B小町アイは、絶対無敵のアイドルだ。
「なぁ、カントク」
「どうした早熟」
「カントクはアイのこと、どう見てた?」
「突然、どうしたよ。アイのことなら当然、お前の方が詳しいよな?」
「別に、人間としてどうかなんて聞いてない。アイは、役者としてどうだった?」
「……やれやれ、未成年者のお悩み相談かと思ったら、スランプに陥った役者のお悩み相談か」
十二歳で株式会社苺プロダクション、通称いちごプロの所属となり、アイドルグループB小町でデビュー。
「そんなんじゃない」
「はいはい、っと……あのなぁ、答える前に大人としてひとつ言っておくとだなぁ、いいか、お前はまだ若い、他人がどうとか考える前にまず自分の……」「アックア君! 今日はご飯食べてくぅ!?」
「かーちゃん! だからノックしないで入ってくんなって!!」
デビューから地道にファンを増やし、四年で中堅どころのアイドルグループに成長。
「……で?」
「で、じゃねえ。中坊が制服着て落ち着いた顔してんな」
「で? 先に言っておくと、頼まれてた編集なら、いい感じに終わってクラウドへアップ済だ」
その四年目には、絶対不動のセンターとなっていたアイの、活動休止というトラブルに見舞われるも、アイ復帰後は休止の影響など微塵も感じさせない躍進ぶりを見せる。
「かぁー……どいつもこいつも。なんだって? アイが役者としてどうだったかって?」
「カントク、B小町のドキュメンタリーの監督もしてたろ? アイのこと、それなりに見てたんじゃないのか?」
「あれなぁ……素材は残ってるから、それを見てお前がよ? 自分で判断した方がいいんじゃねぇか?」
アイの、地上波ドラマへの出演。
「見た。自分なりの判断もある。でもそれとは別に、カントクの話も聞きたい」
「おまっ、いつの間に……いやこの部屋にある資料は全部勝手に見ろって言ったのは俺か」
アイの、カントクが撮ったホラー映画への出演。
「で?」
「でーでーでーでーうるせぇな、ハジ●リストか」
「で?」
「あー! ったく」
その映画がスマッシュヒットしたことによる知名度の上昇と、それによるテレビ等、大手メディアからの仕事の依頼の増加で、B小町はアイ復帰後、大きな躍進を見せていく。
「アイな……アイか……早熟、お前は演じる時、入り込む方か? 計算する方か?」
「どっちもやってみた……試した。けど、しっくりこなかった」
「なるほど。……お前は頭がいい、けどな、余計なことを考えすぎだ。お前の演技の、理想か? それがアイのそれだってのはわかってんだよ。でもな、アイのアレはな、普通の意味じゃ、演技じゃねぇんだ」
アイはB小町の絶対的エースとしてグループを引っ張り、万単位のファンと大量のフォロワーを抱える、押しも押されもせぬアイドルへと育っていく。
「……どういうことだ?」
推しに、推されまくるアイドルへと成長する。
「別に、アイが異常だ、変だったとは言わねぇよ、女優なら程度の差はあれ、そういう要素は大体持ってる。ある程度なら、人間誰しもが持ってる。ただアイは……極端だったんだろうな」
「……何の話だ?」
そうしてアイ、二十歳の時。
「本来の……自分自身と、人の目に映る自分のイメージ像、そのすりあわせとカイリ、つーっかなぁ……例えば俺はこうして実家暮らしで、今でも親の脛をかじっているわけだが」
「いや開き直ってないでいい加減、家、出ろよ」
「メリットがねーの! 一人暮らしして生活の雑務にリソース食われたくねぇのぉ!」
アイが、二十歳なった冬の、ある日。
「で?」
「……ったく。まぁ私生活の俺はこんなだが、映画監督としてはよ? 俺がそんなだって顔を見せるわけにもいかねぇだろ? 仏頂面下げて、我、全能者でございーって顔をしてなきゃよ、ついてくるもんも不安になっちまう」
B小町が初のドーム公演を興行するという、まさにその日。
「その割に指示はアバウトだけどな。いい感じに編集しとけってどんな感じだ」
「それは、それでいい感じに仕上げてくれるお前が悪い。若ぇ内からあんまり有能ひけらかしてっと誰かの便利な道具で終わるぞ?」
「……」
アイはトチ狂ったファンに刺され、その短すぎる生涯を終えた。
「わーってる、わーってるって、アイの話だよな? アイはな……なんていうかな、本来の自分自身ってもんの評価が、著しく低い人間だったんだと俺は思う」
「は?……アイはどちらかといえば自信過剰気味だったぞ。普段から」
享年、二十歳。
「それよ」
「……どれだよ?」
濃厚な、充実した人生を駆け抜けたと賛美、慰撫することさえ腰が引けてしまうような、あまりにも若い、理不尽なまでに早すぎる早世、夭逝だった。
「アイツは人の目に映る自分のイメージ像、俺でいう現場での監督の姿だな、そういうので本来の自分自身を……なんていうか……覆いつくしてしまっていたんじゃねぇか?」
「……」
当然ながらドーム公演は中止、絶対不動のセンターを失ったB小町は勢いをなくしていき、数年後には解散してしまう。
「自信過剰だっていうのは、つまり本来のアイツは自分に自信のない人間で、ナルシスト気味の言動は、誰にもそう思われたくないってことの表れだったんじゃねぇか?」
アイがファンに、みんなに、世界に見せてくれた夢は、雪のように溶け、消えてしまった。
「アイツにとって、本来の自分自身は、誰にも見せることのできない……醜いか、弱いか……そんなもんを人に見せたら嫌われると……邪険にされると……捨てられると……そう思い込むしかないものだったんじゃねぇか?」
「俺がアイを嫌う? 邪険にする? 捨てる?」
アイ。星野アイ。俺の永久不滅の推し。今の俺を産んでくれた、忘れられない人。
「アイがな、そう思い込んでいたかもしれねぇって話だ。俺の推測だ。……否定は勝手だが、聞いたのはお前だぞ? お前がアイを崇拝してるのは知ってる。けどな、崇拝している間は見えねぇもんもある。俺だってアイツの全てが見えていたわけじゃねぇ……ただ、そういう見方もできる……かもしれねぇって話だ」
「あ、ああ……」
アイ。星野アイ。世間の人気とは裏腹に、プライベートの友人関係には乏しく、俺の、俺達の父親と結婚することもなくひとりきりで子供を産み、育てようとした、一般的には、ダメな方に分類されるだろう母親。
「さっきも言ったが、これは女優なら、役者なら、人間なら大なり小なり、みんなが持ってるもんだ。誰だって人に良く見られたい、だから演じる、理想の自分自身をな。違うのはその……程度っつーかバランスだ。アイはそれが、かなり極端だったんじゃないかって俺は思ってる。本当の、本当に本当の私生活までは知らん。けどよ、お前は当時二歳、三歳か? そんな子供にまで演技してたってなると、これはもう筋金入りだ。あいつはステージの上でも、レッスンをしている時でも……おそらく私生活でも、普段からアイという人間を演じてたんじゃないか?」
「演じて……自分自身を?」
アイ。両親のいない、施設育ち。だけどその笑顔、その存在感には、その影を感じさせるものが微塵もなかった。
「まぁ……演じ切れてない部分もあったがな。アイツは……とにかく飯の食い方が汚かった。箸の持ち方もおかしかった。そういうもんも、結構人からは見られてるもんでな、結構、それだけでも育ちの良し悪しなんかは判断されちまう……それがそういうもんだっていう……アイツにゃあ、その概念すらなかったんだろうな。……育ちのいいお嬢様の役でもひとつ、振っておきゃあ良かったか」
「……」
アイが施設育ちと聞いたところで、そこでも彼女が明るく、逞しく生きていた姿しか想像できない。
「だからな、そんなアイツが演技するっていうのは……アイツにとっては、それはただの、日常の延長でしかなかったんじゃねぇか? 普段やってることを、少し角度を変えてする、それだけのことだったんじゃねぇか? ある意味、それはそれで、天性の役者って言や言えんのかもしれねぇが……けどよ、お前にできんのか? それが。いつも仏頂面下げてよ、アイみたいに、周囲へ笑顔を振りまくこともできねぇお前に、それがよぉ?」
「……」
アイは……。
「勘違いすんな、そうしろって言ってるわけじゃねぇ。お前の飯の食い方はキレイだよ。そこは母親に感謝しとけ。あんま親に心配かけんな」
「……うっわ、すっごいブーメラン投げてくるよ、この人」
「今は俺の話じゃねーから!?」「アクアくーん! お団子買ってきたけどそろそろお茶しない!?」
「かーちゃん!! はかったみてぇなタイミングで入ってくんな!?」
他人の、いい意味で普通の、よくできた母親とお茶、お団子をご相伴にあずかって一息つき、落ち着いてからゴミの散乱する部屋へ戻り、何のファイルも呼び出していない動画編集ソフトの、灰色の画面を見ながら考える。
考える。
「はぁ……団子食う前の話を続けるとだな、俺の言いたいのは、お前はアイを参考にするなってことだ。あれは天性の……っつーか、アイにしかできない演技だ。カメラ演技、映像向きではあるが映画向きってわけでもねぇ。コントや寸劇、即興演劇なんかには向いてるかもしれねぇが……」
アイが、星野アイが幸せだったのかを考える。
「アイドルとしては?」
「ん?」
もしアイが、星野アイがアイを全力で演じていたんだとしたら、彼女に必要だったのは、やはり俺達などではなく本当の、本当のアイ自身をぶつけられる、普通の子供だったんじゃないか?
「アイが普段から……私生活まで……自分を演じていた人間だったとしたら、アイドルとしては、向いていたのか?」
俺や、ルビーのように、ファンと変わらない愛を、崇拝を、信仰を向ける子供などではなく、もっと純粋な、ただ母親にすがり甘える、それだけの愛が、アイには。
「あのなぁ、早熟」
「向いている、向いてないっていうのもな、いくつか種類がある」
「誰にもわかりやすい、真っ先に判断される部分で言や数字だな。アイは……特に大手ってわけでもねぇ事務所からデビューして、ドーム寸前まで行った。SNSのフォロワーは最盛期百万超え、グループでは不動のセンターだった。なら、この部分の判断は、お前にもできるよな?」
「だとしたらお前が聞いているのは、そこじゃねぇよな?」
「お前が知りたいのは、アイがアイドルになって、幸せだったかってことか?」
「そんなのは俺も知らん……いや睨むな、知りたいと思ったことはある。ドキュメンタリーは、それが覗き見れるものにしてぇと思いながら撮ってたさ。……けどな、それはもう叶わない。真実はもうどこにもない。本人がもうどこにもいねぇんだ、無理だよ。少なくとも俺はその答えを持ってない」
「俺に聞くより、てめぇで考えろって話だ。思い出しな、お前とアイはどんなことを話した? アイはいつもどんなだった? アイはいつもどんな表情を浮かべてた? アイといる時、お前はどんな気持ちになった? アイはお前に何をくれた? 何を与えてくれた?」
「それが真実でいいじゃねぇか」
「アイが幸せそうにしていたんなら、それでアイといる時のお前が幸せだったんなら、それを大事にしてやるのが、真実を暴くことよりも大切なことなんじゃないかって、俺は思うけどねぇ」
「ああ考えろ、考え続けろ、それでひねり出した答えがお前の真実、お前の本当ってやつだよ」
──アイはいつも、笑っていた。
──アイといると、幸せな気持ちになった。
──アイと過ごした日々は、本当に幸せだった。
思い出すと、アイは笑っている。
ちょっと嘘くさい笑顔で、いつも笑っている。
いつもいつも可愛らしく笑っていた、完全無欠のアイドル。
その笑顔が白く輝いて。
この胸をいつまでも、黒く焦がし続ける。