八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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S級

 

 

「では、そろそろ………」

 

 

《西風の旅団》襲撃から一夜明けて、一画が崩壊したグランセル城ではなくグランセル市にある帝国領事館にて和平交渉が開始されようとしていた。

 

 

「その前によろしいでしょうか」

 

 

それを遮って立ち上がったのはリベール王太女クローディア・フォン・アウスレーゼ。

 

 

「この場にもうひとり、新たに参加する者がいます」

 

 

クローディアの言葉に注目が集まり、続けて「どうぞ」と会議室の入口に声をかけた。ドアの向こうから現れた男に注目が移る。

 

 

「この度、リベール、エレボニア両国の和平会談の調停役として遊撃士協会から派遣された──」

 

 

クローディアと視線を交わして紹介の言葉を引き取る。

 

 

 

「──S級遊撃士、ナギト・ウィル・カーファイです。どうぞよろしく」

 

 

遊撃士の立場を利用して和平交渉の場に乗り込む。これがナギトの奥の手だった。

 

 

どうしてこうなったかと言うと、刻は少し遡る。

 

 

 

☆★

 

 

 

「は?」

 

 

 

思考が凍りついた。オーレリアの出した回答に馬鹿みたいな声が出てしまった。

 

 

「オズボーン宰相の狙いはそなただと言った、ナギト。彼がリベールに戦争を仕掛けたのも、停戦の後に様々な姦計を巡らせたのも、すべてはそなたを帝国──否、己から遠ざけるためだ」

 

 

精査する。精査する。精査する。停止した思考はナギトの脳裏で急速に動き出す。

オズボーンはナギトのリベール入国を知っていた。その上で戦争を始めた。ナギトはリベールに協力して帝国軍を撃退した。開戦からわずか4日で停戦を行い、即日和睦の使者としてレクターが送り込まれた。それとほぼ同時に起こった王都グランセルでの暴動と五大都市での工作員の胎動。《北の猟兵》、《西風の旅団》を使っての王都の襲撃。

 

そのどれもがナギトをリベールに縫い留めておくためだった。

それらの事象はナギトには直接的に関係するわけではない。なんなら開戦した際に帝国に戻る選択肢もあったが、事実ナギトは開戦から今に至るまでリベールに留まり続けている。

 

げに恐ろしきはギリアス・オズボーンの智謀。

自らの宿願の障害となるであろうナギトを遠い異国の地に追いやっている。それもナギト自身がそれを選択したように見せるやり方で。

 

 

「馬鹿か俺は」

 

 

すでに様々な人との会話で、その答えはすでに暗示されていたようなものだったのに、どうして気づかなかったのか。

 

 

「馬鹿だ俺は」

 

 

これまでナギトが帝国に戻る機会を不意にしてリベールに残ったのは決断を誤り続けた結果だ。

選択を尽くしたように見えるようにオズボーンに誘導されていたのだ。ナギトがリベールに残りたくなるようなシチュエーションをずっと提供していたのだ。

 

 

「くっそ………俺を遠ざけて何をするつもりだギリアス・オズボーン……!」

 

 

わからない。わからないが──とてつもなくやばい予感がする。

 

このリベール侵攻にどんな深謀遠慮が潜んでいるのかと思っていたが、そのすべてがナギトを足止めするためだったとは。これはいつかルーファスが言っていたように“思考が雑”に思える。

このナギトを足止めして稼いだ時間で、オズボーンは何かをするつもりなのだ。取り返しのつかない何かを。

だからナギトを足止めするという一点だけに気を使えば良かった。思考が雑だと感じたのはそのためだ。

 

 

「陸路?いや急いでも丸一日は確実にかかる…」

 

 

こうしてはいられない、とナギトはエレボニア帝国に戻る手段を考える。走って帰るというシンプルな答えはすぐに棄却された。どれだけ全力で走っても丸一日はかかるし、国境付近には帝国軍がいて足止めをくらうだろう。どうとでも切り抜けられるが、さらにタイムロスしてオズボーンの元に辿り着いた頃には疲労困憊では話にならない。騎神で戻るのも同じ理由で却下される。

 

 

「空路──はそもそもねえか。くそったれ」

 

 

戦時中という事もあり、リベールとエレボニアを結ぶ定期飛行船は運休中だ。

 

ナギトはオーレリアを期待の眼差しで見やった。

 

 

「すまないが力にはなれぬ。私も王都に来たのはパンタクリュエルに搭乗してのこと……、《銀蹄機甲兵団》を引き連れて来たのであればそなたを乗せて帝国に戻る事もできたろうが……。これも宰相殿の思惑通りなのだろうな」

 

 

期待はすぐに裏切られた。ダメ元だったがやはりダメだった。

そうなると、ナギトに残された手段はひとつしかないように思えた。かつて皇子オリヴァルトがリベールからエレボニアに戻ったやり方を真似させてもらう。

 

つまりはリベール王国にナギトの帰国のための飛行船と人足を与えてもらうのだ。

 

そのためにはまず両国の和睦を早急に終わらせて入出国を緩和してもらう必要があった。そしてナギトにはそれを果たすだけの手段があった。カシウスにも言ったサプライズ──面倒な未来が待っているが、事ここに至り躊躇っている余裕はない。

 

ナギトはオーレリアに別れを告げると、早速準備に取り掛かった。やるべき事は定まったが、残された時間は短いだろうと確信しながら。

 

 

☆★

 

 

「カシウス将軍」

 

 

「おおナギト、無事だったか」

 

 

一画が崩れたグランセル城で指示を出すカシウスを見つけて声をかける。ARCUSで通話する事もできたが、非常事態でありカシウスが応答しない可能性もあったためヴァレリア湖畔からここまで走ってきた。

 

 

「はい、そちらも。……カシウス将軍、手短に聞きますが、ギリアス・オズボーンがリベールに侵攻した理由は俺ですね?」

 

 

ナギトがカシウスの元に赴いたのは、オーレリアから聞かされたオズボーンの狙いについての推測をより強固にするためだ。

オーレリアの出した答えにはナギトも納得できたが、もし外れていたら悲惨だ。謙遜なしで今のリベールの戦線はナギトの存在で保っている部分がある。ナギトがリベールを離れたのを契機に帝国が再度侵攻を始めたらリベールには防ぐ手立てはないだろう。

 

 

「………そうだ。少なくとも俺はそう考えた」

 

 

カシウスは肯定した。これでほとんど確定と言っていいだろう。オーレリア、カシウス、ついでにナギト。3人ともに《理》の境地に辿り着いた者の意見が合致したのだ。

 

 

「すまない、君にはもっと早く伝えるべきだった。不義理をしてしまった」

 

 

カシウスは低頭謝罪する。ナギトは憤る気持ちを鎮めて諭した。

 

 

「いいんですよ、俺があなたでもそうしたかもしれません。……謁見の場で、大切なものを守るためなら何でも使うって言った身ですしね」

 

 

カシウスには数日前からオズボーンの狙いがわかっていた。この戦争に連なる一連の事件はすべてナギトをリベールに留めておくためのオズボーンの画策であると。

 

それをナギトに伝えれば、きっとナギトは帝国に戻ってしまう。もし自分の推測が外れていたら、ナギトを欠いたリベールでは帝国の侵攻を防げないし、もし当たっていたとしても帝国が戦争をやめるとは限らない。

カシウスはナギトという戦力をリベールに残しておくために己の推測を秘していたのだ。

 

 

「あともうひとつ。カシウス将軍……さっきも言ったサプライズ…実行する事にします」

 

 

《西風の旅団》による襲撃が始まる前にナギトとカシウスがしていた会話で、和平交渉役の特使レクターへの対策として腹案があると言った。

それはナギト自身の今後に関わる重大な決断であり、面倒事が増えるであろうために避けたい判断だったが、早期にエレボニアに帰還するためには選ばなければならない選択肢だった。

 

 

「俺が和平交渉の場に参じます。遊撃士協会から派遣された調停役という体で」

 

 

「──っ。…なるほど、それはサプライズだな」

 

 

「でもそうするには俺の階級じゃ役者不足……俺はD級遊撃士なんですが、そんなんじゃ格が足りないでしょう?」

 

 

ナギト自身の名声はあまりない。武芸者の界隈でこそにわかに噂される程度だが、表ではせいぜいクロスベルの独立に協力したらしい、くらいの認識だ。

 

 

「なので、これから遊撃士協会本部にかけあって俺をS級に昇格してもらいます」

 

 

だからこそ“S級遊撃士”という箔が必要なのだ。

ギルドにおいてS級というのは非公式だ。そのため階級そのものはA級となるわけだが、遊撃士にS級という存在がある事実は一般にまで知れ渡っている。

 

 

「それは剛毅な事だな。だが、そう上手くいくか?」

 

 

「容易にはいかないと思います。前に本部の役員らと話した時はS級も打診されたんですが…固辞しちゃいましたし。……そういった意味じゃ俺の昇格願いは通りにくい気もしますが……そこであなたです」

 

 

ナギトはカシウスに水を向ける。カシウスはその意味をすぐに理解して。

 

 

「なるほどな。元S級遊撃士カシウス・ブライトの推挙が欲しいわけか」

 

 

「その通りです」とナギトは首肯した。カシウスはナギトに対して誠実でなかったという負い目がある。そのため「わかった」と二つ返事で話を受けてくれる事になった。

 

 

それからナギトは遊撃士協会グランセル支部に行くとエルナンに無理を言って本部と通信を行う事になった。

 

ナギトのS級に昇格させてくれ、という言い分と夜も更けた頃合いの通信に本部の重役たちは渋ったものの、カシウスの推薦もあり、最終的には総本部長エヴァンスが出て来てナギトはS級に認められる事になった。

 

 

☆★

 

 

会議室はにわかに騒がしくなった。「遊撃士協会」、「S級」などとつぶやく声がある。

国際的な組織でもある遊撃士協会がエレボニア帝国とリベール王国の戦争の調停に乗り出したのだから無理もない。できれば七曜教会の大司教クラスにも並び立って欲しかったが断られてしまったのは昨夜の出来事だ。

 

 

「ほう、S級とはギルド非公式の最高位じゃありませんか。……しかし、ナギト・ウィル・カーファイとは…寡聞にして聞かない名前ですね?」

 

 

言ったのはレクター・アランドールだった。嘘つけ、と頬を殴り飛ばしたくなる。彼こそが十数名からなるエレボニアから遣わされた和睦の使者の長。

その挑発に似た問いかけはナギトに対しての試しだった。昨夜のギルド本部との話し合いでも出たが“S級”の肩書きは国家的な事件を解決した者に与えられる称号だ。

 

表に出して良いナギトの実績と言えば帝国におけるテロリスト《帝国解放戦線》の撃退、内戦解決の一助、クロスベル独立の補助などが挙げられるが、それではまだ不足しているし、なにより遊撃士としての実績ではない。

というかクロスベル独立の補助はモロに内政干渉のため表沙汰にしてはいけない部類か。

 

 

「ええ、実は活動する際にはあまり遊撃士と名乗らなかったものですから。最近はもっぱらエレボニア帝国で活動していました。内容としてはテロ組織《帝国解放戦線》の撃退、誘拐された皇族の救助、内戦の終結に貢献しました。小さいもので言えばサザーラント州の違法賭博の取り締まり、とある魔人の撃退、復活した暗黒竜の討伐などですかね」

 

 

それ言っていいのか、という実績までナギトは開示した。述べた中で遊撃士として活動したのはサザーラントでの一件のみ。面の皮の厚さも極まれりなナギトのドヤ顔にレクターは白目を剥きそうになった。

 

 

「内戦に関わったと言うが、ナギト・ウィル・カーファイという名なぞ聞いた事がないわ!」

 

 

帝国の使者の中でもナギトという調停役の参戦を快く思わない者はいる。そういった者からの指摘にナギトは圧力をかける事にした。

 

 

「内戦当時はシュバルツァー姓を名乗っていましたので」

 

 

「シュバルツァー…?───!?」

 

「まさか、あの英雄の……」

 

 

帝国の使者たちはころころと表情を変えていて面白い。オリヴァルトには事前にナギトが登場する事を伝えていたため、驚愕はなくナギトと同じ意味でこの場面を面白がって眺めている。

 

 

「ええ、リィンとは兄弟分です。加えるとその英雄の片翼──《蒼の騎士》クロウ・アームブラストとも友誼を結ばせてもらっています。ああ、あとは───」

 

 

レーグニッツ帝都知事、クレイグ帝国軍中将、アルバレア公爵など、ナギトはⅦ組に連なる者たちの名前を知己として列挙した。実際はその大半は知己どころか面識がある程度だがハッタリの効果としては充分だった。

借りた虎の威は帝国の使者たちを縮みあがらせる。

ナギトはしめしめとほくそ笑み、これでひとまず己の格がこの場に不足でない事を証明できたと確信した。

 

 

「はあ……、《却炎》や暗黒竜の事まで持ち出しやがって……大人げねーにも程があるだろ」

 

 

青い顔をした使者たちの中でレクターだけは冷や汗をかきながらも平静を保っていた。ナギトの活躍や各方面との縁も知っていたからだ。

 

 

「レクター殿、その……暗黒竜、というのは……?」

 

 

聞かなければいいものを、使者のひとりがレクターに問いただす。帝国の使者ともなれば歴史に詳しい有識者がいたとて不思議ではない。

 

 

「暗黒竜ゾロ=アグルーガ。かつてヘクトルⅠ世が討ち果たしたという怪物……。それが何の因果か復活した。……ほら、皆さんも知ってるでしょ?数ヶ月前、夜の帝都から空に向かって光の柱が立ったっていうアレ。アレはこのナギトの仕業ですよ。あの光の柱で暗黒竜を消滅させたんです」

 

 

使者たちの内の数名が泡を吹いて倒れた。ついにキャパシティオーバーを起こしたのだ。目の前に自分を如何様にでも調理できる暴力の化身がいるのだから無理もない。

 

 

「あーあー、気絶しちゃってまあ……」

 

 

レクターが嘆息したのを見て、その余裕っぷりを見て理解した。

 

 

「別に構わないでしょ。そっち側はあなた以外は賑やかしだ」

 

 

「こっちにはオリヴァルト殿下もいるんだが……」

 

 

「殿下はこっち側だ」と断言するナギト。今度はオリヴァルトがやれやれと肩をすくめた。

 

 

「僕は一応帝国の人間なんだけどねぇ……」

 

 

その心情がリベールに傾いているのはわかっていた。そもそも大義のない侵攻に、この場では無茶な要求を通そうとする帝国側の意気を鎮めたいと、それを実行しているのは事前にカシウスらリベール側との会話で知っている。

 

 

「おいおい、それじゃ5対1かよ。分が悪いじゃねーか」

 

 

レクターが計上する5人とはナギト、オリヴァルト、アリシア、クローディア、カシウスの事だ。つまりは帝国の残りの使者も、リベールのそれ以外の者も賑やかしに過ぎないと。

 

 

「……さて、それじゃあ始めましょうか」

 

 

分が悪い事があるか。レクターの言葉に言いたい事を堪えてナギトは切り出した。

 

 

「──平和のための話し合いを」

 

 

 

☆★

 

 

それからナギトは数十分、両国の言い分を聞いていた。事前にカシウスからも流れは聞いていたが、正しく状況を理解するために必要な事だった。

エレボニア帝国の言い分を要約すると、“領土よこせ。じゃないとまた攻め込むぞオラ!”という感じで、リベール王国の言い分を要約すると、“ざっけんな。賠償金払えやオラァ!”である。もちろんこれはナギトが要約しただけで実際はもっと迂遠に柔らかく、しかし毅然と言い放たれたものだ。

 

 

エレボニア帝国はその強大な国力を背景に法外な要求をしている。対するリベール王国は非はそちらにあるのだから賠償金を支払えと真っ当な意見を言っている。

この交渉はおかしな事に拮抗している。それはレクターの圧力が効いていないわけでもなければ、アリシアの外交交渉が優れているからというわけでもない。

 

リベール側はただ時間稼ぎをすればいい。そうすればカルバード共和国をはじめとする世界各国が打倒エレボニア帝国のための軍備を整える。そうなってしまえば帝国はリベールに再侵攻したとしても、その後背を各国の軍に叩かれるだろう。

エレボニア帝国に打つ手はない。オズボーンは世界各国が対エレボニア同盟を結んだとて勝てると豪語したが、それはリベールと開戦する以前の話。リベールとの戦争で思わぬ痛手を食らった帝国軍では各国の軍を相手取るのは難しい上に国民の賛同を得られない戦争は継続困難だ。

 

帝国側の最適解は、このリベールとの戦争を早期に終わらせる事。戦争をするとしても大義名分をもって行う事だ。最適解と言ってもこんな事態に陥っている中でのもの。そもそもリベールに侵攻したのが間違いなのだ。

 

 

これらは普通に考えたのなら、の話。

そんな誰でもわかるような手を最適解とする帝国側は、しかしそうしようとはしない。こうしている間にも世界各国は出陣の用意をしているだろうに、まるで状況がわかっていないかのように自らを窮地に追いやるような時間稼ぎを続けるばかり。

 

 

その矛盾に対する答えは得ている。

 

 

「もういいですよ、レクターさん」

 

 

膠着した話し合いにナギトが参入した。「あん?」と着席したまま立っているナギトを睨め上げた。

 

 

「もうやめてください、レクターさん」

 

 

重ねて言う。それにどういった意味があるのか、レクターは良く回る頭で考えた。

 

 

「ギリアス・オズボーンの狙いは俺。……ナギト・カーファイをリベールに足止めしておく事…そうでしょう?」

 

 

その答えを出すより早く、ナギトの言葉がこの和平交渉に直接的な関係がなく、むしろ問題の本質に言及している事が明かされる。

 

 

「へえ……根拠はなんだ?」

 

 

レクターはおべんちゃらを並べるつもりだったが、その意思に反してナギトにそう思い至った論拠を求めていた。

 

 

「確たるものはなにも。ただ、俺やカシウス将軍、それにオーレリア将軍も同じ結論に至りました。この不自然に過ぎる戦争はナギト・カーファイという制御不能の暴力をリベール王国に留めておくための策……ただそれだけのためだと」

 

 

レクターは瞑目した。オズボーンからのオーダーを思い出す。確かに彼の目的はナギトをリベールに縛り付けておく事。開戦から4日目にオズボーンはナギトがリベールでの出来事が一段落するまで帝国に戻るつもりがない事を確信した。

だから停戦を申し入れ配下のレクターに可能な限りの時間稼ぎを命じてリベールに特使として送り込んだのだ。

 

 

「あなたがわからないはずがない。この局面でこんな下策を《鉄血宰相》が打つ理由………」

 

 

世界を敵に回したとしてもナギトという個人をロックオンして足止めするわけ。

 

 

「──これはもう、彼にとってのチェックメイトが近い事を意味している」

 

 

ギリアス・オズボーンのそもそもの目的。それが何なのかは未だに不明だが、おそらく世界を根幹から揺るがすような事態が起こるとナギトは考えている。

今の状況では例え目的を達成したとしても、エレボニア帝国はかなりまずい立場に陥る。そんな危険性を稀代の名宰相が見逃すはずがない。彼が《時の至宝》の現し身である事を勘定したとしても不自然なのだ。

 

 

「………そうか。んで、お前は俺に何をさせたいんだァ……?」

 

 

ナギトの見立て通り、レクターはとっくにそんな事はわかっていた。だが、それでも一歩が踏み出せず《鉄血の子供達》としての自分でいてしまっていた。

 

 

 

「今が、その時だ。レクター・アランドール」

 

 

 

「────!」

 

 

それだけで、伝わった。

事ここに至り、一から十まで言葉にするつもりはない。かつてクロスベルで交わした言葉の数々。レクターはギリアス・オズボーンを最初から裏切るつもりでいる。彼の部下に甘んじているのは、裏切るタイミングを見計らっているからだ。──そんな指摘を、エルム湖上でナギトはした。

 

そして、その裏切るタイミングは今だと言っているのだ。

今は裏切るのに絶好のタイミング。少なくともこの和平交渉ではレクターが全権を握っている。ここでオズボーンに叛旗を翻しナギトを帝国に戻れるように働きかければいい。ここまで執拗にナギトを足止めしたオズボーンの宿願は、ナギトがいるだけで破綻するかもしれない。そう思わせるほどの時間稼ぎだ。

 

 

「このリベールで俺は選択を間違い続けた。全部ぜーんぶ《鉄血宰相》の掌の上さ。だけど、後悔はない。俺の“リベールに残る”って選択がオズボーンの計略通りだったとしても、後悔はないんだ。………レクター、お前はどうだ?この先に何が待っていたとしても、今の選択に悔いがないと言い切れるのか?」

 

 

ギリアス・オズボーンの頭脳はおそらく大陸でも随一だ。そのすべてがナギトをリベールに留まらせるために使われたのなら、そりゃあ引っかかる。

はじめからオズボーンの狙いがわかっていたとしたら帝国に戻っていたかもしれない。しかし、今のナギトに後悔はなかった。リベールに残るという選択肢を取ったおかげで多くの人を救う事が出来た自負がある。正義のために戦ったという誇りが。

それはきっと、Ⅶ組の意志だ。あいつらがこの場にいたらそうしたであろう決断を己が下せた事を嬉しく思っている。物語の傍観者でしかなかった自分が何の因果が軌跡の世界に乱入し、あまつさえ憧れた彼らと本当の意味で仲間になれた気がして。

 

 

「俺は………」

 

 

レクターは言葉に詰まる。当然だ、後悔のない人生なんてない。ナギトだって今は後悔してないだけで、後の展開次第では己の選択を悔いる時があるかもしれない。

だが、そうではない。レクターはナギトの克己の精神に羨望を抱きそうになる。ナギトは後悔しない選択をするのではなく、己の決断に後悔しないような生き方をすると言っているも同然なのだ。

 

それは決意だ。決断だ。英傑だ。そんな事が言えるのは。言うだけなら誰でもできる。しかしその身に纏う雰囲気が、それに納得を持たせている。

 

 

「レクター先輩………」

 

 

これまでナギトとレクターの会話を見守っていたクローディアが痛ましい先達の姿に思わず名前を呼んでしまった。ありし日の思い出のままに。

 

 

「クローゼ………」

 

 

レクターの視線がクローディアに向き、それは交わる。今や懐かしきジェニス王立学園時代の記憶が走馬灯のように脳裏をよぎった。

 

 

 

 

決断は、為された。

 

 

 

「…………俺は──────」

 

 

 

 

だが、その言葉は遮られる事となった。会議室に伝令の者が現れたからだ。耳打ちされたリベール女王アリシアは「繋いで下さい」と言い、数瞬が経過すると会議室のスクリーンに美男子の顔が映し出された。

 

 

 

「はじめまして、リベール女王アリシア陛下。それにクローディア王太女、カシウス将軍。私はエレボニア帝国宰相補佐、ルーファス・アルバレアと申します」

 

 

事態は、急速に動き始めようとしていた。

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