夢を、見たことがある。
それはもう、普通の女の子みたいに、シンデレラストーリーを。
嘘と欠陥だらけの私を、誰かが愛してくれるストーリー。魔法みたいに、誰かが私を幸せにしてくれる物語。
そんなのは、夢の中だけの話って気付いて。
ガラスのクツも、かぼちゃの馬車も、王子様も、ないんだって気付いて。
次に夢見たのは、自分が生まれて初めての恋をして、変わっていく物語。
愛を知って、愛に溺れて、報われたり、報われなかったりしながら、それでも愛に人生を捧げて生きる物語。そんなふうに人を愛せたら、幸せであっても、たとえ普通には幸せじゃなくても、それはきっと、素敵なことなんじゃないかなって思った。
でも、そんなのもやっぱり、私とは関係のない世界の話なんだって気付いて。
アイドルになってみても、その世界も、そこも夢見るようなところじゃなくて、顔がいい、スタイルがいいというだけで集められた女の子達の、ただのお仕事の場で。
だけどメンバーの顔も名前もなかなか覚えられない私は、そこでも誰とも仲良くなれなくて。
ファンの顔は、少しなら覚えられるって気付いて、少し救われたけど、だけどセンセーの言う通り、アイドルとファンは特別な関係でしかなくて、普通の人の、人と人との繋がりみたいなものはいつまで経っても作れなくて。
愛したかった。
愛されたかった。
でも、私にはそのどちらもできなかった。
子供達の父親を、愛せなかったし、たぶん愛されてもいなかった。
私の中に愛は無くて、愛したいと、愛されたいと願うだけで、そこに本当の気持ちは何も伴ってなくて。
歌ってきたみたいに、愛が全てとか、愛さえあれば大丈夫なんて、言えるほどの真実が、自分の中に無くて。
ただ嘘まみれの行為の、その結果だけが私の手元に残って。
でも、それを、私は。
たぶんそれだけは、嘘偽りなく、彼に感謝してる。
嘘も、実体のあるなにかに変わることがあるんだって、知ることができたから。
夢を、見た。
目が覚めたら、なにもかもが消えてしまうんだって思った。でも、そうじゃなかった。
それで十分。産んだのは私のわがままで、子の父親に迷惑を、かけたいわけじゃなかったから。
いいこともたくさんあった。
アクアとルビーの顔は、成長するにしたがって、どんどんとその違いがわかるようになっていった。「覚えられた」という実感が得られたのは、ずいぶん経ってからだけど、それでも二歳か三歳の頃には、ふたりの顔の区別はつくようになっていた。産後すぐには、いっそ一卵性双生児であってくれてたら、間違えても仕方ないで済むのになぁ、って思ってたくらいだったのに。拍子抜けだった。
うちの子きゃわいいと思える瞬間も、いっぱいあった。
むしろ思わない日はなかった。
甘えん坊のルビーはいつも愛らしかった。
ちょっとクールなアクアはからかいがいがあってやっぱり可愛かった。
ライブで、乳幼児なのにオタ芸してた時には、ちょっとぉ、普通じゃなくていいって思ったのは、こういうことじゃなかったんだけどなー……って、おかしくておかしくてたまらなかった。
そんな風に笑えたのは、もしかしたら生まれて初めてのことだったかもしれない。
私も知らなかった私の魅力を引き出してくれる、親孝行なふたりだった。
そうしてふたりに物心がついてきて、あれよあれよという間にスラスラと喋ってくれるようになって(これにはうちの子天才!? って思ったね)、ルビーとダンスのレッスンをしたり、アクアと映画の撮影で共演したりして、一緒に過ごしているうちに、あれ、これ私、子供からだいぶ好かれてない? って思うようにもなった。
ママ友なんか作れるはずもなかったから、その普通がどんなかは、わからなかったけど。
普通の子が、ママのことがちゅきで当然、ということ以上に、私はふたりに好かれてる気がした。
親バカって、こういうことなのかなって、悪くない気持ちで思った。
子供達に、特別に強く愛されているというその実感は、私の心を、嘘以外の暖かいもので満たしてくれた。それは、胸に、いつからかポッカリと開いていた心の穴に、温泉でも湧いたみたいな気分だった。ふたりの顔を見ると、声を聞くと、むしろふたりのことを想っただけで、いつも心がポカポカするようになった。
一緒にいる時間が長いせいか、私よりミヤコさんの方に気安いのが少し、気になってはいたけど、でも、それを入れてもふたりは、特にルビーは、激しく、白く輝くような、黒く焦がすような、ひたむきな愛を私に向けてくれた。
でもね。
「なるべく考えないようにしてることだけど、俺達の父親って、いったい誰なんだろうな……あ゛……考えるだけで心が沈む」
ルビー、私はそんなあなたが、大切で大事で大好きだけど。
でも。
「バカね、そんなレベルの低いことで落ち込んでるの? 処女受胎に決まってるでしょ? 男なんて最初から存在してない」
「……」
ちょっとそれは、ヤバイんじゃないかなー。
いつかは、父親の不在について説明しなくちゃって思ってたけど、まさか子供達が先走ってそんなふうな結論を出してるとは、思ってもみなかったよ。私に似て、嘘、私に似ず賢い子供だなーって思っていたけど、そこはやっぱり子供だね。
普通じゃなくていいとは思ったけど、それはさすがに一線越えちゃってるかなー。んー? 星野愛久愛海は一線を越えていないのかって~? 知らないなー。
『そもそもこういうのも、この仕事のリスクだ。回避できなかったのは大人の責任だからな』
大人の、責任かー。
私も、もう、二十歳。
子供達には、私が選択したことについて、説明する責任があると思ったんだ。
「ねぇ、子供達も結構大きくなったんだよ? 一回、会ってみない?」
だから私は、絶縁といっていいほど連絡が途絶えていた彼に、連絡をしてみた。
「いや、ヨリを戻すとかそういう話じゃなくてさ」
それが、今からほんの少しだけ、前のこと。
ピンポーン。
「ん? 社長達かな? ハーイ」
カチャ。
「ドーム公演おめでとう、双子の子供は元気?」
で、これが今。
痛い痛い痛い。
刺された。
お腹を、ずっぷりと刺された。
辛い辛い辛い。
大量にドバドバとドロドロとヌルヌルと、お腹から血が流れてくる。
苦しい、本当に苦しい。お腹が寒くて熱くて、息苦しいよ。
あぁ……あまりの苦痛に、一瞬、心が飛んでたね。
あははっ……これが走馬灯か。やー、見るんだねぇ、本当に。
「……ん?」
「っ!!」
カチャリと、後ろから響いた内扉の開く音に、意識が現実へと引き戻される。
その扉を開けられるのは今、この家に、たったふたりしかいない。
ただでさえ血を流し続けてる身体から、更に血の気が引いていく。
「痛いかよ! 俺はもっと痛かった! 苦しかった! アイドルのクセに子供なんて作るから!」
「アイ! アイ!」
……アクアっ!
ダメ……アクア……来ちゃダメ。
「ファンのことないがしろにして! ウラではずっとバカにしてたんだろ! この嘘つきが! 散々スキスキ言っておいてよ! 全部嘘っぱちじゃねぇか!!」
この子は……リョースケ君?
私が顔を覚えてるファンの、そのうちのひとり。ずっと昔からのファン。
……コースケ君だったかも?
だめだぁ、名前までは、ハッキリとは思い出せない。
そっかー……私、ファンに、刺されたのかぁ。
『ファンをストーカーにさせるなよ?』
『ファンは大事にしろ、だけど昔からのファンだからって特別扱いをしすぎるなよ?』
ああ、社長が言っていたのは、つまりこういうこと。
社長は正しい。正しかったね。だから間違っていたのは、私。
私だけが、生まれた時から、全部、間違い。
「……私なんて、もともと無責任で、純粋じゃないし、ズルくて、汚いし」
でも。
「人を愛するってよくわからないから」
それでもまだ、今ここを退くわけにはいかない。
ここを、譲るわけには、いかないんだよ。
ここで「ごめんねー」って謝るのは、できないんだよ。
「私はかわりに、みんなが喜んでくれるような、キレイな嘘をついてきたの」
お願いだから……アクア……前に出ようと、しないで。
ダメ、ダメ、ダメ、ぜったいに、だめ。
「いつか嘘が、本当になることを願って、頑張って、努力して、全力で嘘をついてきたよ」
私は頑張って、嘘をついてきた。
私は努力して、嘘をついてきた。
全力で嘘をついてきた。
私は嘘でできている。
私には、嘘しかない。
「私にとって、嘘は愛」
この言葉も、だから全部嘘。
「私なりのやり方で、愛を伝えてたつもりだよ」
でも、積み上げてきた全ての、ありったけの嘘を使って、アクアを、ルビーを守る。
ふたりには、絶対に手を出させない。
「キミ達のこと、愛せてたかはわからないけど、愛したいとは思いながら、愛のウタを歌っていたよ」
だから笑う。
この嘘の笑顔が私の武器で、私そのものだから。
「いつかそれが、本当になることを願って」
これが、私の愛だから。
「今だってキミのこと、愛したいって思ってる」
「嘘つけ! 俺のことなんて、覚えてもいないんだろ!」
ふふっ、それは心外、だなぁ。キミはまだ、百人にも達してない、私が顔を覚えられた、数少ないうちのひとりなのに。
「リョースケ君、だよね? よく握手会来てくれてた……あれ? 違った?……ごめん私、人の名前覚えるの、苦手なんだぁ」
なら、覚えてること……リョースケ君との思い出……ああ。
「おみやげでくれた星の砂、嬉しかったなぁ……今もリビングに、飾ってあるんだよ」
星野姓は公表してないのに、まるでそれをわかってるみたいにくれたお土産だったから、嬉しかったんだよ。
……あれ? 本当は、知っていたのかな?
あはは、まさかね、それじゃまるで、ストーカー……。
ううん、いいか、ストーカーでも。
どうでもいい。
私がリョースケ君に星の砂を貰って、嬉しかったのは本当だから。
刺されたこともね……もう、どうでもいいんだ。
痛くて寒くて、苦しいけど、これは嘘の私が、そのふさわしいマツロのひとつに落ちただけ、落ち着いただけ。たぶんこれは、私がしでかしてきたことの清算に、リョースケ君が巻き込まれただけなんじゃないかな? どーしてかな~……そんな気がするんだ。
ねぇ、リョースケ君……コースケ君?……私は、刺されてもなお、こんなふうに笑いかけられるくらいに、あなたを愛してるんだよ?
だから、アクアに、ルビーに、手を出さないで。
この嘘で愛せる、キミのままでいてよ。