八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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生春にして草木深し。

 

 

黒く、白く、灰色に塗りつぶされた空間。そこにナギトは立っていた。足場さえ定かではないその場所には己と同じ相貌の男がいた。

 

 

「……お前、消えたんじゃなかったか?」

 

 

消えたのか、という埒外の問い。ルトガーもまた死んだはずの男であったが、目の前のそいつはそんな次元の話ではなかったように思える。

 

 

「消えると思ってたさ、俺もな」

 

 

願いの化身。“特異点”たるナギトの真。現世に顕現できず、しかしてナギトの裡側から声をかけ続けることで願いを果たしたプレイヤーのエゴの結晶。

 

“クロウを救う”───その使命を帯びて誕生した“特異点”は“閃の軌跡Ⅱ後日譚”で消えるはずだったが、“特異点”としてだけでなく“ナギト”として過ごした日々が楔となって今日までの生存を許されている。しかし願いの化身は消えたはずだった。ナギトに福音を残して。最後の最後に立ち塞がったシステムの抵抗を無碍にすると同時に消え去ったはずだった。

 

疑問はある。しかし願いの化身が今もナギトの裡で生きているというのが事実ならそう受け止めて話を進めなければならない。

 

 

「で、この状況はなに?俺を助けてくれんの?」

 

 

直前の展開を考えると、ナギトはあと一息で死亡といった有様だった。その死の淵──というそれらしい状況だったから願いの化身も介入できたのかも──からナギトを救うために願いの化身は顔を出したのではなかろうか。

 

 

「話がはえーな。腹立つ。……だけど、まあそうだ。俺がお前を助けてやる」

 

 

「ありがたいね。どうすんの?」

 

 

「超死にかけのお前を助けるには“特異点”らしい裏技を使うしかない」

 

 

「超死にかけかー」とぼやくナギトに化身は説明を続ける。

 

 

「まずは俺が表に出る。それから“特異点”に刻んだ術式を発動して肉体を修復する」

 

 

「特異点の術式?」

 

 

「お前の“緋浴連理の陣”とかと一緒だ。言葉と共に肉体に刻み込んだ術をオートで発動させる」

 

 

それは同級生エマ・ミルスティンに教授された技法だった。常から言葉と共に技を発動させる事により、非常時に言葉を発する事でそれが発動するよう肉体に刻み込む。要はパブロフの犬と同じだ。ベルと共に食事を与えられた犬は、食事を出されずともベルの音だけで涎を垂らす。

 

 

「できんの?」

 

 

とは言っても、それはあくまで肉体に刻む技法。ナギトの肉体には特異点の術式など覚えさせてはいない。

 

 

「最後に会ってからもう一年近くなるんだぞ。その間、俺が何もしてなかったと思うか?」

 

 

化身は秘策アリ、といった様相だった。

夢幻回廊での決戦の後も消えずに残ってしまった化身はナギトの裡から物語を眺めながらいざという時のために備えておいたと語る。

 

 

 

「お前の軌跡を終わらせないためにな」

 

 

 

「俺たちの、じゃねーんだ?」

 

 

良いセリフを吐いた化身に軽口を叩く。

 

 

「あくまでお前の──ナギトという存在の、だ。俺はそれを観ていたい」

 

 

わかっている。ナギトの根幹となった願い、その化身は“閃の軌跡”が大好きで、でもそのシナリオを許容できなかったエゴイストだ。その願い──クロウの生存が果たされたその後の物語なんて、そりゃあ観ていたいに決まっている。

 

 

「わかった。任せる」

 

 

「ああ、任せろ」

 

 

笑みを交換して化身の姿は空間に溶けていく。その最中にナギトは思い出したように言った。

 

 

「たぶんルトガー・クラウゼルが襲ってくる。大丈夫だとは思うけど太刀は使うなよ、折れでもしたらムラマサに申し訳が立たんからな」

 

 

そんな小言に「了解だ」と化身は微苦笑して───

 

 

 

☆★

 

 

 

世界の悲鳴が止んだ。

ルトガーとゼロが去ったこの場でナウシカと対面していたオーレリアは見に徹する。

彼は左目を手で覆ったかと思うと「はあ」とため息をついた。

 

 

「ミスりやがったな、あいつ……」

 

 

手をどけて顔を上げて、それは見えた。彼の左目は緋く染まり、髪も数房ばかり毛先が緋くなっている。メッシュさながらではあるが、彼の変異は今この場面で起こった珍事だ。

 

 

「そなた………」

 

 

「………今はあなたの愛弟子ですよ、オーレリア将軍。いや、恩師だったかな?」

 

 

そのあまりにも軽い返答は間違いなくオーレリアの知るナギトのものだった。

 

 

「ナギト……戻ったか。その変貌はなんなのだ?…いや、それより先の振る舞いは……?」

 

 

「あー……アレは俺の別人格みたいなもんです。ナウシカなんて馬鹿な名乗りをしたみたいですが」

 

 

ナウシカ──願いの化身。死に瀕したナギトを乗っ取り、肉体を再生させたらすぐにひっこんだ“特異点”の本質。

 

 

「ちらっと話した感じ、もう表に出る気はなさそうなんでお気になさらず。この反則的な回復も乱用できないし……と」

 

 

ナウシカはナギトの肉体を修復し、それを明け渡す際に軽く説明した。それでナギトは自身の肉体が回復した筋書きを知った。世界というリソースを使ってそうしたようなので乱用できないというわけだ。やり過ぎると世界が壊れるとも説明を受けた。

 

 

「そうか、死んだと思ったが……生還を果たしたならなによりだ。……してナギトよ、私がここに来ている理由は察しているか?」

 

 

ナギトはその問いかけに片目を瞑って思考した。オーレリアがこの場に現れた意味。仮面こそつけているが、彼女を知っている者からすれば安易な変装。オーレリアの気性からして、早くもナギトにリベンジマッチを仕掛けに来たかとも考えられるが、それだけではなさそうだ。

 

 

「さて。……俺への刺客のつもりなら西風と協力した方が良い。かと言って俺への手助けのつもりなら登場が遅過ぎる。……なんというか、総じてオーレリア・ルグィンらしくない。この妙な矛盾と違和感の正体は………その仮面だったりします?」

 

 

ナギトはオーレリアの美貌を隠す仮面について言及した。《黒の工房》お手製の役割を押し付ける仮面。オーレリアという女傑にナギトの暗殺という仕事を達成させるために騎士オーレリーなんて擬似人格まで芽生えさせようとしているそれに。

 

 

「いかにもその通りだ。これは私がリベール行きを果たすのと引き換えにかの宰相殿から装着を命じられた仮面。尋常ならざる者と手を組んでいるようだな」

 

 

オーレリアも《黒の工房》については知らずともその存在を感じ取っていた。ナギトはオーレリアの話を聞いて嘆息する。《黒の工房》は手広くやり過ぎだ。

人造人間だったり転移装置だったり結界だったり。今度の仮面は人を操るものだが、ナギトはその仕様まではわかっていない。

 

 

「あなたがリベールに来た目的は?」

 

 

オーレリアはリベール入りと引き換えにオズボーンに仮面を渡されたと言った。あの《銀蹄機甲兵団》を率いていないという事は軍人としてではなく個人としての目的があるのだろう。仮面についても聞きたかったが、ナギトはそちらの目的を優先させた。

 

 

「それは……そなたにオズボーン宰相が戦争を始めた理由を伝えねば、と思ってな」

 

 

「───ッ!」

 

 

カシウスに続きオーレリアもまたオズボーンの目的を見抜いたらしい。この不合理な戦を仕掛け、停止し、足止めのような工作を続けている理由を。

 

 

「彼の狙いは─────うッ!?」

 

 

オーレリアが答えを言葉にしようとした瞬間、彼女は呻いた。仮面の強制力が頂点に達したのである。

 

 

「オーレリア将軍?」

 

 

「すまぬ、ナギト。私はそなたを斬らねばならぬ」

 

 

「なにを…。いや───その仮面の効力ですか」

 

 

宝剣アーケディアを抜き放ったオーレリアの言動でナギトはその仮面の意味を理解した。

 

 

「今の私は仮面の騎士オーレリー。ナギト・カーファイ……そなたへ向け放たれた暗殺者だ」

 

 

「…………これもまた」

 

 

オズボーンの奸計の一環だ。オーレリアに仮面をつけさせたのが彼ならその命令も彼のもの。リベールへの侵攻を邪魔されて排除する気になったのだろうか。

 

 

「だったら負けられないな」

 

 

ナギトもまた太刀明星村正を抜く。

気は乗らないが、ナギトの存在はオズボーンへの抑止力となっている。煌魔城での契約が破棄されたなら、彼はⅦ組の仲間たちを害する事に躊躇いはなくなるだろう。ナギトを排除できればそれはナギトが存命してるより遥かにハードルが低くなる。

 

 

「ではゆくぞ、ナギトよ」

 

 

オーレリアはアーケディアを構える。騎士オーレリーとなった今でもその威圧感は変わらない。

 

 

「いや…………」

 

 

ナギトもまたそれに応じようとしたが直前で踏みとどまった。思索を深く、思考の積み木を重ねていく。

 

騎士オーレリーの使命はナギトの暗殺。それはナギトが《西風の旅団》と戦っている最中であれば容易に事を為せたはず。そうなっていないのはオーレリアが騎士オーレリーの使命に逆らっていたからだ。

 

 

「くだらんな」

 

 

構えた太刀をおろしたナギトにオーレリアは眉根を寄せる。吐き捨てた言葉はオーレリアを侮辱しているようにも聞こえた。

 

 

 

「そんなものか、オーレリア・ルグィン!お前が剣を極めんとしたのは誰ぞの謀略に加担するためか! 我が恩師、我が愛弟子、《黄金の羅刹》、軍神オーレリアよ、挑むというなら己が意志で剣を取れ!偽りの衣など脱ぎ捨て武人として馳せよ!」

 

 

 

それは挑発であった。発破をかけるのにも似ていた。その裏に意図があるとしても、言葉に込められた敬意は本物であった。

 

ゆえにこそ、心胆が沸き立つのだ。

 

 

 

「ふっ……ははははは!………そうだな、我が愛弟子、我が恩師、《刀神》、八葉のナギトよ。そなたに挑むというのなら本意ではない剣は振るうべきではないな」

 

 

 

オーレリアはまんまとそれに乗っかった。

ナギトとの剣比べは今のオーレリアにとっては最高のイベントだ。それを仮面の強制力に動かされ、本意ではない剣で勝ったとしても嬉しくない。

 

 

「礼を言うぞ、ナギト・ウィル・カーファイ」

 

 

役割を押し付ける仮面だとか、国同士のあれこれだとか、《西風の旅団》だとか、《アナザーフォース》だとか、《鉄血宰相》だとか。

そんなものは全部くだらないと、そう断じよう。今この場だけは愛しい人との逢瀬の如く、ただ剣士となろう。

 

 

「おかげで確信できた。私にはまだ上があるとな」

 

 

仮面がひび割れ、剥がれ落ちる。隠されていたオーレリアの絶佳なる相貌がヴァレリア湖畔に君臨した。威風堂々たる姿はまさに女傑、稀代の剣士、《黄金の羅刹》オーレリア・ルグィン。

騎士オーレリーなんて仮面はもういらない。鉄血の思惑など知ったことか、とオーレリアは腹の底が熱くなるのを感じた。

 

 

「ははは、さすがですよオーレリア将軍。こうも容易くオズボーンの謀略を打ち破るとは」

 

 

「そなたの言葉があったゆえな。愛弟子の前で、恩師の前でカッコ悪い真似はできぬだろう?」

 

 

ナギトはふっ、と笑い「道理ですね」と首肯した。一件落着かと思ったが、オーレリアは宝剣を構えたままである。

 

 

「だが、この責任は取ってもらうぞ……?こうも昂ってはひとりで静められそうにもない……!」

 

 

それは凶悪な剣士の顔であった。ナギトもまた笑みで応じる。くだらんな、と吐き捨てた時の心境は裏返り、今この場でオーレリアと剣を交える事こそが正義と思えた。

 

ほんの少し、考える。すでにグランセル城での乱は王国兵や《アナザーフォース》の活躍によって鎮圧されたらしい。しばらくは混乱が続くだろうが、ナギトが手を出す事でもない。

つまり今この刹那、剣の享楽に溺れてもいいというわけだ。

 

 

「いいでしょう、焚き付けたのは俺だ。着けた火が消えるまで付き合いましょう」

 

 

明星村正を構え直す。オーレリアの覇気は喜色に膨れ上がり、ナギトもそれに応じるように闘気を練り上げた。

 

 

「では。───《黄金の羅刹》、オーレリア・ルグィン」

 

 

「───八葉の《刀神》、ナギト・ウィル・カーファイ」

 

 

名乗り上げも終わり、いざや開戦の時。

 

 

 

「「いざ参る!」」

 

 

 

☆★

 

 

刻は少し遡り───

 

 

 

「ゼロ………!」

 

 

素早く立ち上がりながらルトガーは武器を構え直した。対するゼロは無手だが、幾度も対峙した事のあるルトガーは彼の異能を知っていた。

 

 

「そう警戒するな。……ルトガー、悪いが市内の西風のやつらは全員拘束させてもらった。あとはお前だけだ」

 

 

「はん……国境なき軍隊……はじまりの猟兵団《アナザーフォース》は伊達じゃねえってか。で、ここまで俺を捕らえに来たってわけか?」

 

 

ゼロはルトガーとナギトの様子を見て、それから視線を戻した。

 

 

「その必要はなさそうだとも思ったがな。部下が優秀なもんで手持ち無沙汰になっちまってな」

 

 

ゼロはナギトの底を知っているわけではない。しかし工作員として、あるいは同業者として何度も戦ったルトガーの実力は知っているつもりだった。

《猟兵王》の異名に違わぬ実力者だが、それでも《刀神》には及ばないと思っていた。それがどうやらナギトの方が押されていたようだ。多少の実力差ならばいくらでもひっくり返せるとは言え、それにしてはナギトの雰囲気がおかしかった。

 

 

「羨ましいこった」

 

 

ゼロの冗句にルトガーも軽口で応える。ルトガーと共に行動していたはずのゼノとレオニダスの姿が見えない事から事情は察せられた。

 

 

「……ルトガー。少し話そう」

 

 

「いいだろう」

 

 

2人の壮年の男はそうやり取りをするとナギト──ナウシカの元から離れて湖畔の奥へと姿を消したのだった。

 

 

「なんなんだいったい……。だけど好都合ではあるか」

 

 

ナウシカの異能によりナギトの肉体の修復にようやく集中できるかと思われた。

 

 

「その前に聞かせてもらおうか。そなただな……この世界を傷つけているのは」

 

 

だがそこには仮面をつけたオーレリア───エレボニアからの刺客、騎士オーレリーがいたのだ。

 

 

「……だったらなんだ?これの結果はおそらくお前も望むものだ」

 

 

「なに……?」

 

 

「………あの馬鹿は自分の価値を履き違えてる。すでに答えは示されているようなものなのにな。……根っこが俺たちだからかな、自らの世界にとっての価値を低く見積り過ぎだ」

 

 

「………ナギトのことか」

 

 

「ふ、さて……時間稼ぎも終わりだ。そろそろバトンタッチしますよ」

 

 

肉体の修復を終えたナウシカは、その制御権をナギトに戻す。内面世界の引き伸ばされた時間でいくつか言葉を交わしてナギトへとバトンタッチ。

そうしてナギトは「ミスりやがった」とぼやくのだ。肉体の修復の際に取り込んでいた《緋の騎神》の欠片が自らの奥深くに根付いてしまっている事を理解して。

 

 

 

☆★

 

 

 

「ちっ」

 

 

「ほれ」

 

 

 

ナギト、ナウシカとの戦闘でルトガーは自分の葉巻がすっかりだめになっている事に気づいて舌打ちした。そこに自らの葉巻を与えたのはゼロだ。先端をカットしマッチで炙るように火をつけた。

 

 

「悪いな」

 

 

芳醇な味わいを楽しんだ後に紫煙を吐き出してルトガーは礼を言った。ゼロは「気にするな」と手近な岩に腰掛けた。ルトガーも同じように手頃な岩を見つけて座る。

 

 

「旨いな。どこのだ?」

 

 

「ウチの自家製産だ。ひょんな事から葉巻が流行ってな、数年かけてようやく既製品レベルだ」

 

 

ゼロが語る《アナザーフォース》製葉巻の誕生秘話。ルトガーは煙を吐き出してながら「はっ」と笑った。

 

 

「おめえら、本当に猟兵団かよ?」

 

 

「正確には傭兵派遣組織だ。……エアなんかはいずれ民間軍事会社なんて呼ばれるだろうと言っていたがな」

 

 

「気取ってやがんな。……時代が変わるか」

 

 

壮年の男2人、顔に刻んだ皺は経験の証、身体に刻まれた傷は歴戦の証明だ。そんな彼らはもう引退しても良い年頃であり、時代の移り変わりを感じ取っていた。

 

葉巻は、まだ吸い始めたばかりだ。

 

 

「いずれ個人までもが利益のために戦争を始めるようになる。国家、宗教、思想……それらに関係なく金のために武器をとる連中が湧いてくるだろう」

 

 

「………猟兵ってなあ、言わばそういう生き方しかできねえやつらの吹き溜まりだ。……だから猟兵なんて明日をも知れねえ稼業を続けるしかねえ。だがな、だからこそ猟兵は強いんだよ。死ぬかも知れねえ毎日を張り続けてきたやつらだからな」

 

 

ルトガーの言葉はゼロへの反論であった。

 

 

「いつでも戻って日常をやり直せる連中が武器を持ったところで猟兵には敵わねえよ。……いくら時代が変わったところで戦争は終わらねえ。猟兵はいつまでも求め続けられる」

 

 

「……ルトガー、それは哀しい結論だ。確かに猟兵はそういう生き方しか知らない連中の集まりだ、社会から爪弾きにされたやつらの行き着く場所だ。………だが、それだけじゃない。それはお前の娘が証明しているだろう?」

 

 

ルトガーはハッとした。フィー・クラウゼル。《西風の妖精》として名を馳せた猟兵だった少女が、今は出会いに恵まれて遊撃士としての道を歩み始めている。

 

 

「フィーの事か。レオやゼノからも聞いていたが………そうか、あいつ…達者でやってんのか。………はっ、それを聞けただけでも煉獄から戻ってきた甲斐があるってもんだぜ」

 

 

ルトガーは感慨深くなる。吐き出す葉巻の煙は哀愁に溶けていく。ゼロはそんな様子のルトガーを見て自分の理想が間違っていないと確信した。

 

葉巻は、すでに半分が灰になった。

 

 

「フィー・クラウゼルは成功の一例だ。遊撃士なんて猟兵のライバルみたいな稼業を始めたのは因果だがな。………俺はこれを一定数以上の猟兵の未来にしたい」

 

 

「………《アナザーフォース》はそのための実験場ってわけか?……この葉巻もそうだが、機甲兵も造ったみてえじゃねえか。…聞いた話じゃ技術班だとか医療班だとか役割を細分化させてるそうじゃねえか」

 

 

「言い方は悪いが、そうだ。そういった手に職つけた連中なら一般社会に戻っても充分やっていけるだろう。社会への回帰……言わば“リターンソサエティ計画”だな」

 

 

「──それが帝国からお前に下された命令か?」

 

 

ルトガーはぶっこんだ。ゼロは元々帝国軍人だった。特殊部隊の父とさえ呼ばれた人物が、どうして今は猟兵なんて身分に堕ちているのか。それが帝国の命令による世界的な猟兵団の解体のためなら納得はできる。

 

 

「ふっ、今の俺にエレボニアとの繋がりはない。……《猟兵王》が読みを外したか」

 

 

だが、そんなものはない。ゼロが帝国を離れて《アナザーフォース》に身を寄せたのは、かつての盟友ギリアス・オズボーンを止めるためだ。この理由は腹心含む数名しか知り得ないゼロの極秘だった。

 

 

「ちっ、一回死んでカンが鈍ったか。………しかしそうなると《アナザーフォース》は猟兵の存在を終わらせるってわけか」

 

 

「そんな大層なものじゃないがな。猟兵という存在は消えても、それは形を変えるだけ……この世から戦争がなくならん限り戦争屋も不滅だ」

 

 

「猟兵を始めた《アナザーフォース》が今度は猟兵を終わらせるか……。始原にして終焉の猟兵団……格好いいじゃねえか」

 

 

「あまり茶化すな」

 

 

葉巻は、もうすぐ吸い終わる。

 

 

一段落したゼロとルトガーは話題を転換した。

猟兵の未来についてなんて、今はわからない。きっと自分たちより後の世代がその趨勢を左右するのだろう。

 

 

「…………西風は終わりだ。いや……すでに終わっていた」

 

 

葉巻をふかすルトガーの哀愁にゼロは憐憫を禁じ得ない。たった一代で《西風の旅団》を大陸最高峰の猟兵団に育て上げたルトガーの力はあまりに強大過ぎた。

他を寄せ付けない圧倒的な戦闘力。的確な判断を下す卓越した戦術眼。敵味方問わず魅了したカリスマ性。どれが欠けても《西風の旅団》は最強の双璧に数えられる事はなかっただろう。

 

 

「ルトガー……」

 

 

「それは別にいいんだ。盛者必衰は世の常……俺らだけが除外されるわけがねえ。……バルデルの野郎とも決着をつけられたしな」

 

 

「相討ちになったと聞いたが」

 

 

「それでいいのさ。仲間に恵まれ、宿敵と呼べる相手もいた。………いつまでも親離れできねえガキの行く末だけが心配だったが………それももう終わっちまった」

 

 

「…………ナギト・カーファイか」

 

 

ゼロは言い当てる。西風の《罠使い》と《破壊獣》の二枚看板を切り裂いた下手人を。

 

 

「ああ。……あいつは化け物だな。強さだけじゃねえ。もっと大事な部分が壊れてやがる」

 

 

ルトガーもまた言い当てる。ナギトの異常性を。

 

 

「あんなに強えくせに傑物って感じがしない。何も捨てられない幼児の感性……、何を捨て得ずとも勝ってきた自信か、ありゃあ?」

 

 

「そんな事を俺に聞かれてもな。……だが、あいつのやってきた事すべてが明るみに出れば世間は傑物と認めるだろうな」

 

 

ゼロが知るだけでもナギトの功績は異常だった。このリベールだけに限って言っても過大な戦果と、ゼロら《アナザーフォース》を呼び寄せた事で王都陥落の危機を救っている。

事実だけを列挙すればすでに歴史上の偉人と並べるレベルだ。

 

 

「だが、あいつはそれを良しとしない。英雄になろうとしない。つい先日も、この戦火であげた功績をリベールと俺たちのものになるよう事を運んだ。………望むものは安寧だとよ」

 

 

先日の女王アリシアの謁見の場で、ナギトは自らの功績をすべて献上した。帝国との戦争におけるリベール側の戦果は偶然居合わせた旅行者の仕業ではなく、戦争を読んでいたアリシアの準備のおかげだと。

 

 

「安寧、か………」

 

 

ルトガーはこれまでの人生を振り返る。戦いばかりの日常だった。不満はない。戦いの合間の休息で仲間たちと馬鹿をやるのも楽しかった。なにひとつ不満はない。

 

葉巻の火は、すでに消えていた。

 

 

「ギリアス・オズボーンが警戒するのもわかるぜ。なんだかんだでそういうやつが一番強い」

 

 

なんでもない日々を愛し、そのために命を張れる者。ルトガーにはついぞ得られなかったものだ。

 

 

「だが猟兵の王として、ルトガー・クラウゼルとして………そういう生き方しかできねえやつのためにも、俺はここで折れるわけにはいかねえ」

 

 

ルトガーが立ち上がる。煙のくすぶる葉巻を投げ捨てて。同じようにゼロも立った。

 

 

「その生き様、その死に様……伝説として語り継がれるだろう、《猟兵王》………!」

 

 

 

決着は、一瞬だった。

 

バスターグレイブを担いで突撃したルトガーを、虚空から放たれた数十の銃弾が貫いた。

 

投げ捨てた葉巻から立ち昇る煙が消え去る前に。

 

 

「かっ………ぐ……………」

 

 

ルトガーは膝をつき、そして倒れた。

 

 

「なんだよ、こういう使い方はできないんじゃなかったのか?」

 

 

ゼロの異能。その能力は虚数空間へのアクセスだ。自身の体積以下の物品に限り、この世のどこでもない空間に収納し、いつでも取り出しが可能というもの。ゼロはこれによっていくつもの武装をいつでも携帯しているような状態だった。

今回は虚数空間への窓をいくつも開き、そこから銃器による狙撃でルトガーを撃ち倒したのだ。

 

 

「隠してたんだよ、切り札だからな。手負いとは言え《猟兵王》……侮るわけにはいかなかった」

 

 

ルトガーの知るゼロは虚数空間から剣や銃器を取り出しても、そこから直接攻撃なんて手段はとっていなかった。できないものと思っていたが、見事に騙されていたのだ。

 

 

「……そうか。俺の最期は《刀神》かと思ってたが………お前にやられるんだったら悪くねえ」

 

 

「光栄だ、猟兵たちの王……戦場に生きた英雄よ」

 

 

ルトガーは薄く笑んだ。豪快に、ニヒルに笑う彼のらしくない死に際の表情だった。

 

 

「ゼロ……あの馬鹿野郎に伝えてくれ。………フィーを頼む、ってな………」

 

 

「了解だ。……ゆっくり眠れ、ルトガー。今度は化けて出るなよ?」

 

 

「ふっ……、それが戦友の最期に言う言葉かよ……───」

 

 

 

こうしてルトガー・クラウゼルは再び生を終えた。此度は戦友の手にかかって。

《西風の旅団》はかつての隆盛を取り戻す事なく終わりを迎えた。終焉の時代を見る事もなく。

 

それは幸せな事だったかもしれない。

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