視点A   作:ZenBlack

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6 : Idol

 

 夢を、見たことがある。

 

 それはもう、普通の女の子みたいに、シンデレラストーリーを。

 

 嘘と欠陥だらけの私を、誰かが愛してくれるストーリー。魔法みたいに、誰かが私を幸せにしてくれる物語。

 

 

 

 そんなのは、夢の中だけの話って気付いて。

 

 

 

 ガラスのクツも、かぼちゃの馬車も、王子様も、ないんだって気付いて。

 

 

 

 次に夢見たのは、自分が生まれて初めての恋をして、変わっていく物語。

 

 愛を知って、愛に溺れて、報われたり、報われなかったりしながら、それでも愛に人生を捧げて生きる物語。そんなふうに人を愛せたら、幸せであっても、たとえ普通には幸せじゃなくても、それはきっと、素敵なことなんじゃないかなって思った。

 

 

 

 でも、そんなのもやっぱり、私とは関係のない世界の話なんだって気付いて。

 

 

 

 アイドルになってみても、その世界も、そこも夢見るようなところじゃなくて、顔がいい、スタイルがいいというだけで集められた女の子達の、ただのお仕事の場で。

 

 だけどメンバーの顔も名前もなかなか覚えられない私は、そこでも誰とも仲良くなれなくて。

 

 ファンの顔は、少しなら覚えられるって気付いて、少し救われたけど、だけどセンセーの言う通り、アイドルとファンは特別な関係でしかなくて、普通の人の、人と人との繋がりみたいなものはいつまで経っても作れなくて。

 

 

 

 

 

 愛したかった。

 

 

 

 愛されたかった。

 

 

 

 でも、私にはそのどちらもできなかった。

 

 

 

 子供達の父親を、愛せなかったし、たぶん愛されてもいなかった。

 

 

 

 私の中に愛は無くて、愛したいと、愛されたいと願うだけで、そこに本当の気持ちは何も伴ってなくて。

 

 歌ってきたみたいに、愛が全てとか、愛さえあれば大丈夫なんて、言えるほどの真実が、自分の中に無くて。

 

 

 

 ただ嘘まみれの行為の、その結果だけが私の手元に残って。

 

 

 

 でも、それを、私は。

 

 たぶんそれだけは、嘘偽りなく、彼に感謝してる。

 

 

 

 嘘も、実体のあるなにかに変わることがあるんだって、知ることができたから。

 

 

 

 

 

 

 

 夢を、見た。

 

 目が覚めたら、なにもかもが消えてしまうんだって思った。でも、そうじゃなかった。

 

 それで十分。産んだのは私のわがままで、子の父親に迷惑を、かけたいわけじゃなかったから。

 

 

 

 

 

 いいこともたくさんあった。

 

 アクアとルビーの顔は、成長するにしたがって、どんどんとその違いがわかるようになっていった。「覚えられた」という実感が得られたのは、ずいぶん経ってからだけど、それでも二歳か三歳の頃には、ふたりの顔の区別はつくようになっていた。産後すぐには、いっそ一卵性双生児であってくれてたら、間違えても仕方ないで済むのになぁ、って思ってたくらいだったのに。拍子抜けだった。

 

 うちの子きゃわいいと思える瞬間も、いっぱいあった。

 

 むしろ思わない日はなかった。

 

 甘えん坊のルビーはいつも愛らしかった。

 

 ちょっとクールなアクアはからかいがいがあってやっぱり可愛かった。

 

 ライブで、乳幼児なのにオタ芸してた時には、ちょっとぉ、普通じゃなくていいって思ったのは、こういうことじゃなかったんだけどなー……って、おかしくておかしくてたまらなかった。

 

 そんな風に笑えたのは、もしかしたら生まれて初めてのことだったかもしれない。

 

 私も知らなかった私の魅力を引き出してくれる、親孝行なふたりだった。

 

 そうしてふたりに物心がついてきて、あれよあれよという間にスラスラと喋ってくれるようになって(これにはうちの子天才!? って思ったね)、ルビーとダンスのレッスンをしたり、アクアと映画の撮影で共演したりして、一緒に過ごしているうちに、あれ、これ私、子供からだいぶ好かれてない? って思うようにもなった。

 

 ママ友なんか作れるはずもなかったから、その普通がどんなかは、わからなかったけど。

 

 普通の子が、ママのことがちゅきで当然、ということ以上に、私はふたりに好かれてる気がした。

 

 親バカって、こういうことなのかなって、悪くない気持ちで思った。

 

 

 

 子供達に、特別に強く愛されているというその実感は、私の心を、嘘以外の暖かいもので満たしてくれた。それは、胸に、いつからかポッカリと開いていた心の穴に、温泉でも湧いたみたいな気分だった。ふたりの顔を見ると、声を聞くと、むしろふたりのことを想っただけで、いつも心がポカポカするようになった。

 

 一緒にいる時間が長いせいか、私よりミヤコさんの方に気安いのが少し、気になってはいたけど、でも、それを入れてもふたりは、特にルビーは、激しく、白く輝くような、黒く焦がすような、ひたむきな愛を私に向けてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 でもね。

 

「なるべく考えないようにしてることだけど、俺達の父親って、いったい誰なんだろうな……あ゛……考えるだけで心が沈む」

 

 ルビー、私はそんなあなたが、大切で大事で大好きだけど。

 

 でも。

 

「バカね、そんなレベルの低いことで落ち込んでるの? 処女受胎に決まってるでしょ? 男なんて最初から存在してない」

「……」

 

 ちょっとそれは、ヤバイんじゃないかなー。

 

 いつかは、父親の不在について説明しなくちゃって思ってたけど、まさか子供達が先走ってそんなふうな結論を出してるとは、思ってもみなかったよ。私に似て、嘘、私に似ず賢い子供だなーって思っていたけど、そこはやっぱり子供だね。

 

 普通じゃなくていいとは思ったけど、それはさすがに一線越えちゃってるかなー。んー? 星野愛久愛海は一線を越えていないのかって~? 知らないなー。

 

『そもそもこういうのも、この仕事のリスクだ。回避できなかったのは大人の責任だからな』

 

 大人の、責任かー。

 

 私も、もう、二十歳。

 

 子供達には、私が選択したことについて、説明する責任があると思ったんだ。

 

「ねぇ、子供達も結構大きくなったんだよ? 一回、会ってみない?」

 

 だから私は、絶縁といっていいほど連絡が途絶えていた彼に、連絡をしてみた。

 

「いや、ヨリを戻すとかそういう話じゃなくてさ」

 

 それが、今からほんの少しだけ、前のこと。

 

 

 

 

 

 

 

 ピンポーン。

 

「ん? 社長達かな? ハーイ」

 

 カチャ。

 

「ドーム公演おめでとう、双子の子供は元気?」

 

 

 

 

 

 

 

 で、これが今。

 

 痛い痛い痛い。

 

 刺された。

 

 お腹を、ずっぷりと刺された。

 

 辛い辛い辛い。

 

 大量にドバドバとドロドロとヌルヌルと、お腹から血が流れてくる。

 

 苦しい、本当に苦しい。お腹が寒くて熱くて、息苦しいよ。

 

 あぁ……あまりの苦痛に、一瞬、心が飛んでたね。

 

 あははっ……これが走馬灯か。やー、見るんだねぇ、本当に。

 

 

 

 

 

「……ん?」

「っ!!」

 

 カチャリと、後ろから響いた内扉の開く音に、意識が現実へと引き戻される。

 

 その扉を開けられるのは今、この家に、たったふたりしかいない。

 

 ただでさえ血を流し続けてる身体から、更に血の気が引いていく。

 

「痛いかよ! 俺はもっと痛かった! 苦しかった! アイドルのクセに子供なんて作るから!」

「アイ! アイ!」

 

 ……アクアっ!

 

 ダメ……アクア……来ちゃダメ。

 

「ファンのことないがしろにして! ウラではずっとバカにしてたんだろ! この嘘つきが! 散々スキスキ言っておいてよ! 全部嘘っぱちじゃねぇか!!」

 

 この子は……リョースケ君?

 

 私が顔を覚えてるファンの、そのうちのひとり。ずっと昔からのファン。

 

 ……コースケ君だったかも?

 

 だめだぁ、名前までは、ハッキリとは思い出せない。

 

 そっかー……私、ファンに、刺されたのかぁ。

 

『ファンをストーカーにさせるなよ?』

『ファンは大事にしろ、だけど昔からのファンだからって特別扱いをしすぎるなよ?』

 

 ああ、社長が言っていたのは、つまりこういうこと。

 

 社長は正しい。正しかったね。だから間違っていたのは、私。

 

 私だけが、生まれた時から、全部、間違い。

 

「……私なんて、もともと無責任で、純粋じゃないし、ズルくて、汚いし」

 

 でも。

 

「人を愛するってよくわからないから」

 

 それでもまだ、今ここを退くわけにはいかない。

 

 ここを、譲るわけには、いかないんだよ。

 

 ここで「ごめんねー」って謝るのは、できないんだよ。

 

「私はかわりに、みんなが喜んでくれるような、キレイな嘘をついてきたの」

 

 お願いだから……アクア……前に出ようと、しないで。

 

 ダメ、ダメ、ダメ、ぜったいに、だめ。

 

「いつか嘘が、本当になることを願って、頑張って、努力して、全力で嘘をついてきたよ」

 

 私は頑張って、嘘をついてきた。

 

 私は努力して、嘘をついてきた。

 

 全力で嘘をついてきた。

 

 私は嘘でできている。

 

 私には、嘘しかない。

 

「私にとって、嘘は愛」

 

 この言葉も、だから全部嘘。

 

「私なりのやり方で、愛を伝えてたつもりだよ」

 

 でも、積み上げてきた全ての、ありったけの嘘を使って、アクアを、ルビーを守る。

 

 ふたりには、絶対に手を出させない。

 

「キミ達のこと、愛せてたかはわからないけど、愛したいとは思いながら、愛のウタを歌っていたよ」

 

 だから笑う。

 

 この嘘の笑顔が私の武器で、私そのものだから。

 

「いつかそれが、本当になることを願って」

 

 これが、私の愛だから。

 

「今だってキミのこと、愛したいって思ってる」

「嘘つけ! 俺のことなんて、覚えてもいないんだろ!」

 

 ふふっ、それは心外、だなぁ。キミはまだ、百人にも達してない、私が顔を覚えられた、数少ないうちのひとりなのに。

 

「リョースケ君、だよね? よく握手会来てくれてた……あれ? 違った?……ごめん私、人の名前覚えるの、苦手なんだぁ」

 

 なら、覚えてること……リョースケ君との思い出……ああ。

 

「おみやげでくれた星の砂、嬉しかったなぁ……今もリビングに、飾ってあるんだよ」

 

 星野姓は公表してないのに、まるでそれをわかってるみたいにくれたお土産だったから、嬉しかったんだよ。

 

 ……あれ? 本当は、知っていたのかな?

 

 あはは、まさかね、それじゃまるで、ストーカー……。

 

 ううん、いいか、ストーカーでも。

 

 どうでもいい。

 

 私がリョースケ君に星の砂を貰って、嬉しかったのは本当だから。

 

 刺されたこともね……もう、どうでもいいんだ。

 

 痛くて寒くて、苦しいけど、これは嘘の私が、そのふさわしいマツロのひとつに落ちただけ、落ち着いただけ。たぶんこれは、私がしでかしてきたことの清算に、リョースケ君が巻き込まれただけなんじゃないかな? どーしてかな~……そんな気がするんだ。

 

 ねぇ、リョースケ君……コースケ君?……私は、刺されてもなお、こんなふうに笑いかけられるくらいに、あなたを愛してるんだよ?

 

 だから、アクアに、ルビーに、手を出さないで。

 

 この嘘で愛せる、キミのままでいてよ。

 

 

 

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