オーレリア・ルグィンは天才である。若くして帝国二大剣術であるアルゼイド流とヴァンダール流を修め、《黄金の羅刹》の異名をとり、帝国最強の一角に数えられる。
そんな事は、わかっていたはずなのに。
ナギトは見せてしまったのだ。理の剣を。
「ぐっ、う……!」
ナギトは押されていた。とっくのとうに本気も本気を出して、それでも押し負けている。
なぜなら────
「ははっ!未だ十中一の精度だが……そなたとやるとこうも調子が良い…!」
───オーレリアが、ナギトと同質の剣を振るっているからだ。
「なにが十中一……、はずれなしだろうが……ッ!」
ナギトの“八葉一閃”。世界とひとつになり、その根源そのものと成り、すべてを断つ剣。
オーレリアはそれを“界理剣”と呼び自在に操っている。本人曰く10本中1本成功する程度の完成度のようだが、このナギトとの決戦においての成功率は100%だった。
オーレリアの突撃。その“界理剣”を“八葉一閃”で受け止める。
「づっ…あッ………!」
押し負けて後退した。
今再びジャンケンで例えるなら、世界のすべてはグーで勝負しているのに“八葉一閃”はパーを出しているようなもの。しかし相手も同じパーを出したのならば、あとはその威力がものを言う。
ナギトの身体能力はオーレリアに劣っている。“無縫真気統一”を使えば仮にオーレリアが絶招を発動したとて敗北はないが、そうすると世界とひとつになる完璧が崩れて“八葉一閃”は不発になる。ナギトはオーレリアの“界理剣”に抗するため己が絶招を使えず、素の膂力で戦うしかない。
しかしそうなると押し負けてしまう。さらに困ったのが、オーレリアはこの“界理剣”をほぼ通常攻撃にまで落とし込んでいる点だ。木剣を素振りするような気安さで絶死の宝剣を叩きつけてくる。その精度はそれこそナギトがついこの前に至ったばかりだと言うのに。
「は……ったく」
思えばリィンもアリオスも。ナギトの“八葉一閃”を見た後に、あるいはその場で成長を見せた。オーレリアとてそうだ。ナギトの“生死流転・剣全一如”───“八葉一閃”を下地にした太刀を受けてから、こうも覚醒した。
「どうした我が恩師。その程度なのか?」
オーレリアは絶好調だ。ナギトの“閃の型”を受けて一度は死を受け入れた。しかし世の摂理を歪める理の剣によって生きながらえた。のみならずその刃の感触がいつまでも身体に焼き付いて離れない。
なぞるだけ、というにはあまりに遠い境地だ。あれを受けて、あれを目指さずからこそ同位に至る。
昂る。高みに指がかかっているのがわかる。
昂る。愛弟子にして恩師との決戦に臨んで。
「ナメるなよ、《黄金の羅刹》。八葉の精髄を見せてやる!」
“八葉一閃”──もといオーレリアの“界理剣”は完璧でないと発動しない。心技体、剣に込める力、剣を振る速度、その他諸々。完璧なバランスだからこそ世界と合一し、根源の剣となれる。
だが、その完璧は僅かでも狂えば児戯となる。力も速度も技術も、あるいは神秘さえも。どれかが突出し、もしくは欠けても完璧足り得ない。
だったらその完璧を崩してやればいい。
「雷軀来々」
分け身がオーレリアを取り囲むように参戦した。ナギトの命令は瞬時に伝達される。
「独楽舞踊」
都合五体の分け身が一斉に回転し、その風圧は相手を引き寄せる。分け身による同時の“独楽舞踊”はオーレリアの体勢を崩した。
普段のオーレリアなら望むべくもない成果だが、完璧に固執する今なら通じる。あらゆる要素のバランスを気にする今のオーレリアでは踏ん張る力が足りないのだ。
「飛燕斬!」
六の型の秘技。それは軌道を変える“緋空斬”だ。いくつも放たれたそれは多角的にオーレリアを捉えている。
だが、オーレリアも判断は早い。ナギトの狙いを看破すると身体に力を込めて“飛燕斬”の軌道から逃れた。
そこまではナギトの想定内。元より“飛燕斬”はオーレリアを狙ったものではない。周囲に乱立する樹木に向けて放たれたものだ。“飛燕斬”は太い幹を切断して樹木を倒す。倒れた樹木は“独楽舞踊”の吸引効果によってオーレリアを追撃した。
さらに飛び退いて小賢しいナギトの攻撃を躱す。距離が離れたこの間、オーレリアが次手に移るほんの少しの時間こそナギトが求めたものだった。
「八葉刀神流、空の型───」
タメが短いせいで本来の規模にはまるで届かないが、これがナギトの導き出した最適解だった。
「──狂嵐怒涛・雷影後哭」
嵐が顕現する。風の刃が幾重にも渦巻き、雷は弾けて空間を彩る。
「───、はは」
オーレリアはナギトの絵図を看破して笑った。
敵わないと見たナギトがオーレリアとの距離をつくり戦技発動のタメをつくった意味。この技の破壊力。攻めあぐねれば嵐の規模が徐々に大きくなる事まで。
「素晴らしい技だ、ナギト・カーファイ。螺旋の技術、真空の刃、雷の迎撃……それらを嵐という暴威で表現したか」
踏み込めばオーレリアとて敗北する予感を覚える。この嵐の中では到底“界理剣”発動のための完璧なバランスは維持できず、かと言って嵐の外側からの攻撃はナギトに届く前に嵐の構成要素によって消えてしまうだろう。
「ならば────」
オーレリアに迷いはない。一見無敵に思えるこの剣技を超克する術はある。
ナギトはオーレリアが“狂嵐怒涛・雷影後哭”を突破する可能性を考えて、形成した嵐に力を注ぎ込む。嵐の規模が拡大してオーレリアを飲み込もうとしたその時。
「アーケディアよ、応えよ。──我が剣、真に至らんとするならば……今ここに………──覇王斬!」
嵐がカッティングされる。なんの抵抗もなく、木剣が空を切るように。オーレリアの戦技“覇王斬”はナギトの奥義を切り裂いた。
それはわずかにナギトを掠め、嵐の大半をほどいたが、“狂嵐怒涛・雷影後哭”はナギトから闘気の供給が途絶えない限りは継続される。
「────嘘だろ?」
だが、一瞬の忘我がナギトにそうさせなかった。
「遅いっ!」
即座に肉薄したオーレリアが横殴りの斬撃をナギトに叩きつける。反射で防いだナギトだったが力に押されて吹き飛んだ。嵐は完全に消え去った。
着地。それを狩らんとするオーレリアの追撃を躱して状況をまとめる。
“狂嵐怒涛・雷影後哭”をああも簡単に切り裂いたのは普通の戦技ではあり得ない。王技ならまだしも“覇王斬”──嵐の螺旋、風の刃、雷撃によって問題なく相殺できるはずの規模だ。
いや、そんな小難しい考察はいらない。ナギトは見たのだ。オーレリアの“覇王斬”が完璧であったのを。
「天才がよ……」
つまりオーレリアは“界理剣”と“覇王斬”を同時に使ったのだ。
それはオーレリアの完璧がさらに一段階進化した事を意味する。ナギトの“八葉一閃”やオーレリアの“界理剣”は力やスピード、技術が完璧に調和していないと発動しない。だが、裏を返せば完璧なバランスを保てさえすれば発動できるのだ。
オーレリアは“覇王斬”を完璧に仕立て上げた。それが“界理剣”の性質を伴った。だからこそ無敵に思えたナギトの戦技は破られたのだ。
「自覚はある。そなたもその類いであろう?」
それをしたオーレリアは昂っているせいか事もなげだ。自分のやった偉業をまるで理解していない。そこはナギトが発想すらしていなかった領域だ。
完璧は何かを足しても引いても完璧ではあり得ない。だから余計な力が入らないように、余計に速度が出ないように調節するのが“八葉一閃”のキモだ。
しかしオーレリアは“覇王斬”というクラフトを完璧に放った。それは“覇王斬”のパワーに見合うだけの速度や技術が調和した完璧に至ったという事だ。
「自信が打ち砕かれますよ。あなたを見てるとね」
軽口を叩きながらナギトは決断する。オーレリアの成長度合いは異常で、この覚醒を続けさせてしまえば手のつけられない剣士となるだろう。
勝つためには犠牲を払うしかない。オーレリアがこの世界の存在である以上、絶対に到達できない領域からの一太刀ならば、おそらく。
「御伽の檻、軌跡の枷、世の理。願い手繰るは其の破却、虚無は伝染し隙間と成る」
今だからこそできる反則技。願いの化身によるナギトの肉体の修復は、失われた特異点性すらをも補充した。
「隙間は空洞、空洞は虚空、虚空は隙間。隙間には願いありき」
マクバーンに呪いをかけた時に失われたナギトの肉体──、無が広がるだけだったそこにはすでに生身の肉体がある。
さらにこの場は願いの化身がナギトの肉体を修復するために世界を特異点化した残響がある。
「千の人に、千の軌跡を」
ゆえに今この時だけは、ノーリスクで撃てる。
「───
これはシステム最後の抵抗で再臨した紅蓮の魔王を一刀両断した“
つまりは“八葉一閃”の完璧によってゼムリアという世界に干渉し、“特異点”という1次元上の圧力によって
いかにオーレリアと言えど、これは打ち破る事はできない。
「……避けるかよ……………」
しかし、どんな攻撃でも当たらなければ意味はない。
オーレリアはナギトの一太刀を回避していた。戦闘によって研ぎ澄まされた直感がそうさせたのだ。完璧に至った己に慢心せずに、危険を正しく察知できた。
「ふむ……、これは私では届かぬ領域だな。世の理を上から押さえつけるような………」
オーレリアの慧眼には驚かされる。ただ一見しただけでこうも“特異点”の真に迫っている。
「だが、乱発はできぬようだな。……してしまっては、それこそ世界そのものを壊しかねない、か……?」
「よくもまあ一瞥しただけでわかりますね……」
言わばこの“特異点の剣”は世界を圧殺する危険性を秘めている。多用が過ぎればいずれ世界は圧し潰されるだろう。それに使う度にナギトの身体は無になっていく。その無が全身に回ればナギトは消滅するだろう。これらの理由からナギトは先の戦技を多用できないのだ。
「………久々ですよ、チャレンジャーの心地は」
「我らほど強いとそうなるのが道理というものだ。挑戦者となって格上と剣を比べるのは愉しいものだろう?」
少しでも体力を回復させるために時間稼ぎをするとオーレリアも会話に乗ってきた。
「いやあ……、それもありますがね。俺の根っこは凡人なんで負けたらどうしよう…なんて考えちゃいますよ」
「そなたの言葉だ、戯言とは言うまいよ。……だが、その目はまだ死んではおらぬようだな?」
よくよく見抜くものだ。正直な話、もはや勝ち目は極々僅か。
だけど、負けられない。負けたくない。勝ちたい。
空間を切り拓いて現れたのは黒金の魔剣。それを左手で掴み取る。
右手には太刀“明星村正”。左手には魔剣“レーヴァテイン”。
「ほう……二刀か?」
「いや……」
二刀流もできなくはないが、一刀を扱うより格段に練度は落ちる。だからこれはズルをするために魔剣を召喚したに過ぎない。
このままやって勝てないなら、反則に反則を重ねよう。剣士としての勝利を追い求めるのはやめよう。ただナギト・ウィル・カーファイ個人として。己のすべてをもってオーレリアに挑むのだ。
「悪ぃな、ムラマサ」
魔剣を宙に放り投げる。それとぶつかるように太刀も投げ放った。
空中で太刀と魔剣が交錯した。その瞬間、それらは光を放った。
「これは……」
オーレリアはその変容を見守っていた。今攻めれば勝てるだろうが、それでは愉しくない。
やがて放光は収まり、一振りとなった剣がナギトの前に浮遊した。ナギトがそれを掴み取ると残光が弾け飛び、その姿があらわとなった。
刀身は太刀のものだが、それ以外は魔剣の面影を残している。黒き刀身、金色の刃、鍔は魔剣の意匠に似て強固な長方形を描き、柄もまた魔剣のグリップのようにしなやかなつくりとなっている。
「神魔調伏刀・緋葉村正──」
太刀と魔剣が融合した得物だった。
「──とでも名付けようか」
ナギトは“特異点”としての力を使用して明星村正とレーヴァテインを融合させたのだ。
ゼムリアストーン合金の強固と太刀の鋭さ、《外の理》の無法をひとつの姿にしたのが、この“神魔調伏刀”だ。
これなら特務支援課戦でやったように時間をかけてレーヴァテインを励起する必要もない。しかもナギトが最も得意とする太刀の形状。ナギトの真価を十全に発揮できる代物が完成した。
「見るからに大した得物のようだな。それで……そなたは何を魅せてくれる?」
オーレリアの眼光は高揚と愉悦に輝いている。理の剣を見せてくれた愛弟子の奥の手だ。心が躍るのも仕方ない。
「
鬼炎斬 X 貴き復讐 X 先鏡反転・応剣真授
「緋奥義───」
完璧でもそれ以上でも、当たらなければどうという事はない。それはオーレリアが証明した。
ナギトの武器は引き出しの多さだ。その技のレパートリーは無駄に多い。そこからオーレリアを打倒するために必要な切り札を引っ張り出した。
「──
ベースは八葉刀神流の碧の型。そこに友リヴァルの奥の手“
「どれ、試すとしよう───!」
受けに回ったナギトを見てオーレリアが突撃した。その豪快にして緻密にして完璧な一閃が振られる前に、ナギトの緋葉村正が先にカウンターを放った。
“先鏡反転・ 応剣真授”は相手の動きを読み、その攻撃を察知して先にカウンターを撃つ絶技。それを中核とするこの戦技はオーレリアの“界理剣”が届く前にナギトの太刀を届かせる。
「むっ──!」
先に仕掛けたはずなのに、自分が攻撃を受けている不気味にオーレリアは怯まず。受けたダメージを軽微なものだと判断して攻撃を続けようとして気づく。ナギトの太刀の軌跡をなぞるように鬼炎の追撃が迫っている事実に。
飛び退いて“貴き復讐”の追撃効果から逃れたオーレリアにナギトは踏み込む。戦技を使う時間は与えない。この技は近接専用で、これ以上オーレリアが進化したら勝ち目はゼロになってしまう。
オーレリアは迎撃のためにアーケディアを振るう。僅かの狂いもない完璧はだからこそ読み易く、ナギトのカウンターは成功した。
後追いの炎斬撃。防ぐオーレリアだったが、その一瞬で攻守が逆転する。
剣速で勝るナギトに大剣では十分に捌き切れずにオーレリアは切り傷をつくっては後追いの鬼炎によって灼かれていく。たまらず反撃するがそこに再三のカウンター。今度は深く入りオーレリアは痛苦と共にたたらを踏んだ。
「………天才め」
オーレリア・ルグィンは天才である。
そして、ナギト・ウィル・カーファイもまた天才である。
この戦技だけに限って言っても、相手の動きの一挙手一投足以前の筋繊維ひとつの挙動すら見逃さぬが如き心眼と共に、先に動き出した相手より先に刃を届かせる剣速、後追いさせる鬼炎の斬撃も緻密にコントロールせねばならない。
それをやるのが、まだ20歳そこそこの未来ある若者だというのだからオーレリアが悪態をつくのも無理からぬ事だ。
「自覚はあります。お揃いですね」
ぼやくオーレリアに集中を切らさないままナギトは応じる。
迫る太刀にオーレリアは意識を切り替える。自身が押されている状況を鑑みて戦い方を変える必要性を感じた。
「はあっ!」
空間が爆ぜた。ナギトの“破空”にも似た戦技をオーレリアは自らの肉体で実行していた。闘気の圧縮と解放による爆発は全方位に放たれる。闘気の流れで技の起こりを読んだナギトは射程外に逃れていた。
「さあ、ここからが《黄金の羅刹》だ。覚悟するが良い、我が
黄金の闘気がオーレリアから立ち昇る。“武神功”だ。よもや絶招を発動したまま完璧なバランスを維持できるか……と思ったが、それは杞憂であった。
力を抑えていたゆえに整えられていたバランスは崩れオーレリアから“界理剣”は失われている。
だが、当たらない“界理剣”より身体強化を施した己の剣が強いと判断したのだろう。
こうもあっさり完璧を手放し、この戦いに勝つ事だけを主軸に置くオーレリアの豪胆にはナギトも感服する。
「そちらもお覚悟を、我が
だから最大の敬意を言葉に、剣に乗せて。
交わる刃に一切の曇りなく、いざ剣舞。
☆★
やがてオーレリアの昂りが収まった頃、両者は地に五体を投げ出した。もはや剣を握る体力すら尽きて、宝剣と名刀が地面に転がる。
ナギトとオーレリアにあったのは確かな充足感であった。
2人は息も絶え絶えになりながら言葉を交わす。剣者の会話は心地良く、いつまでも続けたい繰り言だ。
しかし、やがてオーレリアの口から語られるのは戦前にも登ったオズボーンの狙いについて。
「ギリアス・オズボーンの狙いは……そなただ、ナギト」
ナギト・ウィル・カーファイのリベール王国での物語は終焉に近づいていた。