を1人ずつ、最高戦力をもって制圧する作戦だ。まずはカシウス・ブライト。兵の指揮をしなければならないカシウスの動きは読み易く、奇襲を仕掛けるのも容易だった。間一髪で気取られてしまい、初撃こそ躱されたが《西風の旅団》が現有する最高戦力3人の前ではカシウスも分が悪かった。

 

 

愉しみつつもどこかしらけた男の言葉にカシウスは返事をしない。代わりに闘気を高めて最後の戦技を発動した。

 

 

「ッ──構えろお前たち!来るぞ!」

 

 

それこそはカシウス・ブライトの奥義。剣を捨て棒を取ったカシウスの八葉の果て。

 

 

 

 

「───鳳凰裂破!!」

 

 

 

 

だが、それは西風の3人を狙っていない。熱波を放つ鳳凰はグランセル城の壁をぶち抜いた。否、壁だけでなく天井も床にもダメージが入り、ここで爆発が起こったかのようである。

 

 

「どこを狙ってるんや───」

 

 

「まさか逃げるつもりか……!?」

 

 

ゼノとレオニダスはカシウスの狙いを看破できていない。しかし残る1人は、破られた壁の向こう───この一室を見ている者と目が合った。

 

 

「───いや、一杯食わされたな」

 

 

男───《猟兵王》ルトガー・クラウゼルが言うと、城下に見えるナギトの姿を確認したゼノとレオニダスもまたカシウスの狙いがわかった。

 

 

「外にいるあいつへの合図だったか」

 

 

「こりゃやられたなぁ。……団長、どないする?」

 

 

「片方は手負いとは言え連携されるのは避けたい。あいつが来るまでちょいと時間はあるだろ。その内にこっちを片付けるぞ」

 

 

ルトガーは手負いで気力切れのカシウスを先に倒す判断を下した。

 

 

 

「悪く思うなよ────ッ!」

 

 

 

西風の3人がそれぞれ得物のブレードライフルを構えてカシウスに突っ込む。視界の端でナギトを捉えていたルトガーは驚愕すると同時に叫んだ。

 

 

「伏せろ!」

 

 

一薙ぎ。比喩ではなく一足飛びにナギト近づいたナギトの太刀に膨大な闘気が注ぎ込まれ、振るわれた。グランセル城の一画が瓦礫の山と化す。

 

ナギトの一撃をわずかでも逸らそうと試みたルトガーは吹き飛ばされ、室内に着地したナギトをゼノとレオニダスは緊迫の面持ちで迎える。

 

 

「助かったぞ。……言いたくないがやり過ぎだ」

 

 

カシウスはナギトの派手な登場に苦言を呈する。ナギトはそれを背中で受け止めて返した。

 

 

「こいつらを相手にするならこれくらいは。あなたが死ぬよりマシです」

 

 

ナギトの到着でひとまず危機は脱したカシウスは回復に専念すると言った。

西風の2人はナギトとの睨み合いを続ける。ナギト相手に2人では不利だ。ルトガーが戻るまで時間稼ぎをしなければならない。

 

 

「久しぶりやなあ、ナギト。元気そうでなによりや」

 

 

話しかけたのはゼノだ。方言混じりの軽薄な言葉にナギトが乗るとの算段だった。

 

 

「お前らこそな。その元気をマイナスまで持ってってやるよ」

 

 

軽薄には軽薄を。冷めた目のナギトはゼノの戯言を切って捨てるとそのまま肉薄した。

 

数合打ち合うとゼノの体勢が崩れた。追い打ちをかけようとしたがレオニダスが割って入る。

 

 

「あの内戦からさらに腕を上げたようだ。こちらも負けるわけにはいかんがな」

 

 

マシンガントレットと太刀がぶつかり火花を散らす。

 

 

「ほざけ。お前ら犬の理由なぞ知らん」

 

 

ナギトが太刀を翻す。屈強な肉体のレオニダスは合気によってくるりと一回転して転倒した。そのまま太刀を突き立てようとしたが、今度はゼノの横槍が入る。

それを捌きながらナギトはレオニダスを足蹴にした。壁に激突したレオニダスは苦悶の声を漏らしながらもダウンを拒否。立ち上がったが、すでに遅い。

 

 

「くっ───、やるやないか………」

 

 

ゼノの胸板には大きな太刀傷がついていた。力も速度も技術も、戦闘における大事な要素でほとんど負けているゼノではナギトに勝てる道理はない。

 

 

「お前こそな。今ので退場してもらうつもりだった」

 

 

しかしゼノもやられっぱなしではない。《罠使い》の本領を発揮させてくれる相手ではないが、攻撃をただで喰らうだけではない。多少はダメージを逃す手段も心得ている。

 

 

 

 

「はっはぁ──────!」

 

 

 

吹き飛ばされていたルトガーの復帰。得物バスターグレイブを構えての突貫。当然ナギトは読めている。

 

 

「超過式」

 

 

太刀に貯蔵していた闘気が解放される。

 

 

「八卦覇掌」

 

 

掌の形に固められた闘気がルトガーの攻撃を受け止め、動きを封じ、殴りつける。

 

ルトガーも防御したが、そのダメージは大きかった。

 

 

「──いってえなこの野郎。おいおいゼノ、聞いてたより遥かにやべえじゃねえか」

 

 

着地したルトガーは軽口を叩きながら状況を確認する。自分が吹き飛ばされてから戻るまで1分もかかっていないはずだが、すでにゼノは大きな傷を負っていて、レオニダスも肋骨でも折れたのか脂汗が止まっていない。

 

 

「いやー、さすがに俺らもここまでとは。でも俺が隙をつくるから、そん時にやってくれや」

 

 

ゼノには秘策があった。ナギトの隙をつくり出せる可能性のあるハッタリが。もはやそれに賭けるしかない。

 

 

「──何者だ?」

 

 

ナギトはルトガーに問いかける。ナギトにとって彼の存在は未だ不明のエネミーでしかなかった。合流された以上は今度はこちらが時間を稼いでカシウスの回復を待つべきだ。

 

 

「死人さ」

 

 

ルトガーの短い答えにナギトは考えを巡らせる。

 

 

「まさか──、死んだはずの《猟兵王》か?……内戦中にそっちの2人が取り戻すとか言ってたが………その独特の気配、覚えがあるな。…ミリアムやアルティナと同じ……そうか、《黒の工房》───そう繋がるわけか」

 

 

ナギトは恐るべき速度でルトガーの正体に辿り着いた。わずかなヒントでかなりの精度の推測だった。

 

 

「理解が早過ぎだっての……ったく。改めて自己紹介といくか。………OzシリーズNo.−01。《西風の旅団》団長のルトガー・クラウゼルだ」

 

 

オズボーンが配下とする《黒の工房》は人造人間を輩出している。それは“Oz”と呼称されナギトが知っているだけでもOz73ミリアム、Oz74アルティナなどがいる。

ルトガーの語るマイナスナンバーにどんな意味があるのかはわからないが、その自己紹介はナギトの推測が正解だと言っていた。

 

 

「Ozシリーズ……!やはり人造人間か。生前の記憶を引き継いでそうだな?」

 

 

「ああ。とは言っても本物とは言えないだろうがな。肉体は俺の死体から採取した細胞を使って造ってるし、生きてた頃の記憶もある。……だが、どうしても生きてる心地がしなくてな。限りなく本物に近い偽物──俺はそう思ってる。こんなのを甦らせるために西風のやつらは鉄血の走狗になっちまってな、説教のひとつでもしてやりたいが……そんな暇も与えてくれねえんだろ?」

 

 

ルトガーはバスターグレイブを構え直した。ナギトもまた太刀を構える。ゼノとレオニダスも同じだ。

 

 

「とっとと帰って説教でもなんでもすればよろしい」

 

 

「そういうわけにもいかねえんだよ。こちとら猟兵っつー生き物なんで───なあッ!」

 

 

ぶつかる。白刃が閃き、銃弾が奔る。死の舞踏の再開だ。

 

 

☆★

 

 

化け物、と。そう称される事がたびたびあった。

“猟兵”───それはかつて暗黒時代に始まった稼業である。猟兵は傭兵の上位的な呼び方であり、そう名乗る事が許されるのはほんの一握りの兵だけ。

《西風の旅団》はその中でも最強とされる一角だった。《猟兵王》、《キリングベア》、《罠使い》、《破壊獣》、《火喰い鳥》、《西風の妖精》───数々の化け物が所属した、まさに化け物集団だった。

《猟兵王》の死と共に凋落が始まった。《西風の旅団》が最強だったのは過去の話だと揶揄される事もあった。散り散りになったメンバーを再結集して、かつての栄光を取り戻そうと奮起したのは、連隊長のゼノとレオニダス。

結果、紆余曲折ありながらも《猟兵王》は復活した。本人は不服そうだったが、小言なら後でいくらでも聞こう。ルトガーが戻った今なら各地に散った団員も戻るはずだ。

そうしてまた《西風の旅団》を始めるのだ。

 

 

 

 

「化け物め………」

 

 

膝をついたレオニダスが恨めしげに吐き捨てる。

ナギト・ウィル・カーファイ。こいつこそが他の誰よりも化け物だ。ルトガー、ゼノ、レオニダス3人でも攻め切れないどころか押される。聞けばライバル《赤い星座》の新《闘神》にも勝ったというではないか。

 

 

「こりゃきっついなあ…」

 

 

ゼノもまた弾き飛ばされ、レオニダスに愚痴る。今はルトガーが相手をしているが、いずれ押し負けるだろう。

 

 

「まさか3人でも押し切れないとはな」

 

 

「立ち回りも上手いなあ。俺らの連携封じられてるわ」

 

 

まともに3人で当たれば負けるはずのない布陣だ。しかしナギトは巧みに位置取りし、3人と正面からぶつからないように立ち回っていた。

その背後にはカシウスもいて、ナギトもたびたび庇う様を見せたが、そのカシウスもみるみる回復していき、西風の面々はそちらにも注意を割かなければならないのが厄介だった。

 

 

「チィ……!」

 

 

ナギトの太刀の威力を殺し切れずルトガーが後退した。

3人は短く打ち合わせをする。その間にナギトはカシウスに離脱するように言った。

 

 

「ふむ……まずいか……?」

 

 

「だが、好都合ってもんや……!」

 

 

レオニダスはカシウスの離脱によって起こる戦場全体の不都合に思考を巡らせるが、ゼノはこの戦闘における有利性に言及した。

 

 

「信じるぜ、ゼノ…!」

 

 

ルトガーも打ち合わせでゼノが隙をつくると言ったのを信用し、それに合わせて攻撃を仕掛けるつもりだ。

 

 

「オラッ!」

 

 

ゼノが突っ込む。ブレードライフルが太刀に受け止められる。そこから反撃されるより受け流されるより早く告げた。

 

 

「ああ、そうそう……ラウラちゃんやったか」

 

 

ゼノはナギトの性格を知っている。強過ぎる男。フィジカルもメンタルも、なんなら頭の回転も常人の域を超えていて一見つけ込む隙はない。

だが、弱点はある。本人に弱い部分はなくとも、弱味は絶対に存在する。それはとても普遍的な人間の弱点だ。

 

 

 

「──殺したわ」

 

 

 

心臓が凍りつく。血液が沸騰する。そんな心地をナギトは味わった。時間が止まる、硬直する刹那。生じた隙。

《西風の旅団》はそこを突いた。ルトガーの斬撃が、レオニダスの鉄拳がナギトに叩き込まれる。

 

 

 

「ぐっ………ぅ」

 

 

 

それでもナギトは防御してみせた。完璧とは言えずとも致命傷は避けている。しかしこの緩んだ一瞬で初めて西風はダメージらしいダメージを与えていた。

喀血するナギト。元々、素の耐久は高くないナギト。いつもは馬鹿げた闘気の出力で身を守っているだけ。馬鹿げた技術で威力を受け流しているだけ。猟兵の世界で化け物と呼ばれる者たちの攻撃をまともにくらえば、それだけで膝をつくのも必定だった。

 

 

口元の血を拭う。

 

 

「あー、ハッタリだとわかっても動揺するもんだな」

 

 

立ち上がる。その身から立ち昇るオーラはいつものそれではなく、

 

 

「上手くやったもんだよ、西風。でもだ……わかってるよな………?」

 

 

鬼気だった。

 

 

「それをやったら戦争だってよ」

 

 

 

しかし、若僧の出す鬼気なんぞに怯むわけにはいかない。その鬼気を向けられたゼノが己を奮起させる意味でも叫び返した。

 

 

「アホ言うなや。俺らはとっくに────」

 

 

 

意識はそこで暗転した。

 

 

 

☆★

 

 

 

「───は?」

 

 

ゼノはヴァレリア湖上を飛んでいた。

 

 

「は、じゃねぇよ」

 

 

さらにその上をナギトが飛んでいる。まさに鬼気迫る彼の太刀には殺意が込められていた。

 

崩壊したグランセル城の一画からヴァレリア湖に向けてゼノはぶん投げられた。その衝撃で一瞬意識が飛んだが、そんな事は本人も知る由はない。

ナギトの繰言にゼノが言い返そうとして、そこからのナギトの行動は1秒を切る。ナギトはゼノに肉薄するとそのままゼノを掴んでぶん投げた。空をかっ飛ぶゼノに向かってナギトは跳躍。湖上──正確には湖畔の上空で太刀を構えた。

 

ゼノは拙いながらも状況を理解した。自身が命の危機に瀕している事を。

 

 

「ちょ、ま────」

 

 

「死ね」

 

 

その命乞いは届かない。ナギトは太刀を幾度も振るい、弧状の斬撃が幾重にも重なる。文字通り八つ裂きにされて《罠使い》ゼノは死亡した。

 

 

ルトガーとレオニダスがナギトたちを追ってグランセル城から大跳躍してきていた。

ナギトはすでに次の技に取り掛かっている。

 

 

「ゼノ────!?」

 

 

その驚愕と嘆きすら遅い。ナギトは必殺の技を発動させる。ガルガンチュア級飛行戦艦すら撃墜する破壊力。およそ人の出せる火力を逸脱した力。

骨が軋むのも厭わずに、筋肉が断裂するのも構わずに、血管が破れるのにも関わらず。

 

 

「───極技・無双天晴」

 

 

霊脈から汲み上げた膨大な力を太刀に宿して放った。

ルトガーを狙う軌道。「団長!」とレオニダスは当然庇う。復活したばかりの《猟兵王》を失うわけにはいかない。

 

 

「うううおおおおおぉぉぉぉ───!!」

 

 

「レオ!?」

 

 

“極技・無双天晴”は本来長いタメが必要な技だ。ナギトの莫大な闘気総量であっても日に一回が限度。その縛りをナギトは霊脈から汲み上げた霊力に代わりをさせる事で取り払っている。

しかし霊脈に流れる力は強大過ぎてナギトも慎重に扱わなければ反動で全身がずたずたになってしまう。しかしルトガーとレオニダスの急速接近を感じたナギトは慎重にやっていては間に合わないと判断し、暴力的に霊力を吸い上げるとタメも本来の3割程度で極技を発動した。

 

レオニダスは頑強なマシンガントレットを盾としてナギトから放たれた光線を防ぎ切った。その身の蒸発と引き換えにルトガーを守ったのだった。

 

 

ナギトとルトガーが湖畔に着地する。ルトガーは湖に落ちたゼノの死体と傍に転がるレオニダスの死体に想いを走らせた。

 

 

「馬鹿野郎どもが……」

 

 

こんな死人などに構わなければ、前を向いて生きていれば、少なくともこんな理不尽な暴力に殺される事はなかったはずだ。

 

 

「殺されないと思ってたか?甘ぇんだよ、お前らが始めた戦争だろうが」

 

 

ナギトは挑発げに言う。死んだ2人の話ではナギトという人物はその強さゆえか戦場においても情を優先するという甘い男のはずだった。それがどうだ、婚約者を殺したなんてブラフを見抜いた上で、それでも激昂しゼノとレオニダスの2人を躊躇いなく殺した。

虎の尾を踏んだようだとルトガーは思った。おそらく自分も殺される。ゼノのブラフで動揺、激昂させたはいいものの、その構えから洗練は失われていない。だが、ここで退くわけにもいかなかった。

 

 

「……愚かなガキの最期の頼みだ。俺は西風を復活させなきゃならん。……斬るぜ、《刀神》」

 

 

「すぐ煉獄に送り返してやるぜ《猟兵王》。あの世でガキどもに説教しな」

 

 

 

☆★

 

 

《刀神》ナギトの名は《猟兵王》ルトガーと比較するとまだ低く見積もられる。なにせその名が表に出たのは半年も遡らない。それでもアリオスの撃破やクロスベル独立の補助などでそこそこ売れてはいる。

それに《剣鬼》としての秘したい過去と、《閃嵐の騎士》としての仮面の英雄としての過去が合わされば《猟兵王》のネームバリューに比肩できるかもしれない。

 

しかし現実は違った。

《猟兵王》の戦場で培った戦技は《刀神》の剣技に届かなかった。

ナギトは霊脈から力を汲み上げる際に無理したせいで身体中にガタが来ていたが、闘気で無理やりに動かす事で支障はない。ルトガーも圧倒的な力の持ち主だったが、己の真価を発揮したナギトを相手にしては分が悪かった。

 

 

そもそも“特異点”ナギトは“クロウを救いたい”という願い──感情の集合体だ。

だからナギトは感情の昂りによって強さを上げる。それはかつてケルディックでラウラが撃たれた時のように。

 

これまでナギトの戦いは必要に迫られて行うものがほとんどだった。アリオスやオーレリアとの剣の試し合いは気分も上がるが、それは喜悦であった。しかし今ナギトの身に宿るのは“怒り”────湧き上がるそれが“特異点”に反応して無制限に力を与える。

 

 

怪我の度合いとナギトの自身を操り人形にする動きの歪さによりはじめはルトガーの優勢だったが、いずれナギトも自分の操作に慣れた事もあり、その無窮の武練によってルトガーを押し始める。

 

やがて拮抗が崩れた。太刀を振り上げるナギト。振り下ろすだけで終わりだ。

 

 

瞬間、脳裏に甦る声。

 

 

───“「ナギトはちょっと団長に似てるね」”

 

 

目蓋に映ったのは級友の顔だった。

 

 

ナギトが硬直した一瞬でルトガーはバスターグレイブを振るっていた。袈裟斬りにされたナギトの身体がずるりと崩れ落ちる。

 

 

「………何か余計な事を考えやがったな………?」

 

 

倒れ伏したナギトを見下ろしてルトガーはこき下ろす。さっきまで情け容赦のない刃でゼノとレオニダスを屠ったナギトがルトガーを両断する刹那に迷いを感じさせた。

ルトガーの袈裟斬りが致命傷になったナギトはすでに虫の息だった。ルトガーの問いかけすら耳に届いていない。しかし紡いだ言葉は奇しくもその返答となった。

 

 

 

 

「……甘いのは俺だったか。………なあ、フィー………」

 

 

 

どうしてこんな時に彼女の顔を思い出したのだろうか。ゼノやレオニダスの時にはなかったのに。

どうして他愛無い会話の一幕を思い出したのだろう。

 

 

きっと怒りが緩んだからだ。ルトガーとの戦いは一瞬で決着せず、交わす刃に喜悦を感じたからだ。

怒りに喜悦が混じっては、そりゃあ殺意は鈍るというもの。ここに来て“怒り”という感情で太刀を振るった事が裏目に出る。

 

 

 

「──────お前も、馬鹿野郎だったか」

 

 

ルトガーの声も届かない。ナギトの意識はすでに混濁している。胴体から流れ出る血液は地面を赤く染めていく。

 

 

「ああ……───なんだ……、風が……止んだな…………」

 

 

ナギトとルトガーの戦いの余波でヴァレリア湖畔は荒れ狂っている。波は高く風は吹き荒び。

しかしナギトはそのいずれもを感じる事はなくなっていた。

 

 

 

「……ごめんな、─────」

 

 

そして、謝る相手の名を呼ぶ時間も与えられず、ナギト・ウィル・カーファイの意識は白痴の暗闇に沈んだ。

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