「母さん、行ってきます………」
「はいはい、行ってらっしゃ―――――あんた大丈夫なのその顔?」
「うん……じゃあ」
僕はふっと笑うと玄関を閉めた。昨日の夜の疲れが抜けない。
だが今日はデュエル・アカデミアの実技試験の日だ。けど……
『こんな朝早くなんて聞いてねぇ……ふぁ、眠』
「………」
僕は傍らの少女に目を向けため息を吐く。
『オイ拓。人の顔見てため息とは……随分偉くなったじゃんかよ』
「あの……まだ知り合って10時間程くらいしか経ってないんだけど」
『細かい男だなぁお前。ほら、さっさと行くぞ。あ、行きにコンビニな。
私、朝飯抜きだったから何か買ってよ』
おかしい。いや、何がおかしいのか分からないけどおかしい。精霊って飯食うの?
そもそも僕が養うべきなの? 昨日の夜、僕が主って言ってたのに……
「はぁ……」
『おいおい、ため息ばっかだと幸せ逃げんぞ? 幸薄そうな顔してんのにこれ以上
幸せ逃がしてどうすんだよ。それとも、そのテスト?とかいうのが怖いのか?』
「いや、テストは大丈夫だけど……」
原因は君なんだよね……って言ったらまた前歯が危機にさらされるだろうか。
今もまだぐらぐらしてるし。言うのやめよ……
◆
大体精霊とか言うのが騙されたよ。ゲームとかの精霊とかって優しくて、サポート
キャラってイメージばっかあったけどさ! 今のこの現状よ! なにこれ!
何か言えば殴られるし、蹴られるし、おまけに養えとか……
大体普通の精霊ってさ! なんか空気中のマナ食ってますみたいなイメージあるじゃん!
なのに目の前の精霊と来たら……
『うまいなコレ! 人間って奴らは贅沢だよなぁ』
バクバクと肉まん食べてるし……
『ん? なんだよ拓。食いたいのか? やらないけどな!』
「……もういやだ。なにこれ」
『ふー食った。うっし。じゃあ行くぞ! そのテストとやらに!』
「……はいはい」
僕は再び試験会場の海馬ランドへ足を向けた。
◆
「はい。確かに受理しました。幸運を!」
「は、はい! 頑張ります!」
僕は受験票を見せ、確認を取ると施設へ進む。
『ふ~ん。随分でかい建物だなぁ』
「僕も初めて来るけど……こんな時じゃなきゃ観光したいけど今は……」
試験ってことで頭がいっぱいだ。
『んだよ、ビビっちゃってよ。だらしないなぁ』
「しょうがないだろ……」
『受験番号、86番の生徒は受験会場へ――――――』
「あ、僕だ。ど、どうしよう……トイレに行った方がいいかな」
『何焦ってんだよ。さっさと行くぞ?』
ヒータは僕の服を掴むとずんずん進んでいく。恐らく他の人から見ればおかしな
歩き方をしているように見えているはずだ。恥ずかしい。
「って待ってよ! 行くから服離して!」
◆
「君が86番の生徒で間違いないね?」
「はい! お願いします!」
僕は腕のデュエル・ディスクを起動させると展開する。そしてそこに腰の
デッキケースのデッキをセットインする。この日のための自信作にヒータを入れたデッキだ。
……脅されて入れる羽目になった。けど不本意だけどいいコンボが出来た。
『よし。一丁かましてやるか!』
試験官の先生を睨むヒータ。
「……実際のデュエルじゃ攻撃力500じゃないも出来ないだろ?」
『あ?』
「なんでもないです!」
「それでは試験を開始する。用意が出来たら始め給え。君が先行だ」
「は、はい! それでは―――――」
「「デュエル!」」
「僕のターン! ドロー!! 《ジュラック・グアイバ》を召喚!
カードを二枚セットしてターンエンドです」
僕の場に赤い恐竜が召喚される。
『もっと攻めてけ!』
「無茶苦茶だよ……」
「私のターンだ! 《ゴブリンエリート部隊》を召喚。グアイバに攻撃だ!」
「くッ……」
拓真:3500LP
「エリート部隊は守備表示になる。ターン終了だ。さて、君の戦術を見せてくれ」
「はい! 僕のターン! 僕は試験官さんの場のゴブリンを生贄に、あなたの場に
《ヴォルカニック・クイーン》を特殊召喚します!」
「私の場に上級モンスターを? 一体……」
『馬鹿野郎。相手の場に強いモンスター出してどうすんだよ』
僕のプレイを奇行と取ったのかヒータが頭にチョップを入れる。
「痛い! ……これでいいんだよ。僕はカードを一枚伏せてエンドです」
「なら私のターンだ! ……悪いが君のモンスターを悪用させてもらうよ?
プレイヤーにダイレクト・アタックだ!」
「うぐッ……」
拓真:1000LP
「私はターン終了だ」
「……この時、あなたは自分の場のクイーン以外のモンスターを破壊するか、
1000LPのダメージを受ける。1000LPダメージ受けてください」
「くッ……だが、このままのダメージレースなら君の負けは濃厚だぞ?」
試験官は渋面の中に勝利を確信したような口調で言う。
「大丈夫です。問題ありませんよ。僕のターン! モンスターをセット!
そしてセットしていた速攻魔法《太陽の書》を発動! この効果で裏側のこのモンスター
を表側攻撃表示にします!」
『やっと出番だな。待ちくたびれたっての』
「《火霊術つかいヒータ》のリバース効果発動! 相手の場の炎属性モンスターの
コントロールを得ます! 僕はこの効果で、《ヴォルカニック・クイーン》を選択!」
「なッ!」
『へ、デカい獲物だぜ……』
いやそれ仲間だから。これで試験官の場はがら空きだ!
「クイーンでダイレクト・アタック! “ヴォルカニック・フレイム”!」
「ぐぁああああッ!」
試験官:1500LP
「さらに罠発動! 《火霊術‐「紅」》! 自分の炎属性モンスター1体を
生贄にして、その攻撃力分のダメージを相手に与える! ヒータ!」
『命令すんなっての!』
この時くらい従ってよ……ノリでさ……
『行くぜぇ!』
ヒータはヴォルカニック・クイーンの炎エネルギー的なものを吸収し杖に貯める。
『充填120%ッ! 喰らえ、「紅」!』
杖から焔が迸り、試験官を撃つ。うわ……凄い爆発だ。いくらホログラフィックでも
ド派手過ぎだと思うんだよね……
試験官:0LP
『最高だぜ!』
◆
「おめでとう。君の合格は濃厚だろう。期待するといい。いいカードプレイだった」
「あ、ありがとうございます!」
僕は試験官にお辞儀をする。やった……うまく出来た。
『ま、95%くらいは私のお陰だな』
傍らでドヤるヒータ。
「しかし君は凄いな。《火霊術使いヒータ》か。そのような、口が悪いが……
所謂、ファンカードやアイドルカードを入れたデッキで入試に挑み、あまつさえ
活躍させて見せるとは……大したものだ」
「はは……まぐれですよ」
『あ? 誰がファンカードだよ! 拓、何か言い返せ! こっちはガチなんだよ!』
そんなことできる訳ないだろ。だが、試験官はさらに爆弾を落とす。
「はは―――――ヒータのカードが強く見えたぞ」
あ……
『へぇ、こいつ面白いこと言うなぁ……』
「あの、ありがとうございました!」
僕はその場を後にする。これ以上うちの女王が機嫌を損ねると厄介だ。
付き合いは短いけどそれくらいなら分かる。
◆
『おい、何逃げてんだ! てめぇの精霊を馬鹿にされて悲しくねぇのか?
お前それでも【ピー】ついてんのかよ!』
精霊は主と一定以上離れられないようで、ヒータは渋々ついて来た。
「お、おい……女の子がそんなこと言うんじゃない」
なんて奴だ。公共の面前で……精霊だからいいものの、こいつが人間だったら
と思うと大変だ。
『はぁ? お前は女子が皆綺麗だと思ってんのか? 馬鹿だろ、童貞だろ?』
「どどど、童貞ちゃうわ!」
実は2度目の人生もまだです。ってうるさいわ!
「と、兎に角少しは落ち着いてよね?」
『無理。それより喉か湧いたんだけど? さっきの試合で疲れたし? ん?』
「はいはい……買えばいいんでしょう」
僕は君の財布じゃないんだけどなぁ……
『しかし凄い人数だな』
「ねぇ、この中に精霊は居たりしないの? 一人くらいヒータの仲間がいそうだけど」
『そうだなぁ……お、あそこの奴の後ろ。面白い奴が憑いてんな』
ヒータが指さす一角では、一人の受験生がデュエルしていた。使っているデッキは
HEROみたいだな。
「へぇ……居るもんだなぁ」
『んなことはいいんだよ。早くなんか買ってこいよ』
「はいはい……」
あの人の精霊はこんな感じで主を尻に敷かないんだろうなぁ……
◆
『ふぁ……ねむ。おい、拓。いつまで居るんだ? 帰って寝たい』
「駄々っ子かよ……こうして他の受験生も参考にしているんだよ」
何か食いたいだとか、眠いだとか……子供みたいだな。いや見た目まんま子供だけど。
『今、失礼なこと考えたろ? 暇つぶしにレスリングごっこでもするか? ん?』
「一方的に蹴り飛ばすのをレスリングとは言わない。スポーツに失礼だろ……」
『だいたい女々しいんだよ。なんで入る前から敵情視察してんの? セコイ男だなお前』
敵情視察って……
「ただ参考にしているだけだろ? 今後のさ」
同年代と言えど、他の人のプレイは参考になるしね。
『んなの来るやつは倒せばいいんだろ? 今日みたいに』
「はぁ、ヒータは性格が男みたいだね……」
『お前が女みたいなだけだろ? ほら、帰んぞ』
「あ、服を引っ張るのやめてって! 分かったよ。帰るよ……」
『じゃあ、帰りにまた肉まんな。今日のファイトマネーだからな』
「え、じゃあさっきのジュースは……僕、今月ピンチで」
中学生の小遣いは思った以上に少ない。オマケにカードも買えばすぐに
底が尽きるのだ。だから買い食いはめったにしないのに……
だがそんなこと露せれず女王様は、
『そんなの知るか。早くしろ』
彼女はそのまま僕の袖を引っ張っていく。試験は無事終わったけど、
この生活は始まったばかりのようだった。