【瑠璃川彩奈視点】
「怜火さん、今ちょっと時間いいですか?」
「へ?」
私と一緒に教室を出た渡会さんに声をかけてきたのは、わたしが恋している朝霧君だった。突然のことだったのか、怜火さんは驚いたような声を出している。
(事務連絡かな?)
「別に良いけど何の用だ?」
「ここじゃちょっと人の目があるから……ごめんだけど着いてきてくれないですか?」
「あ、あぁ」
朝霧君と渡会さんという珍しい組み合わせに向けられる多くの視線を気にしているようで、別の場所に行くことを提案した。人目があるとできない話ということはどうやら事務連絡ではなさそうだ。
「渡会さん?どういう……」
「ごめん彩奈、先行っててくれ」
どういう関係なのかと聞こうとしたところで、わたしのか細い声が渡会さんの先に行くことを促すかき消されてしまう。わたしが見ていた限り、この2人に接点は無かったように思える。渡会さんと話している時に朝霧君の話題を出しても、元から知り合いだったみたいなのは無かった気がするし。
小さくなっていく2人の背中を見て、わたしは悪いと思いながらもバレないように着いていくことに決めた。
2人が行った先は校舎裏だ。人目がない場所とは言っても、こんなところまで来る必要があっただろうか。物陰から様子を伺う。2人が何を話しているか分からないが、どうやら朝霧君が何かを熱心に伝えているようだ。
ふと、良くない思考が頭によぎる。
告白だったらどうしよう。
わたしは手を握り合わせて神様にお願いをする。告白じゃないように、と。
その願いも虚しく、わたしは見てしまった。
朝霧君が渡会さんに向かって頭を下げながら手を差し出しているところを。渡会さんがその差し出された手を握っているところを。
心の中で何かドス黒いものが生まれるのを感じてしまう。わたし達は友達じゃなかったの?昼休みに恋バナしたばっかじゃん。どうして?あんなに応援してくれてたのに。どうして?
2人が校舎に戻りそうな雰囲気を感じ、小走りで帰る。心の底では教室とは全然違う早口とかを馬鹿にしたのかなぁ。友達がいないっていうのも嘘なのかなぁ。
嫌だなぁ。わたしのことを受け入れてくれた優しい人を、友達を、こんなことで失いたくないよぉ。まだまだ笑ってたいよぉ。まだ渡会さんと話し始めて10日くらいしか経ってないのに……
そうだ、正直に話して謝ってくれたら許そう。裏切られたけど、友達なんだからそのくらいは許せるくらいじゃないといけない。悪いことをしたら、コラって怒って、それで元通り。
それでいいよね。
「お待たせ。待った?」
そうしてドアが開かれた。
第一声はスカしたようなふざけた声。やっぱり馬鹿にしているのかな?自分の顔が引き攣るのがわかる。
「あれ、彩奈どうしたんだ?」
「渡会さんはわたしに言わないといけないことって無いかな?」
わたしは長机を人差し指でトントンと叩きながら言う。
「え?あぁ、遠足の班朝霧と一緒になった、とか?」
そりゃあ恋人になったんだから遠足一緒の班になれるね。で、だから?わたしが好きな人と一緒の班になれるから嬉しがると思う?
「そんなことよりもっと大事なこと」
どうか謝ってくれ。そんな気持ちを込めて、いつもよりもトーンを下げた声を出す。だけど、渡会さんは何も言わない。
「もういいよ。わたしは渡会さんがそんな人だとは思わなかったから。あんなに初めての友達だとか、唯一の友達だとか調子の良いこと言ってさ」
「え、いやそんな人ってなんで」
「だって渡会さん、朝霧君に告白されてたじゃん」
「告白?」
「うん」
まだ惚けようとする渡会さんに呆れながら答える。
「別にされてないけど」
「いや、してた。わたし見てたもん。声は聞こえなかったけど、朝霧君が渡会さんに手を差し出してるところ」
私がそう言うと、渡会さんはしばらく考え始めた。言い訳を考えているのだろう。もう無理だ。ここまできて謝ってくれないなら……
「そんな感じのことはまぁしてたけど、告白とかじゃ無くて一緒に遠足の班になろう的な感じの話だったよ」
「そんなことで態々頭下げて手を差し出す?」
「それは私も疑問に思ったけども」
「はぁ……ここまできて正直に言わないのも人として終わってるよ。そもそも朝霧君が殆ど初対面の渡会さんを人目につかない場所に呼び出すのなんておかしいもん」
深い深い溜め息を吐く。
「それは、家が近くにあった幼馴染だったってだけ。話したこともあんまり無かったし、彩奈に変に誤解されて関係が拗れるのも嫌だったから」
「だったら尚更告白される可能性あるじゃん!渡会さんはかっこいいし、スレンダーだしさ」
「そんなこと無いって、大体あんまり話したこと無い人に告白なんてしないでしょ?」
「全然するよ。ラノベとかでも良くあるもん」
中学生の時にそんな感じの話風の噂で聞いたことあるし。
「……まぁ確かにあるか。でもここはラノベじゃ無くて現実だし」
「ちゃんと正直に言ってよ。わたし渡会さんに初めての友達とか唯一の友達って言ってもらえたの凄い嬉しかったんだよ?こんな陰キャでも友達って言ってくれる人がいるんだって、感動してたんだよ?」
「全部事実なんだけど……分かった、ならどうしたら私のことを信じてくれる?」
「どうしたらって言われてもなぁ」
それは所謂悪魔の証明というやつだ。やっていないことの証明は酷く難しい。
「朝霧の連絡先知ってるなら確認してもらっても良いから。私のことを信じて欲しい!!私は告白なんてされてない」
「連絡は口裏を合わせられる可能性があるからなんとも言えないし……うーん何か良い方法は、あっ」
わたしは部屋の中に視線を巡らせる。
わたしだって渡会さんのことを信用したい。
ふと、視界の端にとあるものを見つけた。それは先日朝霧君に使おうとしていた催眠術が書かれた本だった。
これだ!直感的にそう思った。
「さ、催眠術とか?もしもこの本に書いてある催眠術に渡会さんがかかれば、本当のことを聞き出せるし」
「それで彩奈が信じてくれるなら良いよ」
「かからなくても文句言わないでね?」
「言わないよ」
催眠術の本を手に取り、ペラペラとページをめくる。
「じゃあやるよ。えーっと、まずは椅子に座ってから人差し指に視線を集中させて8の字に動かす」
(トンボみたいだなぁ)
「渡会さんこの指ずっと見ててね?」
「おう」
わたしは渡会さんの目の前に指を立てて8の字に何周もする。
「で、次は10から0までの数字を耳元でゆっくりと数えながら言葉を言っていくと」
(嘘でしょ、耳元でこんなこと言わなきゃいけないの?これで何もなかったら羞恥心で死んじゃうよ)
『じゅ〜う、えっと、だんだんあなたの体はリラックスしていきます』
『きゅ〜、このカウントダウンが進めば進んでいくほどどんどんどんどん気持ち良くなります』
『は〜ち、気持ち良くなってきましたね。でもまだまだ浅いです。もっと深みへ堕ちていきましょう』
『な〜な、体から力がゆっくり、ゆっくり抜けていきます。手足に力が入らなくなり、プラーンとした状態になってしまいます』
『ろ〜く、あれ、目の前にいるのは誰だろう。そこにいるのはあなたが1番安心できて甘えられる人だ』
「お、おかあさん」
(おかあさんって……かわいいな)
『ご〜、やっと折り返しだよ。お母さんもあなたのことをなでなでしてる』
『よ〜ん、とぉーーーーっても気持ちいい。ずっとここにいたい。ここ以外には居たくないよ〜』
『さ〜ん、今凄く気持ちいい、さらに下に行けばもっと気持ちいいものを味わえる」
『に〜、あまりの気持ちよさに、どんどんどんどん意識も薄れていきます。お母さんもあなたにもっともーっと気持ち良くなって欲しいと思ってる』
『い〜ち、あとは最後の数字を言うだけだよ。これを言うと、気持ち良すぎて頭の中が真っ白になっちゃう。真っ白になったら当たり前だけど、意識も無くなっちゃうよね?それじゃあいくよ?』
『ぜ〜ろっ!!』
カウントダウンが終わると、渡会さんは無表情になって目が虚になってしまった。
「嘘でしょ」
本当にかかってしまったらしい。
わたしは本のページを捲って読む。なるほど、この状態だと色々命令ができたり暗示ができたりするのか。
『渡会さん、あなたは朝霧君に告白をされましたか?』
「されていないです」
されてないんだ。
ということは誤解ってことだよね。後でちゃんと謝らなくちゃ。
まぁでも渡会さんが朝霧君のことを好きな可能性もまだあるか。幼馴染って言ってたし。ラノベだとそういうのもありがちだ。
『渡会さんは朝霧君と校舎裏で何をしていましたか?』
「思い出話?みたいなのと、遠足の班決めで一緒になろうっていつのを言われました」
これが真実となると、朝霧君はもしかして渡会さんのことが好きなのだろうか。流石にそうじゃないと校舎裏になんていかないか。
『あなたは朝霧君のことをどう思っていますか?』
「顔は良いというのと、狡賢いというのと、彩奈を守ってくれてありがたいと思っています」
顔は良い!?
狡賢いはよくわからないけど、これって渡会さんから朝霧に対しての好感度も結構高めな感じだよね
『朝霧君への恋愛感情はありますか?』
「ありません」
無いのか。
いや、でもこれから生まれる可能性だってある。そうなればわたしと渡会さんはライバルってことになる。……どうしよう、勝てる気がしない。身長が高くてスレンダーで銀髪でかっこいいとか、わたしみたいなのじゃ無理だ。
どうすれば良いんだろうか。
暗示だ。まずは暗示をかけないとダメだ。
じゃあどういう暗示が良いんだ?朝霧君に惚れさせなきゃ言い訳だから……朝霧君を嫌いにする?いや、それは朝霧君は結構人気だから、普通に渡会さんが孤立しちゃうかもしれない。
うーん、えーっとぉ……そうだ!!
『渡会さんは、わたし瑠璃川彩奈のことが恋愛的に好きになります』
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「……らいさん」
ぼんやりと微睡の彼方にいる渡会さんに話しかける。
「…たらいさん」
今度は椅子にでろーんと座っている渡会さんの肩を揺らしてみる。
「渡会さん!!」
大きな声を出してみると、ようやく目が覚めたようだった。
「?あれ、私は何を」
「本当にごめんなさい。わたし勘違いしちゃってて」
深々と頭を下げて、渡会さんに勘違いして怒り散らしてしまったことを謝る。
「謝らなくていいよ。よく考えたらあの場面は誰がどう見てもそうだしさ。本当に誤解が解けて良かった」
「な、何か違和感とかないですか?」
わたしは渡会さんの顔を覗き込みながら聞く。後遺症なんかがあったらヤバいなんてものじゃない。
「あれ、なんか変だな。いつもと何かが違うような」
自分がかけた暗示について思い出す。
かけた暗示はわたしのことが好きになるというものだ。よく考えれば誰かを好きになるよりも、朝霧君のことを好きにならないと言うものにすれば良かったんだ。
どうしよう。
もう一度催眠術をかけないといけないけど、こんなに直ぐにもう一度となると変な暗示をかけたと疑われてしまうかもしれない。もしこんな暗示をかけたのがバレてしまったら、わたしが嫌われて友達じゃなくなってしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。それだけはなんとか阻止しなければいけない。
催眠術の本には暗示のことも書いてあるから回収しないと……
「ご、ごめんなさい。わたし今日は一旦帰ります」
わたしは催眠術の本をバッグの中に入れて急いで部室から出て行った。