思いつきで追加したハッピーエンドバージョン。
たぶん続かない。俺たた風味の一発ネタ。
ルビーが悲劇のトリガーを引かなかったIF。『6 : Idol』の途中から分岐するイメージです。
IF : 6.5~ -New Arrange Ver.-
「アイ、すごく大事な話があるんだ」
アクアが、我が子が、すごーく真剣そうな顔で私に話しかけてくる。
でもそれは三歳の子供のこと、なにをどう頑張っても、ぷにぷにしたほっぺと小さい身体がきゃわいくてきゃわいい。
「なーにー? たまにはママのおひざの上で、おねんねしたくなったー?」
「わ」
真剣そうな顔の我が子を、なんとなく背中に回って抱き上げる。
「よいしょー」
「ふぁっ!?」
うーん、重くなったなぁ。よいしょっと。
自分からは、まったくスキンシップをしてきてくれないアクア。
それが不満で、こうしてことあるごとにもっと甘えていいんだよー、お母さんを感じてー、って伝えるのが私の最近のクセ、というかマイブームになっていた。それに、からかうと楽しいんだぁ、アクアは。
「それとも、耳かきしてほしいのかなー? この、お耳に。ふー」
「くひぇ!?……そ、そ、そ、そんなんじゃないから!」
お顔が真っ赤、きゃわー。
「そーお? 遠慮しなくていいんだよー」
「ぬぼっ!?」
そんなふうに、私がアクアを抱きしめて、頭のてっぺんにキスもして、それへどう対処していいかわからずにアクアがオロオロするという、心温まる「いつもの」一幕をしてから、私達はキッチンのテーブルに対面で座る。
まだ、ケチャップとお砂糖いっぱいの、甘々デミグラスソースの香りが漂っている。あと、生クリームたっぷりのミルクポタージュの匂いも。
これは煮込みハンバーグだったお夕食の名残。それとも、お鍋ごと冷蔵庫にしまったルビーの分から感じられるのかな?
どちらにしても、それはとても幸せな、いい匂いだった。
「それで、話って? 今日、ルビーがお家にいないことと関係ある?」
「……少し」
今日、ルビーは社長とミヤコさんのお家へ、お泊りに行っている。
なんでも、社長がプライベートカメラで撮ったB小町の秘蔵映像があるらしく、でも、その持ち出し(というかコピーを渡すこと?)は絶対に許可できないとのことで、ルビーが、なら泊りがけで観に行くー! と強固に主張したのだ。
私は、社長とミヤコさんを信じてる。一日くらい、ルビーを預けることに不安は無い。
信じていなかったらこの三年間、なにもできなかったし。
「ルビーに聞かせたら、ダメな話?」
でもね、ルビー……「ママは特別だけどぉ! めいめいとありぴょんときゅんぱんの映像もみたいのぉ~!」ってぐずるのはどうなの? 時々オタなルビーの愛が、お母さんは理解できなくて羨ましいです。……えっと、きゅんぱんが黄色でペンギンのあの子……であってるよね?
「ダメじゃない。でも、落ち着いて話すなら、オレだけの方がいい」
「そーお? わかりましたー、男と男の、サシの話し合いですね?」
「いつから男になった、二児の母。オレもまだ男って言えるほどの年齢じゃない」
「えへへ」
まだ男とは言えない年齢、らしからぬ鋭いツッコミを返して、だけどアクアは、まだ何かに悩んでいるかのように、親指のツメを噛むしぐさをしている。
その表情も、あまり子供らしいとは言えない。
でも、それ以外はまぁ、全部子供っぽい体型とシルエットと、線の丸さと声なんだけどね。きゃわわー。
「ねぇ、アクア」
「……ん」
「私、嘘や秘密ごとって、それが他人を想ってのものなら、別にいいんじゃないかなーって思ってるんだ。世の中にはね、どーしても必要な嘘が、あるんだよ? お母さんに悪いからー、とか、罪悪感に押しつぶされそうだからー、とか、そういうのを気にして悩む必要はないからね?」
「……んん」
私は、嘘をつくことに、罪悪感を感じたことがない。
それは施設で上手くやっていくために必要なものだったし、アイドルになってからはファンを、みんなを幸せにするためのものだった。
「アクアの嘘なら、全部許しちゃうから」
もう、何を考えずとも、その場にあった嘘が口からこぼれてくる。
罪悪感はないけど、罪悪感のない自分が、ホント無責任で、純粋じゃなくて、ズルくて、汚いとは思う。
その私が、嘘をつかれたからと言って怒るのは、なんだか筋の通らない話にも思えるんだよ。
「もちろん、話さないと、後ろめたさが解消できないなら、話してくれてもいいけど」
「……えっと、だから……オレは」
「だいじょうぶだよ、怒らないから」
脚の長い、子供用の椅子の上で、アクアはそれでも言葉をにごしている。
子供が生まれて、私の生活空間には原色とパステルカラーが増えた。
ちっちゃくてかわいいお洋服や、家具も増えた。
全部それなりのお値段だったし、数年後には必要なくなるってわかってるけど、自分自身を包む世界が、自分自身の稼いできたお金で、そんなふうに染まっていることには、なにか、言葉では表現しきれない満足感と充実感があった。
もじもじしてるアクアを見ると、どうしようもない暖かさが心に生まれてくる。
「ねぇ、アクア」
「……ん?」
だから、ぽつりと言った。
思わず、言ってしまった。
「愛してる」
ずっと言えずにいた言葉を。
「んんっ!?」
「ふふ、言っちゃったぁ……ねぇアクア、これは嘘かな?」
嘘ということにしてしまえる今だからこそ、言ってしまったのか、それとも本心か、自分でもわからないままに発してしまった。
「……からかわないでよ」
「んー? からかってなんかないよー。でも、私はね、ずっとファンに、愛してるよーって、嘘をついてきたアイドルなの。だから私の愛してるって言葉は、嘘まみれ。でも、これが私のお仕事。これを、だめだよーって言われたら、私達、ロトウに迷っちゃうんだよ?」
「……その時はオレが養ってやるよ」
「……あははっ、言うなー、こいつぅ」
愛してるの言葉に、プロポーズを返されたみたいでちょっとドキッとした。
でも、意味がわかって言ってることじゃないよね。
定番の、「僕はお母さんと結婚するんだ」ってアレだよね? でもそれはそれで、聞けてよかったかな、ふふっ。
「……インターネットで内職ができるこの時代、ある程度のスキルがあれば園児にも金稼ぎはできるよ? オレ、英語の翻訳くらいできるし、ドイツ語もそこそこ読めるし」
そっかー、でもそっかー、それくらいには、アクアも、私のことが好きなんだね。
「まーた難しい本を読んだの? だめだよー、嘘は悪いことじゃないけど、嘘と本当の区別は、ちゃんとしてないと」
ならいいや。私の愛が嘘でも、アクアがそれを、この時この瞬間だけでも、本当にしてくれるなら、それで。
これが嘘でも、こんなにも今が幸せならそれで。
「……アイにそんなことを言われるとは。あとこれマジだから。そのうち、不登校の小学生ユー●ューバーなんてのが現れて、親は何してるんだ義務教育だぞって炎上するんじゃない?」
でも。
「アクアはホント、ユー●ューブが好きだね~」
けど、そうして心地いい、ママと息子のいい感じのやりとりをして、愛の言葉は、このまま冗談として流してしまおうかなー、って……私が思い始めた、その瞬間。
「……オレには、アイに愛される資格がないかもしれないんだ」
アクアがまた、子供らしからぬ表情で……すごく深刻そうな表情で、ぽつりとつぶやいた。
「……え?」
……え、なに?
「ユー●ューブは好きだよ、地方のアイドルファンには、それも貴重な情報源のひとつだったからね。東京に住んでると、九州で放送されてないテレビ番組がどれだけ多いのか、想像もできないかもしれないけどさ。……なんだよ、会いに行けるアイドルって。行けねーよ」
「んんっ?」
「アイも、エゴサ大好き人間だろ。インターネットをバカにすんな。アイドルだってそのうち、ユー●ューブのアイドルとファンの取り合いになって、より厳しい世界になっていくのかもしれないんだぞ」
「……アクア?」
「そうでなくとも、インターネットを有効活用できるアイドルの方が、これからの時代、勝ち残れるアイドルになっていくことは間違いない」
ええ、と。
なんだろう、アクアの言っていることが、まったくわからなくなってしまった。
どういうこと?
「ママのアイドル活動がぬるいって話?」
「違う」
これだけ言って、どうしてそんな反応になるかなー、とつぶやきながら、アクアは椅子の上に立って、腰に手を当て、もう片方の手でふわふわの髪の毛をガシガシとかく。そのしぐさは、どこかで見たようでもあり。
味方に、なってくれると思ったのに、私が、一番大変な時にいなくなってしまった誰かさんのようでもあり。
「俺は雨宮吾郎だ。アイ、覚えているか? キミに無事元気な子供を産ませてあげると約束していながら、出産のその時にいなくなってしまった産婦人科医、宮崎でB小町のファンをやっていた、サボり癖のあるダメ医師だよ」
──ぬるいのはアイの意識だ、テレビでうちの子とか言い出すな。
──もうすこし人の羨望と嫉妬に気を使え。
──斉藤社長はまぁまぁできる男だからもう少し有効に使ってやれ。
──オートロックを正規に通っていない訪問者相手に、ドアチェーンもかけずに玄関を開けるな。
──箸がダメなのは仕方ないけどフォークまでむんずってつかむな。
──ハンバーグにニンジンはともかくピーマンを添えて出すな……云々。
私がお腹を痛めて産んだ我が子は、私が味方になってほしかった数少ないうちのひとり、センセーの名を名乗って、私へビシッと指をつきつけた。
それ自体はやっぱり、きゃわわーな姿だったんだけど。
……んんん? どーゆーことぉ~??