視点A   作:ZenBlack

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7 : 嘘つきの私

 

「っんだよソレ! そういうんじゃ……うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ……ほら、やっぱりリョースケ君は、リョースケ君だった。

 

 それでこそキミは、私のファンだよ。あっ、でもコースケ君だったらごめんね?

 

「っ……」

 

 取り乱し、逃げ去っていったリョースケ君を見送り、私は、もはや立っていられない身体をムリヤリ動かして、電話口に「いいからすぐ来てくれ!」と叫んでるアクアの隣に、内扉を背にして崩れ落ちた。

 

 お尻が、血でベチュッと濡れたけど、それを気持ち悪いと思う余裕もない。

 

「アイ! 救急車、呼んだから!!」

 

 アクアぁ……どうして出てきちゃったの? ふふっ、キミのせいでまたひとり、ママは嘘の愛でファンをたぶらかしてしまいました。えへっ。

 

「いやー、油断したねぇ……こういう時のために、ドアチェーンってあるんだ。……施設では、教えてくれなかっ……」「喋るな!」

 

 アクアの手が、私のお腹の辺りをまさぐってる。血を、止めようとしてくれてる……のかな?……ふふっ、小さい、柔らかいなぁ、ぷにぷにの、子供の手だぁ。

 

 きゃわいー……普段のアクアは、自分からはあんまりスキンシップしてくれなかったから嬉しい……けど、でも、それじゃあ、無理だよ? 出血は、抑えられないよ?

 

 私はもう間違わない。年下の、自分より小さい男の子に救いを求めるなんて、もうしないから。

 

 そう思いながら、腕の中に、小さな身体を抱きしめてる自分は、本当に嘘つきだって思うけど。

 

 ……救急車、呼んでくれたんだよね、ありがとう……でも。

 

「ごめんねぇ……たぶんこれ、ムリだぁ……」

 

 わかるよ。私はもう助からない。ごめんね、本当にごめんね。

 

「アクアは……ケガとか、してない?」

「して、ないっ」

 

 よかったぁ……。

 

 ああ、でも残念だなぁ……今日は……ようやく私が、社長を、ファンを、みんなを、一生に一度ってくらいの規模で幸せに、七色に輝かせてあげられる日だったのに。その先で私は、アクアを、ルビーを、もっともっと幸せにしてあげられるはずだったのに。

 

 また、それも嘘になっちゃったね。ごめんね、本当にごめんね。

 

 本当は、嘘みたいに、本当に、みんなを幸せにして、幸せになりたかったんだよ。

 

「うん……今日のドームは、中止かなぁ、みんなに申し訳ないなぁ……映画のスケジュールも本決まりしてたのに……カントクに、謝っておいて」

 

「ねぇ……どうしたの……そっちで何が起きてるの!?」

 

 トン……って、背中に、優しく肩たたきされたみたいな振動が伝わる。

 

「来るな、ルビー」「ねぇってば!!」

 

 ああ、ルビー。

 

 私のことが好きで好きで好きでたまらないって、誰よりも白く輝くように、誰よりも黒く焦がすように、私に、愛をくれたルビー。

 

「ルビー……ルビーのお遊戯会の踊り、よかったよー……。私さ、ルビーもこの先、アイドルになるのかもって思って、親子共演みたいなのさ、楽しそうだよね」

 

 ああ、アクア。

 

 誰かを……あ、センセーか……センセーを思い出す、少し屈折した感情で、私に愛をくれたアクア。

 

「アクアは、役者さん? ふたりはどんな大人になるのかな?」

 

 私の、私が産んだ、大事な大事な、きゃわいくてきゃわいーふたり。

 

 まだ、こんなに小さいのに、私は……キミ達の前から、いなくなっちゃう。

 

 死にたくないなぁ。死にたく、ない……。

 

「ああ……ランドセル姿、見たいなぁ……授業参観とかさ、ルビーのママ若すぎない? とか言われたい……ふたりが大人になっていくの、そばで見ていたい……」

 

 私も親に……似ちゃったね。

 

 お父さんをあげられなくて、ごめんね。

 

 こんな、幼いうちにいなくなっちゃう、ごめんね。

 

 でも……。

 

 ねぇ……顔も覚えていない、私のお父さん、お母さん。私が生まれてすぐの頃、お父さんは、お母さんは、私のこと、愛してくれた? ハクジョウだけどさ、私、その頃のことをなにも、なんにも、覚えていないんだぁ。

 

 それは今でも、嘘も本当も無い、ただの、空洞なんだぁ。写真も動画も、聞き出す対象も、ぜーんぶなくなっていたからね。

 

 それはもう、ずっと嘘でいっぱいにして、後から温泉も湧き出してきたから、痛くも寒くも、辛くもなくなってた、古い、ホラアナだったんだけど。

 

「あんまりいいお母さんじゃなかったけど、私、産んでよかったなって思ってて」

 

 でもね、ルビー、アクア。

 

 ふたりは、こんなふうになっちゃ、だめだから。

 

 何も言わず、何も言い残さずに去っていった、私のお母さんとは、せめて違う終わりをしなくちゃだめ……だから。

 

「……ぁ、あと……これは言わなきゃ」

 

 そんな小さな、中学生が親に抱くような小さい反抗心が、ずっと臆病で言えなかった言葉を、ホラアナの奥底にしまっていた言葉を、引っ張り出してくる。

 

「ルビー、アクア」

 

 これは嘘?

 

 それとも本当?

 

 わからない。

 

 最後まで、わからない。

 

「愛してる」

 

 言い切ってもわからない。

 

 この胸に広がる、どうしようもないほどのいとしさも、嘘かも、しれないから。

 

 

 

「っ……」

 

 けど。

 

 ああ、でもそれは、どうでもいいことだったんだね。

 

 嘘は、口にすることがゴールじゃ、なかったんだね。

 

「あぁ……」

 

 伝わった感覚があった。

 

 嘘の言葉が、嘘だけど真実、伝わった感触があった。

 

 胸のうちに、腕の中に、内扉のくもりガラスへ当てた手のひらの、その向こうに。

 

 暖かで柔らかな感触のアクアと、もうハッキリとは見えない、血で汚されていない向こうに立つ、ルビーへ。

 

 社長の口説き文句みたいに、センセーの何気ない言葉のように、呪いのように、夢のように、ふたりの中には、私の言葉が届き、居座った。

 

 そうして理解する。

 

 もーろーとする頭の、消え行く意識の、どこかで、嘘みたいに、嘘でもいいと思えるくらいに、激しく、眩しく、理解する。

 

 私の愛は、嘘かもしれない私の愛は。

 

 アクアに、ルビーに、伝わった。

 

「やっと言えた……ごめんね、こんな、言うの遅くなって」

 

 それなら。

 

 なら、もう、その嘘は。

 

「よかった……この言葉はぜったい、嘘じゃない……」

 

 

 

 アクアが、泣いてくれている。

 

 胸のうちで、小さな身体が、泣いているのがわかる。

 

 ルビーも、泣いてくれている。

 

 見えないけど、わかるよ。私、お母さんだから。

 

 こんな私でも、死ねば泣いてくれる人がいる。それは痛いのが辛いのが、熱いのが寒いのが、痺れが気持ち悪さが重苦しさが、少しだけ和らぐことだったけど、でも、私はアクアに、ルビーに、泣いていてほしくないよ。

 

 私は、ふたりを愛してるから。

 

 嘘かもしれないけど、それはもう本当でいいよね?

 

 ふたりが、私の……を本当にしてくれるよね?

 

 こんな血まみれで、もうちゃんとしゃべることもできなくて、笑顔も……あ。

 

 

 

 ……私、笑えているかな?

 

 

 

 ずっと、笑顔は私のヨロイで、武器だった。

 

 嘘まみれの自分を隠す仮面だった。

 

 みんなを、嘘だけど、嘘みたいに愛してるんだよって伝える、大切な大切な歌だった。

 

 

 

 最後まで、死んでも、私には嘘しかなかった。

 

 

 

 それを嘘じゃなくしてくれるのは、私じゃない。私じゃなくていいよ。

 

 

 

 なら、最後まで私は、嘘の愛を歌おう。

 

 踊りは……もうたくさん踊ったから、いいよね?

 

 

 

 愛してるよ。

 

 

 

 愛してる。

 

 

 

 みんなみんな、愛してる。

 

 

 

 届くかな。

 

 

 

 この……はみんなに届くかな。

 

 

 

 届いたらいいなって、本当に本当に思う。

 

 

 

 消える。

 

 意識が遠のく。

 

 星が消える。消えていく。

 

 私を形作っていたものがほどけ、散っていく。

 

 だから私は、最後まで私自身をかき集めて、それを形にしようとした。

 

 

 

 私は嘘でできている。

 

 

 

 この嘘が、私の愛だよ。

 

 

 

 そう言いたくて笑う。

 

 

 

 嘘つきの私は、最後まで嘘の笑顔を、いつまでもいつまでも歌い続ける。

 

 

 

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