八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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After Apocrypha──その後の異聞──
あれから


 

 

 

あれから2ヶ月が経過した。

煌魔城にてクロウが生存し、ナギトが現界し、オズボーンが復活し、内戦が終結してから。

 

ナギトの日常はと言うと、トールズ士官学院を1年で卒業するための詰め込み授業が苦なくらいで平々凡々だ。

 

平凡じゃない日常を送っているのはむしろナギト以外の方で、これまで微かに抱いていた違和感が実を結び、ナギト──《剣鬼》ウィル・カーファイとかいう危険人物が突然リポップした事でてんやわんやになっているとか。

そのおかげで関係各所──遊撃士協会や七曜教会、《身喰らう蛇》やら色々な組織がナギトに接触を図ってきたが、ナギトの「せめてトールズ卒業まで待て!」と一蹴。面倒事は先送りにされた。

 

 

ナギトが復活した煌魔城にいた面々には少しばかり事情を説明し、クロウにはそれなりに事細かく語り聞かせて納得してもらえた次第だ。

 

特にしつこかったクロチルダに対してはメインの部分はおあずけしているものの、情報を小出しにして気を満たしてもらっている。

 

 

 

この時間軸においてエレボニア帝国はクロスベル自治州を併合していない。

 

この最たる理由は、ギリアス・オズボーンがやる気をなくしているからだ。

だが、彼以外の面々がクロスベルに侵攻するカルバード共和国を座視するはずもなく、ルーファスを筆頭とした派閥が機甲兵を用いて共和国軍を撃退。クロスベルから共和国を駆逐し、実質的にエレボニア帝国はクロスベルの唯一の宗主国となった。

 

オズボーンはやる気はなくしているものの、なんとか公務は続けている。劇的な生還と内戦を終わらせた手腕から民衆人気は莫大なものとなった彼だが、その無気力ぶりは明らかで、皇帝から呼び出しがあったとか、宰相を辞任するのではないか、といった噂がまことしやかに囁かれている。

 

 

そんなオズボーンがようやく時間をとれたという事で、ナギトは彼に面会するために帝都に来ていた。

 

列車を降りると、TMPのクレアが敬礼してナギトを出迎える。

 

 

「お疲れ様です、ナギトさん」

 

 

「どうも。クレア……大尉でしたっけ?」

 

 

「はい、特務大尉です」

 

 

「クレア大尉、お疲れ様です」

 

 

駅を出てTMPの車両に乗り込みバルフレイム宮へ向かう。

 

 

「どうですか最近?」

 

 

その道中で遠慮も何もなくナギトは尋ねた。クレアは一呼吸してから答える。

 

 

「私の方は一段落といったところでしょうか。レクターさんは共和国との情報戦に忙しくされてるみたいですが。…それにルーファスさんもクロスベル方面で奮闘しているようですし……、ミリアムちゃんについては言わずもがな、でしょうか」

 

 

 

「《鉄血の子供達》も散り散りか……。親父殿があれじゃ致し方なしってもんですね」

 

 

クレアの視線が厳しくなるが、一瞬の後、当のクレアが目を逸らした。

 

 

「あなたも……その一員になった未来があったのでしょう」

 

 

どうやらクレアはオズボーンからなかった事になった別史の話を聞いているらしい。それが、かいつまんでである事はクレアの表情から察せられた。ナギトは芸達者にも肩を竦めてみせた。

 

 

「噂は事実なんですか?」

 

 

帝国中でにわかに騒ぎ立てられているオズボーンの進退について。辞めるだか辞めさせられるだか、色々な推測が飛び交ってはいるが、あの決戦後のオズボーンならクレアほど近しい人物になら語っているだろうと思った。

 

 

「それは……自分で確認してみるといいでしょう」

 

 

しかしクレアは答えを開示せず。

車はバルフレイム宮に到着した。

 

 

 

☆★

 

 

 

「失礼します。お連れしました」

 

 

ノック、返答、入室。一連のやり取りの後にナギトは宰相執務室に通された。

クレアは用件だけ告げると「失礼します」と退室。執務室にはナギトとオズボーンだけが残された。

 

 

前までは緊張していたこの空間も、今や空気が弛緩していると言うか、そこまで気を張らなくても良い場所になっている。ナギトが応対用のソファにどかっと腰をおろすと、オズボーンもその対面に座った。

 

 

 

「久しぶりだな、ナギト・シュバルツァー。壮健そうでなによりだ」

 

 

「あなたも。ギリアス・オズボーン……。ん〜、ちょっと老けました?」

 

 

「フフ。私はこれで年相応だ。君こそ年齢の割には老け顔なのではないかね?」

 

 

「余計なお世話過ぎる」

 

 

そんな冗談しかない言葉を交わして、2人は本題に入る事にした。まずジャブを打ったのはナギト。

 

 

「内戦終結から2ヶ月……激動でしたねぇ」

 

 

「前の時ほどではあるまいよ。今回はクロスベルの併合もなく………私は結社の《幻焔計画》の簒奪宣言をしなかった」

 

 

「その気があれば今からでも…と言った口ぶりですね。そのやる気がないんでしょうが」

 

 

ナギトの間延びした態度にオズボーンは「フフ」と笑い、席を立つ。窓際まで歩いてバルフレイム宮から見える帝都の景色を眺めた。

 

 

「……ああ。些か疲れた。その果てに望むものがないとわかってなお歩み続ける気概は私にはない」

 

 

「だから、やーめたって?そんなのが通ると思ってんのか」

 

 

ナギトもまた立ち上がる。決して声を張り上げたわけではなく、しかし相手の心胆に響く低く糾弾する声音。

 

 

「東の狸、南の賢王……クロスベルの問題だって、ある意味じゃ前回より酷い。そんな状況で降りるつもりか」

 

 

事実ナギトは糾弾しに来たと言って過言ではない。

カルバード共和国大統領サミュエル・ロックスミス、リベール王国女王アリシア・フォン・アウスレーゼといった名だたる指し手が取り囲むエレボニア帝国の宰相たるギリアス・オズボーンが睨みを効かせていなければ、帝国の明日がどう転ぶかわからない。

 

それは、ナギトの望む未来を遠ざける行為だ。

 

 

「ユーゲント皇帝はなんかやる気なさげで、仮に現皇帝を廃してセドリック皇太子を即位させたとしても今の彼じゃ役者不足。オリヴァルト皇子は継承権を放棄してるから後釜にはなれず帝国を導けない。困るんだよ……あんたに一抜けされると、帝国が困る」

 

 

「……不敬が過ぎるのではないかね?」

 

 

「かもな。事の大きさと比較すると無視していい問題だ」

 

 

オズボーンの注意をナギトは雑に受け流した。帝国の未来と比べて皇族への不敬など取るに足らないと言う胆力にオズボーンは嘆息した。

 

 

「《鉄血宰相》ギリアス・オズボーンの存在は偉大だ。正直な話、いてくれるだけでも助かる。………帝国の明日のために、どうかその席を立たないでくれ」

 

 

ナギトの言葉は紛れもない本心ではあった。ただ優先順位の所在を明らかにしていないだけだ。

ぶっちゃけた話をすれば、ナギトにとって帝国の明日なんてものは二の次に過ぎない。一番大切なのは、みんなのおかげで掴めた奇跡──この現在という幸せな明日を続けていく事だ。

そのために帝国には平穏無事でいてもらわねばならず、だからオズボーンに宰相を辞めないでくれと嘆願しているのだ。

 

 

そう、嘆願だ。糾弾はいつの間にか嘆願に変わっていた。

 

 

 

「………焦っているな、ナギト・ウィル・カーファイ」

 

 

それは今やなかった事になった世界のナギトのフルネーム。そう呼ぶという事は、あの世界から連続している者同士でしか伝わらないものがあるからだ。

 

 

「……そりゃ焦りもする。俺は平和が好きだ。何でもない日常が好きだ。大好きなやつらと馬鹿みたいな話をして、それで終わる1日で充分なんだ。……そんな未来が失われようとしているなら焦るのも当然だろ」

 

 

振り返ったオズボーンと視線を交わす。

ナギトの言い分は酷く独りよがりだ。相手に望むだけで自分から差し出せるものはない。

 

 

「…………未来、か。素晴らしい概念だ。誰しもが幸福な未来のためにあがいている。……私もそうだった」

 

 

オズボーンはナギトから視線を逸らして窓の外の空を見上げた。見果てぬ蒼穹の果てに、それがあると信じていたから走り続けられた男の哀愁が、そこにはあった。

 

 

「…………………」

 

 

 

ナギトは何も言えない。特異点であるナギトだけは、言ってはならない。

過去ではなく未来に目を向けろなどと、そんな事は。

妻と子と過ごす平穏を無くし、それを取り戻す余地を失った彼に。言えるわけがない。

 

クロウが喪われるシナリオを許さず、分不相応にも運命をねじ曲げたナギトが、言えるはずがないのだ。

 

 

 

「………君の弱点は、先が見え過ぎる事だな。最悪の地平を見て、ゆえにそれに捉われる」

 

 

 

「…………?」

 

 

 

「君の不安は杞憂だったと言うことだ。私は宰相の座を辞するつもりはない」

 

 

 

それはナギトの説得によりではなく、それ以前にオズボーンの心に決められたものであった。

 

 

 

「無気力だった私は陛下にお叱りをいただいてな。それで心を入れ替えたというわけだ」

 

 

陛下──皇帝ユーゲントⅢ世。彼の言葉により、オズボーンは宰相の座に留まる事を決めていた。

 

 

「その陛下のお言葉も、思い出したという君の決意表明からだそうだが」

 

 

 

それはなかった事になった世界で、カレル離宮に囚われていたユーゲントを解放した後の一幕だった。あの時、ナギトの言葉はユーゲントの胸を強く打ったのだ。

そしてその熱は今、オズボーンに伝播している。

 

 

「尤も、私が宰相を続けるかどうかは今日の君との邂逅次第…と思っていたがね」

 

 

ナギトは数瞬思考し「クロウか」と言い当てた。

 

 

「君が私の首を彼に差し出せと言うならそうするつもりだった。それだけの事を私は彼に──彼らに行った」

 

 

 

「……ナメんな」

 

 

と、ナギトは言う。《鉄血宰相》の非道に自らの生きる道を失った者は大勢いる。それこそ決死の《帝国解放戦線》なんてのができるくらいだ。

正しく憎しみに囚われ、正しく復讐の遂行を願う彼らにはしかし、承知してもらっている。

 

ナギトがクロウを説得し、クロウが彼らに頭を下げた。ギリアス・オズボーンの明日次第では後継が発足するかもだが、改心したらしい今では無用の心配だろう。

 

 

 

「クロウは自由が似合う男だ」

 

 

 

色々な意味を込めて牽制した。オズボーンは「そうか」と飲み込む。あわよくばクロウを次代の宰相にでもしようとしていたのかもしれない。

クロウの能力は卓抜している。テロ組織をまとめ上げたカリスマも、士官学生として発揮していた周囲との友好関係(政治)も、《鉄血宰相》や《鉄血の子供達》を出し抜き、一度はその心臓を穿った頭脳も。政治家向きと問われれば是である。

 

前の世界ではオズボーンに対抗するために政治家としての道を歩むつもりのあったクロウだが、今この世界ではそんな未来はなかった。

 

 

 

「フフ……君でも良かったのだがね。理の視点からの政治…興味がないと言ったら嘘になる」

 

 

「……やんねーよ」

 

 

実を言うと、ナギトには腹案があった。オズボーンが宰相を辞めた場合の、その後の帝国を強靭に守るための案が。

とは言っても妄想まがいのものであり、オズボーンが宰相を続けるからにはそんな面倒事を抱え込む必要もなくなったわけだが。

 

 

 

「まあ、なんにせよ宰相を続けてくれるならありがたい。今後とも見定めさせてもらいますよ……《鉄血宰相》ならぬあなたが、帝国をどこに導くのか」

 

 

どこまでも上から目線の発言にオズボーンは微苦笑する。変な真似はするなよ、と釘を刺されたも同然なのだ。

 

 

「フフ……私──《鉄血宰相》という火種が消えたとしても、このゼムリアには激動の時代がやってくるだろう。その時には君の力が必要になるはずだ。帝国の明日を護るために……頼むぞ、ナギト・シュバルツァー」

 

 

 

そんな密約を交わして、2人の会談は終わりを迎えたのだった。

 

 

 

宰相執務室から出たナギトを待っていたクレアは駅まで送ると言ったが、ナギトはそれを固辞した。

ただ何となく、ひとりで歩いて、風を浴びたいと思ったからだ。

 

 

だからその再会は運命(偶然)だった。

 

 

 

「よう、ナギト」

 

 

 

声をかけられて振り返る。そこにあったのは今や懐かしき友の姿。

死んだはずの友。殺した友。復讐に走り、しかしその偽りゆえに虚ろだった男。誇りを取り戻し、その最期にはクロウを救う一助となって死んだ───────。

 

 

 

 

「───────リヴァル」

 

 

 

ナギトはただ呆然と、友の名を呼んだ。

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