八葉を継ぐ者──A2──   作:クラウンドッグ

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あからさまな異名

 

 

 

ヘイムダル空港を出てトラムに乗り、バルフレイム宮に向かう。

 

 

 

 

「お待ちしておりました、ナギトさん」

 

 

 

 

緋き皇宮の前で衛兵と並んで待っていたのはクレアだった。

《鉄血の子供達》の1人にして、演算機並みと評される処理能力を持つ鉄道憲兵隊大尉。

 

「お待たせしました」と言うナギトをクレアはバルフレイム宮に案内する。

 

 

 

「……大尉はもう聞いてるんですか、今回の件については」

 

 

 

オズボーンの元に行く間にナギトはクレアに話を聞く。《子供達》の先輩に当たるクレアならば先にオズボーンから今回の件について聞いていてもおかしくはない。

 

 

 

「はい。……ですが内容は」

 

 

 

「了解です。直接聞きます」

 

 

 

 

言い淀むクレアに、今回の件についての難易度を推し量る。

通信では言えない内容であり、オズボーン本人から要請すべき案件。

しかも、ナギトを呼び出すべく帝都から通信をしてきたのはレクターだった。つまり、今帝都にはレクター、クレア、ナギトという3人の《子供達》がいるわけだ。クロスベル総督のルーファスは無理にしろ、その他の《子供達》勢揃いという可能性もある。……おそらくは、その顔触れを揃えなければならないほどの重要且つ困難な案件なのだろう。

 

 

 

 

「閣下、ナギトさんをお連れしました」

 

 

 

宰相の執務室前でクレアが扉をノックする。低く艶のある声が「入ってくれ」と言う。オズボーンは良い声をしている、生で聞けば尚更だ。この声も帝都での人気に一役買っている確信がある。国家を動かすほどのカリスマには良い面と良い声がセットなのである。

 

 

 

 

「よく来たな、ナギト・カーファイ。およそ2ヶ月ぶりか」

 

 

部屋に入ると、オズボーンが声をかけてきた。その近くにはレクターとミリアムもいる。本当にルーファスを除く《子供達》全員が揃い踏みのようだ。

 

 

 

「はい。宰相閣下も壮健そうでなによりです」

 

 

 

 

「フッ……、そうかしこまらなくても良い。すでに君も、《子供達》の1人なのだから。私を親と思ってくれても良いのだぞ?」

 

 

 

笑みを浮かべながら、オズボーンは歩み寄ってくる。

心を許すと、取り込まれそうだ。

ナギトはその警戒を態度には出さず、しかし言葉でしっかりと伝える。自分は《子供達》という組織に属しただけの、部下だと。

 

 

 

 

「リィンの代わりにか」

 

 

 

 

視線が険しくなる。ミリアムの、クレアの、レクターの、そしてオズボーンの。

禁句だったか?と思いを巡らせるナギトだったが、気づいてない風に装って「それで?」と本題を促した。

 

 

 

 

 

「すでに君もわかっているように、今回の要請は武力行使が前提となる。非常に厄介な敵に対してのな」

 

 

 

 

非常に厄介な敵──他の誰でもないオズボーンが言うが故に、その重みは大したものだった。

他を牽制し出し抜くのであれば、レクターかクレアがいれば充分だ。個人の武力であればナギトは帝国でも一、二を争う。部隊の制圧能力ではミリアムも負けてはいない。

それだけのメンバーを揃えてもなお足りぬほどの、厄介な敵。

 

 

 

 

「さて────、この作戦を納得してもらうためには、話をせねばなるまいな」

 

 

 

 

オズボーンは語り始める。

この作戦の意義を。理由を。意味を。ナギトが納得して実行するだけの名目を立たせるために。

 

 

 

 

「《幻焔計画》───、クロスベルの虚ろなる幻をもって、帝国の焔を呼び起こす──という、私が結社《身喰らう蛇》から奪った計画だ。この《幻焔計画》……虚ろなる幻をもって、呼び起こされる帝国の焔とはいったいなんだと思う?」

 

 

 

オズボーンの問いに、ナギトは黙考する。

この問いの答えに繋がるヒントを得ている。問題は、自分がどれほど知っているのか、オズボーンに悟らせない事だ。

 

 

 

 

「……内戦時における結社の目的は《蒼》と《灰》の激突だった。つまり、騎神同士の戦いが帝国に眠る《焔の至宝》の覚醒に影響する?」

 

 

 

自分の出せる100%の答えではない。しかし、あながち的外れでもなかろうとナギトは探りを入れる。

 

 

 

 

「確かにそうだ。《灰の騎神》と《蒼の騎神》の戦闘こそ、内戦時における結社の目的だった。そしてそれは《焔の至宝》の覚醒に影響する………確かに、君の推測の通りだよ。しかし、私が訊いたのは“帝国の焔とは何か?”だ。質問に答えたまえ」

 

 

 

自分がどこまで知っているのかオズボーンに把握されている気すらしてくる。

しかし、この問いかけ自体がそうではない証左だ。オズボーンは無駄な事はしないという確信がある故に、そう看破する。

 

 

 

「だから、《焔の至宝》だろう?帝国に眠る二つの至宝の内の一つ。それが帝国の焔って前提で話してたんだが」

 

 

 

またも100%ではない答えだ。自分がどこまで知っているか把握されてはいけない。同時に、自分が無知蒙昧であると思われてもいけない。

 

ナギト・カーファイの格は下げずに、底は見せない。それが理想だ。

 

 

 

「………そうだな。その通り、帝国の焔とは、《焔の至宝》……万物貫焼焔マクバーン─────それが、その名だ」

 

 

 

 

マクバーン───その名を聞いて、室内に視線を巡らせる。

レクターは肩を竦め、ミリアムは苦笑し、クレアはスッと目を逸らし、もう一人はそも目が合ったとて反応すらしない。

 

オズボーンに視線を戻して、「マジか?」と訊く。ノルドでの一戦を思い出して冷や汗が頬を伝うのを感じた。

 

 

 

「ああ、諸君らには結社の《火焔魔人》マクバーンの捕縛を頼みたい」

 

 

 

 

 

その発言に、ナギトは己を偽るのもやめて「おいおい」と物申す。

 

 

 

「本気かよ捕縛って。殺害ならまだしも──いや、それでも相当だが……よりによって捕縛だと?」

 

 

 

「無論、本気だ」

 

 

 

 

「ふざけすぎだ。無謀だぞ。相手は結社最強の男だ。たった五人で捕縛まで持っていけるとは思えない」

 

 

 

 

「ほう、五人とな。ルーファスは今回の件には手を貸すことはできんが?」

 

 

 

 

「この段に来てしらばっくれる必要なかろうよ。俺、ミリアム、クレア、レクター。それにアルティナが、そのマクバーン捕縛のメンバーだろうが」

 

 

 

間髪を入れないナギトの言葉に、室内の面々が感心のため息を漏らす。数瞬の後に、なにもないはずの空間にアルティナが出現した。

 

 

 

「驚きです。ステルスモードは問題なく稼働していたはずですが」

 

 

 

アルティナの姿を周囲の風景に溶け込ませていたステルス機能を解除した戦術殼クラウ=ソラスがアルティナの背後に消える。

無機質と評していいアルティナの声音にナギトは一瞥して答える。

 

 

 

「姿が見えないだけじゃ意味はない。気配を消さなければな」

 

 

 

 

「気配ですか……難しそうです」

 

 

 

 

この屈強なメンバーを悪し様に言おう。

ナギト・カーファイは、3分だけの戦いでマクバーンを圧倒したが、一撃ももらっていないにも関わらずその後膝をつく醜態を見せた。

ミリアム・オライオンにアルティナ・オライオンは、戦術殻頼りの子供に過ぎない。

クレア・リーヴェルトは数十手先を読む頭脳と正確無比な射撃が可能だが、それだけだ。

レクター・アランドールは不明だが、その戦闘力がナギトに勝る事はないだろう。

 

この程度で、あの《火焔魔人》に挑む?ましてや捕縛するだと?

馬鹿馬鹿しいにも程がある。無謀にも限度がある。

 

 

 

 

「そもそも。マクバーンを厄介だと思うなら、どうして殺すのではなく捕縛などという不確かな手段をとる?それにマクバーンを捕らえておける牢があるとは思えない」

 

 

 

ナギトの疑問はそこだった。

厄介なら殺せばいい。捕縛は無理だが殺すだけなら、このメンバーならおそらく可能だ。

 

 

 

「それがそうもいかない理由がある。《焔の至宝》を含む《七至宝セプト=テリオン》は、あの大崩壊前から存在しているわけだが──《劫炎》のマクバーンがその時代から存在していたと思うかね?」

 

 

 

オズボーンの言葉に、一瞬考え込むフリをする。しかし、これで推測が確信に変わった。

 

 

 

「なるほど。マクバーン……つまり《焔の至宝》は引き継がれて行く力なわけか。現マクバーンが死ねば、次のマクバーン候補に《焔の至宝》の力が引き継がれ新たなマクバーンとなる。……そういうシステム」

 

 

 

少しずつ、自らの底を探られていく感覚。

ナギト・カーファイの100%を引き出されていくような。

危険だが、止まれない。

 

 

 

 

「その通りだ、察しが良いな」

 

 

 

だから、誤魔化すしかない。

 

 

 

 

「これでも、万物を自在に操るという極地への到達者故にな。 とりあえず、マクバーンを殺さず捕らえる理由はわかった。だが問題はそれだけじゃない。そもそも、その捕縛すべきマクバーンがどこに現れる?それがわからなきゃ、動くに動けない」

 

 

 

誤魔化して、話題を次の問題に移行させる。

 

 

 

「その点については心配無用だ。すでに当たりはつけてある。諸君にはマクバーンがその場に現れたと確認された時に向かい、捕縛してもらいたい」

 

 

 

「……その当たりをつけてある場所ってのは、どこだ」

 

 

 

ナギトの問いに、オズボーンは「ふっ」と笑う。その笑みにナギトは薄ら寒いものを感じた。

 

 

 

 

「ノルド高原で奴と戦った君には、すでに検討がついているのではないのかね?」

 

 

 

予感の正体はこれだった。薄ら寒いと感じたのは、オズボーンから発される圧力。お前の事など、隅まで把握しているぞ。といったオーラだ。

ナギトは思わず眉根を寄せた。しまったとポーカーフェイスに戻すが、もう遅い。

雰囲気はオズボーンに傾いたまま────。

 

 

 

 

「次にマクバーンが現れる場所は─────、ブリオニア島だ」

 

 

 

☆★

 

 

 

 

「………ちっ」と、宰相の執務室を出て舌打ちを打つ。

 

今の茶番は、いったいどこからどこまでオズボーンの掌の上だったのか。

 

 

 

そもそも、オズボーンの説明を聞いてからでは、ナギトにとって選択肢は一つしかない。ナギトはこの要請を引き受けるしかなかった。

 

なぜなら────。

 

 

 

 

 

 

「おや、そこにいるのはナギトくんではないかな?」

 

 

 

声をかけられて振り返ると、そこにあったのは流れる金髪を後ろでまとめた、赤き衣服を着用する《放蕩皇子》オリヴァルトの姿。その後ろには護衛のミュラーが控えていた。

 

 

 

「オリヴァルト皇子、ミュラーさんもお久しぶりです」

 

 

 

「うむ、君とは卒業式以来だね」

 

 

「久しぶり……と、久闊を叙するほどの仲でもあるまい。だが、トールズの先輩として君の卒業を祝わせてもらおう」

 

 

 

オリヴァルト・ライゼ・アルノール

皇帝ユーゲント三世の第一子であり、《放蕩皇子》とも言われる遊び人。庶子の出という事もあり、皇位継承権は放棄している。

が、その実は道化の皮を被った策士であり、帝国の未来を憂う、オズボーンの敵対者。

 

ミュラー・ヴァンダール

オリヴァルトの護衛兼お目付役。

《雷神》マテウス・ヴァンダールを父に持つ、ヴァンダール流剛剣術を修めた武人。

 

 

 

「見たところ、宰相殿に呼び出された帰りのようだね?」

 

 

 

世間話のように切り出すオリヴァルト。緊張感を滲ませぬ役者ぶりはさすがと言わざるを得ない。

このように緊張感がなければ、うっかりしてついペラペラと喋りたくなる。

 

 

………とまあ、そんな事はオズボーンにとって予想の範囲内なのだろうが。

 

 

 

「はい」と答えたナギトに、オリヴァルトはやれやれと肩を竦めて「大変だねぇ、君も」と同情した様子を見せた。

 

 

「いえ、そんなことは」

 

 

 

「そうかい?まあ、何かあったら力になるからいつでも相談してくれたまえよ」

 

 

 

ナギトは思わず口角を上げた。なつかしいと思ったからだ。学院祭での記憶が蘇る。

あの時、オリヴァルトと交わした僅かな言葉には、裏を含ませたものだった。

 

今回のオリヴァルトのセリフもそうだ。協力要請……それこそがオリヴァルトの望みだと看破したナギト。

内戦以降、オズボーンが力を増大させつつあるとは言え、皇子の力は大きい。オズボーンの情報を渡して対抗馬となってもらうのも良い手ではあるのだが。

 

 

 

「心強いですが……そうお手を煩わせるわけにもいかんですよ。それでも、本当に困ったら頼らせてもらいますんで」

 

 

 

オズボーンならば、ナギトがオリヴァルトのスパイになる事は予測範囲内の事だろう。故にそれを逆手にとった策を講じる可能性もある。

ナギトが協力してオズボーンに叩き潰されるよりは、今のままで徐々にフェードアウトしていった方が、いざという時に伏兵になる。

 

その意味まで伝わったとは思わないが、それでもナギトはオリヴァルトの誘いを断った。

 

 

 

「オリビエ、そろそろ時間だぞ」

 

 

 

ミュラーがオリヴァルトの後ろから声をかける。オリヴァルトは「ああ、そうだね」と答えて、ナギトに振り返った。

 

 

 

「父上とお喋りタイムなんで僕は失礼させてもらうよ。

それではナギトくん、また会おう」

 

 

 

オリヴァルトは去り際に少しおどけると、そのままナギトの前から姿を消した。

 

 

 

 

 

すでに時刻は夜もいいところ。ナギトは用意された客間で夕食を済ませ、早々にベッドに潜るのだった。

 

 

 

☆★

 

 

 

 

ふらふらと、おぼつかない足取りで。

 

ゆらゆらと、ぼやけた意識のままで。

 

 

 

俺は、そこに辿り着いた。

 

見覚えのある景色。

 

赤い、赫い、緋い、決戦の地。

 

 

 

どうして俺はここにいる?

 

 

わからないまま、ふらふらと、ゆらゆらと進む。

 

 

あかい、人形があった。

 

 

それを見ると、体中が熱くなった。

 

 

血が沸騰するほどに、熱い。

 

 

呪いのような黒い影が、あかい人形から染み出してきた。

 

 

それはみるみる内に巨大な影と化す。

 

 

──────竜。

 

 

 

影で形作られた竜。

 

 

 

敵意を発するそれを前に、俺は迷いなく太刀を抜いた。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

「計画は無事終了…ってか?」

 

 

 

真夜中の宰相執務室に、軽薄な男の声が響く。

一時的に復活させた緋の玉座を映していた窓以外の光源から放たれた声にオズボーンは反応した。

 

 

 

「ああ。今しがた完了した」

 

 

 

廊下の明かりが逆光となり、軽薄な男の姿を眩ませるがオズボーンにはその声の主人がレクターだとわかっていた。

 

《鉄血の子供達》の筆頭はルーファスだが、その立場上表立っての会話は少なかった。しかし、レクターにはそういった縛りはなく、その意味ではオズボーンに最も近しい《子供達》はレクターと言える。

 

そんなレクターには、オズボーンも今回の計画を伝えていた。

 

 

 

「これでまた便利な駒が増えるわけだ。──いや、厄介な駒か?」

 

 

 

円形に広がる窓に映る光景を見つめてレクターは言う。そこには緋の玉座、それに竜の影を倒したナギトの姿がある。

 

 

 

 

「さて、どうだろうな。今のところ、すべては順調だ」

 

 

 

「そうか。………しかし、まさか本当にあの暗黒竜をたった一人で倒しちまうとはなァ」

 

 

レクターが示唆したのは、今しがたナギトが倒した竜の影だ。

 

 

暗黒竜 ゾロ=アグルーガ

 

かつての帝都に突如として出現し、時の皇帝に遷都を決意させた最恐の幻獣。後に《緋の騎神》テスタ=ロッサに敗北するも、その身に呪いを浴びせたという暗黒の竜。

 

ナギトが倒したのは、その影───テスタ=ロッサに染み付いた呪いだった。

 

 

 

「かつてⅦ組が倒したというゾロ=アグルーガの骨よりは本物に近かろうが、それでも《緋の騎神》にこびり付いた暗黒竜の残滓のようなものだ。我らが《緋玉の騎兵》が敗れるはずもあるまい」

 

 

オズボーンは笑いながら言った。それがどういった種類のものかレクターさえ測りかねる。

 

 

「ま、ともあれこれで新たな戦力ゲットってわけだなァ。《灰》に《蒼》も含めれば、手元に三体の騎神か………まったく戦争でもおっぱじめるつもりかァ?」

 

 

 

一体でカルバード共和国の空挺機甲師団を撃破できるだけの戦力が、三体。まだ共和国の底は見えていないとは言え、多大なる戦力である事は間違いない。

しかし、オズボーンの目的はそこではなかった。

 

 

 

「──いや。今はまだ雌伏の時だろう。いずれ、真の計画を達成するために……今はまだ彼の国と事を構える必要はない」

 

 

今はまだ、というフレーズにいずれは東の大国と戦争をするという念が感じられる。巨大な版図を持つカルバード共和国。クロスベルの一件でこそ帝国に遅れをとったが、その軍事力は未だ強力にして健在。

 

オズボーンの言葉に考える素振りもなくレクターは次のセリフを継ぎ足す。

 

 

「はーん……、じゃあしばらくはウチのエースには謹慎命令か?」

 

 

 

 

「そんな事をすれば余計に反発するだけだろう。ただ《緋の騎神》の起動者になった事は伏せるように言わねばなるまい。その程度ならば、まだナギトには妥協内だからな」

 

 

オズボーンはナギトの性質を理解した上で、下す命令まで考えていた。ナギトが命令を受け入れるギリギリのラインを見極めている。

 

 

「なるほど、なるほど。わかった。じゃあまた明日に我らがエースとお話しってわけだな」

 

 

 

「ああ。今夜はゆっくりと休むがいい、レクター。明日、《緋の起動者》となった(緋玉の騎兵)《緋の起動者》との会話に備えてな」

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

 

朝起きてから、ナギトは不可解な虚脱感に身を襲われた。

まるで決死の戦いを終えた時のようだ。

 

 

と、そこまで考えて「あれ?」と口に出す。

 

昨夜の、というか今回の就寝で見た夢はまさしく死闘と呼んで然るべきもの。

 

ははは、まさか夢でそんな疲れるなんてなぁ。

 

 

 

「…って、そんなわけないだろ…って話だな」

 

 

 

一人でボケて一人でツッコむ。その状況に一人で笑う事もできるのだが────そんな場合ではないとナギトは神妙な顔つきになる。

 

 

 

 

 

まさか、とナギトは瞑目して繋がりを確認する。

 

脳裏に浮かぶ文字は“VALIMAR”ともう一つ、“TESTA=ROSSA”。

 

これは、自分が起動者の騎神の名だ。この名を呼べば契約した騎神は起動者の元へやってくる。

《灰の騎神》ヴァリマールは、リィンらⅦ組と共にトールズ旧校舎の最後の試しをクリアして契約したものだ。起動者はナギトとリィンの二人という異例だが、ナギトは一度もヴァリマールに騎乗した事がないため誰もナギトが起動者だとは知らない。

 

 

そして、もう一つの名は。契約したはずのない騎神の名だ。

《緋の騎神》テスタ=ロッサ

煌魔城の最上層、緋の玉座に封じられていた騎神。かつて帝都を支配した暗黒竜ゾロ=アグルーガを討伐するも、呪いのために穢れた存在となってしまう。後の獅子戦役では偽帝オルトロスの手により《紅き終焉の魔王》となるも、当時の皇子ドライケルスと《槍の聖女》リアンヌにより封印される。

内戦時、追い詰められたカイエン公がアルノールの血筋を引くセドリックを使い再び《紅き終焉の魔王》を顕現させるが、《灰の騎神》、《蒼の騎神》とその協力者により再び封印された。……はずだったのだが。

 

 

どうしてその起動者に自分がなっているのか。

………思い当たる節はある。昨夜の夢だ。夢で見たのは緋の玉座にて竜の影と戦う自分。

 

さあ、連想ゲームを始めよう。

緋の玉座と聞いて思うのは《緋の騎神》。

緋の玉座に竜の影と聞いて思うのは暗黒竜。

《緋の騎神》に暗黒竜とくれば、それはゾロ=アグルーガの呪いしかない。

あの竜の影がゾロ=アグルーガの呪いだとして、それが顕現したのだろうか。《緋の騎神》の起動者となる試しのために。

 

 

ではナギトはすでに《緋の騎神》の起動者なのか?おそらくイエス。ヴァリマールと並んでテスタ=ロッサの名前があることから間違いない。テスタ=ロッサを呼ぶのが手っ取り早いのだが、皇城でそんな事をすれば大問題である。

 

他にも、何故ナギトが起動者になれたのか?という疑問がある。騎神の起動者になるにはいくつかの条件があるのだが、《緋の騎神》は他の騎神と比べてそれが遥かに厳しい。まず前提としてアルノールの血が流れていなければいけないのだ。しかも、かなりの割合で。

それが偽帝オルトロスの血を引くカイエン公が《緋の騎神》の起動者になれなかった理由であり、皇太子セドリックを利用した理由だ。

 

そのアルノールの血がなくしては《緋の騎神》の起動者たりえる事は不可能────の、はずなのだが。

現にナギトはアルノールの血筋ではないものの、《緋の騎神》の起動者だ。

 

これには理由として考えられるものがある。

緋の玉座にてセドリックが《緋の騎神》に取り込まれた際、それを阻止しようとしたナギトも取り込まれたのだ。

それにより《緋の騎神》内部にはアルノールの血筋と《灰》の、とはいえ騎神の起動者が揃い、一時的にだが《紅き終焉の魔王》の動きを封じる事ができたのだ。

 

その事実がナギトを《緋の騎神》起動者に仕立て上げた………というのが推測だ。

 

 

 

………とまあ。うだうだと御託を並べてみたものの。

 

ナギトが《緋の騎神》の起動者となる絵図を描いた黒幕はたった一人しかいないわけで。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

 

「夢は夢じゃなかった」

 

 

 

 

 

「ま、そういうことだなァ」

 

 

 

 

黒幕オズボーンのいる執務室に殴り込みを試みようとした結果、その前にレクターに捕まった。

今回の件について、説明役を仰せつかったと言うレクターから話を聞き出す。

 

おおよそは予想通り。

昨夜の夢は夢ではなく現実で、蘇った緋の玉座で《緋の騎神》にかけられた呪いの根源たる暗黒竜の影と戦わせ勝利させる事により《緋の騎神》の起動者に仕立て上げる。

 

たったそれだけが、事件の全貌である。

 

 

ただ、気になるところは………

 

 

 

「いつからだ?」

 

 

 

いったいいつから、オズボーンは今回の事件について考えていたのか。

レクターは肩を竦めてへらっと笑う。

 

 

 

「さァな……最初からなんじゃないか?」

 

 

 

 

「最初からね……まったく、忌々しい」

 

 

 

“最初”がどこを指すのはわからないが、早くとも緋の玉座でセドリックと共に《紅き終焉の魔王》をコントロールした時だろうと考える。だって、それ以前はナギトが《緋の騎神》の起動者になれる可能性はゼロだったのだから。

 

 

 

 

その後、《緋の騎神》には早々に騎乗しない事を約束させられ、情報局のファイル閲覧の許可をもらう。

簡単に降りる許可ではないのだが、そこはそれ、《緋の騎神》呼んじゃうぞと脅したらあっさりOK。さすがは《かかし男》、話が早い。

 

 

 

ファイルの保管室にこもって閲覧を開始する。

ノーザンブリアの『塩の杭』事件から始まる、北の猟兵の設立。ジュライ市国の併合。

ハーメルの悲劇と百日戦役、悲劇の沈黙。帝国ギルド襲撃事件と時を同じくして始まるリベールのクーデターとその失敗、カシウス・ブライトの王国軍復帰、リベールの異変。

クロスベルの教団事件、西ゼムリア通称会議。クロスベル独立宣言に端を発する、碧の大樹の出現と零の御子の力の消失。

帝国については言わずもがな、内戦の勃発と若き英雄の誕生。クロスベル併合。

 

 

 

 

 

「…………もうこんな時間か」

 

 

 

ナギトは腕時計を確認して呟く。情報局のファイルを覗くのは楽しいが、それもここまでだ。

 

ファイルを閉じて棚に戻し、ナギトは歩き出す。その足取りは軽い。なんと言っても、今から友人に会うのだから。

 

 

 

 

☆★

 

 

 

アルト通りは音楽喫茶エトワール。何を隠そうここエトワールはナギト・シュバルツァーが琥珀の愛を唄った場所であった。

 

今は懐かしきトールズ時代の記憶。特別実習でヘイムダルを訪れたⅦ組A班への依頼でとあるレコードを探し出しエトワールに届けねばならなかった。結果として依頼は達成。目的のレコードを入手したⅦ組A班はエトワールにそれを届け───そのレコードに入っていた曲、琥珀の愛が近頃ナギトが放課後の屋上で唄っている曲と判明したのだ。

そこからの展開は早く、エリオットの提案でナギトがエトワール店内で琥珀の愛を唄う事となったのだった。

 

 

 

 

そのエトワールのカウンターで談笑する二人組を発見。その背後にこっそり近づき、勢いよく肩に手を回した。

 

 

「おまた〜!早いな二人とも」

 

 

驚いた二人は振り返って表情を柔らかくした。

 

 

 

「なんだナギトか、驚かせるんじゃない」

 

 

 

「あはは、相変わらずだね、ナギト」

 

 

 

マキアス・レーグニッツとエリオット・クレイグ。その二人こそがナギトがエトワールで待ち合わせしていた元クラスメイトである。

 

 

「あるぇ?それは酒というやつじゃないんですくぁ〜?」

 

 

「いけないんだ〜」とうざったらしく二人に絡むナギト。まだ素面である。

 

 

「ノンアルコールだ」

 

 

ナギトを振り払うマキアス。ナギトはされるがままに離れてマキアスの隣に座る。

 

 

「ノンアルコールを飲む二人を横目に俺は酒を飲む、ってね」

 

 

 

ニヤリ、と笑って言うナギト。「せいぜい羨ましがるがいい」と高笑いする通常運転である。

 

 

 

 

 

 

「最近どうなんよ、調子は。エリオットは音楽、マキアスは政治関係の学院だったっけか?」

 

 

 

 

 

「うん、楽しいよ。ナギトたちと一緒にいたトールズと同じくらいにね」

 

 

笑って答えたエリオット。その様子から今が楽しいと言うのが本当だと感じ取る。

元々、行きたがっていた音楽院だ。父親に反対されていたのだがトールズに入学し、内戦を経て音楽院への入学を父親に許されたのだ。楽しくないはずはない。

 

 

 

「僕の方はついていくのに必死さ。トールズでの経験がなかったら早々に自主退学でもしていたかもしれないな」

 

 

 

やれやれ、と冗談らしく肩をすくめるマキアス。しかし、顔には疲労の色が見える。大変なのは事実なのだろう。

 

 

「ガラにもねえ事言ってんなマキアス。お前が自主退学とかないだろ」

 

 

 

「そうだね、マキアスの噂は聞いてるよ。さすがはカール・レーグニッツ知事の息子だ、ってね」

 

 

 

「そういうエリオットこそ、天才児が現れたと聞いているが?」

 

 

 

どうやら二人とも成績は上々のようだった。エリオットの音楽知識、経験、センスはトールズ時代でもずば抜けているのは感じられたし、マキアスは勉強の鬼だ。その内歩く法律書とまで呼ばれそうと思うのはナギトだけではないはずだ。

 

 

 

 

「そういえば、ナギトの方はどうなんだ、最近?」

 

 

「…………………まあ、ぼちぼちだな」

 

 

 

「なんだかすごく間があったけど……?」

 

 

 

追及してくるエリオットとマキアス。二人の迫力に負けて近況を報告する。と、やはり問題にぶち当たるわけだ。

帝都に来たのは何故なのか?何故レクターの呼び出しに応じる必要があるのか?

 

 

 

「俺がな、《鉄血の子供達》の一人だからだよ」

 

 

 

ナギトがあっさりネタばらしすると、二人はアリサと同じ様な反応をする。だからナギトはアリサの時と同じ様に二人に声をかけた。「気に病むな、これは俺がやりたくてやった事だから」と。

 

しぶしぶだが納得してくれた二人。マキアスが話題を変えた。

 

 

 

「これは父さんから聞いた話なんだが、軍拡を進めようという話があるらしい」

 

 

 

「軍拡か……いやな話題だね………」

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

エリオットは露骨に嫌な表情をし、ナギトは沈黙した。マキアスは続ける。

 

 

 

「それだけでもまずいと思ってたんだが……、ナギトが《鉄血の子供達》に加入したとなれば、話はさらに大きくなると思ってな」

 

 

 

「お前は俺を過大評価してるぞ、マキアス。俺はそもそも帝国政府の武官じゃないし、軍の指揮は執れない。それに戦争に参加しろなんて言われたら拒否するわ」

 

 

 

《鉄血の子供達》である事を明かした次の瞬間にはボイコット宣言するナギトに二人は苦笑いする。

 

 

 

「───だが、軍拡か。それは確かにまずいかな」

 

 

 

雰囲気を一変。おふざけナギトから真剣ナギトにシフトする。二人もナギトの変化につられて表情を引き締めた。

 

 

 

「これ以上エレボニアが軍事を進めれば、そのうち世界が敵になる」

 

 

 

世界が敵になる、と大仰な事を言うナギトに笑う者はいなかった。マキアスはさらに顔を強張らせる。

 

 

 

「それは父さんも言っていた。エレボニアはすでに軍事強国だ。そのエレボニアがさらに軍拡を進めるとなれば、それを危惧したゼムリア大陸諸国が反エレボニア同盟を組む可能性がある、と」

 

 

 

「まさしくその通り。これ以上の軍拡は危険だ。エレボニア帝国を守護し、版図を広げるための軍拡が逆に滅亡を呼び込む……皮肉な事にな」

 

 

あまりに暗い話題だ。さっさと明るい話題に切り替えたいところだが、言っておかなければいけない事がある。

 

 

 

「だが、あの《鉄血宰相》がそんな事に気付かないわけはない。……それでも軍拡する理由がわからんが………なんとなくオズボーン宰相は焦ってる気がするな。ジュライ市国の併呑や鉄道網拡大…彼ほどの傑物ならばもっと穏便に済ませられただろうに」

 

 

 

知っている。ギリアス・オズボーンがどれほどの傑物か知っている。心臓をぶち抜かれても死なない怪物だと知っている。自己をも駒として世界という盤面をコントロールする指し手だと知っている。

 

とあるテロリストの人生を賭けた復讐劇を利用してクロスベルを呑み込んだ《鉄血宰相》だと知っている。

 

 

 

 

だからこそ、不可解なのだ。

周辺諸国のみならず、世界の不興を買う急な軍拡なぞ無くとも、ギリアス・オズボーンならゆるりと大陸をエレボニアの国旗で埋め尽くせるだろうに。

 

 

いったい何を、焦っているのか。

 

 

 

 

 

「とまあ、酒の席でする話じゃなかったな!」

 

 

 

 

 

話題を変えたナギト。エトワールで杯を揺らす三人が別れたのは、それから二時間後の事だった。

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