振るわれる魔剣。放たれる焔。
避ける、防御する。いずれ、限界が来る。
逃げ場はなく、活路も見出せず。
振るわれる魔剣。放たれる焔。
3分という縛りがなければ、どうなっていただろうか、とナギトは思考する。
VS.マクバーン
あの焔の魔人を相手にどう立ち回っていたのか。
いくら考えても勝ち筋が見えない。
あの3分は、今のナギトにできる最高の戦術がハマった結果だ。あれ以上はない。そして、それで倒せなかった。
終の太刀“暁”で終わるかと思ったが、それでもマクバーンは立ち上がってきた。その後の戦闘でも余力があったように思える。
………いくらシュミレートしても勝負はつかない。
マクバーンは最初から全力だった。魔人となり魔剣を抜いて。対する自分も最初から全力。3分間を全霊で戦い、圧倒できていた。しかし、その後には膝をつく程までに消耗してしまった。あの3分──全力全開で戦った3分ではマクバーンを圧倒できても倒せない事が証明された。
瞬間戦闘力においてナギトはマクバーンに勝るが、マクバーンの底なしの体力が尽きるまでナギトは最高火力を放ち続ける事はできない。
結局のところ、勝負の内容はナギトが消耗してしまうのが先かマクバーンの体力が尽きるのが先かの話になるわけだ。
まだどちらも底が見えないために、いくらシュミレートしても互角なのだ。
あの魔人を煌魔城で引きつけたヴィクターらがいかに人間離れしているかがよくわかる。
マクバーンは去り際に不吉な事を言い残していった。
「お前とはまたやりあえそうだからなあ、《剣鬼》?」
その機会が来ない事を祈るばかりだが────、
さて。
その時のために謎を解いておかなければなるまいな。
ナギトの脳裏に蘇るのは、対になる巨像の姿。
近いうちにまたブリオニア島に行く必要がありそうだ。
☆★
列車から降りたナギトはARCUSを取り出してアリサの番号を呼び出す。
「アリサ・ラインフォルトです」
「ナギトくんだお( ^ω^ )」
プツリ。通信が途絶した。
再度アリサ番号を呼び出す。
「アリサ・ラインフォルトです」
「ナギト・ウィル・カーファイだお( ^∀^)」
プツリ。通信は途絶。再度。
「アリサ・ラインフォルトです」
「みんな大好き、ナギトだお\(^ω^)/」
プツリ。もう一度。
「アリサ・ラインフォルトです」
「あ、わたくしアリサさんの元同級生のナギトと言います」
「はじめからそうすればいいのよ。不審者かと思ったじゃない。何故か顔まで浮かんだわよ」
「お前な、1回目はわかるとしても2回目、3回目は確信犯だろ。俺とわかってぶっち切っただろ」
「………回答を拒否するわ。それでナギト。要件はなにかしら?」
「ちょいと頼みがありまして。俺さ、今ルーレに来てるんだけど宿とってないんですよね。だからどうかアリサさん家に泊めてもらえないかなあ、と」
「……わかったわ。ちょっとお母様に相談してみるからちょっと待っててちょうだい」
プツリ、と聞き慣れた音が通信終了の合図。
ナギトはARCUSを懐に仕舞い、歩き始める。アリサから連絡が来るまで暇を潰さなければ。
駅から出ると、視界に入り込む近未来的な光景。二層に分かれた町を繋ぐエスカレーター、エレベーター。それらの近代的な代物こそがルーレが黒銀の鋼都と呼ばれる由縁だ。
アリサの実家、ラインフォルト家は大陸でも名高い重工業メーカー、ラインフォルト社を営んでいて、その本社を置くのがここルーレだ。
ルーレの近代的なあり様はラインフォルト社の技術力の証明であろう。
まずは腹拵えといこう、とナギトは宿酒場を訪れる。
「そこで私は言ってやったのさ。最強15's揃い踏みじゃないか!とね」
「ははははは!」
「がはははは!」
………昼間だと言うのに、宿酒場はずいぶんと賑わっている。
水を差すのも悪かろうと、気配を断ちつつ端に行こうとして─────
「おや?ナギトくんじゃないか」
────見つかってしまう。
ナギトに声をかけたのは、アンゼリカ・ログナーその人だ。昼間から盛り上がる宿酒場の中心にいた、領主ログナー侯爵の娘。
アンゼリカは賑わう人々の間を抜けて「やあ」と手を挙げる。
「久しぶり、という程でもないか。一ヶ月ぶりだね、ナギトくん。壮健そうで何よりだ」
アンゼリカは在学中のようにライダースーツではなく、いくらか女らしい服装になっていた。それでも男装の麗人と呼んだ方がしっくりくる。
「お久しぶりです。アンゼリカ先輩こそ、お元気そうで何よりです」
「敬語はよしてくれ。君、実は年上なんだろう?学院を卒業した今、敬語で話されるとむず痒くなる」
いつもの調子のアンゼリカに「慣れて来たらぼちぼち敬語は外していきます」と言い納得してもらう。
「この時間にここに来たという事は、昼食かな?良ければご一緒させてもらって構わないかい?」
アンゼリカの提案を承諾し同じテーブルに着く。侯爵の娘と同じテーブルに着くというシュチュエーションに何も感じないわけではないが、昼間からどんちゃん騒ぎ同然の宿酒場という状況がその意識を薄れさせる。
注文したものを食べながら会話する。話は近況報告に入った。
「そういえばナギトくん、君はトールズを卒業してからここ1ヶ月間、何をしていたんだい?」
卒業してから今日までの事をかいつまんで説明する。
卒業後すぐにアルゼイド子爵邸に行き、ラウラとの交際を宣言したこと。その後ユミルを訪れシュバルツァー男爵家に別れを告げ、師には正式に八葉二代目を認めてもらったこと。共和国に行き少しばかり遊撃士の仕事をしたこと。3週間ばかりノルドで過ごし、つい昨日マクバーンと戦ったこと。
「君はまた……随分と波乱万丈な1ヶ月を送ったようだね」
「それはまぁ、自覚はあります。そう言うアンゼリカさんはどうなんですか?卒業後は各国を見て回るって話じゃなかったですか?」
ナギトが訊くとアンゼリカは「君ほどじゃないが、刺激的な日々だったよ」と断り話し始める。
「私はトールズを卒業してから、まずはこのエレボニアを見て回ろうと思ってね。ここ1ヶ月で西部の方を一通り見てきた所だ。ジュライにも行ってきたよ、クロウは元気そうだった」
「そうですか」とナギトは受け取る。クロウ。結局単位不足で卒業までⅦ組に在籍した男。卒業後は政治家を目指すという話だったが、まずは故郷の現状を確かめに行く、などと言っていた記憶がある。
そうか、元気そうだったか。それは、それは何よりだ。
「クロウの件ではやはり、君に改めて礼をしなければいけないな」
アンゼリカは言うと、頭を下げた。
「あいつを、クロウを救ってくれてありがとう」
「いえ、そんな……」
「君が内戦中、クロウのために動いていた事は知っている。その結果が今だろう。前と同じように……いや、より前向きに“今”を生きている。君のおかげだ。だからナギトくん、君に感謝を」
そこまで言われてしまっては、受け取らないわけにはいかない。ナギトは感謝を受け入れて、優しく微笑んだ。
「俺としても、クロウ救済は宿願のように思ってましたからね。あいつを救けられて、本当に良かった」
クロウ・アームブラスト
アンゼリカ・ログナー
トワ・ハーシェル
ジョルジュ・ノーム
Ⅶ組発足のための試験運用に参加した4人組で、共に卒業するという約束を果たさせる事が出来て良かった。
ちょうど食べ終わった頃にナギトのARCUSが着信音を鳴らせる。
「ちょっとすみません」と立ち上がり通信を開始。
「イリーナ・ラインフォルトです。そちらはナギト・シュバルツァー…いえ、ナギト・カーファイで良かったかしら?」
通信越しに聞こえてきた声は、ラインフォルトグループ会長のものだった。てっきりアリサから連絡がくると思っていたものだからナギトは面食らってしまう。
「…はい、ナギト・カーファイです。先程アリサさんに頼み事をしたのですが、その件でしょうか?」
「ええ、そうよ。話は聞いたわ。どうやら宿探しをしているようね」
さすがはアリサの母親だ、とナギトは唸る。話が早い。………というか、すでに察してるようだ。
「それで特別実習の時のようにうちを使いたいという話ね?いいけど条件があるわ」
上手い話には裏がある。
すでにイリーナは察しているのだろう。宿を提供してもらうかわりに提示される条件を出させる事こそがナギトの狙いだと。
「わかりました。それは、通信でできる話じゃありませんよね?」
「ええ、今から来れるかしら?」
「はい、大丈夫です」
「それじゃあ、社長室で待ってるわ」
「はい」と返事をすると通信が終わる。
話が早いのは助かるのだが、イリーナは察しが良すぎる。そうでもないとラインフォルトグループの会長などやっていられないというのはわかる話なのだが。
アンゼリカに別れを告げてラインフォルト本社ビルを訪れる。と、自動ドアから入って少しした所で可憐な淑女がスカートの端をつまみあげて恭しく礼をした。
「お久しぶりですわ、ナギトさま。お元気そうで何よりでございます」
シャロン・クルーガー
未だ結社に執行者として結社《身喰らう蛇》に身を置きながらも、権限たる“あらゆる自由”を行使する形でラインフォルト家に仕えるメイド。
家事はもちろん、世界的重工業メーカーの会長を護衛して余りある戦闘技能を持ち合わせるスーパーメイドである。
「シャロンさんこそ……、というか、あなたが元気じゃない様は想像できませんけど」
苦笑するナギトをシャロンは社長室に案内する。
「こちらでございますわ。足元、ご注意下さいませ」
シャロンの気遣いに感謝しながら、ナギトは社長室に踏み入る。途端に、空気が変わったのを理解する。
ここから先は、うかつな発言に注意だ。
机の前に歩を進め、イリーナに挨拶する。
「お久しぶりです、イリーナ会長。ナギト・ウィル・カーファイです」
「ええ、久しぶりね。内戦の時にも顔を合わせなかったから、特別実習以来になるかしら」
「はい、あの時もお世話になりました」
「その件については礼は不要です。学院の常任理事としての務めでもありましたから。では、本題に入りましょうか」
ピリ、とさらに雰囲気が変わる。
条件の話だ。その条件とは通信では話せない内容……つまり、傍受されては困る内容なのだ。
「宿を提供する条件がいくつかあります。その1つとして、あなたには質問に答えてもらうわ」
そら来た、とナギトは心でガッツポーズ。この展開こそナギトが望んだものだった。
「今の、あなたの立場、身分についてです」
立場と身分。この帝国においてそれは貴族であるか否か、あるいは貴族派か革新派か、という問いになる。が、無論イリーナが問うているのはそうではない。
「あなたは内戦終結時《鉄血の子供達アイアンブリード》という組織に所属したと聞いていますが、本当かしら」
回り道などない。直球で訊いてくるイリーナ。
疑問符など感じさせない声音は、確認作業を連想させる。
「事実です。正確には内戦終結の1ヶ月後に所属した形になりますが」
ナギトとしては、自分が《子供達》の1人だとイリーナに知ってもらう事こそが至上命題だった。
《子供達》として活動していないナギトは、《鉄血宰相》オズボーンにとって切り札であり、同時に何をするかわからない爆弾でもある。諸刃の剣、ジョーカーなのだ。
イリーナがナギトを《子供達》だとあたりをつけていたのは、宰相と同じく皇宮に出入りする帝都知事との繋がりがあったからだろう。
オズボーンには未だ場に出していない切り札があり、それがナギト・カーファイである。という事実を誰かに知っておいて欲しかったのだ。そうなれば、いざナギト《《緋玉の騎兵》が表舞台に立った時のための対策ができているかもしれない。
鉄血の駒として動くのが業腹なナギトは、《子供達》として自らが動く時のための失敗装置を築きたいわけだ。
「…なるほど。あなたたち《子供達》の内訳は、5名という事でいいのかしら?」
「そうですね。
《
《
《
《
筆頭《
以上の5人が《鉄血の子供達》のメンバーです。……俺の知る限りでは、ですが」
鉄道憲兵隊に情報局、それにクロスベル総督と、ナギト以外のメンバーはそれぞれが何がしかの権限を持つ立場にある。クロスベル総督のルーファスなどひょっとしたらオズボーンに牙を剥ける程だ。
「その5人以外に他にメンバーがいると?」
「いえ、ないとは思いますが……可能性の話です。俺という切り札を目くらましに第6、第7の《子供達》を隠していても不思議じゃない」
オズボーンは平気でそういう事をするような男だ。尤も、オズボーンが《子供達》にしたいと考えるような有能な者がそうそう《子供達》になるとは考えにくいが。
「まあいいでしょう。それで、あなたは他に面白い話はできるのかしら?」
イリーナには悪いが、面白いネタはもうないのだ。
オズボーンはナギトの魂胆を見抜いてか、自身の考えを伝えていない。だから、その類の面白い話はないのだ。
オズボーンは内戦で貴族派を駆逐し帝国を掌握した。脅威に思うのも当然だ。
ナギトが面白い話はないと伝えると、イリーナは「それでは」と話を変える。
「次の条件です」
ナギトに宿を提供する第2の条件。
イリーナが提示したのは大型魔獣の討伐だった。
「内戦が終結し、貴族勢力の力は大幅に削がれてしまったわ。もともとルーレ市周辺を警備していた領邦軍は立て直すのに必死で市の守護までできていない状況。鉄道憲兵隊にしても大幅な人事異動がされたとかでまともに機能していない。そこであなたに頼みたいのは、手配されるレベルの魔獣ざっと10体の討伐」
ナギトが了承するとイリーナは情報提供者に話を聞け、と社長室を追い出す。
シャロンに案内されラインフォルト本社ビルを出て情報提供者の元に足を運ぶ。
「では、まず情報提供者に話を聞きなさい」
「情報提供者、ですか?」
「ええ、この件について腰をあげたのはその人物。宿酒場にいるはずよ」
「どんな人なんです?」
「見ればわかるわ。あなたも面識があったはずよ」
イリーナとの会話を思い返して、予感を振り払う。まさかとは思うが………
ナギトは再び宿酒場に入る。
「そこで私は言ってやったわけだ。父上のほうこそお歳なのだからあまり無理はなさらない事だ、とね。すると父上は怒り狂い、その油断した隙を突いて私は逆転勝利したのさ!」
「あははは!」
「ぎゃははは!」
お察しの通りである。
☆★
街道に出て情報提供者アンゼリカから話を伺う。
「内戦時は地脈が乱れた影響で帝国全土の魔獣が強力化した事は君も知る通りだ。内戦終結後は地脈の乱れも収まって魔獣も弱体化していったんだが……まれに弱体化の途中で突然変異した個体が現れるようになった。そいつらが今回のターゲットだ」
「なるほど、了解しました。突然変異っていうと、巨大化とかですか?」
「そうだね。突然変異した個体のほとんどは巨大化している……というか、巨大化した個体を突然変異種として識別しているんだ。……通行人に確かめてもらうわけにもいかないからね、遠目に見てもらって大きい魔獣を突然変異した個体と認識している」
「そうですか……巨大化せずに突然変異した個体がいる可能性もありますね。……そいつらは今回の対象には含まない?」
「ああ、とりあえずは巨大化した個体のみの撃破で事は足りるだろう。幸い魔獣たちが町まで入り込む事はないからね。目に見える脅威の排除で市民は安心するさ」
「それもそうですね。わかりました、早速取り掛かるとしますか」
聞いた話によると、ルーレに戻ってきたばかりのアンゼリカが魔獣の突然変異の件を聞きつけて、討伐を行うと決心したらしい。
しかし、如何に泰斗流の拳士といえど大型魔獣およそ10体の討伐は困難と判断し、方々に助けを求めたのだが、反応は芳しくなく。数日後、イリーナからある話を持ちかけられる。曰く、協力者を斡旋できるかもしれない、と。
突然変異した個体の強さがわからないため、手分けはせずに2人で討伐に向かう事になった。
道中「そういえば」とアンゼリカが話を切り出す。
「師に認められたと言っていたね。君の師というのは、あのユン・カーファイなのかな?」
ナギトが肯定すると「やっぱりそうだったか」とアンゼリカは頷き、さらに言葉を続けた。
「という事は、君はすでに2代目八葉一刀流継承者なわけか。八葉一刀流には八つの型があると聞くが……?」
「全部皆伝してます。名実共に俺が八葉を継ぐ者としての資格はあるかと」
「そうか、これはやはり武道を嗜む者として手合わせを願いたいものだ」
武人としての興味をそそられる相手を前にアンゼリカは若干の興奮を滲ませていた。
ナギトは「じゃあ、魔獣討伐後に余力があればお相手さしあげますよ」と言う。
アンゼリカはさらに張り切り、2人は魔獣討伐に取り掛かった。
「───斬」
太刀を振り抜いたナギトの姿。“疾風”で魔獣の体勢を崩し、隙を作る。
アンゼリカはその隙を見逃さず、決めにかかる。「そこだっ!」と飛び上がり、龍が如き一撃を繰り出す。
「ドラグナーハザード!」
闘気を纏った一撃は魔獣を粉砕し消滅に至らしめる。
「ふぅ。これでざっと10体ですか」
一息ついたナギトは太刀を納刀してアンゼリカに確認をとる。
「そうだね。………はぁ。さすがに疲れたよ」
肩で息をするアンゼリカは地面に座り込みナギトの確認に対応する。
こうも疲れていては手合わせなどできようはずもない。
「そうですね。さすがに10体連続は堪えました」
そう言うナギトは余力を残しているように見えた。というか、意図的にアンゼリカが疲弊するような戦運びをしたようにさえ思える。
アンゼリカが「ナギト君、全然疲れてないじゃないか」とツッコむと、ナギトはいつもの笑みを浮かべて「いえいえ、そんな事は」と言い放った。
「でも、アンゼリカさんがそんな様子じゃ手合わせはまたの機会に、ですね」
さも残念そうに言う役者にアンゼリカは「まったく君は……」と呆れ、息を整えると立ち上がったのだった。
☆★
「条件の達成は確認したわ。ご苦労様。このプライベートルームは好きに使っていいわ」
イリーナに魔獣討伐の件について報告に行くとそう言われて、早々に社長室を追い出される。どうやら仕事が溜まっているようだ。
シャロンに案内されてラインフォルト家のプライベートルームに立ち入る。ここも特別実習の時以来だ。
相も変わらず貴族顔負けの豪華ぶりだ。2フロアぶち抜きのプライベートルームを持つ平民など帝国ではこのラインフォルト家くらいのものだろう。
シャロンに荷物を預けて窓の外を眺めていると、ガチャリと音がして書斎から老齢の男性が姿を現した。
「おや、物音がしたと思ったら君か、ナギト。そうか、客が来ると聞いていたが君だったんじゃな」
「グエンさん、お久しぶりです」
書斎から出てきたのは、その場所の主たるグエン・ラインフォルトだった。言わずと知れたラインフォルトグループの先代会長であり、方針の違いからイリーナにラインフォルトグループを乗っ取られてしまった好々爺。
「アリサなら、そろそろ定時であがってくるはずじゃ」
と、グエンが言ってから数秒もしない内にエレベーターが到着音を鳴らした。
「噂をすれば、というやつじゃな」
ドアが開かれて現れたアリサにナギトは「おっす」と手を挙げる。
「アリサ、久しぶり」
「おっす、じゃないわよ。まったく……いきなり泊めてくれなんて非常識じゃない?」
「すまんすまん。でもほら、それだと宿代がかからないし、アリサだって俺と会えて嬉しいだろ?一石二鳥じゃん」
「なにが一石二鳥よ!…はあ……あなたを相手に怒る事ほど無意味な事はないって思い出したわ」
「それは重畳♪」
「ッ………、怒らない、怒らないわ……」
アリサと戯れるのも程々にしておこう、とナギトはニヤついた表情をひっこめる。過度にやると手痛いしっぺ返しを喰らうのは学院生活で覚えた事だ。
「仲が良いのう。さて、老人はひっこむとするかね。シャロンちゃんや、夕飯時になったら呼んでくれ」
グエンはそう言うと、書斎に戻っていく。
いつのまにか戻っていたシャロンは「了解ですわ、大旦那様」と低頭する。
「さてと、それじゃアリサ。俺たちも本格的に久闊を叙するとするか」
シャロンに紅茶を淹れてもらい、ソファでアリサとの会話を行う。
ナギトが紅茶を啜っている間に本題を切り出したのはアリサだった。
「それで?いったい何の目的があってルーレに来たのかしら?あなたは無計画なようで計画的な所があるから、先に聞いておくわ」
「いきなりだな。久闊を叙そうと言ったばかりに」
「そんなのはいいから」
「俺に対する扱い方問題だろ……まず1番の目的はラインフォルトグループの会長に、俺という脅威を認識しておいて欲しかった……というもの」
「母様に……?それって、どういうこと?」
アリサからの問いに「……まあ、隠す事でもないか」と呟いて、ナギトは答える。
「《鉄血宰相》には未だ切ってないカードがある、という事だ」
抽象的なナギトの物言いに、アリサは数巡思考し、青ざめた顔で「まさか…」と漏らした。
ナギトはその懸念を肯定する。「そうだ」と。
「俺が鉄血の子飼いになった。俺を……つまりナギト・ウィル・カーファイという戦力をギリアス・オズボーンは隠し持っているという事を、その事実に対して何らかの対策が打てる可能性のある者に、正式に脅威を認識してもらうために来たんだよ」
《鉄血の子供達》の1人となった自分への対処。それが可能な有力者への事実の流布が目的だと、ナギトはそう言ったのだ。
「……なるほど、思い出したわ。あの時の──煌魔城での取引ね」
「正解。その1ヶ月後に学院サボって帝都に行っただろ?その時になった。ちなみに異名は《緋玉の騎兵》だ。イカすだろ?」
茶々を入れるようにナギトがふざけるが、アリサは深刻な表情のままだ。ナギトはどこかいたたまれなくなる。
“別にお前らのせいじゃない”とは言いたくても言えないセリフだ。事実としてⅦ組の仲間たちを守るために《鉄血の子供達》になったのだから。
「そう……あの日ね………。みんな、ナギトが帝都に宰相と取引しに行ってるっていうのは気づいてたわ。在学中には何となく聞くのを躊躇ってたけど……まさかそんな取引をしていたなんて……!」
色々な感情がごちゃ混ぜになった表情をするアリサに、やはりナギトはばつが悪そうな顔をした。
「あー、まあ気にすんな……ってのは無理そうだから…………気を病むな、アリサ。俺の好きでやった事だ。結果的に俺が縛られる立場になったわけだが、その事でお前たちを守れるなら本望だ」
困ったように笑うナギト。その気遣いが、今のアリサには堪えるようだった。
ナギトは前からそうだ。いつも他人を頼ってるようで、本当に大切な事は自分だけでやろうとする。なまじ普段は頼ってるだけに、ナギトが1人でやろうとする大切な事に自分たちが気づくのが遅れてしまう。
「……あなたがそれでいいのなら、私に異論はないわ。ただ、今回は止むに止まれぬにしても次からそんな重大な決断をする時は相談しなさいよね……」
アリサの回答は実にアリサらしいものだった。冷たく突き放してるようで、実は相手を慮っている。今回のはそれがワンシーンに収められていた珍しい事例だ。ツンデレの典型と言うべきか。
「ああ。機会があればな」
ニコリと微笑むナギトに、やはり信用ならないとアリサは思うのだった。それでも「機会があれば」と言うのはナギトのせめてもの譲歩というものだろう。
「この件、他のみんなには?」
「話してない。特に話す理由もなかったし、内戦を乗り越えていい感じだったⅦ組の雰囲気をぶち壊すのも躊躇われたしな。別に秘密ってわけじゃないから、誰かに教えていいぞ。Ⅶ組の情報網で回してもいい。オズボーンには俺という戦力が隠されてるってな。アンゼリカさんにはもう言ってるし気にせずどんどん広めてくれ」
「あなたね……守秘義務って言葉を知らないのかしら……?」
「ははは。こんなのは《鉄血》からすれば見越した情報漏洩だろうさ」
☆★
夕食を終え、食後の一服をしながらアリサと向き合う。
「でも、アリサを顔を見に来たのは本当だよ。同窓生との再会も楽しいしね」
「……………」
ナギトの言葉にアリサは目を細める。また裏があると勘繰っている様子だった。
「何も含みはないからな?……最近どうなんすか、仕事の調子とか」
釈明しつつナギトは話題を変える。
「大変よ……お爺様やシャロンが手伝ってくれるけど、それでも。弱音は吐きたくないんだけどね……」
「はぁ…」とため息をつきながらアリサは頭を抱えるように漏らす。
「弱音は吐いたっていいだろうよ。大事なのはそのあとよな」
「……ナギトらしくない、普通の励まし方ね」
「お前の俺に対する扱い方、やっぱつれぇわ」
ナギトとアリサのコントの形はすでに完成しつつあった。否、完成していた。Ⅶ組の頃からの伝統コントだ。
「まぁ、慣れだとは思うんだけどね。目標は一年でどこかの部門の室長になること!」
立ち上がり掌を握り締めて、意気軒昂たるままに宣言する。
「ほー、いち仕事人が生涯かけて辿り着けるかどうかの地位に、たった一年でなるとな?さすが、才人は言う事が違うねぇ」
「随分な嫌味ね……でも、そうでもなきゃラインフォルトグループの次期会長候補は務まらないわ」
「……大した覚悟だな。悪い、俺の中にあった凡俗のひがみだ。……ったく、ナギトが言っていいセリフじゃねえな、今のは」
ナギトの言い回しにどこか違和感を覚えながら、アリサは紅茶を飲み込んだ。
それはどういう意味か、と訊こうとして───
「おう、おったおった。ナギトや、一献どうじゃ?」
酒瓶を持ったグエンが姿を現した。すでに酔っ払っているようにも見える。
アリサが「お爺様…」と苦笑いしているのを横目で見ながら、ナギトは立ち上がる。
「おや、邪魔じゃったかいの?」
「いえいえ、ご相伴に預からせていただきます」
ナギトが言うと、グエンは「話がわかる奴じゃ!」と肩を叩き下に案内する。どうやらその場所がルーレの夜景が見える絶好のスポットらしい。
「それじゃ、今夜はおやすみ…かな、アリサ」
「ええ、おやすみなさい。あんまり遅くならないようにね。あと、お爺様をあんまり調子に乗らせないように」
アリサは実の祖父に厳しいようだ。その言葉の裏には日頃の気苦労が見て取れた。
ナギトは苦笑いして「わかった」と告げグエンの後を追おうとするが、その背中をアリサが呼び止める。
「それと、私のベッドに潜り込んで来たりしたら殺すから♡」
語尾にハート付けりゃ全てのセリフが許されると思ってんなら大間違いだぞ。
その後、グエンと酒を酌み交わすナギトだったが15杯を飲み終えた所で睡魔にテンカウントを喰らい、ゾンビのように這って客間のベッドに潜り込むのだった。
☆★
翌日、ナギトが目を覚ましたのは昼前だった。
「……気持ち悪い」
いつもの足取りが嘘のようにヨタヨタとした様子でベッドから出て階下の広間に歩いていく。
「おはようございます、ナギトさま。その様子ですと二日酔いといったところでしょうか?」
昼食の準備をしていたシャロンはナギトを見るなり、その状態を看破する。シャロンとは昨夜、酔い潰れたグエンを任せて以来なのだが、ナギトの様子は一目瞭然であった。
「…はい……」
「それでは、昼食は簡単に食べられるものにいたしましょう」
ナギトは礼を言うと、昼食が出来上がるまで部屋で休む事にし、シャロンが呼びに来るのを待った。
昼食後、ナギトは腹ごなしを兼ねて稽古に向かう。ルーレの近場で魔獣狩りだ。
「────こんなもんか」
最後の一匹を切り捨てたナギトは納刀して呟く。
食後の腹ごなしとして行ったのは、突然変異しつつも巨大化していない個体の討伐だ。
放っておいても害はないはずだが、昨日の依頼を完遂するという意味では無駄な事ではないだろう。
時刻を確認すると、そろそろ17時に差し掛かっていた。グエンと約束した夕食の約束までには町に戻れそうだ。
夕食はお約束の宿酒場だ。そこで腹7分目くらいまで食べてから、バーに向かう。以前、特別実習でリィンがクレアと逢引した例のバーである。
話しながらの酒はぐいぐいと進み、ついに2人ともまともに舌が回らなくなった頃に迎えに現れたアリサを巻き込みさらに呑む。
時刻は深夜に差し掛かり、そろそろ店仕舞いという頃合いにシャロンが登場し、酔い潰れた3人を引き取っていくのだった。
☆★
翌日の朝、再び二日酔いに悩まされるナギト。今度は頭痛のおまけ付きだ。
起き上がろうとして、肌を滑るシーツの感触が心地良いと感じる。
…………ちょっと待て。シーツの感触だと?
ガンガンと頭痛のする脳みそで考える。しかし、考えるまでもなく答えは出るわけで。
シーツの感触がわかるという事は、つまり。
起き上がった事で首から下を隠していた掛け布団が剥がれ落ち────、ナギト・カーファイの裸体が露わになる。
「…ん………、朝…………?」
寝惚けた声が隣から聞こえ、そちらに視線をやると、そこには半裸のアリサの姿が。
………oh……………
「あれ……?ナギ、ト………………?」
ゆっくりと開かれる、大きな眼。負けん気の強さを表すような赤色の瞳が徐々に正気を取り戻していき────それが限界以上に見開かれた瞬間。
アリサは声にならない声をあげた。
所謂「○$%#〒☆¥×^°♪*@〆ーーー!」というやつだ。
「あああああナギトあんたあたしが寝てる間に変なことしたわけじゃないでしょうねどうなってんのよこれなんであたしもナギトも裸なわけ一線を超えたなんてそんなわけないけどああもうだからお酒を飲むのは嫌だったのよもうお嫁にいけないわちくしょう!」
もはや聞き取れない速度で悪態を吐くアリサ。ほとんど聞き取れなかったが「ちくしょう」だけは聞き取れた。
未だアリサが高速悪態を吐いている内に、ガチャリと部屋の扉が開いた。
入室してきたのはシャロンだった。
「おはようございます、アリサお嬢様、ナギト様。……昨夜はお楽しみでしたわね?」
それでアリサは最後の砦が崩れたのか、また奇声をあげる。
アリサのその様子を見てクスクスと笑むシャロンに、扉を挟み、その後ろに控えるグエン。ナギトはそれで確信に至る。
「なんであたしこんなことそれもナギトとなんてしかも記憶もないしあたしの初めてだったのに」
ナギトはらしからぬ真摯な顔つきで「アリサ」と呼びかける。
そういえば目覚めてからナギトの意見を聞いてない。ナギトからそういう事実がなかったという言葉が聞ければそれだけで救いになる。
アリサは無意識に閉口してナギトを見た。
そんなアリサを前に、ナギトはにこりと微笑んだ。
「記憶がないのは俺も一緒だ」
ビンタ、炸裂。
涙目になりながらベッドの上で悶え尽くすアリサ。これ以上はさすがに可哀想なので、今度は真面目に話しかける。
「アリサ……アリサ、落ち着け」
アリサの肩を捕まえて言う。
「これはたぶん、グエンさんとシャロンさんの悪ふざけだ」
「……へ?」
呆けるアリサ。悪ふざけだとバレたシャロンは申し訳なさそうな顔をし。そして黒幕が入室してきた。
「お爺様……?」
「すまんのう、さすがに冗談が過ぎたわい」
〜以下省略〜
こうして、ラインフォルト家+αの朝の珍事は落着した。
朝食を終えて街に繰り出すナギトの懐から機械音が鳴る。ARCUSの着信音だと理解して応答するナギトだったが、送られてきた声は予想外の人物のものだった。
「はい、ナギト・カーファイ」
「よう、カーファイ。俺だ」
軽薄な声音。何を考えているかなど相手に悟らせぬ役者の声音だ。
その声の主を知ってはいる。しかし───
「レクター・アランドール大尉……いったいどこから通信を?ざっとルーレ市にはあなたの気配はないんですが」
レクターであれば気配を断つなど造作もないだろう、と思いながらナギトは言う。
《理》に至ってより鋭敏に進化したナギトの気配探知は、すでにルーレ市程度ならば一瞬で見渡せるほどだった。
「ハッハー!今の一瞬でルーレ全域を探知したってか?大したもんだな」
「ははは照れるな、ははは」
「ははは」
「「ははははは!」」
通信越しに男2人の乾いた笑いが響く。まったく心のこもらない笑い声である。
「んで、ネタばらしするとだ」
と、レクターは語る。
自分は今、帝都にいるという。それでも通信が可能なのは開発されつつある中継機があるからだと。
こういった通信用の中継機は現在帝都を中心に設置されつつあり、現在はルーレまで届いてるのだとか。
「それは当然、ラインフォルト社も1枚噛んでるわけですよね?」
「そうだなァ。はは、聞いてなかったか?」
「……ええ、それはいいんですけど。それで、要件はなんでしょう?」
「ま、それはお前さんの予想通りだと思うぜ。オッサンが呼んでる……《緋玉の騎兵》」
「というわけで、急遽発つ事になった」
レクターとの通信を終えて、ナギトはアリサの元を訪れていた。
「本当に急ね………。……ついに初めての“仕事”にとりかかるわけね………」
「ああ…どんな内容かは知らんがな。俺っつー“力”を使う場面だ、ヤバい仕事ってあたりはつけてるが」
ナギト・ウィル・カーファイという、自陣にも厄介な駒を使わざるを得ない局面だろうと推察する。
オズボーンもナギトの性質を理解している。“いざとなれば他の何を捨て置いても大切なものを護る”という性質を。
故に、ナギトを“知恵”ではなく“力”のみが必要な場面で起用する。
「気をつけてね、ナギト……私は、私たちは何もできないけど……、それでも何かあったら頼ってちょうだい」
「ああ、ありがとうアリサ。…じゃあ、また。通信状況も改善されていってるから、すぐに連絡はできると思う」
その後、ナギトはアリサと短い別れの挨拶を済ませて飛行艇に乗り込む。
行き先は帝都ヘイムダル。飛行艇が舞う空には暗雲が立ち込めていた。