八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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間違い続けた選択を、正解にするために

 

 

 

通信越しにルーファス・アルバレアが現れた。これはナギトにとって──この場の全員にとって想定外の出来事だった。

国際通信を用いてまで、彼がこの和平交渉に参加する理由とは。

 

ルーファスはアリシアやクローディアらと挨拶を交わすと、モニター越しのナギトとレクターに視線を合わせた。

 

 

「やはりナギトくんもこちらにいたか。その様子だと閣下の狙いがわかったみたいだね?」

 

 

「何でもお見通しみたいな言い草ですね。さすがは《翡翠の城将》だ」

 

 

実際、ルーファスの頭脳はナギトのはるか上をいく。いかにナギトが《理》の地平からものを見ようとも地頭の良さが違うのだ。

ルーファスはナギトがこの和平交渉に参加していると見抜いていたのだろう。

 

 

「その名は返上する事にした」

 

 

その言葉に刹那、頭の中が真っ白になった。

ルーファスが通信越しとは言え、この場に現れたのはレクターの翻意を見透かし、預けられていた全権を取り戻すためだと思っていたらだ。

 

 

「なっ──!?それは………」

 

 

「ギリアス・オズボーンに叛旗を翻す。──今がその時だ」

 

 

奇しくもルーファスは先のナギトと同じ言葉を紡ぐ。そのセリフには確かな決意が込められていて。

 

 

「……こりゃ、筆頭殿に先を越されちまったみてぇだなァ」

 

 

そのルーファスに追従するかのようにレクターもまた翻意を口にした。

 

 

「レクター先輩……!それじゃあ………」

 

 

「ああ、待たせちまって悪かったなクローゼ。俺も腹を括ったぜ。こっからはあのオッサンと全面戦争だ」

 

 

「フフ───、何とも重畳な流れじゃないか。これは君の差し金かね、ナギトくん?」

 

 

「俺はあくまで促しただけ。決めたのはレクターさんですよ」

 

 

ナギト、ルーファス、レクターと《鉄血の子供達》の離反が続く。《鉄血宰相》の腹心とも呼べる男たちの離脱にかの怪物も少しくらいは動揺して下手な手を打ってくれればいいのだが、おそらくは望み薄だ。

 

 

「そうかね。……では本題だ」

 

 

「いや、その前に。……ルーファスさん」

 

 

早くも通信の本題に切り込もうとしたルーファスにナギトが待ったをかける。ルーファスがオズボーンを裏切る。それが事実ならかなり有利になる。事実なら、だ。

 

レクターがオズボーンを裏切るのはわかる。以前クロスベルで話した事からも明らかだった。だが、ルーファスがオズボーンを裏切る理由はわからない。そもそも貴族派の貴公子だった彼がオズボーンの子飼いだった理由がそもそもわからないのだ。

 

 

「どうしてあなたがオズボーンを裏切る?その理由を聞かせてくれ」

 

 

「帝国男児として生まれたからには、誰しもが抱くだろう?……己より強い者と戦い、勝つ事を」

 

 

ルーファスの答えは簡潔だった。合理でも論理でもなく、だからこそナギトには刺さる。

 

 

「は、わかりました。……すみませんね遮って。どうぞ本題に入ってください」

 

 

息を出すように笑ってナギトはルーファスに話の続きを促した。当のルーファスは少し困惑気味にそれを先伸ばす。

 

 

「語った私が言うのも何だがね…こんな言葉で信用していいのかい?」

 

 

「感情ってのはまず何よりも大切なものだと俺は考えてますからね。その論法は男の子なら誰でもわかる心情ですよ。俺が好むような言葉を使って誑かした…なんて可能性もありますが、まあ見過ごします」

 

 

ルーファス・アルバレアはあの偉大で強大なオズボーンを超えたいと願った。そのために彼の元で牙を研ぎ続け、今その研いできた牙を剥いたという事だろう。

 

 

「……やはり、君は傲慢だね」

 

 

だが、それは信じられるファクターがひとつ増えたに過ぎない。全面的な信用を得られていないルーファスは、しかし自身を受け入れたナギトの内心を見抜いている。オズボーンへの裏切りが嘘で、こちらを窮地に立たせるつもりであったとしても、いざとなれば自分が全力で取り組めば何とかなると思っている傲慢を。

 

 

「言われ慣れてますよ」

 

 

しかしナギトはそれを受け流した。剣士の外殻を纏い、冷徹の衣を着流し、されど根っこは子供のような全能感で。それが自分だとわかっていた。

 

 

 

「さて、では本題だ。ナギトくんやレクターくんは言わずもがなわかっているだろうが……この度の帝国によるリベール侵攻はナギトくんを狙い撃ちにしたもの……。後先を考えない閣下の行動は、彼にとっての終わりが近い事を意味する」

 

 

「……思考が雑」

 

 

それはかつてクロスベルでルーファスと話した際に出たワードだった。

 

 

「そう、それだ。もうチェックメイト寸前なのに盤面で他の駒を動かす必要はない…という事だろうね」

 

 

ルーファスもまたナギトと同様の結論を出していた。

 

 

「つまるところ、後を気にする必要がない。もしくはそうしてでも果たしたい何かがある、ってところだなァ」

 

 

レクターが要約した。後先を考えないオズボーンの行動は、そうするだけの価値があるものだと。世界規模で取り返しのつかない何かをするつもりなのだと。

 

 

「その目的を果たすためには君が1番の邪魔者だった。だから帝国から遠ざけられたという事だろう」

 

 

ルーファスは確認するようにナギトの現況を言った。オズボーンがナギトを遠ざけた。その最も大きな理由はナギトが“特異点”だからだろう。

思い返せばマクバーンを倒す必要があったのも、彼の異能を恐れての事だと考えられる。そのマクバーンを永遠の眠りに誘ったナギトの“特異点”としての異能もまたオズボーンにとっては警戒する対象になったのだ。

 

 

「おそらく君が“特異点”である事が重要なファクターなのだろう。閣下の目的を阻むにはそういった神秘に連なる何かが必要という事だと私は考える」

 

 

ルーファスの言葉に「俺もそう思います」と同意する。ここまでの大事を起こしたオズボーンを制裁すべく動き出す者は多くいるだろう。そんな者たちを無視してでもナギトひとりを狙って遠ざけた。それは、オズボーンを打倒しようとする他の者たちには己の目的を阻む事ができないと考えたからのはずだ。

 

 

 

「そして、悪い報せだ。───《零の神子》が閣下の手に落ちた」

 

 

 

絶句した。ルーファスの叛逆を知った時以上に、それはナギトに驚愕を与えた。

 

 

「いや……、しかし彼女は力を失ったはずでは?」

 

 

嫌な予感を振り払い安心材料を探す。

 

 

「そのはずだ。しかし、この段に至って閣下が力を失ったただの少女を確保すると思うかな?」

 

 

断じて否である。《零の神子》キーアを誘拐したというなら、それには必ず意味がある。

 

 

 

 

「それに、今だから言うが……クロスベルに君を派遣し、あの結末を許したのは……君に“クロスベルでの出来事は終わった”と認識させるためだった」

 

 

 

 

「───マジ?」

 

 

 

あまりの驚きに二文字でしか返せない。

クロスベルで起こった様々な事件が想起される。《Ω》の台頭、アリオスとの戦い、《アナザーフォース》の出現、《赤い星座》との激闘、そしてクロスベルの独立。

あまりにも多くの出来事があった。その末にクロスベルは独立を勝ち取り、事態は落着したと思っていた。

思わされていた。すべてギリアス・オズボーンの思惑通りだったのだ。おかげでナギトはクロスベルの事がすっぽり頭から抜けていた。

 

 

「マジ、さ…。私はクロスベルでの一件の後に直接閣下から聞いた。…まあ、通信越しだったし、その時の彼の言葉すべてが真実であるかはわからないが」

 

 

何とも恐ろしい話だ。クロスベルの事件すべてが彼の手掌の上の出来事だったとは思いたくないが、おそらく彼はナギトが最も安心する終わり方を許したのだ。

クロスベルは独立を果たし、艱難辛苦がありつつもそれを乗り越えていくだろう───そんなふうにナギトが考えるように。クロスベルでの物語はすべて終わったかのように錯覚させた。

 

 

「いや……まあ、さすがに信じます。俺を騙す、そのためだけにクロスベルを手放し、リベールに戦争を仕掛けた……、そう考えると彼の願望成就が近い今の状況とも符合しますからね」

 

 

ナギトの目をクロスベルから逸らし、《零の神子》を確実に確保する。クロスベル独立という決着がそのためだったのなら、オズボーンにとってキーアは重要な鍵という事になる。しかし《零の神子》としての力はすでに失っているはず………。

 

 

 

「────あ」

 

 

間抜けな声が出る。どうしてこんな事に気づかなかったのか。

 

 

「ギリアス・オズボーンは《時の至宝》を持っている……」

 

 

「なに…?」

 

「そいつァ……」

 

 

ルーファスとレクターの反応を引き出した事実──《時の至宝》がオズボーンの手の内にあるという事実は、考察を完結させるのに充分だった。

 

 

「正確にはオズボーンの家系に代々受け継がれる権能のようですが……、彼はその力を用いてキーアを《零の神子》に戻すつもりなのかもしれない」

 

 

もはやそうだとしか思えない。元《鉄血の子供達》3人が導き出した“何か取り返しのつかないこと”を、《零の神子》──すなわち無制限の願望器なら叶える事ができる。

 

 

「……あの幼けな少女のことだ、ロイドくんらを人質に取りでもすれば、ある程度の願いは叶えてしまうだろうね」

 

 

ルーファスはナギトの言をひとまず信じ、その場合の可能性をシミュレートしてみた。

 

 

「おそらく、の話にはなるが。《零の神子》の力をもって閣下は“何か”をし、その結果“取り返しのつかない何か”が起こる……私はそう考えるが、君たちはどうだ?」

 

 

「同意します。いくらキーア──《零の神子》はロイドたちを人質にされたとしても……例えば“世界を滅ぼせ”なんて命令には従うはずがない。だから、ルーファスさんの言った通りオズボーンは《零の神子》を使って致命的な何かを起こすのではなく、《零の神子》が叶えた願いの次の段階に本当の目的がある」

 

 

「だな。付け加えておくとすれば…あのオッサンの事だ、《零の神子》がギリギリ許容できるヤベー事を、その前段階にもってくるに違いねぇ」

 

 

レクターも同じ結論に至ったようで、さらにオズボーンが真の目的を果たす以前にキーアに求める願いの度合いにも言及した。

 

 

「うむ、そうなるだろう。私の方でもⅦ組や各方面と連携しよう。君たちも気をつけてくれ」

 

 

ナギトとレクターが揃って頷く。

 

 

「ではレクターくん、我がエレボニア帝国とリベール王国の和平は成ったという事でいいかね?」

 

 

「ああ。……アリシア女王陛下、そちらの条件はすべて飲みます。……しかし、今しばらく時間をください。すべてが終わった後に、またお伺いします」

 

 

アリシアは短く「わかりました」と飲み込んだ。ルーファスやナギトを含む彼らのやり取りを黙って見守っていた賢王だが、その慧眼は曇る事なく事態の推移を把握していた。

続いてレクターの視線がクローディアに向けられる。

 

 

「クローゼも、またな。………ルーシーなんかにも話を通しといてくれや。……同窓会でもやろうってな」

 

 

「レクター先輩……。はい、わかりました。どうかご無事で。………ルーシー先輩の拳骨が待ってますからね」

 

 

「そりゃ行きたくない理由になりそうだが………ハッ、了解だ」

 

 

 

2人はそうした愉快なやり取りをして───。

 

 

 

「落ち着いたようでなによりだ。帝国内には私が連絡を回しておこう。では解散……といきたいところだが、その前に……ナギトくん、本当にいいのだね?」

 

 

脈絡のない問いかけにナギトはしかし、答えを探し当てる。

 

 

「もちろんですよ」

 

 

即答したナギトに、ルーファスは嘆息しつつ付け足す。

 

 

「クロスベルの独立、リベールとの戦争……これらはすべて君──ナギト・ウィル・カーファイを騙すためだった。我らはそういう前提で……我々の推測がすべて正しいと判断して動く。だが、これらの事象すらすべて《鉄血宰相》の計算の内でないなどと断言する事はできない。………正解なんて誰にもわからない。だが、それでも君は進むと言うのだね?」

 

 

確かにルーファスの言う通り、ここまで語ったすべては憶測の類いだ。しかも外れていたら小っ恥ずかしい事間違いなしの、あまりにも自己評価高めによる推測。

 

 

「もちろんです、ルーファスさん」

 

 

しかしナギトは再度そう言った。

 

 

「もうそこまでブラフならお手上げですよ。でも俺は、俺たちの推測が正しいと思って進む。何が正解かわからない…なんて甘っちょろい事を言ってる暇なんてないんです。例え、この選択が間違いだったとしても、それを力ずくでも正解に捻じ曲げる!……そんな気概でいきましょうよ」

 

 

このリベールに来て、ナギトは間違い続けた。リベールに残るという選択はすべてオズボーンに誘導されたものだった。

それがどうした。全部があいつの思い通りに進んだからどうした。その上であいつが用意した筋書きをぶっ壊す。それが最高に気持ちいいんじゃないか。

 

 

「フフ………、頼もしい事だ。《緋玉の騎兵》──いや、《八葉の刀神》ナギト・カーファイ。……では、各自全力を尽くそう」

 

 

ルーファスはそこで一度言葉を切った。大きく息を吸って力の限り、決意を言葉にする──

 

 

「ギリアス・オズボーンを倒し、勝利するのは────」

 

 

だが、そこでルーファスの言葉は途切れた。モニターに映し出されていた向こう側の景色がすっかり黒くなっている。

否、それだけではない。室内の照明が落ちて薄暗くなっている。幸い、カーテンを張った窓から陽の光は差し込んでいるが───。

 

 

バタン!と、そこに慌ただしくリベールの兵士が扉を蹴破る勢いで入ってきた。

 

 

そして、驚愕の言葉を口にする。

 

 

 

 

「──ヴァレリア湖上空に《リベル=アーク》が出現しました!」

 

 

 

☆★

 

 

それからおよそ1時間。事態の把握に努めた。

結果としてわかったのはリベール王国に《リベル=アーク》、クロスベル自治州に《碧の大樹》、エレボニア帝国に《煌魔城》が出現したという事だった。

 

おそらくこれがオズボーンが《零の神子》に願った、本当の目的のための前段階。それを叶えたキーアは、それぞれの異変をロイドらをはじめとする各地の英雄ならこれを解決できると思って未来を託したのだろう。

 

 

すでに室内の照明は役目を勤めるべく光を放っていた。空中都市《リベル=アーク》は導力停止現象を引き起こす。それによって室内は停電を起こし、ルーファスとの通信も途切れたのだ。

今はルーファスとの通信こそ回復していないものの、各都市で連携を取れるほど導力は回復している。

 

 

「まさか、本当に使う事になるとは思っていなかったがな」

 

 

 

とはカシウスの言。これこそがケビンを通じて行ったカシウス・ブライトの保険。四輪の塔を媒介に結界を作り出し、それによって導力停止現象からリベール王国を守っていた。

 

 

リベールはこの事態を受けて《リベル=アーク》の攻略に乗り出す事になった。四輪の塔による結界で都市圏の導力は復旧しているものの、このままでは他国との連絡もままならない。

 

かつての《リベールの異変》という事例もあってか、ナギトの想定よりはるかに迅速に準備は進み、改造されたアルセイユに乗り込む事になる。

メンバーは以前の異変を解決したメンバーに加えてナギトやレクターなどが参加する形だ。《リベル=アーク》攻略後はすみやかにナギトやオリヴァルトらを帝国に送り届ける算段になっていた。

アルジュナやアネラスといった他の遊撃士や協力者たちは未だ混乱するリベール国内を沈静化する役割を担ってもらう事になっている。

 

 

 

再現された《リベル=アーク》ではいったい何が待っているのか。

再現──、というのならおそらく─────。

 

 

 

アルセイユに乗り込み、いざ《リベル=アーク》へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

The End

 

to be continued in『八葉を継ぐ者──A2── 最終部:激動のゼムリア』

 

 

 

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