「起きろ!セドリック・ライゼ・アルノール!」
《緋の騎神》の核の中でエレボニア帝国皇太子セドリックは平手打ちをもらったような気がして飛び起きた。
立ち上がったセドリックが周囲を見渡してもそこには誰もいない。
そもそも周りは緋い靄に囲まれていて、ここがどこなのかすら───
──“「殿下、覇道のお時間ですぞ。古のアルノールの血……存分に滾らせるがよろしい!」”
思い出した。セドリックはカイエン公爵の手によって《緋の騎神》に押し込められ、その結果《紅き終焉の魔王》が目覚めてしまったのだ。
セドリックが視線を上げると、そこには魔王の視界が映し出されている。
「いくぞ。民草を守る覚悟はできてるか?」
また、声が聞こえた。
これは導きだとセドリックは感じた。魔王の視界を映す窓からの光景では苛烈な戦いが繰り広げられている。《灰の騎神》と《蒼の騎神》が魔王と化した《緋の騎神》と激動を演じているのだ。
まるで物語の英雄譚の一幕。普段の自分なら手が届かない、と憧れるだけだった。
でも今は。
自分だけにしかできない事がある。
セドリックの心は誰に言われるまでもなく、英雄として萌芽していた。
そして、やがて来る運命の刻。
「尻尾だああああああああああああ!!!!」
「うああああああああああああ!!!!!」
────運命は変わった────
紅蓮の魔王はビタリと動きを止め、その隙に《灰の騎神》と《蒼の騎神》による合技が決まり、魔王から核を取り出す。
「………ああ、安心した」
最後にまた自分を導いてくれた声が聞こえて。
セドリックの意識は闇に沈んだ。
☆★
《紅き終焉の魔王》との戦いでクロウ・アームブラストは死亡する。
これは覆しようのない運命であり既定路線だ。この世界がゲームである以上、何度繰り返そうと同じ結末を辿るしかない。同じシナリオを見続けるしかない。
だが、この決戦においてクロウが生き残る世界線があった。
それは“特異点”が発生した場合だ。
特異点ナギト・シュバルツァーの存在が、クロウを死の運命から救い出す。これはそう願った者たちのための物語だ。
しかし、この世界において特異点ナギトの存在が確定しないままクロウの生存が確定した。
それはありえない事だ。ナギトがいなければクロウは助からない。
紅蓮の魔王が斃れ、展開されていた固有結界が解かれる。
セドリックが救助され、それにクロウを含めたⅦ組メンバーが駆け寄る。
そこから少し離れたところに光が集束した。
それは人型の像を結び、しばらくして光は弾けて中から現れたのは──────
「あ………」
声を漏らしたのは誰かだったろうか。もしかしたら全員かもしれない。
彼の姿を見ると同時に、これまで感じていた違和感の正体を知った。記憶が甦る。いたはずの彼。いなかったはずの彼。彼と───ナギト・シュバルツァーと共に過ごした軌跡を。
「ナギトっ!」
ナギトに飛びついたのはラウラだった。そうするのに彼女以上に相応しい人物はいない。
ラウラのダイブを受け止めたナギトはバランスを崩しつつも踏み留まった。
「ラウラか……?てか、え、なにこれ?」
ナギトは周囲を見渡して状況の確認に努める。その間にもラウラは嗚咽しながらナギトの胸に頭を押しつけて名前を呼んでいた。
「はは、可愛いやつめ。ほーれよしよしよしよし」
ラウラの頭をぐしゃぐしゃに撫でてやるナギト。まるで愛犬にするような対応にラウラは頬を膨らませて頭を上げる。
「ナギト………」
「ラウラ………」
交わった視線に、キスしてやりたいという気持ちがむくむくと起き上がるがそれを無視して。
「その……なんだ。すまなかった。ありがとう」
謝罪と感謝を伝える。
ナギトの記憶は時獄牢で己というリソースを消費して世界の時間を巻き戻したところでぶつ切りだ。
自分のやった事は、世界を“特異点”のいない“閃の軌跡”正史に戻したはずだったが、それがどういうわけかナギトという存在はここに甦っている。
周囲の人物たちからナギトはここが内戦中の煌魔城だと確信。今のラウラが知らない約束を守れなかった事に対して謝罪し、ナギトがいないながらもクロウの生存というIFを勝ち取ってくれた皆に感謝する。
「───因果の逆転が起こったというわけだな」
そこにギリアス・オズボーンが現れる。
カイエン公の奥の手であった紅蓮の魔王も打倒され、すでに打つ手がない彼に追い討ちをかけるようにこの時点において死んだと思われていた《鉄血宰相》が姿を見せたのだ。
「───ネタばらしが早いのではありませんか、閣下?」
影に隠れていたルーファスもまた現れ、同じく隠形をしていたアルティナがついでとばかりにクラウ=ソラスでカイエン公を殴り飛ばして制圧。
ルーファスに続くようにして《鉄血の子供達》がオズボーンの元に集い、正史の再現───にはならない。
「………あなたも記憶があるんだな、オズボーン宰相」
“閃の軌跡”の正史、ナギトのいる別史。それぞれの歴史において多少の差異はあれどオズボーンはこの場を掌握していた。
しかし今のオズボーンにその意気はなく、《鉄血宰相》の覇気は年相応に萎れている。
「いかにも。…………君の存在が確定しかけている今…すべてを思い出した」
オズボーンはナギトが世界を巻き戻すその場に立ち会っている。《時の至宝》という事もあろうが、そのために
リィンやラウラ、Ⅶ組の者たちもナギトのいた軌跡を思い出しているが、それはあくまでこの1204年12月時点までのようだった。
ナギトはオズボーンの言葉を反芻する。因果の逆転。ナギトの存在がクロウの生存に繋がるのなら、クロウが生存したならばナギトは存在していなければならない、といったものだ。
クロウに視線をやると、彼はナギトが現界した事とオズボーンの復活のショックから立ち直り、今にも仇敵たるオズボーンに飛び掛かろうとしていた。
「クロウ」
出鼻を挫いたのはナギトだ。溜めた脚力を解き放つ寸前のクロウの足元に剣が突き立った。“幻造”による幻で編まれた剣だ。
「ナギト……っ!止めるな、俺は……!」
「クロウ……お前はもう勝ってる。……勝ってるんだよ。だから…止まってくれ。後で説明するから」
ナギトの制止によりクロウは歯噛みしながらも武器を下ろした。クロウの受けた精神的なショックは、正しくはそれから立ち直ったわけではなく無視して得物を取ったのだ。ナギトの言葉は無視した事実を直視するのに充分な余裕を与えた。
「事が終われば我が首を差し出そう……クロウ・アームブラスト」
「なに………?」
だが、火種に燃料を投下するようにオズボーンが紡いだ。
「……すべてを見た。ナギト・ウィル・カーファイ──この時においては未だナギト・シュバルツァーだったか……君の──“特異点”の記録を。……そして俺はこの世が可能世界である事を理解した」
オズボーンの纏う哀愁はすべてが虚しいと言っているように見えた。
妻を救えなかっただけではない。この世界がつくりものであるという地獄を、理の深淵を理解してしまったのだ。《鉄血宰相》が老爺に変貌するのもわかるというもの。
ナギトは目元を揉んだ。オズボーンはゲームを降りると言っている。この世の覇権を懸けたそれを。周りには狸や賢王をはじめとした曲者が揃っているというのに、指し手を辞めると。
ふざけるな、と叱咤してやりたいがクロウがいる前でオズボーンを励ますなんて迂闊な事はしたくない。
「あなたとも話す必要がありそうだな。今後について、諸々と」
だから問題を先送りにして、この場での回答を回避した。
「可能世界………君は何を知っているのかしら、ナギトくん?」
と、そこで切り込んできたのは結社《身喰らう蛇》使徒第二柱《蒼の深淵》ヴィータ・クロチルダだ。ルーファスの奇襲がなかったこの時間軸において、彼女は疲弊しているとは言え手傷もなくグリアノスも健在だ。
「面倒臭いのに見つかった、という顔ね」
クロチルダは的確にナギトの顔色を読んだ。というよりナギトが露骨にそんな表情をしていた。
クロチルダは冗談めかして言ったが、そのワードは彼女が盟主と仰ぐ人物から聞かされていたものと同一であり、尚更に特異点への警戒度を高める材料となる。深淵の魔女に油断はない。
「それをこの場で言うわけにはいきませんね。その正しい意味は万人を絶望させる。《鉄血宰相》ですらあのざまだ。……何を知っているのか、と問われればここから先3ヶ月程度の未来の記憶ですかね」
“閃の軌跡”はゲームである。という前提を差し置いて言うなら、ナギトは特異点の記憶として1205年3月にⅦ組の面々がトールズ士官学院を卒業するまでの記録がある。
オズボーンが《鉄血宰相》ならざる今、そこから先の歴史はナギトが辿った別史とも違う道のりを歩むだろう。
「未来の記憶……!」
クロチルダの反応はナギトが想像した通りのものだった。今はひとまずそれで満足してもらうとして。
ナギトは傍らのラウラと目を合わせて、それからⅦ組の者たちと向き直った。
「……………ほら、言えよ」
数瞬、ナギトは逡巡してリィンらをじ、と見る。照れ隠しのそれにⅦ組の彼らは「?」だ。
感動の再会とも言える場面でのナギトの態度は彼らしく、しかし今のⅦ組にとっては近くて遠い記憶。
また数瞬待ってナギトは痺れを切らしたようにして頭を掻いた。
「……ただいま!」
半ばヤケクソのようなそれを受けてⅦ組は面食らいつつも笑った。
「…そうだな。君はそういうやつだった」
ナギト・シュバルツァーが帰って来たという想いが去来する。
感動の再会をナギトらしさがぶち壊す。湿っぽい雰囲気なんか無視して、だから皆は声を揃えて言った。
「「「「「「「「「「「おかえり」」」」」」」」」」」
ナギトははにかんだ。
その背後で大きな影が起き上がる。
「この次元でもお出ましかよ」
予想していた
リィンらⅦ組、《鉄血の子供達》もそれに釘付けになっている。倒したはず、という疑問と傍にある《緋の騎神》の残骸がそれを肯定し、殊更に皆を不安に陥れた。
得物を抜こうとする面々をナギトが止める。
「ここからは俺の戦いだ。あれの敵は俺だけだ」
太刀を抜く。未だ“明星村正”でも“神魔調伏刀・緋葉村正”でもない太刀“宵星”。ナギトはここから先1年と数ヶ月の、オズボーンとの決戦の記憶はあるが、ここに現界したのはあくまでこの時点のナギトという事なのだろう。
抱きついていたラウラを引っ剥がして背後に庇う。
「今はまだ“特異点”の力は無制限に使えるよな?」
内なるもう1人の自分──願いの化身に問う。「無論だ」と短く肯定された。
「オーケー。なら楽勝だ」
もしナギトが紅蓮の魔王の複製──システムの抵抗に敗れれば、その存在は消失しクロウが助かったという軌跡さえ否定されて、歴史は正史へと立ち戻る。
しかしそんな心配はもうなかった。
「千の人に千の軌跡を、ってな」
太刀を大上段に構えるナギト。“八葉一閃”を下地に放つ剣技は“特異点”の力を上乗せしたもの。
「あー、そうだ。ラウラ」
と太刀を構えて力を溜めながらナギトは思い出したかのように語る。
「たぶん記憶は甦ってると思うからアレなんだけど」
言い訳がましく、しかし決心して再度口にする。
「全部終わったら…って言ってたアレな、今言うわ」
それはいつか、士官学院祭の時の約束だ。
──“「そうだね。ただアレだ。全部が無事に終わってから、俺の方から正式に言わせてほしい」”
結局、我慢できずに全部が終わる前に想いを告げて、ついでにラウラをおいしくいただこうとしちゃったわけだが。
今ここで、気分を上げるために今再び告白してもいいだろう。
「ラウラ、俺はお前の事が好きで、大好きで、超愛してる。事が終わったら俺と付き合って───いや、結婚してくれ!」
突然のプロポーズに場は騒然となる。ルーファスらさえ鳩が豆鉄砲を喰らったように目を丸くして、むしろ呆れていた。
その様子にナギトはしてやったり、と満足げに「かっかっか」と大笑い。
「ナギト……その、今そんな事を言われても私は……」
「返事はすぐじゃなくてもいーぜ。今から格好いいとこ見せるからよ」
ようやく全身を見せた紅蓮の魔王を、ナギトはアピールするのに絶好の相手だと侮っている。
「だが……アレは我らが戦ったものより遥かに………」
「任せろよ、俺を誰だと思ってやがる」
その言葉にラウラは安心感を覚えた。ナギトらしからぬ芯からの強気な発言はその感情を抱かせるに充分だった。
「そうだな、そなたに任せよう──
ナギトにとってラウラの言葉は何よりの激励だ。
沸き立つ心を力に変えて、戦闘態勢をとった魔王に太刀を振り下ろす。
「八葉一刀流、始の太刀────」
それは流れ落ちる涙を否定し、運命を縛り付ける鎖を立ち、自由なる明日を祝福する絶技。
バッドエンドなんて認めない。ハッピーエンドでも物足りない。
この手で幸せを続けるために。幸せの続きを味わうために。
「────八葉一閃!」
ナギトの物語は続くのだ。この先に待つ幸せを掴み取るために。
THE END
to be continued…………?