「えーっと、あと連絡は……そうだ、明日遠足の班を決めるので色々考えておいて下さいね」
帰りのホームルーム。
教卓の前で予定が書き記されているであろう手帳を開きながら、数日後にある遠足の班決めの話をしたのは担任の先生である
今までの私であれば班決めという別名『ぼっち殺し』で始末されていたところだが、今は彩奈という友達がいる。ランダムに決める形式じゃなくて本当に良かった。
「連絡は以上ですかね。それじゃあ委員長さん挨拶お願いします」
「起立、気をつけ、さようなら」
『起立、気をつけ、さようなら』
「はいさようなら〜」
静かだった教室が挨拶と同時に騒ぎ立つ。
これからどこ行こうかとか、部活で何かしようかなど様々な会話が聞こえてくる。そんな会話を尻目に、荷物を片付けて彩奈の肩をトンと指先でつついた。
「私達も部活行くか」
「うん」
私達はスクールバッグを手に持って席を立った。
友達ができるなんて思わなかった。これまでも、これからもずっと1人で生きていって、そして1人で死んでいく。そんな人生だと思ってたんだ。だから、放課後に2人一緒に部活に行く。そんな日常が長く続けば良いなって……
「怜火さん、今ちょっと時間いいですか?」
「へ?」
感情に浸りながら教室から出た私に声をかけてきたのは、幼馴染でもあり、彩奈の片思い相手である朝霧裕也だった。黒髪の束感ショートに整った顔、朝霧裕也を改めて見てみれば、流石の私もカッコいいといわざるを得ない。彩奈が惚れるのも無理はないだろう。
「別に良いけど何の用だ?」
「ここじゃちょっと人の目があるから……ごめんだけど着いてきてくれないですか?」
「あ、あぁ」
私が最初に感じたのは戸惑いだった。
何故何度も話している筈の彩奈じゃなくて、昔少し話した程度の関わりしかない私なのか。何故人の目があると話せないのか。
そこまで疑問を並べたところで頭の上の電球が光った。つまりこれは恋の相談だ。朝霧は彩奈のことが好きで、その相談を友達である私にしようとしている。一応幼馴染な私なら話しやすいし、人の目がある教室の前じゃ出来ないのは当たり前だ。
「渡会さん?どういう……」
「ごめん彩奈、先行っててくれ」
何が起きているのかわからないと言うふうな顔でこちらをみる彩奈にそう声をかける。
任せてくれマイフレンドよ。柄じゃないが、私が恋のキューピットになってやろうじゃないか。
しばらく歩いた私達がついたのは、中庭から靴を履き替えずに行けるコンクリートで舗装された校舎裏だった。
「急に連れ出しちゃってごめんなさい」
「いや、全然大丈夫だ。急ぎの用事も無かったしな」
「なら良かったです」
「で、用件はなんだ?」
「そ、それなんだけどさ。俺達って幼馴染ですよね?」
「ん?まぁあんまり話したことは無かったけど家は近いし小中高と一緒だから幼馴染なんじゃないのか?幼馴染の定義とか知らないけど」
「で、昔俺が怜火さんにいじめから助けてもらったのって覚えてます?」
いじめ?なんの話だ?
「覚えてない」
「……お、覚えてないんですか」
目を見開いて驚く朝霧。そこまで驚くことか?普通に覚えてないぞ。
「普通に知らないな。そんなことあったか?」
「そっか、覚えてないですか。覚えてないなら覚えてないで良いんですけど、俺はあの時のことをずっと覚えてて、かっこいいなって思ったんです。いわゆる憧れ?ってやつなんですけど、怜火みたいになりたいなんて思ったりして、困ってる人見つけたら助けに行ったりしてたんです」
(まじで何言ってんだろうこいつ。そういうアピールってこと?私が彩奈にそんな感じのストーリーを携えてお届けすれば良いの?)
「私はそんなことしてないけど。あ、そういえば彩奈から昨日助けられたって聞いたぞ。ありがとな」
「え、あぁそういえばそうでしたね。で、そういうのを続けてるうちに、怜火さんのこともっと近くで見たいって思ったんです」
「んー、ん?」
私?
「だから、遠足の班一緒に組みませんか?」
呼吸を整えて意を決したような感じの朝霧は、私に向かって頭を下げながら手を差し出してそう言う。
(なるほど。私を出汁にして彩奈と一緒の班になりたいってことか。まぁ少しばかり狡い手だが、キューピットは寛大な心を持っているのだ。その程度のことは許してやろう)
「勿論!!」
私は朝霧に差し出しされた手を握ってそう答えた。
「あ、そうだ。彩奈と一緒なんだけど良い?」
朝霧もわかっているとは思うが、一応確認のために聞いておく。
「全然大丈夫です」
「じゃあ私は部活行くわ。頑張れよ〜」
校舎裏から離れた私は、校舎に戻って文芸部の部室に向かって歩き始めた。 まさかこんな形で彩奈の恋が進展するとはなぁ。人生何があるか分からないってこのことなんだな。
「お待たせ。待った?」
私はウキウキで文芸部の扉を開いた。中には私の想像とは180°違う表情を浮かべた彩奈が座っている。
「あれ、彩奈どうしたんだ?」
「渡会さんはわたしに言わないといけないことって無いかな?」
彩奈は長机を人差し指でトントンと叩きながら言う。
(ふむ、私が朝霧と離れたから何か勘違いしてるのかましれないな)
「え?あぁ、遠足の班朝霧と一緒になった、とか?」
私は勘違いを解こうと今回の成果を言った。
「そんなことよりもっと大事なこと」
が、どうやら違うらしい。
「もういいよ。わたしは渡会さんがそんな人だとは思わなかったから。あんなに初めての友達だとか、唯一の友達だとか調子の良いこと言ってさ」
「え、いやそんな人ってなんで」
思いもよらない展開に困惑する。なんでこんなことになってるのだろうか。訳がわからない。
「だって渡会さん、朝霧君に告白されてたじゃん」
「告白?」
告白ってどういうことだ?
「うん」
「別にされてないけど」
「いや、してた。わたし見てたもん。声は聞こえなかったけど、朝霧君が渡会さんに手を差し出してるところ」
思い返してみると、朝霧は確かに私に向かって頭を下げていたし手を差し出していた。
「そんな感じのことはまぁしてたけど、告白とかじゃ無くて一緒に遠足の班になろう的な感じの話だったよ」
「そんなことで態々頭下げて手を差し出す?」
「それは私も疑問に思ったけども」
「はぁ……ここまできて正直に言わないのも人として終わってるよ。そもそも朝霧君が殆ど初対面の渡会さんを人目につかない場所に呼び出すのなんておかしいもん」
「それは、家が近くにあった幼馴染だったってだけ。話したこともあんまり無かったし、彩奈に変に誤解されて関係が拗れるのも嫌だったから」
「だったら尚更告白される可能性あるじゃん!渡会さんはかっこいいし、スレンダーだしさ」
「そんなこと無いって、大体あんまり話したこと無い人に告白なんてしないでしょ?」
「全然するよ。ラノベとかでも良くあるもん」
「……まぁ確かにあるか。でもここはラノベじゃ無くて現実だし」
「ちゃんと正直に言ってよ。わたし渡会さんに初めての友達とか唯一の友達って言ってもらえたの凄い嬉しかったんだよ?こんな陰キャでも友達って言ってくれる人がいるんだって、感動してたんだよ?」
「全部事実なんだけど……分かった、ならどうしたら私のことを信じてくれる?」
「どうしたらって言われてもなぁ」
「朝霧の連絡先知ってるなら確認してもらっても良いから。私のことを信じて欲しい!!私は告白なんてされてない」
「連絡は口裏を合わせられる可能性があるからなんとも言えないし……うーん何か良いのは、あっ」
彩奈はチラっと視線を動かすと、何かを思いついたのか小さな声を漏らした。そしてごくりと唾を飲み込んで口を開いた。
「さ、催眠術とか?もしもこの本に書いてある催眠術に渡会さんがかかれば、本当のことを聞き出せるし」
「それで彩奈が信じてくれるなら良いよ」
「かからなくても文句言わないでよ?」
「言わないよ」
そもそも催眠術なんてかかる訳がない。今考えるべきはどうやって誤解を解くかだが……まぁ億が一にでも催眠術が成功するなら、それでも誤解は解けるからやる価値はあるか。
「じゃあやるよ。えーっと、まずは椅子に座ってから人差し指に視線を集中させて8の字に動かす」
彩奈は椅子に座った私の目の前で人差し指を立てる。
「渡会さんこの指ずっと見ててね?」
「おう」
8の字に動き始めた人差し指を視線で追っていく。
(トンボじゃないんだし、こんなんで催眠にかかる訳ないだろ。馬鹿にし過ぎだ)
「で、次は10から0までの数字を耳元でゆっくりと数えながら言葉を言っていくと」
『じゅ〜う、えっと、だんだんあなたの体はリラックスしていきます』
(なんか耳元で囁かれると吐息がくすぐったいな)
『きゅ〜、このカウントダウンが進めば進んでいくほどどんどんどんどん気持ち良くなります』
(何言ってんだ。そんな簡単に気持ち良くなる訳ないでしょ)
『は〜ち、気持ち良くなってきましたね。でもまだまだ浅いです。もっと深みへ堕ちていきましょう』
(あれ?なんか……いや、気のせいか)
『な〜な、体から力がゆっくり、ゆっくり抜けていきます。手足に力が入らなくなり、プラーンとした状態になってしまいます』
(ほんとだ、ちからがはいらない。おきあがれもしない)
『ろ〜く、あれ、目の前にいるのは誰だろう。そこにいるのはあなたが1番安心できて甘えられる人だ』
こどものころにひとりでいたわたしをだきしめてくれたひと。なつかしいなぁ。
「お、おかあさん」
また……
『ご〜、やっと折り返しだよ。お母さんもあなたのことをなでなでしてる』
おかあさん
『よ〜ん、とぉーーーーっても気持ちいい。ずっとここにいたい。ここ以外には居たくないよ〜』
きもちいいなぁ。ずっと……ここに。
おかあさんもいるし
『さ〜ん、今凄く気持ちいい、さらに下に行けばもっと気持ちいいものを味わえる」
もっと?もっときもちいいならいきたいな
でもなんかもどれなくなっちゃいそうだ
『に〜、あまりの気持ちよさに、どんどんどんどん意識も薄れていきます。お母さんもあなたにもっともーっと気持ち良くなって欲しいと思ってる』
おかあさんがそうおもってるなら、まぁいっか。きもちいいんだし
『い〜ち、あとは最後の数字を言うだけだよ。これを言うと、気持ち良すぎて頭の中が真っ白になっちゃう。真っ白になったら当たり前だけど、意識も無くなっちゃうよね?それじゃあいくよ?』
『ぜ〜ろっ!!』
わたしのしかいはまっくらになって、きえていった。
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「……らいさん」
周りの景色がぼんやりと見え始めた。誰か聞き覚えのある声がする。
「…たらいさん」
この声は私を呼んでいる。起きなきゃ。
「渡会さん!!」
目が開く。
椅子にぐだーっと溶けるように座っていて、記憶もぼんやりとしている。
「?あれ、私は何を」
「ほ、本当にごめんなさい。わたし勘違いしちゃってて」
目の前には頭を下げる彩奈。一体何が……あぁ、確か催眠術を受けることになって。ってことは催眠術は成功したのか。
「謝らなくていいよ。よく考えたらあの場面は誰がどう見てもそうだしさ。本当に誤解が解けて良かった」
「な、何か違和感とかないですか?」
私の顔を覗き込むように見られる。
「あれ、なんか変だな。いつもと何かが違うような」
体が火照ってるような?催眠術の後遺症的なやつなのか?
「ご、ごめんなさい。わたし今日は一旦帰ります」
「あっ、ちょっと待って!」
私の静止も聞かずに催眠術の本をバッグの中に入れ、慌てて走り去っていく彩奈。
(もっと一緒にいたかったのになぁ……。あれ、私今何を考えてた?)
まぁなんにせよ、誤解が解けたならそれでいいや。これで解けなかったら、唯一の友達がいなくなるところだったのだから。