昨日の曇天とはガラッと変わった快晴の空模様。いつも通り、私は1人で桜のアーチの下を歩く。周りはいつも通り2人組、3人組ばかりで、やはり1人で歩いている自分にとっては、気まずい空気感が醸し出されている。
現在進行形で青い春に包まれる彼ら彼女らは、きっとこの気まずさを味わったことが無いのだろう。私は心の中で彼ら彼女らに、桜のアーチという美しい景色とは全く似合わない怨嗟の声を吐いたのだった。
喧騒に塗れた教室のドアをガラッと開くと、たちまちその喧騒が止み、視線だけがこちらに向かうようになる。その視線の主たちを一目見渡すと、何事も無かったかのように目を逸らしていく。
私は誰にも聞こえないような小さなため息を吐き、自分の席に向かって歩いていく。私がクラスメイト達の輪に入れていれば、毎日毎日こんなしょうもないことをしないで済むのだろうな。なんて、出来もしないたらればを妄想して、1人で勝手に傷つく。
まぁでも大丈夫だ。そもそもこんな感じのことは小学生の頃からあったし、しかも今は前の私とは違って友達と呼べる存在がいる。昨日はちょっとのすれ違いで口喧嘩みたいな感じのことをしてしまったけれども、結局は誤解が解けたから良かった。
自分の席についた私がその友達、瑠璃川彩奈の両肩を勢いよく叩く。
「うひゃぁっ」
いつも通り寝たふりをしていた彩奈は、大きな声を出しながら体をビクッと跳ね上げる。同じことを毎日のようにやってるのに、なんでこんなに新鮮な反応が見られるのだろうか。
「彩奈おはよう」
「もう、びっくりするから辞めてよ。みんなもいっぱい見てるしさぁ」
「…………」
挨拶をして彩奈がこちらを振り向いたその時、私の時が止まった。
小動物のようなつぶらな瞳、薄いピンク色の小さな唇、そして艶のある真っ白な肌。今まで何とも思ってなかった彩奈の顔が、今までよりも数段と可愛らしく見えたのだ。それも、同性の私が見惚れるぐらいに。
「渡会さん?」
「え?な、なに?」
訝しげな顔を浮かべながら私の名前を呼ぶ彩奈に、はっとして返事を返す。
「もう、自分から驚かしておいてぼーっとしないでよ」
「ご、ごめんごめん」
私は未だに訝しげな顔を浮かべている彩奈に軽い感じで謝る。何日も見てきた友達に見惚れてしまうなんて思いもしないし、想像もできなかった。あんまり普段と変わっているようには思えなかったが、化粧か何かを変えたのかもしれない。
「ところで彩奈って化粧とかしてたりする?」
「化粧?し、してないけど」
「そっか」
してないのか。
ならどうして彩奈の顔がこんなに可愛く見えてしまうのだろう。
「そ、それがどうかしたの?」
「いや、なんでもない」
彩奈の問いに、私は首を横に振って答えた。
とりあえず考えても仕方ないし、友達の顔が可愛く見えるってだけなら全然悪いことじゃないと思うから原因とかそういうのは考えないでおこう。
「次の授業までにこの問題を課題にしておくので、当てられた時に答えられるようにしておいて下さいね。ちょっと時間押しちゃったので挨拶は心の中でお願いします」
キーンコーンカーンコーンというチャイムの音が鳴り響き、先生がチャイムが鳴り止んでから捲し立てるように言ってから、早歩きで教室を出て行ってしまった。
「次の体育って何すんだっけ?」
「マット運動らしいよ」
「えー嫌だなぁ」
授業が終わって数瞬、声の大きい女子達の会話が遠巻きに聞こえてくる。
「渡会さんはマット運動得意?」
その声を聞いて彩奈が教科書やノート等を片付けながら私に聞いてくる。どこか不安そうな表情を浮かべていて、凄く可愛い。
「得意だな。まぁマット運動というよりかは運動全般がって感じだけど……彩奈はどうなんだ?」
「わたしはちょっと苦手かな。運動してなくて体が硬いからさ」
「まぁ結局は授業だし、かなり簡単なことしかやらないと思うから安心していいんじゃないかな。なんかあったら私が教えるからさ」
「それもそっか。ありがとう渡会さん」
「っ……そんなことより早く更衣室行っちゃおうぜ」
彩奈は私に笑顔を向けながら、感謝の気持ちを口にする。
(くそっ、なんでこんなに可愛いんだよ)
私は体操服の入った袋を手に取って、赤く染まっているであろう顔を彩奈に見られないように背けて歩き始めた。
体育はA組とB組の合同で行うため、当然女子更衣室も2組分の女子達が集まっている。毎回思うのだが、女子は集まったらなんでこんなに騒ぐのだろう。いや、私も一応女子の括りなんだけど、今みであんまり集まって話すっていう機会が今まで無かったからよくわからないんだよね。
「渡会さんってやっぱり背が高いし、スレンダーで筋肉質でカッコいいよね」
誰とも話せずに1人寂しく教室の隅にいたことを思い出しながらインナーを脱ぐと、彩奈が私の隣でブレザーを脱ぎながらそんなことを言ってきた。
「確かに私は無駄に背が高いし、未だにスポブラをつけるくらい無乳なスレンダーだし、筋肉質で女らしくないよね。……畜生!!」
「1人で勝手に変換して自虐しないでよ。こっちもそんなこと全然思ってないのに悲しくなっちゃうよ」
「そんな私に比べて彩奈は……」
そして彩奈の胸を見ようとした時、丁度シャツを脱いでいてたわわに実ったたぷんとした果実が直接目に入ってしまった。私の視線は何故かその果実に釘付けになり、話の途中でごくりと息を呑んでしまう。
(あれ、別に今日初めて見たってわけでも無いのになんでこんなに……)
「そんなこと言ったらわたしだって身長が、って大丈夫?」
「だ、大丈夫だよ」
そんな私を不審に思ったのか、純粋に心配してるのか、彩奈は私の顔を覗き込むような形でそんなことを聞いてきた。それもブラジャー姿のままで。
私は自分の顔が真っ赤に染まるのを自覚しながら、その顔を背けて吃りながら答えた。
(なんか今日おかしいな。いつもはこんなんじゃないのに)
「そっか、それなら良いんだけどさ。体調悪かったら休んだ方が良いかもしれないよ?」
「本当に大丈夫だから」
体の調子が悪くなってる訳では無いのは確か。何故だか今日は彩奈のことが違う感じに見えるっぽい。周りのクラスメイト達を見ても、やはり何にも感じないのに。
原因があるはずだ。
こうなった原因。いつもと違ったこと。何かあったか?
あっ、
「それにしても、体育って一々タイツ脱がなきゃいけないのが面倒くさいよね〜」
その違和感を思い出そうとした瞬間だった。
文句を言いながら黒タイツを脱いで生足を露出させている彼女を見て、私の思考が切断された。
エロい。
凄くエロい。
とてもエロい。
とてもとてもエロい。
エッチだ。
「どうしたの?早く着替えないと時間無くなっちゃうよ」
思考が停止していた私に彩奈は声をかける。彩奈はいつの間にか体操服や靴下に着替えていて、私のことを待っていた。
「ご、ごめんごめん」
私は彩奈の何とも言えない視線を浴びながら、急いで体操服を着て体育館へと向かった。
「適当に2人でペアを組んじゃって、1ペアに1つマットの準備をして下さ〜い」
恒例の準備体操が終わったところで、先生が大きな声を出して指示をだす。少し前までの私なら、ここで1人だけ余って先生と組むみたいな可哀想な感じになっていた筈だ。だが今は違う。今の私には彩奈という友達がいるのさ。
「彩奈、ペア組もうぜ」
「あい」
私は近くにいる彩奈に声をかけてペアを組む。
「じゃあマット取りに行ってくるから待ってて」
2人でマットを持っていっている他のペアを見て、1人で持ってきた方が早いと判断した私はそう言った。
「え、わたしも行くよ」
「大丈夫大丈夫、私力強いし」
力瘤を作って叩く私に、彩奈は少し考える素振りを見せた。
「うーん、でも2人で一緒に行こうよ。折角ペア組んだんだからさ。わたしもあんまりこういう事したことないから経験したいしさ」
「はぅ」
(やばい、めちゃんこ可愛い)
恥ずかしそうにされたその提案に、私は情けの無い変な声を出してしまった。
「はぅ?」
「な、なんでもない」
誰かとの作業に憧れがあったのは紛れもない事実。あまりものとして名前も知らない子と組むことは多々あれど、そのどれもが私という人間を怖がっていたからだ。
それが私のことを怖がらずに、まだ数日だけど一緒にいてくれる彩奈からの提案とならば、受け入れないのは人として何か欠けている。
「よし、なら2人で行こうか」
「あい」
「まずはストレッチからやっていくので、ペアの2人で……」
先生がいくつかのストレッチを1人の生徒をステージ上に上げて、説明をした。
まず最初に行うのはマットに座って足を広げ、もう1人の人に背中を押してもらうストレッチ。
「じゃあ押すよ」
私は開脚している彩奈の背中に手を当てる。
「せーの」
「んっ、あっ、ああっ」
(やばいやばいやばい。今まで気づかなかったけど、なんか凄い良い匂いがする。しかも声がエロ過ぎるって)
どうやら体が硬過ぎるせいで普通の人より痛みがあるのか、押している最中に声を出す彩奈。
「渡会さんはすごいやわらかいね」
「流石に凄いって感じじゃないけどね。やっぱり柔道やってたから、硬すぎたりしたら怪我しちゃうしな」
「やっぱり固過ぎるのは良くないよね」
「それはそう」
と、まぁそんな感じで私達は先生がお手本としてやっていたストレッチを終わらせた訳なのだが……
「渡会さん大丈夫?」
2人で行うストレッチってことは、かなり肉体的な接触や至近距離で行うようなものばかりな訳で、今日のおかしくなった私では少しキツイものがあった。
匂いは嗅げば嗅ぐほど嗅いでいたくなるし、肌は凄くもちもちでやわらかいし、全体的に可愛いしで体が滅茶苦茶火照ってしまっているのだ。
「なんか今日おかしいかも。変な感じがする」
「そ、そうなんだ」
異変が異変な為、彩奈本人に相談することは絶対にできない。友達が自分の体で興奮してるってなったら、信頼関係どころじゃなくなる。そもそも同性だから引かれるかもしれないし。
「ストレッチが終わったら、えーっと前転、後転、開脚前転、開脚後転なので……とりあえず一気にやっちゃっいましょう!」
先生はそう言うと、ステージ上に敷かれたマットの上で一つずつ説明していった。
そして自分達がやる時間になったが、彩奈はさささっとすぐに終わらせてしまった。
「実は全部できたりするんだよね」
「おー、凄いじゃん。体硬いのに」
「……もしかして煽ってたりする?」
「?」
「まぁいいや」
彩奈はやれやれとばかりに首を何度か横に振る。
(伝わらなくて申し訳ないな。後で調べておこう)
勿論私も全部出来るのでパパッと終わらせ、他のクラスメイト達が終わるのを待つことに。
「あ、あのさ渡会さん」
マットの上で胡座をかきながら座っていると、いつもよりも少しだけ暗めな顔をした彩奈が話しかけてきた。
「ん?」
「今日の昼休みもご飯部室で食べるよね?」
「勿論そのつもりだけど、彩奈は今日はこれないのか?」
「い、いやそうじゃなくて。ただの確認みたいなさ」
「ふーん」
話の内容は酷く些細なことだった。私達が文芸部に入って仲良くなってから、ずっとご飯は部室で食べているのに何でこんなことを聞かれるのだろうか。もしかして何か悩みがあるかもしれない。
「はい、もう皆終わったみたいなので、次は逆立ちをしましょう。勿論殆どの人が出来ないと思うので、ペアの人が支えてあげてくださいね」
生徒達が終わってだべり始めたところで、先生が話し始める。どうやら次は逆立ちをするらしく、これもまたペアで行う感じだ。私は1人で逆立ちができるのだが、彩奈はどうなのだろうか。
「一応聞くけど、彩奈は逆立ちできる?」
「無理」
「そっか。なら私からやるからとりあえず参考にしてみて」
私はそう言って逆立ちを始め、10秒程キープしてから元の体勢に戻った。
「まぁこんな感じだな。じゃあ1人でやってみようか」
「できるかぁ!!」
「っていうのは流石に冗談だ。私が支えるからやってみようか」
「絶対支えてね?」
「任せて」
「いくよ」
彩奈はゆっくりと深呼吸をしてから、勢いをつけて上体を前に倒す。そして私は勢い良く振り上げられた彩奈の足を両手で受け止める。
「おお、思ったより上手いじゃん」
ピンと立った子鹿のようにか細い足を支えていると、何故かその足から目を離せなくなってしまう。
(彩奈の足って細くて柔らかくて可愛いな。あれ、なんでこんなこと考えてるんだ私は。彩奈は友達だ。私の人生で初めて出来た唯一の友達の筈だ。その筈なのに、なんでこんなに……なんでこんなにドキドキしてしまってるのだろう)
「渡会さん、もうそろそろ離してくれると助かるかも」
「あ、ごめん」
昨日まではこんなんじゃなかったのに……私は一体どうなってしまったのだろうか。