「っんだよソレ! そういうんじゃ……うわぁぁぁぁぁぁ!!」
……ほら、やっぱりリョースケ君は、リョースケ君だった。
それでこそキミは、私のファンだよ。あっ、でもコースケ君だったらごめんね?
「っ……」
取り乱し、逃げ去っていったリョースケ君を見送り、私は、もはや立っていられない身体をムリヤリ動かして、電話口に「いいからすぐ来てくれ!」と叫んでるアクアの隣に、内扉を背にして崩れ落ちた。
お尻が、血でベチュッと濡れたけど、それを気持ち悪いと思う余裕もない。
「アイ! 救急車、呼んだから!!」
アクアぁ……どうして出てきちゃったの? ふふっ、キミのせいでまたひとり、ママは嘘の愛でファンをたぶらかしてしまいました。えへっ。
「いやー、油断したねぇ……こういう時のために、ドアチェーンってあるんだ。……施設では、教えてくれなかっ……」「喋るな!」
アクアの手が、私のお腹の辺りをまさぐってる。血を、止めようとしてくれてる……のかな?……ふふっ、小さい、柔らかいなぁ、ぷにぷにの、子供の手だぁ。
きゃわいー……普段のアクアは、自分からはあんまりスキンシップしてくれなかったから嬉しい……けど、でも、それじゃあ、無理だよ? 出血は、抑えられないよ?
私はもう間違わない。年下の、自分より小さい男の子に救いを求めるなんて、もうしないから。
そう思いながら、腕の中に、小さな身体を抱きしめてる自分は、本当に嘘つきだって思うけど。
……救急車、呼んでくれたんだよね、ありがとう……でも。
「ごめんねぇ……たぶんこれ、ムリだぁ……」
わかるよ。私はもう助からない。ごめんね、本当にごめんね。
「アクアは……ケガとか、してない?」
「して、ないっ」
よかったぁ……。
ああ、でも残念だなぁ……今日は……ようやく私が、社長を、ファンを、みんなを、一生に一度ってくらいの規模で幸せに、七色に輝かせてあげられる日だったのに。その先で私は、アクアを、ルビーを、もっともっと幸せにしてあげられるはずだったのに。
また、それも嘘になっちゃったね。ごめんね、本当にごめんね。
本当は、嘘みたいに、本当に、みんなを幸せにして、幸せになりたかったんだよ。
「うん……今日のドームは、中止かなぁ、みんなに申し訳ないなぁ……映画のスケジュールも本決まりしてたのに……カントクに、謝っておいて」
「ねぇ……どうしたの……そっちで何が起きてるの!?」
トン……って、背中に、優しく肩たたきされたみたいな振動が伝わる。
「来るな、ルビー」「ねぇってば!!」
ああ、ルビー。
私のことが好きで好きで好きでたまらないって、誰よりも白く輝くように、誰よりも黒く焦がすように、私に、愛をくれたルビー。
「ルビー……ルビーのお遊戯会の踊り、よかったよー……。私さ、ルビーもこの先、アイドルになるのかもって思って、親子共演みたいなのさ、楽しそうだよね」
ああ、アクア。
誰かを……あ、センセーか……センセーを思い出す、少し屈折した感情で、私に愛をくれたアクア。
「アクアは、役者さん? ふたりはどんな大人になるのかな?」
私の、私が産んだ、大事な大事な、きゃわいくてきゃわいーふたり。
まだ、こんなに小さいのに、私は……キミ達の前から、いなくなっちゃう。
死にたくないなぁ。死にたく、ない……。
「ああ……ランドセル姿、見たいなぁ……授業参観とかさ、ルビーのママ若すぎない? とか言われたい……ふたりが大人になっていくの、そばで見ていたい……」
私も親に……似ちゃったね。
お父さんをあげられなくて、ごめんね。
こんな、幼いうちにいなくなっちゃう、ごめんね。
でも……。
ねぇ……顔も覚えていない、私のお父さん、お母さん。私が生まれてすぐの頃、お父さんは、お母さんは、私のこと、愛してくれた? ハクジョウだけどさ、私、その頃のことをなにも、なんにも、覚えていないんだぁ。
それは今でも、嘘も本当も無い、ただの、空洞なんだぁ。写真も動画も、聞き出す対象も、ぜーんぶなくなっていたからね。
それはもう、ずっと嘘でいっぱいにして、後から温泉も湧き出してきたから、痛くも寒くも、辛くもなくなってた、古い、ホラアナだったんだけど。
「あんまりいいお母さんじゃなかったけど、私、産んでよかったなって思ってて」
でもね、ルビー、アクア。
ふたりは、こんなふうになっちゃ、だめだから。
何も言わず、何も言い残さずに去っていった、私のお母さんとは、せめて違う終わりをしなくちゃだめ……だから。
「……ぁ、あと……これは言わなきゃ」
そんな小さな、中学生が親に抱くような小さい反抗心が、ずっと臆病で言えなかった言葉を、ホラアナの奥底にしまっていた言葉を、引っ張り出してくる。
「ルビー、アクア」
これは嘘?
それとも本当?
わからない。
最後まで、わからない。
「愛してる」
言い切ってもわからない。
この胸に広がる、どうしようもないほどのいとしさも、嘘かも、しれないから。
「っ……」
けど。
ああ、でもそれは、どうでもいいことだったんだね。
嘘は、口にすることがゴールじゃ、なかったんだね。
「あぁ……」
伝わった感覚があった。
嘘の言葉が、嘘だけど真実、伝わった感触があった。
胸のうちに、腕の中に、内扉のくもりガラスへ当てた手のひらの、その向こうに。
暖かで柔らかな感触のアクアと、もうハッキリとは見えない、血で汚されていない向こうに立つ、ルビーへ。
社長の口説き文句みたいに、センセーの何気ない言葉のように、呪いのように、夢のように、ふたりの中には、私の言葉が届き、居座った。
そうして理解する。
もーろーとする頭の、消え行く意識の、どこかで、嘘みたいに、嘘でもいいと思えるくらいに、激しく、眩しく、理解する。
私の愛は、嘘かもしれない私の愛は。
アクアに、ルビーに、伝わった。
「やっと言えた……ごめんね、こんな、言うの遅くなって」
それなら。
なら、もう、その嘘は。
「よかった……この言葉はぜったい、嘘じゃない……」
アクアが、泣いてくれている。
胸のうちで、小さな身体が、泣いているのがわかる。
ルビーも、泣いてくれている。
見えないけど、わかるよ。私、お母さんだから。
こんな私でも、死ねば泣いてくれる人がいる。それは痛いのが辛いのが、熱いのが寒いのが、痺れが気持ち悪さが重苦しさが、少しだけ和らぐことだったけど、でも、私はアクアに、ルビーに、泣いていてほしくないよ。
私は、ふたりを愛してるから。
嘘かもしれないけど、それはもう本当でいいよね?
ふたりが、私の……を本当にしてくれるよね?
こんな血まみれで、もうちゃんとしゃべることもできなくて、笑顔も……あ。
……私、笑えているかな?
ずっと、笑顔は私のヨロイで、武器だった。
嘘まみれの自分を隠す仮面だった。
みんなを、嘘だけど、嘘みたいに愛してるんだよって伝える、大切な大切な歌だった。
最後まで、死んでも、私には嘘しかなかった。
それを嘘じゃなくしてくれるのは、私じゃない。私じゃなくていいよ。
なら、最後まで私は、嘘の愛を歌おう。
踊りは……もうたくさん踊ったから、いいよね?
愛してるよ。
愛してる。
みんなみんな、愛してる。
届くかな。
この……はみんなに届くかな。
届いたらいいなって、本当に本当に思う。
消える。
意識が遠のく。
星が消える。消えていく。
私を形作っていたものがほどけ、散っていく。
だから私は、最後まで私自身をかき集めて、それを形にしようとした。
私は嘘でできている。
この嘘が、私の愛だよ。
そう言いたくて笑う。
嘘つきの私は、最後まで嘘の笑顔を、いつまでもいつまでも歌い続ける。