視点A   作:ZenBlack

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4 : STAR☆T☆RAIN

 

「センセーはさ」

「ん?」

「私の顔、好き?」

「ぶぼっ!?」

 

 お医者さんに診てもらうまでもなく、私のお腹がだいぶ大きくなってから、ようやく社長が見つけ出してくれた病院の、担当医の先生、雨宮吾郎センセーの顔は、意外なことに覚えられた。

 

「ファンなんでしょ? 私の」

 

 でも、あとで私のファンだって聞いて、ああ、それならわかるなー……って思った。

 

 熱心なファンの人の顔は、少しだけど覚えられたから。

 

「ななななななななななななななっ、あっハイ」

「今、ななを七回言った? 顔色の割には意外と冷静だねー」

 

 この頃には、私もなんとなくわかってた。

 

 私が覚えられる顔には、二通りあるんだってことが。

 

「……えっとその、斉藤さんは、担当医が僕であることに、違和感がありますか?」

「なんでー? そんなのはないよ? だけど誰もいないのに、その名前で呼ぶんだねー。私が斉藤りな、か~……りなさんって、もしかしてセンセーの初恋の人?」

「ぶぼぁ!?」

「あ、それとも斉藤に合わせたアナグラム? 伊藤さりなさんとか」

「ぐぼぁあぁ!?」

「あ、これニアピンだ」

 

 まず、強烈な個性の持ち主。

 

 カミキヒカルしかり、劇団ララライのメンバーしかり、これは芸能人と呼ばれる人に多い。

 

「……ええと、どうして今になってそんなことを? ちなみにお答えすると好きです。大好きですがそれよりも存在そのものが神々しくて尊いです濃縮還元しても濃厚可愛い味な究極生命体カーワゥィーの誕生で生命の神秘がカンブリア爆発です」

「露骨に話題をそらされた気がするし、後半すっごい早口でよく聞き取れなかったけど、正直でよろしい」

 

 そしてもうひとつは、普通じゃないくらい私のことを好きな人。

 

 白く輝くような、黒く焦がすような好意を向けてくる人。

 

 センセーはそちら側だった(かな? 個性も、割と強烈だったけど)。

 

 ただ、センセーは熱心にライブへ来てくれるファンとも、少し違う気はした。

 

 向かってくる好意が、直接的じゃない気がしたんだよね。どこかで、屈折してる気がしたんだ。

 

 そんな、屈折した好意なんていうと、ストーカーみたいだけど。

 

「なんて、医者がそんなことを考えながら自分を診て……見ているだなんて、うんざりしますよね。やっぱり担当医を変え……」

「なくていいです。ん~……普通はそういうのって、うんざりするもの?」

「普通は、んんっ……どうでしょうか。アイドルとファンとの関係に、普通なんてないでしょうし」

「お、わかってるね~、さっすがセンセー」

 

 社長には、ファンをストーカーにさせるなよって散々言われた。けど、アイドルは人に好かれるのが、好意を抱かれるのが、執着してもらうのが仕事なのに、ムチャな話だよね。

 

 ファンと個人的には付き合わない。そんなのは当たり前。私もそんなのは求めてなかった。

 

 何を求めていたかって聞かれたら、困るけど。

 

「そうそう、アイドルとファンの関係に普通なんてないよね」

 

 でも、もしかしたら私は、本当は、自分自身がストーカーになりたかったのかもしれない。

 

「もっと言えば、人間関係に普通なんてのも、ないんでしょうけどね」

「そうなの?」

「……うーん」

「うーん?」

 

 理性がなくなるくらいに、人を愛してみたかった。

 

 理性がなくなるくらいに、アイドルに夢中になれる人は、だから羨ましかった。

 

 光溢れるステージの上と、光踊るサイリウムの海。

 

 輝きと熱量は、どっちが上なのかな?

 

「そうですねぇ、これ、僕がアイさ……斉藤さんに言って説得力があるかわかりませんが、例えば恋愛関係なんてもっとも濃密な人間関係のひとつじゃないですか」

「そうかな? あとさ、話題的にももう偽名意味なくない?」

「でだしから疑問符と物言いが付いてしまいましたが、まぁ雑談ですし続けましょう。ですが、恋愛関係の普通なんて、結構時と場所とコミュニティで違いますからね」

「そうなの?」

「ええ。例えば、和歌と夜這いが主流だった平安時代の恋愛、それはその時代では普通だったのかもしれませんが、現代では違うでしょう? 和歌をSNSに置き換えたら近いものはあるのかもしれませんが、形としての普通はだいぶ違うわけです」

「よくわからないけど、そうなんだ?」

「あさきゆ●みしとかは読みませんでしたか? 源氏物語の」

「ぜーんぜん」

 

 アイドルにとって、ファンは共犯者で。

 

 アイドルの嘘に、嘘みたいな熱狂を返してくれる共犯者で。

 

「そうですか……まぁ、古典文学で当時の恋愛模様なんかを覗き見ると面白いですよ。有名なロミオとジュリエットにしたって、家同士の対立がああした悲劇を生むというのは、現代でもあることではあるのでしょうが、それは普通ではないでしょう?」

 

 ステージの上で、嘘の愛をぶつけ合って、嘘みたいに高まりあって、夢みたいに幸せな一瞬を創る、その関係は、嫌いじゃなかったけど。

 

 でもそれが、人が人を愛することなのかと聞かれたら……どうなんだろう?……としか答えられなかった。

 

「そうだねー、遠い世界の話だねーって思っちゃうね。っていうかセンセー、古典文学なんて読むんだ? お医者さまなのに」

「医者だって物語くらい読みますよ? 手術前の腕の準備運動には京極●彦が効くってくらい読みますよ?」

「はー、頭のいい人は違うな~。私にはそれも、遠い世界の話だねー」

「サイコロ本ジョークをまじめに感心されてしまった……」

「?」

 

 この頃にはもう、芸能界がろくでもない場所で、アイドル業界はもっとろくでもない場所で、私はそこでしか生きられないろくでなしなんだって、気付いてた。

 

「まぁ病院なんて、遠い世界であればあるほど、いいと思いますけどね」

「それはそうだね」

「ですがまぁ、その遠い世界にいる彼ら……あるいは我々には、普通とは違う常識も、それが普通で常識なんですよ。よく、白い巨塔の常識は世間の非常識なんて言いますが、それも当然の話です。医者という職業がもう、普通の仕事ではありませんから」

「アイドルもねー、普通の仕事じゃないからね」

 

 社長やミヤコさんみたいに普通の、根が結構良い人には、本当は向いていない世界。笑っちゃうよね、普通の人には向いていない世界って、言い放った自分自身が向いてないんだから。

 

「ですが……普通って、厄介な言葉ですよね。本当に本当の普通なんて、どこにもないのに、普通を普通と思っている人は、それがまるで正義みたいに、これが普通って押し付けてきますから」

「そうだねー、厄介だね……ホントにね」

「もちろん、人にご厄介をかけないために、ある程度社会常識に則って行動することは、社会人として必要なこととは思っています。……今、だったら病院内で患者さんに布教活動するなって声が脳内に冷たく響きましたが、まぁそれはおいておいて」

「おいておいていいの? それ。急に私の匿名性に疑問が出てきたよ?」

 

 だけど、だからこそ嘘つきの、ろくでなしの私が、嘘の笑顔でキレイな嘘をばら撒けば、嘘みたいに夢中になってくれる人がいて。

 

「普通を、他者を攻撃するために使い出すと、これはもうそれ自体が厄介事そのものなんですよね。まるで、人体の免疫システムがごとくに」

「むむむむむむ?」

 

 まるで特殊詐欺みたいなその経済活動が、間違ってこの世界に入ってきてしまった、社長やミヤコさんみたいな普通の人の生活を支えていたりして。

 

「免疫システムは、人体には必要で重要なものですが……例えば、病気になった臓器を移植手術で取り替えようとすると、問題になるのがこの免疫システムです。その臓器が、それを受け入れなければ身体そのものが崩壊してしまうようなものであっても、それがその身体の……空気に合わないよそ者……であると判断されてしまった場合、よそ者である臓器くんは、攻撃されて駄目になってしまうんですね。要はアレルギー反応の一種ですが」

「アレルギーって、花粉症、みたいな?」

 

 全部が、嘘の世界なのに、そこには白く輝くような、黒く焦がすような愛があって。

 

「ええ。花粉症も、おいおいヲイヲイ、なんでおめえこんなスギ花粉ばかり身体に入れてくんだよ、普通じゃねぇだろって身体からの抗議なわけです。あとは星……斉藤さんにも、通院初期に何度かパッチテストをしてもらったでしょう? あれも薬剤性アレルギーがないかどうかのテストですよ」

「薬剤性アレルギー? そんなのがあるんだ? こわいな~」

 

 それを私は、良いとも悪いとも、望ましいとも望ましくないとも、どうしたいともどうしようもないとも、何も思わずに、ただそれが自分の中に無いことだけを、後ろめたく思ってた。

 

「……斉藤さんは、自分ではまだほとんど化粧をしませんか?」

「お化粧はするけど、化粧品選びはミヤコさんが詳しいから、任せてるよ」

「そうですか、ご自身で化粧品を選ぶ年齢になったら、気を付けてくださいね、化粧品にも、肌に合う、合わないがありますから」

「おっけー、おぼえておくね」

 

 ファンを真実、心から愛せるとは、思ってない。

 

 それをそう表現してしまったら、やっぱり嘘になる。キタナイ嘘に。

 

「話を戻すと、普通、あるいはルール、マナー、空気というのは、こんな風に絶対でも、正しくもなくて、特に暴走して、それ自体が全体……コミュニティの崩壊、死を招くものだったりもするのですよ。アイドルファンのコミュニティにしても、それがあまりに排斥的であれば新しいファンが入ってこれず、規模が縮小してグループ解散となるだけでしょう?」

 

 だけど真実、とびっきりの嘘でみんなの心を白く輝かせ、黒く焦がしてあげたい。

 

「そうだねー。社長もよく、ファンは大事にしろ、だけど昔からのファンだからって特別扱いをしすぎるなって言ってるかなー。特に、ファンが運営の方針とは別の自治を言い出したら注意しろ、いや俺に報告しろ、って」

 

 その気持ちは本当だった。ファンの歓声を浴びてるうちに、そう思えるようになった。

 

「ええ、昔馴染みを大事にするのが正しいビジネスモデルもあるとは思いますが……売出し中のアイドルで新規ファンお断りなんてしたら、売れる前にオワコン化するだけでしょうからね。地下アイドルであれば、むしろそれでいいのかもしれませんが」

 

 ファンを夢中に、させてあげたかった。

 

「B小町はドームを目指すアイドルだからねー。どうしてドームを目指しているのかは聞けてないけど。でもそれなら、どんどんと新しいファンに私達の魅力を伝えていかなくっちゃだよね」

 

 アイドルとしてファンを、みんなを、何も考えられなくなるくらいに、夢中にさせてあげたかった。

 

 私が、私以外のなにかに、そうなりたかったように。

 

「……ぅぅっ」

「どうしたの? センセー」

「いえっ……ドームのステージに立つB小町を想像したら、感激で涙が」

 

 だから本当は、本当に私は、自分自身がそちら側に、いたかったんだよ。

 

 でも、私の中に、その熱は、輝きはなかった。

 

「あはは。センセーのそういうとこ、嫌いじゃないよ~。センターが一身上の都合で一年間活動休止するようなグループですが、ドームに立てるよう、今後ともどうかごひいきに」

「それはもちろん!」

 

 だからこちら側に立った。

 

 それだけ。

 

 ……ねぇ、センセー。

 

「ドームコンサートの際には必ず、何があっても、その日に出産予定の患者さんを百人抱えてても行きます!」

 

 みんなを幸せにするという……幸せな嘘で……嘘しかないこの心を満たしたいと思ったのは。

 

 幸せな嘘にうもれ、幸せになりたいと願ったのは。

 

「それは患者さんに悪いから、ついでにいうと、出産予定日までもうあんまり無い、自分の身の危険を感じるから、やめてほしいかなー」

「はぅあっ!?」

 

 それは普通じゃないくらいに、欲張りなこと?

 

 

 

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