視点A   作:ZenBlack

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if(AI != Idol){while(Life > Die){Lie++;}}

 

 小さい頃、お母さんが窃盗で捕まった。

 

 その時、自分が何を思ったかはもう覚えてない。けど、気が付くとお母さんはいなくなっていた。

 

 国民的アイドルになって、それなりにお金持ちにもなって。

 

 そうしたら私のお母さんかお父さんが現れ、お金をせびってきたりだとか、週刊誌か何かにとんでもないことを暴露されたりだとか、そういうことが起きるかもしれないってケネンを佐藤……もとい、斉藤社長に、ずいぶん昔に言われていたけど、幸か不幸か、私にそういうことが起きることはなかった。

 

 もしかしたら、斉藤社長かミヤコさん、もしくは頼れるパートナー、センセーがウラで処理をしていてくれたのかもしれないけど。

 

 

 

 ともあれ、平和だった。

 

 

 

「それじゃあ今週のKANA’sキッチン、はっじまっるよー」

「毎回タイトルコールだけ可愛くキメるかなちゃん、かわいいよ~」

「こんめむこんめむー。今日のゲストは~? 先週B小町を引退したばかり! 元B小町の絶対的エース! 不動のセンター!! 春には主演映画の公開も控えてる! 女優の、アイさんだよ~!」

「ひゅー! どんどんどん、ぱふぱふぱふぅ」

 

「あ、どもども~、MEMちょも、スズシロちゃんも、おとついぶりで~す」

 

「言わないで~、アイ先輩、普通にプライベートでも仲良くしてることがバレるぅ~」

「スズシロはやめてください~。今後はアイ先輩を見習ってドラマや映画にも出たいのに~、その名前は十字架すぎます~」

「あ~、スズシロって大根のことだったんだね。二十数年間生きてきて初めて知ったよ」

「う~! やめてくださいって言ったのにぃ~」

「まな先輩、役者の道は、アイドルとは別の意味で厳しいですよ? 大根でいたらすぐに消費されて終わりです。せめてふろふき大根ならぬホラ吹き大根くらいには進化してから挑戦しましょう」

「ううっ、かなちゃんが知的な罵倒をしてくるよ~」

「いや~、ましろん、これはさほど知的でもないかな~」

 

 

 

「かなちゃんとは、引退ライブの日以来だっけ?」

「ええ。知ってますか、アイ先輩。日本には義務教育というシステムあってですね」

「やだな~、もう先輩じゃないんだから、その呼び名はやめようよ~」

「……なら、なんてお呼びすればいいんですか?」

「あー、それは大事かもですな~。KANA’sキッチンは、アットホームな現場ですからの~、堅苦しいのは似合わないかもですな~」

「私のコーナーを求人広告に書いてあったら胡散臭さしかないフレーズで飾らないでくださいMEMちょ先輩」

「また、えらく長いツッコミを、一息でしたねぇ~」

「かなちゃんと話してると、役者とツッコミは肺活量が大事ってよくわかるよ~」

「んー、アイちゃん、でいいよ~」

「……わかりました、アイさん」

「んー。それでもいいけど」

 

 

 

「それじゃあ、今日のお料理を始めていきましょう」

「ではでは~、今日の、お題はぁ~」

「どるるるるるるる」

「(……なんで誰よりも楽しそうに口ドラムロールをしているんだろう、アイドルを引退したはずのこの先輩)」

「ピーマンの肉詰め! だよぉ~」

「……(ちょっとこっちへ、MEMちょ先輩)」

「あ、あれー? かなちゃんかなちゃん、私のツノ引っ張ってどこいくの~」

「すみませーん、ちょっと収録ストップでー」

 

 

 

 ──め~む~ちょせんぱーい!?

 ──やぁん、「む」の後を伸ばすと、辛かったり酸っぱかったりするポテチみたい~。

 ──言いましたよね!? 私が本当はピーマン嫌いってこと! 私のこと、ハメたんですか、ハメムーチョ先輩って呼ばれたいんですか!?

 ──それ、呼ぶ方もダメージ受けるんじゃないかな~……いや、ヤだなぁ~、確かに、B小町の公式サブチャンネルで、KANA’sキッチンの構成を考えてるのは私だよ? けど、全部を私が決めてるわけじゃないんだよ?

 ──じゃあ誰ですか、ピーマンの肉詰めなんて地味な、企画が三十回を超えたくらいに、やっと出てきそうな家庭料理を選んだのは。

 ──それはぁ。

 

 ──私だよー。

 ──あわわ、ア、アイ先輩っ。

 ──やだなー、MEMちょまで。アイちゃんて呼んでってばー。

 ──アイせんぱ……アイさんが?

 ──ごめんねー、私のリクエストなの。かなちゃん、ピーマンの肉詰め嫌い? 私も身内にね~、ピーマンが嫌いな子がいるの。だから、少しでも美味しいピーマンの食べ方を知りたかったんだけど。

 ──ピクッ。

 ──あー、ピーマンだと、肉詰めは確かに初心者向けですな~。

 ──う……アレの、どこがよ。

 ──やっぱりダメ? なら、今からでもハンバーグか何かに変更しても。

 ──あ~、アイ先輩、申し訳ない~。ハンバーグはちょっと前にやったばっかりで~。……それにしても、アイ先輩の身内にも、そんなお子様舌な子がいるんですね~。

 ──ピクピクッ。

 ──いるよ~。ほんとにね~、私も大変なんだよ。

 ──んん~、先輩ご自身が、大変な偏食家で有名であらせられたような。

 ──い、いいわ、ピーマンの肉詰めで。

 ──んん? 今なんと?

 ──いいって言ったの! アイ先輩……あ、あ、アイさんのリクエストなら仕方ありません!

 ──いや~、そんな嫌々やるようなコーナーでも~。

 ──侮らないでください! 私は女優よ! すました顔のクールぶってるガキンチョがどれほど苦手な食べ物であっても、私は美味しそうに食べてみせるわよ!

 ──さっすがかなちゃん、伊達に、業界内で「有馬にNGは有馬せん」って言われてないね~。

 ──アイ先輩!? なにそれ初耳なんですけど!?

 ──ううっ、かなちゃんは悪い大人に便利に使われてきたんじゃのぉ、せつねぇなぁ。

 ──ダメムーチョ先輩は少し黙って!?

 

 

 

「はーい、編集点ここね~。それじゃあ! ピーマンの肉詰め! 作っていくよぉ~」

「わ、わーい」

 

 ──お料理が始まる前から、かなちゃん、疲れてるみたいですけどぉ、何かあったんですか?

 ──なんでもないよ~、かなちゃん、私のお子様舌な身内にイジワルだからね~、ちょっとイジワルし返してあげただけだよ~。

 ──なんでもなくないようなっ。ものすごく複雑な人間関係がウラにあるようなっ。ああっ、でもそんな小悪魔なアイ様も素敵ですっ。

 ──まだまだ青いなぁ、かなちゃん。ケソウしてる相手より先に、苦手をひとつ克服できたからって、イロコイがいい方に転がるなんて、限らないのにね~。

 

 

 

「まずはピーマンを切って種を取り除く作業からだよ~。ですがぁ、ピーマンの肉詰めには大きく二種類あるみたい。ピーマンを縦に切るパターンと、横に、輪切りにするパターン。みんなぁ、どっちがいいぃ?」

「え、ピーマンの肉詰めって縦に切るだけじゃないんだ?」

「んー、どちらかといえば輪切りの方が一般的じゃないかなぁ? うどんやうなぎみたいに、関西風関東風で分かれているものでもないしね~……あ、でもスーパーのお惣菜コーナーに並んでいるのは、縦切りの方が多いかもしれませんな~。アイちゃ……ぁんが、その方が好きなら、今日はそっちでいってみます?」

「いや~、それしか知らないってだけだから、別のやり方があるなら、むしろそれを試してみたい、かな?」

「あ~、縦切りの方が、ピーマンのピーマンらしい味が強調されるんですよね~」

 

 ──ピクッ。

 

「そうだねぇ、諸説あるけど、ピーマンの繊維は縦に入ってるから、横に、輪切りにすると繊維が断ち切れて、それを加熱することでピーマンの苦味が抑えられる~……みたいな話だったかな~。逆に、サラダみたいに生で食べる場合は、繊維を切ったところから苦味が出るから、縦に切った方がいいみたいだけど~」

 

 ──ピクピクピクッ。

 

「ピーマンの肉詰め、縦に切るか、横に切るか……どうするぅ?」

「私は、どちらでも~」

「私は、輪切りを試してみたいかな~」

「りょ、両方作れば良いんじゃないかしら」

「折衷案ですの~。まぁそれで食べ比べるのもイッキョウかもしれませんの~」

 

「それじゃあ、私とましろんは縦切り、アイちゃんとかなちゃんは輪切りをお願いしま~す」

「はーい☆」「はぁい」「はーい……」

 

 

 

 ──ねぇねぇかなちゃんかなちゃん。

 ──かなかな言わないでください、私、ひぐらしじゃありませんから。

 ──このあいだ~、アクアがね。

 ──ぶぼっ。

 

「んー、どしたぁー?」「かなちゃん?」

「ななな、なんでもないわよ!」「あ、気にせずそっちの収録、進めててくださ~い」

「コショウはまだ使わなくて良いからね~? クシャミ助かる民に媚びなくていいからね~?」

「はーい☆」「(なにその民、アイドルファン怖っ!)」

 

 ──で、ね、このあいだぁ、アクアがね。

 ──収録中に、電波に乗せられないようなこと、喋り始めないでくださいっ。アクアとルビーがアイ先輩のハトコだってこと、内緒なんですよね? ルビーがコネギョクとか言われてしまいますよ?

 ──コネギョク?

 ──ルビーの和名が紅玉、コウギョクって言うんです。まったく、瑠美衣なんて痛い当て字をする親の顔が見てみたいです。

 ──ふふん。我が親類縁者の悪口は、そこまでだ。

 ──あっ、ちょっ、ピーマンをいじった手で髪を撫でないでください!? 種! 種が髪にっ。ぎゃあ耳に入った!

 

 

 

「お次は~、肉ダネを作っていきます。ここも、たまねぎを入れる、しいたけを入れる、ケチャップやマヨネーズを混ぜる、ナツメグを入れる、アーモンドやカシューナッツを砕いて入れる、などなどナドナドのバリエーションがありますがー、ご希望はございますかぁ?」

「それって、ハンバーグみたいだね」

「同じ、挽き肉を混ぜ混ぜコネコネする調理ですからの~」

「はーい、それも色々作ってみるというのは、どうかな~?」

「ましろんは好き嫌いなさそうだねぇ。アイちゃぁん、それでいい?」

「うん。パーティっぽくなってきたね」

「ピーマンの肉詰めパーティ……餃子パーティ以上に女子会っぽさが無い……」

「そういえば、ロールキャベツ系男子、と同じような意味で、ピーマンの肉詰め系男子って言葉があるみたいですよ~」

「ましろ~ん、ムリヤリ女子会っぽくしない~。アイドルは男の好みを聞かれたら、優しくて誠実な人、って答えておくのが無難だよ~?」

 

 

 

 ──で、アクアがどうしたんですか。

 ──あ、やっぱり気になる?

 ──べ、べ、べ、別に気にはなりませんよ。アイさんが振ってきた話ですよね?

 ──あ、かなちゃんそれマヨネーズじゃなくてケチャップ。

 ──あ。あー!?

 

「ん、またまたどしたん? たまねぎとマヨネーズ班」

「かなちゃんが、たまねぎの涙で、調味料を間違えてしまったっぽいかなー?」

「わ、わ、わ、悪かったわよ」

「あらー。しかも小分けにする前のボウルに、ですか~。んー、でも涙目のかなちゃんも可愛いよ~」

「そっちももう入れちゃったぁ? 入れる前なら交換できるけど」

「ごめんね~。ケチャップとしいたけ班もぉ、もう投入済みだよ~」

「収録を止めてやり直すって手もあるけど……んー、かなちゃんの涙目は活かしたいなぁ」

「わ、私の涙は高いわよ!? この涙は十二年と十秒の涙なんだからね!?」

「いや~、たまねぎ切って出た涙で、ピカソの名言を出されても~」

 

 

 

 ──アクアがね~、劇団ララライの黒川あかねちゃんって子と、仲良くなったみたいなの。

 ──ぶぼぼっ!?

 ──舞台から落下しそうになったところを、アクアが抱き止めてあげてね。いや~、アレは惚れちゃってたね~、恋する乙女の顔だったね~。かなちゃんはアクアのひとつ上だから、あかねちゃんとは同い年だよね? 何か知ってる?

 ──ううっ……その件は……後で連絡します。というよりこれ以上は勘弁してください。もういっぱいいっぱいです。ちょっと三途の川が見えました。収録に集中させてください。

 ──あはは、りょーかい。

 

 

 

「それじゃあ色々ありましたが! ピーマンの肉詰め! 完成です!」

「実食のお時間だよー!」

「ひゅー! どんどんどん、ぱふぱふぱふぅん」

「ましろんがぱふぱふ言うと、少ぉ~しイカガワシイ響きになるのはなんでかな~」

「たまねぎ入り、しいたけ入り、ケチャップ入り、オーロラソース入り、あとプレーンタイプも。かなちゃん、どれから行く?」

「え゛」

「全部かなちゃんに味見してもらって、感想を聞きたいんだぁ。かなちゃんのコーナーだしね」

「あ、アイ先輩?……もとい、アイちゃん?」

 

 ──あ、あれ? アイ先輩、さっきかなちゃんがピーマン苦手って、知ったはずなのではー。

 ──ううん? 前から知ってたよ?

 ──絶対無敵の先輩がいつもの笑顔で怖いこと言った!?

 

「ふ、ふふっ。い、いいわっ、このNGを出さない完璧女優! 有馬かなの完全無欠な食レポ! 目ん玉かっぽじってよく見てなさい!!」

「それでこそかなちゃん☆」

「かなちゃ~ん、目ん玉かっぽじったら何も見えなくなるよ~。(なんだろうな~、この子の、いけすかねぇ金持ちキャラを押し出してさえ漂う残念不憫感は~)」

「わ、わぁすごい! ピーマンの香りと肉汁の旨味が一体になって口中に広がっていきます! 知ってますか? ピーマンは実はビタミンCたっぷりのお野菜なんです! ビタミンCはお肉と一緒にとると美容に効果抜群! つまりピーマンの肉詰めはアイドルに最適の食べ物! あー、美味ちぃぃぃ!!」

「かなちゃんかなちゃん、それだと怪談だから、青い血ぃだから」

「アイちゃぁん、それは漫談では~?」

「あれー、そうなの?」

「はぅぅん、感激で涙目になってるかなちゃん、可愛いよぉ~」

「……って! この子はこの子で怖いなっ!」

 

 

 

 ……このあと、かなちゃんは楽屋でめちゃくちゃ死に体晒したとか。てへっ☆

 

 

 

 

 

 

 

「ね~、アクア~」

「んー?」

「どっちと付き合うの?」

「ぬぼぼぼぼっ」

 

 オーロラソース入り、ピーマンの肉詰めをふき出したアクアが、ゲホゲホとむせる。ん~、あとでキッチン、掃除しておかないと~。

 

「ぼぼぼってアクア、ハジ●リストなの?」

「……違う。あとそれはどこかの、こどおじカントクの芸風だ」

「有馬かなちゃんと、黒川あかねちゃん。アクア、メンクイだね。メンクィーンだね」

「そ、そ、そ、そんなんじゃ……」

 

 どっちも年上か~、アクアは、年上好き?……とからかうと、アクアは顔を真っ赤にして「いや、年上は、好きだけど……」とモゴモゴつぶやく。

 

「それに……俺があいつらを好きになったらロリコンだろ?」

「そうだねロリ・コーンだね。じゃがいもでトウモロコシだね。でもセンセーってロリコンだったんでしょ?」

「……違う。俺はアイが好きだっただけだ」

「十二とか十三歳のアイドルを好きになったらやっぱりロリコンだよー」

「それは……まぁ……でも俺は今のアイも好きだぞ。たぶん、四十になっても、五十になっても、好きのままだ」

「……」

「ん、どうしたアイ?」

「ロリコンのみならず、マザコンだったんだね……センセー。重症だぁ……かわいそぉ……。でも大丈夫、通報はしないでいてあげるから」

「……からかわないでくれ、アイ。あとそれはどこかの重曹を舐める天才子役の芸風だ」

「あははっ☆」

 

 

 

 数年前、私のファン、リョースケ君こと菅野良介が逮捕された。

 十年以上前に失踪していた産婦人科医、雨宮吾郎殺害に関与してたとしての逮捕だった。

 

 自分自身の(前世の)死体を発見し、そこにリョースケ君の関与を疑わせる証拠品(指紋とか遺留品とか?)を残して、まずは死体イキ罪? かなにかで逮捕させる……というシナリオを描き、実行したのはセンセーだ。

 

 センセー自身が、小学生のうちに全部終わらせた。私は、あることを了承しただけだ。

 

 当然、菅野良介は取り調べで、私が妊娠していたことに激昂しての犯行であると訴えた。けど、宮崎の病院にそのような記録が一切残ってないこと(斉藤社長があそこを選んだのは、そういう処理をしてくれる病院だったというのが、一番の理由だったみたい?)、アクアとルビーの戸籍が私とは、直接には繋がっていないこと、などを理由に、それは彼の妄想であると判断されている……らしい。

 

 現場の刑事さん達の中には、そこになにかしらの、真実の匂いを嗅ぎ取ってる人もいるかもしれない。けど、公表にはいたってない。菅野良介は他にも……カミキヒカル……の名前もあげ、彼にそそのかされたとも主張してるみたいだけど……カミキヒカル……彼は完全にそれを否定している。

 

 菅野良介が「彼」と会ったと主張していた日時に、「彼」は自分と会ってたと証言する女性もいて、さらにはそうした数々の妄言(とみられる証言)を受け、実施された精神鑑定で……リョースケ君には多少、問題があることもわかってしまった。

 

 その後は、ソーテン? を責任能力の有無に絞りたい弁護士の勧めで、リョースケ君は、裁判では妄想を口にすることなく警察側……検察側? からの質問に、当時のことはあまり記憶に残っていないと説明しながら、ひたすら反省の弁を述べているという。

 

 だからリョースケ君とセンセー、カミキヒカルと私の関係を、正しく知る人は少ない。

 

 少ないから、こうして私達は、自宅のキッチンでふたり(ルビーはレッスンに行ってる)、ピーマンの肉詰めをつつくことができている。

 

 でも、そうはならない可能性もあった。

 

 警察の調べに、宮崎の病院から真実がもれるかもしれなかったし、裁判所でリョースケ君が傍聴席に向かって、B小町のアイは嘘つきだ、十六で子供を産んで育てたクソ女(失礼しちゃうね)だとわめき散らす可能性もあった。

 

 菅野良介を逮捕させるシナリオを描ききったあと、アクア、センセーは私に、そういう可能性、危険性をいくつも説明してくれた。その上で、彼を逮捕させるか、今は見逃しておくかを私に選ばせてくれた。菅野良介はアイ、私に、おそらくまだ害意を持っている、俺、自分が殺されたことはどうでもいいが、そのことだけは気がかりだ、放置していい問題じゃない。でも、これは劇薬にもなりえるから、と。

 

 その問いに、私は。

 

 

 

 

 

 

 

「カミキヒカルと、また会ってきたよ」

「うん」

 

 アクアは、黒川あかねを助けた。

 

 劇団ララライに所属し、その舞台に立っていた黒川あかねを助けた。

 

 それはつまり、アクアも劇団ララライに所属し、その舞台に立っていたということ。

 

「元気そうだった?」

「ああ、身体の方はな」

 

 アクアはお医者様と役者、その両方を目指している。

 

「……頭の方は?」

 

 小学生のうちから将来を見定め、努力を重ねてきた……まぁその影でインターネット内職をしたり、かなちゃんをタブラかしたりしてたみたいだけど……うーん、センセーはオクテっぽかったんだけどな。これは私の遺伝子のせい? それとも……。

 

「相変わらず、ルビーへの愛をウソブいてたよ。あの子はなんて純粋無垢に輝いているんだ、彼女に僕の血が流れているんだと思うと、幸福感と恍惚感でこの命が重くなっていくのを感じるよ、とかな」

「……あちゃあ。やっぱりB小町にルビーを入れるのは、怖いなぁ」

「ルビーが純粋無垢ね、その時点であいつは間違っているんだが」

 

 ルビーが、天童寺さりなという少女の生まれ変わり……転生者?……であるというのは、本人の口から聞いた。アクアの、センセーの暴露があって、割とすぐのことだった。

 

 なんでも、センセーの暴露以降、私とアクアとの距離が近くなったのを感じて、居ても立っていられなくなったらしい。「どういうこと?」とアクアに問い、「こういうこと」と返され、それで「だったら私も~」ってなったらしい。

 

 どうでもいい話だけど、最初「俺知ってるぞ」ってドヤ顔をしていたセンセーが、天童寺さりなの名前が出たところでビックリギョウテン、キョウテンドウチのシンジジツーって顔をしてたのが、きゃわわ~だった。後からこっそり(ルビー不在時に、くすぐったり、おっぱいを押し付けたりして)聞き出したところ、センセーが看取った患者のひとりだったんだって。

 

「ルビーは純粋だよ」

「純粋なのは俺も知ってる。ただ、無垢じゃない。あれは自分の欲望に忠実なだけだ」

「それって無垢じゃないの?」

「違う。ムクドリとムクツケキ男くらい違う」

「また難しい言葉を使う」

「……ヒヨコとぴえヨンくらい違うってことだよ」

「すごい! わかりやすい!」

 

 それにしても、「さりな」、かぁ……。

 

 斉藤りな。

 

 イトウを除くと、「さりな」。

 

 ふたりに、何があったんだろうね?

 

 

 

「……どちらにしろ、自分の欲望に忠実なルビーは、アイドルになるしかないんだ」

「んー、色々整理すると、私はアクアが、センセーがルビーに、自分が雨宮吾郎の生まれ変わりなんだよ~って教えれば、それで済む話なんじゃないかな~、って思うけどな~」

「そんな単純な話じゃない。あいつは……あの子は……さりなちゃんは、絶望の中で死んだんだ。親に見捨てられ、人生の、酸いも甘いも、甘酸っぱいも何も得られずに、ただ孤独の苦味だけを噛み締めて死んでいったんだ。心の拠り所はB小町、それだけだったんだ」

 

 だからその嘘みたいな夢くらい、叶えさせてやりたいじゃないか。

 

 アクアは言い切って、すがるように私を見る。

 

 でも同意は、共感は、しかねる。

 

「さりなちゃんの心の拠り所は、センセーもだったんじゃないの?」

「……彼女はただ職責上、ずっとそばにいただけのダメ医者に、俺みたいなやつに、頼り、すがるしかないくらいに、他には何もなかったんだよ」

「ずっとそばにいただけ、ね」

 

 私は、正直、晩年のさりなちゃんが、そこまでかわいそうだったとは、思わない。

 

 嘘でも幻でも、そこには愛があって、心の通じ合っていたふたりがいたんだから。

 

「俺は……さりなちゃんを助けてやれなかった。そんな奴への依存心を思い出させてどうする。ルビーには、新しい人生で前世に得られなかった幸せを、今度こそ手に入れる権利がある。そこに過去の幻影は、不要だ」

「ずっとそばにいただけ、いてくれる……それだけでも救われることって、あると思うけどね~」

「それは……」

 

 アクアとルビーは、仲が良い。いつも暴走しがちなルビーを、冷静なアクアが上手く操縦する形で安定してる。それはそれで、見ていてとても微笑ましくなる関係だ。

 

 だからそれを壊すような告白はしない。それは、その判断は、正しいとも思えるけど。

 

「それに、だったら、アイドルになることだって、過去の幻影を追ってることになっちゃうよ?」

「……それでも、俺は」

 

 アクアは、父親とよく似た顔で、アイツに、幸せになってほしいとつぶやき、うつむく。

 

「アクアは、面倒な男の子だね~」

「……アイが単純すぎるんだ。ルビーはともかく、俺は君のオタやってた成人男性だったんだぞ、どうしてその事実を知ってさえ、自分の子供みたく扱えるんだ。……今更言うことじゃないが」

「んー、だって、私がお腹を痛めて産んだ子には変わりないしね~。というより……」

「……というより?」

 

 私は、自分の子供を、アクアやルビーのようでない、普通の子供を、愛せただろうか?

 

 私は、アクアが、ルビーが、特別であってくれて良かったと思ってる。

 

 私はまだ、あの時の絶望を忘れてない。忘れられない。産み落とした子供の、顔が覚えられなかったあの瞬間、あの頃の絶望を。悪夢に迷い込んでしまったかのような、世界が真っ暗になったまま明けない夜が続くような、あの頃のことを、そこから抜け出した今も、忘れることができない。

 

 夜が明けたのは、アクアがアクアで、ルビーがルビーであってくれたからだ。

 

 普通じゃない愛を私へ、ジンジョウではない愛を私へ、アクアとルビーがくれたからだ。

 

 アクアが、ルビーが、普通の……本当に普通の子供だったら、そうなっていたか、わからない。

 

 ……まぁ、案外、同じようになっていたかもしれない。後からセンセーに聞いたことだけど、実は結構あるらしい。親が、産んだばかりの双子の顔を、二卵性であっても見分けられないというのは。それは、子供が少し成長すれば解決することだから、心配するようなことじゃないのだそうだ。……でも、だからといって、今更それを試したいとは思えない。もうひとりを産む気はない。その相手も、いないけど。

 

「というより……ふふっ、センセーが私を、どうにかしたいなら、別にいいよ? してみる?」

「……」

「キンシンソウカン? になるのかな? 戸籍上は問題ないとしてぇ、でもリンリが問題? あ、今はまだアクアの肉体年齢が問題かぁ。まー、私の気持ちとしてはぁ、息子がそれで幸せになるのなら、別に構わないかなーって」

「……なれねぇよ。それで、幸せになれるはずがない。誰も幸せにならない」

 

 うん。

 

 わかってる。アクアがそんな地獄に、落ちてくることはないって。

 

「まぁね、少なくともルビーは泣くよねぇ。あ、かなちゃんと黒川あかねちゃんもかな?」

「アーイぃぃぃー」

「あはは☆ アクアすごいしかめっ面、大丈夫? おっぱい飲む?」

「飲まねぇから!? 出そうとするな!?」

「やだな~、冗談だってば、さすがにもう出ないよ~」

「そっちの出すじゃねえ!? おっぱいを出すなって言ってるんだ!」

「だから出ないって、おっぱいはもう」

「日本語の脆弱性!!」

 

 堕ちてこないって、知っているからこそ、私はこの誘惑を、彼にささやくことができる。

 

 たぶんこれは、私の本当の気持ち。でもそれは、それを、アクアが嘘にしてくれるから言えることで。

 

 センセーと、地獄に堕ちたいという気持ちは、私の中にある。確かにある。でもそれはアクアの言うとおり、誰も幸せになれない「本当」だ。なら、そんな「本当」は認めず、幸せな嘘にしてしまう方がいい。冗談にしてしまった方がいい。嘘つきのアクアはやっぱり私の子供で、そんなアクアが、私にはたぶん、「私と地獄へ堕ちてくれるセンセー」よりもずっと大切で、愛おしくて、大事にしたいと思えるものだから。

 

「ちえー、アクアはホント、おっぱい吸ってくれないな~」

「いつまで俺が赤ん坊だった頃のこと引きずってんの!?」

 

 ねぇ、黒川あかねちゃん。

 

 実の父親がアレで、アレとチョウチョウハッシすることで最近、少し陰の出てきたアクアに、ハマっちゃうと~……あかねちゃんみたいな子は、たぶんこう思うよね。

 

 アクアが地獄に堕ちるなら、自分も一緒に堕ちていきたいって。

 

 でも忘れないで? アクアはキミを、「落下」から救ったんだよ?

 

 頭を打てば死んでいたかもしれないし、もしかしたら手足を複雑に骨折して、もう二度と、舞台には立てない身体になっていたかもしれないよね?

 

 それは、あかねちゃんには、地獄以外のなにものでもないよね?

 

 アクアがキミを助けたのは、そこからなんだよ?

 

 そのことだけは、忘れないでね。

 

「ふふっ」

「笑ってる場合じゃないっての……」

 

 ……ん? かなちゃん?

 

 あの子は~……今は億万長者だけど、そのうち「この舞台に出資してください! もちろん一番いい役は有馬かなさんで!」とかなんとか口説かれ、あれよあれよという間に、スカンピンに戻されそうな気がするんだよね。どうしてかな? 日本演劇界の沼は、深いよ~?

 

 詐欺なら、あれでかなちゃんも賢いから大丈夫そうな気がするんだけど、純粋に善意で、熱意で口説いてくるパターンにはコロリといっちゃいそうなんだよね。コロリと、いっちゃったし、アクアに。善意だけど、純粋ではない熱意に。

 

 

 

「まぁ、ルビーのB小町加入は、止めないよ」

「まぁ、それについては斉藤社長も交えて、散々話し合ったことだからな、いまさら言を覆されても困る。そのためにルビーと上手くやれそうな有馬かなもB小町に入れたんだからな」

「止めないし、止められない。ルビーは、あの子はあの子で、ガンコで、かたくなだから」

「それ、漢字で書くと頭痛が痛いみたいになってるからな」

「つけてきたんでしょ? 盗聴器」

「……ああ」

「アクアはホント、盗聴器が好きだねぇ~。ルビーに仕込むことは私も許可したけど、将来、彼女ができた時、プレゼントに仕込むとかはやめてよ?」

「するかっ!!……いやしない……と思う、たぶん」

「自信なさげだねぇ」

 

 アクアは、カミキヒカルの自宅、神木プロダクションの事務所、どちらにも出入りを許されている。

 

 アクアはそういうふうに、自分自身とカミキヒカルとの仲を調整した。リョースケ君をそそのかした、その可能性にはまったく気付いていないフリをして、ただ、地道に活躍しているカミキヒカルを役者として、父として尊敬してる息子を演じて近づき。

 

「……数ヶ月、観察してみてわかった。アイツは頭のおかしいサイコ野郎だが、泥臭い手段に詳しいわけじゃない。犯罪にも、美学を求めるタイプだ。興味が、手を汚して目的を達成することにないんだ。アイツは自分が、自分という存在が誰かの運命を握っている、そのことに悦びを覚えるタイプだ。殺人は、アイツにしてみれば誰かの運命を握りつぶす、その瞬間の愉悦に過ぎないのかもしれないな」

 

「リョースケ君のことは……」

 

「満足そうだったよ。地獄に堕ちた菅野良介が、廃人のようになってると聞いて」

「……そっか」

 

 この数年の間に、カミキヒカルの周辺では何人かの女性が死んでいる。

 

 アクアはそれを、彼のしわざと断定していた。

 

「アイツは殺人者だ。サイコキラーだ。俺はそう確信してる。それも、女性に強い憎しみを抱いているタイプの変質者だ」

 

 それをアクアは、止めようとしている。

 

「だから、盗聴器?」

「次に誰かを殺そうとしたら、俺が許さない。絶対に止めてみせる」

「……うん。止めてあげて」

 

 女性に、強い憎しみを抱いているタイプ、かぁ。

 

 たぶん、十代だった頃の私も、その原因のひとつなんだろうな。

 

 ここでもアクアが、センセーでいてくれてよかったと思う。

 

 アクアが、カミキヒカルを父親と認識しないでいてくれることに、救われた気持ちになるから。

 

 

 

「アイはそれで……」

「いいよ、そうするべきだと思うから」

 

 私はアクアを信頼している。アクアは、カミキヒカルよりも頭がいい。誰かの危機を察して助ける強さを持っている。そのアクアが、彼を絶対に止めるというなら、次に動いた時がサイコキラー、カミキヒカルの最後。

 

 だから私が心配しているのは、もっと別のことだ。

 

 それは。

 

 

 

「だがもし、ルビーに手を出すつもりなら」

「その時は絶対、私に相談してね? 私も、アクアとルビーのお母さんなんだから。立派な当事者なんだからね?」

「……」

 

 だめだよ? 激昂して遺伝子上の父親を、キミが殺すなんてことをしちゃ。

 

 それをさせないために、リョースケ君を、追い込むことを了承したんだし、カミキヒカルの自宅、神木プロダクションの事務所、それとルビーへ盗聴器を仕掛けることも許した。

 

 でも、カミキヒカルの地獄に、その最下層へセンセーを堕とすくらいなら、私が私の地獄に、とびっきりの嘘で固めたアイの地獄に、最下層の愛の地獄へ、今度こそアクアを引きずり込む。引きずり込んでやる。見せつけよう、カミキヒカルに、地獄に堕ちた私達ふたりの姿を。たぶんそれでも、私達とカミキヒカルとの問題は解決する。カミキヒカルがどういう人間かなんて、アクアよりも私の方が、知ってるんだからね。

 

 

 

「アイ、俺は……」

「ねぇアクア。アクアに守れるのが、私と、ルビーと、かなちゃんと、黒川あかねちゃんの誰かひとりだけだったら、誰を助ける?」

「……そんなのは」

「うん、こんなの、選べないよね。私もアクアとルビー、どちらかしか助けられないとしても、そんなの、どちらも選べないよ、でもね」

「……でも?」

「それでも、()()()()()()()()。アクアじゃない」

「な……」

「アクア。ルビーを救うために、どうしてもカミキヒカルを殺さなければいけない、そう思った時は、その時は、私に言って。言わなきゃダメ。私は納得したら、アクアのその判断を尊重して、カミキヒカルを殺してくださいって、言うから」

「なっ……そ、それに何の意味が」

「カミキヒカルを殺すか、殺さないか、その最後の判断を、アクアには渡さない。私はそう言ってるの。それだけは、アクアにあげられないの」

 

 もし、私に無断でカミキヒカルを殺したら、私がルビーを殺して、アクアも殺すよ?

 

 半分演技で、半分本気で、そう言って笑うと、アクアはさすがに絶句してしまう。

 

「そんなふうになったアクアを、ルビーには見せられないからね、私は私の手で、この家族関係に幕を引くよ……ふふっ……ふふふっ……」

「ア、アイ……」

 

 

 

「ねぇ、アクア」

 

 今度は八割くらい本気で、アクアに笑いかける。

 

「アクアはこれが、嘘かわかる?」

 

 私は、嘘つき。

 

 私は、嘘でできている。

 

「わからないよね? アイならやるかもしれないって、少しは思っちゃったよね?」

 

 それは十二年生きようが、十六年生きようが、二十年生きようが、そろそろ三十路だろうが変わらない。なにも変わらない。星野アイの本質は嘘で、それは幸福に満たされていても、お腹を痛めて産んだ子供を大事に思っていても、やっぱり変わらない。

 

「少しでもその可能性があるなら、アクアはそんなことしないよね? できないよね?」

 

 私は、嘘をつき続け、生きてきた。

 

 

 

 だからこれからも、嘘で幸せをつむいでいく。

 

 嘘を、ついていく。幸せになるために、幸せに、するために。

 

 

 

「そうだよね? アクア」

「あっ……」

 

 その誓いを、アクアのおでこに、チュってした。

 ルビーと同じシャンプーの匂いがした。

 平和な匂いだった。

 

「アイ……」

「ふふっ、アクア~、愛してるよ~」

「……嘘つき。なんてひどい母親なんだ、嘘の愛で子供を縛ろうとするなんて」

 

 

 

 うん。嘘だけど、愛してるんだ~。

 

 

 

「うん、私はひどいの、嘘つきなの。アクアのこと、縛っちゃうの。逆さハリツケ獄門打ち首なの」

「……最後、俺死んでるぞ?」

「あれ? そうなるの?」

「なる。打ち首って胴と首がサヨナラバイバイの状態だぞ?」

「そっかー、じゃあ逆さハリツケ獄門おっぱいで」

「突然わけがわからなくなった!!」

 

 

 

 愛してるよ、アクア。

 

 あの日、センセーであることを打ち明けてくれたあの日に、そう言った時よりも、ずっと。

 

 どこまでいったら、嘘の愛が本当になるのか、今でもわからないけど。

 

 愛してる。

 

 この言葉は、この言葉だけは絶対に、嘘じゃない。

 

 

 

「だから~、かなちゃんと黒川あかねちゃん、どっちと付き合うの~? お~し~え~て~」

「いやダル絡みダルっ!」

 

 

 

 生きていこう、アクア。

 

 ルビーと一緒に、ふたりにいい人ができるその日まで、私から巣立つその日まで。

 

 そのために私は、ずっとずっと嘘をつき続けるんだ。

 

 

 

 とびっきりの、アイの嘘をね。

 

 

 











 今度こそ本当におしまい。この言葉はぜったい、嘘じゃない(たぶん)


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