視点A   作:ZenBlack

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2 : メフィスト

 

「相貌失認。アイのそれは、軽度のそれなんじゃない?」

 

 初めて抱かれた男に、私は私の厄介さを、そんなふうに表現された。

 

「そーぼーしつにん? なにそれ?」

 

「人の顔が覚えられない、神経心理学における高次脳機能障害のひとつ、だね」

「障害? 私、そーゆーのなの?」

「さあ? 僕は医者じゃないからね。けどね」

「あ……」

 

「そういう症例があって、医学的に認知されているのは確かだよ」

「んん……」

 

 唇をなぞる少年の手に、恐怖にも近い感覚があったのを覚えてる。

 

 抱かれるというのは、想像していた以上に(物理的に)痛い行為だった。

 

 カミキヒカル。

 

 年下のクセに、意外と経験豊富だった彼に、それなりに優しく、丁寧にしてもらった(と、思う)けど、やっぱり痛かった。そこは特別でなかった自分に、安心も、ガッカリもしたけど、「やっぱり無理ー」と思いながら、でもまるで挑発するような少年の笑顔に何も言えなくなって、最後までして。思ったのは、「よかったのかなぁ? これで」という、なんとも頭の悪そうな感想だけだった。

 

 自分から、求めなかったといえば嘘になる。でもその嘘は……その嘘さえもやっぱり嘘だったのかもしれない、って思う。

 

「でも私、覚えられる人の顔は覚えられるよ? キミとか」

 

 カミキヒカルの顔は、一瞬で私の心に焼きついた。

 

 親の顔でさえも、もうどんなふうだったか覚えていない私が、その顔は一瞬で覚えられた。

 

 そういう特別な人は、いる。カブなんとかって……うっすーい顔のプロデューサーさんに紹介された劇団ララライには、そういう人達が何人か、所属していた。

 

 今までは画面の向こうに見ていた特別な人達が、自分の目の前にいる。

 

 そのことに興奮した私は、気がつけば自分より年下の男の子を口説いていた。

 

 ケーハクだったなーって、我ながら思う。

 

 あれ? ケーソツ? あれれ?

 

 でもさ、色々な過程をすっ飛ばして、ソッコーであんなふうになってしまったのは、そこまではさ、私の責任じゃないと思うんだよ。

 

 彼も彼で、やっぱり普通じゃなかったのかなぁ、って思う。

 

「光栄だね、この命に重みを感じるよ」

「ぁンっ」

 

 愛してるって何か、わからない。

 

 愛してるってどういうことか、わからない。

 

 初めては、やっぱり痛くて、幸せなんか微塵も感じられなかったし、少年の手が、指が、舌が触れてくるのへ、私はやっぱり恐怖に近いものを感じていた、そんな気がする。初めてだったんだから仕方ないじゃん?……とも思うけど、そこに愛があったのかと聞かれたら……私はそれに、何も確信をもっては答えられない。

 

「けど、そうだとしたら、軽度であることが、逆に残酷かもしれないね」

「なんで?」

 

 でも私は、やっと会えた特別な人と、確かな繋がりを持ちたかった。

 

「障害に、気付いてもらえないから」

 

 誰も愛してないくせに、孤独には生きられない私は、嘘の愛でも、偽りの愛でもいいから、それで誰かと繋がっていたかった。せめて自分が覚えられる顔の持ち主と。

 

「一見、普通を演じられるから、異常であることに気付いてもらえなくて、放置されるんだ」

「普通に生きれるなら、その方がいいんじゃない?……んっ」

 

 華奢な手が頬に触れて、強烈に印象的な瞳が私を黒く焦がして。

 

 その顔を……だけど私は怖いと、人の顔を……生まれて初めて怖いと認識した気がする。

 

「普通? 普通でいい? 普通? 普通に生きる? そんなのはね、普通に生まれた人だけの特権だよ。キミは……僕も……普通なんかじゃない。生まれつき特別な人間だ。そういう人はね、どうやっても普通には生きられない……何をしていても、何を望んでも、何を夢見ても、絶対にね。特別の方が、運命が放っておいてくれないんだ」

「ヤっ、私もう……」

 

 覚えられる顔に、必要以上に近づくというのは、もしかしたらあまり良いことではなかったのかもしれない。

 

「……大丈夫、無体なことはしないよ。キミは特別さ、僕を、理解できたんだからね」

「……無体って?」

「……ひどいことって、こと」

 

 だけどアイドルグループの一員になって、メンバーという仲間ができても、どーしてかそこでもどーしても誰とも仲良くなれなかった私は、それ以外の場所に、それ以外のなにかを求めていたんだと思う。

 

「ん……」

「キスも、まだ怖い?」

「キスは……痛くは、ないけど……」

 

 そのなにかが何かは、自分でもよくわからなかったけど。

 

「そうさ、特別なんだよ、キミは。だからキミの運命である僕は、キミをもう、放っておかない」

「んん……」

 

 だから身体で繋がるというのは、バカな私にも理解しやすい愛……嘘……だとしても確かな繋がりだったんだよ。

 

「僕は放置しないよ。キミを、キミの重みを、ね」

「……重みって、なんかヤな言い方ー。ダイエットしろってこと?」

「……」

 

 ああ、ホント。

 

 嘘の愛が、身体で繋がっているうちに、本当になればよかったのにね。

 

 

 

 

 

 

 

 だけどその嘘は、本当にはならなかった。

 

 嘘の愛が、本当になることはなかった。

 

 今にして思えば当然だけどね。

 

 そのかわりに、その嘘は、それも当然というか、当たり前というか、どうしようもなく普通の結果を返してきた。

 

 普通じゃない男女でも、健全な身体で不健全なことをすればフツーに起きる事態を返してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 私の、お腹に。

 

 

 

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