視点A   作:ZenBlack

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3 : サインはB

 

「妊娠、したぁっ!?」

 

 ブリーチした髪色、そのせいで少し後退して見える、この数年で更に少しだけ後退した額、形は時々変わるけど、いつだって濃い色の黒眼鏡。

 

 ずーっとそのスタイルを貫いてくれているおかげで、一応は顔を覚えているような、いないような、普通な顔をした社長が、普通じゃない表情で固まっていた。

 

 ずっとそうだったら、覚えやすいのにな~……って、場違いなことを思った気がする。

 

「えへっ♪」

「えへっ♪ じゃない!! なんだお前、ドッキリか!? 社長ドッキリか!?」

「いやそんなわけないでしょ、落ち着け」

「あだっ!?」

 

 社長以上に普通な、普通に美人な顔のミヤコさんが、自分の夫の頭をはたいた。

 

 こーゆー顔が、一番厄介。ある日、ミヤコさんがB小町のメンバーのひとりと入れ替わっていたとしても、私は気が付かなかったかもしれない。アイドルはみんなキャラ付けをされてるから、言語化して覚えられる顔が多かったけど、逆を言えばそれは、キャラを模倣されたら、私には区別が付かないってこと。

 

「お前! 今、旦那であり社長である俺の後頭部を殴ったのか!? その結構分厚い台本を丸めたそれで!?」

「心配しないで、どうせ本番では一行も採用されないバラエティの台本だから」

「俺の心配は!?」

 

 ミヤコさんもみんなも、嫌いじゃ、ないんだけど。

 

「そうね、頭、大丈夫?」

「社長ぉ、頭大丈夫ぅ?」

「ここぞとばかりにアイまで便乗してくるな! 大丈夫だよ! クソ!!」

「だから騒ぐな」

「あだっ!!」

「あははっ」

「アイも、笑ってないの。誰か来ちゃうでしょ。賃貸の社長室に防音設備なんてないのよ」

「あだっ!? 今叩いたのは何でだ!?」

「こんな甲斐性無しにほだされた自分が情けなくて」

「だったら自分の頭を叩けよ!?」

「やーよ、美容に悪いもの」

「ぁだぁっ!?」

「あはは」

 

 メオトなドツキ漫才をしながらミヤコさんは、「……とは言っても、冗談じゃないわね」と急に深刻そうな顔になって呟いた。

 

 でもそれは、予想していたよりはずっと、普通の反応だった。

 

 有無を言わさずどこかへとレンコーされて、ムリヤリ堕ろさせるくらいのことはされても、おかしくないと思っていたから。

 

 ふたりはただ困惑してるばかりで、そこに悪意とか、面倒くささはあまり感じられなくて、面倒事を持ち込んだ私に、だけど真摯に対応してくれているのがわかった。メオトなドツキ漫才をしながらでも。

 

 ふたりとも、いい人だった。本当に、普通にいい人だった。

 

「ってかよ、相手は? わかっているのか?」

「……わかってないよ?」

「わかっているのね。つまり……芸能関係者ってことね?」

「なっ」

 

 ミヤコさん、鋭い。

 

「でも私達に教える気はない。それは誰の判断? あなた? それとも相手の男に言われたの?」

「どこのどいつだ!? そいつは!」

「えー、ほんとだって。ゆきずりのー、よく知らない人?」

 

 賢いミヤコさんが、だけど頭痛をこらえるように眉間を指で押さえていた。

 

 それも美容に良くないんじゃないかなー。

 

「……あのね、誰をかばっているのか知らないけど、妊娠させておいて黙ってろって、それって最っっっっっっっっっっっっっ低の男だからね?」

「なんで俺を見て言うんだよ!?」

「あははっ」

「……本人に悲愴感が無いのが、救いといえば救いだけど」

 

 嘘には、本当を少しだけ混ぜると説得力が増す。

 

 私が、カミキヒカルのことをよく知らないというのは本当だ。ゆきずりというのも、まぁゆきずりという言葉の意味からしてよくは知らないけど、そんな感じであることも嘘じゃない。数回、デートっぽいことをして、数回、おいしいご飯を食べて、数回、Hして。

 

 私と、カミキヒカルとの関係はそれだけだ。

 

 心が通じ合ってたとは、嘘つきの私でも言えない。

 

 私達の間に愛は育まれていない。育まれなかった。色々と大人ぶってはいるけれど、当然のように幼すぎた彼と、悪い意味で普通じゃない私との間には穏やかな、幸せな空気が流れることもなくて。

 

 どこか、噛み合わなくて。

 

 愛が生まれるかもしれないと思ったのは、私の勘違いだった。

 

 目の前に現れた、覚えられる顔に興奮して我を忘れた、私の盛大な勘違いだった。

 

 だから彼にも、悪いことをしてしまったと思ってる。

 

 最後の頃は色々に、どーしても気持ちよくなれない私に、当然だけど彼の気持ちは冷めぎみだった。別に、彼が下手だったとは思ってない。たぶん相性の問題だ。

 

 それに、感じてるフリをしようとしたら、ものすごく怒られた。怒られたというか、ちょっと忘れられないような形相をされた。私が忘れられないって……結構相当だよ? それ以降、気まずくなってしまい、交流は途絶えぎみになってしまった。

 

 いや、これは本当に、へたくそな演技をした私が悪いんだけどね。でもそんなのを鏡の前で、ミリ単位で調整するなんて、さすがの私でも無理だよ。無理だったよ。

 

「アイ、お前な……」

「それで、あなたはどうしたいの?」

「産みます。当然」

「なっ、おまっ」

「産みたい、じゃなく、産む、なのね。しかも当然」

「はい」

「お前、あのなぁ……」

「……現実問題、今はまだ目立たないけど、あと数ヶ月もしたらお腹が大きくなってくるわよ?」

 

 さすがに、それくらいは私も知っている。というより、数ヶ月もしないうちにヘソだしの衣装なんかは着れなくなるんじゃない?

 

「はい。それで、アイドルは、やっぱり続けられませんか?」

「……B小町はアイドルグループだ、歌って踊って夢を見せるのが仕事だ。歌はともかく、でかくなった腹で踊れると思ってんのか? あのな? 男がどうして腰のくびれた女に惹かれるか知ってるか? それはな、その胎が使用中じゃありませーんって証だから……あだっ!?」

「脱線するから、余計な話はしないで。妊娠は、どうしてわかったの? もうどこかの病院へ行っちゃった? 他に誰かへ相談しちゃった? 検査薬? 最後に生理があったのは?」

「あ、検査薬です」

「……だったらまだ確実じゃない、か」

「そうね」

「えー、してると思うけどな~」

 

 社長とミヤコさんは仲良く、顔を見合わせてから「はぁー」とため息をつく。なんとなく、このふたりの元で育つ子供は、幸せなんだろうなって思った。

 

 でもそれは私とは関係のない、幸せな世界の話だとも思った。

 

 社長とミヤコさんは、ビジネスパートナー。それに留まらない恩もあるけど、それはアイドルとして売れることで返していくしかないと思ってた。

 

 だって私は、肝心要のところで最初からふたりを裏切ってたんだし。

 

「……話はわかった。色々言いたいことはあるが、まずはよく話してくれた。できれば男と付き合いだした時点で話して……いや頼ってほしかったがな……ああ、謝らなくていい、そもそもこういうのもこの仕事のリスクだ。回避できなかったのは大人の責任だ」

「はい、ありがとうございます。佐藤社長」

「そこで間違えんなっ、俺の名前は斉藤だっ」

 

 ふたりの顔と名前を覚えるという当たり前のことが、私にはいつまで経ってもできなかった。

 

「いいか? タレントを守る。それが事務所の仕事だ。これからは何でも相談しろよ? 隠してんじゃねぇぞ?」

「……はい」

「で、男の名前は?」

「ユキズリーさんです」

「グリズリーみたいに言うな。そいつは北アメリカのヒグマだ。襲われたら命が生まれるどころか命がなくなる……ったくよぉ」

 

 特徴を言語化して覚える、声の感じを覚える、普段から冗談みたいな態度で接して、ボロを出してしまった時はその態度のままごまかす。スタッフさんが多い現場では極力主語を省略して喋る。そういう細かいテクニックを駆使して、綱渡りを続けて、なんとかやってこれたけど……でも、ドッキリか何かで「ある日! 社長が入れ替わっていたらアイはどんな反応を見せるのか!?」なんてことをされたら、外見の特徴を同じにされたら、声も大体同じ感じだったら、私はその人を社長と思い、普通に接してしまい、社長との関係は、アイドル生命は、そこで終わるんだと思ってた。

 

「……しゃあねぇな、俺の方で信頼できる医者を探す。通常業務の方に手が回らなくなるな……その穴は……ミヤコ、頼めるか?」

「……仕方ないわねぇ」

「ご迷惑を、おかけします」

「いつか返せよ? アイドルを続けるんなら」

「うん、約束するよ、内藤社長」

「だから俺の名前は斉藤だ! わざとやってるよな!?」

 

 ホント、どうしてさ、感謝してるし人としても嫌いではない社長や、どちらかといえば好きなミヤコさん(不平不満を隠さず口にしてくれるから、空気を読む必要が無くて楽だったよ)、運命共同体である(というには人の入れ替わりが激しかったけど)グループメンバーの顔でさえも、覚えられないんだろう?

 

 カミキヒカルの、少し病んだ顔は覚えられたのにね。

 

 

 

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