MAD(完結)   作:稗田之蛙

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 周囲を見渡せば。教室のドアも、机も椅子も。窓の外に見える景色だって、すべて小学六年生の春の始業式が終わった直後と同じ。

「……」

 ワタシは、目の前にいる妹と顔を見合わせて。それからお互いに黙りこくった。

「えっと…………」

 たぶん、ワタシが能面みたいな顔をしているから。妹が困惑しているのが分かった。

「アァ――エェット…………」

 走馬灯だと思った。

 知ってる? ウマ娘の影絵で、脚が四本に錯覚するほど速く動いてるのが語源らしいよ。妹から聞いたんだけどサ。

 ワタシは、この場面に"後悔"があるのだろうと自覚して。同時に、やり切れない怒りがこみ上げた。

「ど、どうしたんだよ……?」

 目の前には『双子は走らない』などと得意げに語っていたクラスメイトのクソガキ。

 ワタシはそいつに向かって――とりあえず、当時のワタシができなかった行動をとった。

「えぇっと、たぶん、ドラマとかで知ったんだろうけど、実際にウマ娘に言うのは良くない言葉ダヨ?」

 ワタシは、そういって相手をたしなめた。

 すると、そのクラスメイトのクソガキ――いや、男の子は、後ろ頭を掻いてさ。

「あ~……そっか、ゴメン」

 本気で悪気はなかった。そんな雰囲気で。

 怒りの感情がこみ上げてくると同時に、どうしようもなくやるせない思いが胸に詰まってきた。

 

 ――こんなつまらない事で、小学校最後の学年は最悪の日々だったのか。

 

 その矛盾した二つの感情をどう表現すればいいのかわからなくて、ワタシは黙りこくった。

「えっと……大丈夫?」

 男の子と妹が同時に心配してる素振りでワタシを見つめてる。

「アァ、ウン。ダイジョブ」

 ワタシは、そう答えた。まぁ、仕返ししたい気持ちがあったから嫌味っぽく聞き返してやったさ。

「えーっト……その故事? って、漫画での話?」

「あ、うん。そうそう。"双子のウマ娘"がさ、双子だから走らないだのなんだのいわれてて、それでも諦めないで日本ダービーに向けて挑戦する姿勢がカッコウよくってさぁ~!!」

 嫌味が通らなかったらしいね。イヤァ、純粋無垢な男児ってコワイネ。お姉さんビックリしちゃうよ。

「え、えへへ、そういうのって、カッコいいよね。私もお姉ちゃんと双子だから、なんだか共感しちゃうかも……」

 はにかんだ笑みでワタシを見る妹。

「……はは、まぁ。双子のウマ娘にちょっとドッキリな話題だったかな」

 ……ま、その架空の登場人物がカッコイイだのというのを学友の共有したかったんだろうね。もう、なんだか、毒気を抜かれたよ。

「お~い! 帰るぞ~!」

「うん、いまいく~」

 お決まりのクラスメイトからの呼び出しを受けて、その男の子は教室から去っていく。

 

 まぁ、ワタシが地縛霊か何かなら、ここで成仏でも出来たんだろうね。

 でも、まぁ、小学六年生の"夢"は続いていた。

「あ、あの……お姉ちゃん」

「ン?」

「……あのね。さっきの話なんだけど……」

 なんだか心配そうにしている妹を目の前にバツが悪くなったよ。

 ま、敏いこの子の事だ。ワタシが怒ってたのはバレてたんだろうね。

「あー、だいじょうぶだよ。実際そういう民間伝承? っていうのがあるのは事実だしサ」

「うん……」

「でもさ、単なる俗説じゃん? 漫画とかだと、カッコいい設定になるのも理解出来るさ。なんたってお姉ちゃん、"双子のウマ娘"の当事者だからね」

 そう。そんな感じでカッコつけて、この話はここでオシマイさ。そう思ったよ。

「えっと、その、私ね……お姉ちゃんと双子で良かったなぁって……」

「え?」

 妹の発言に、ワタシは耳を疑ったよ。まったく予想外の言葉だったからね。

「私が走るの下手な事、お姉ちゃんも知ってるでしょ? それを、双子として一緒に背負ってくれる人がいてくれて嬉しかった……っていうか……」

 恥ずかしそうにしながら、それでも嬉しい言葉を喋ってくれるイトシイ妹。

「ウ、ウン……あ、ありがと」

 ワタシは、そう返すのが精一杯だった。

 

「――ところで、この目覚まし時計って、お姉ちゃんの?」

 ワタシは、足元にあった銀色の機械を妹と一緒に見下ろしたよ。

 それはまぎれもなく、あのウマ娘の女性から受け取った"銀色の目覚まし時計"だったさ。

 

 妹と家に帰ったワタシはさ、その目覚まし時計をよく眺めたんだ。

「……」

 何度も何度も、頬を抓ったよ。すっごくイタイの。ありえない事に。

「え、えっと……おねーちゃん?」

 ワタシの奇行を妹が心配そうに眺めていた。

「……お姉ちゃんおかしくなったカモ……」

「え、えぇ……?」

 ますます心配そうにする妹相手に、まぁ何が起こってワタシが"慎ましやかなヲンナノコ"になったのか説明するわけにもいかずさ。ただ、この時計をどうしたものか、すごく悩んだ。

 

「エナー」

「なぁに、ラウディーお姉ちゃん」

 

 本名から訛った愛称を呼び合って、妹はクスクスと笑っていた。

 ラウディーっていうのは"喧嘩っ早い"って意味ダケド、暴力は使わず脚の速さで他のウマ娘をのしてきたゆえのアダ名だからワタシ達は結構気に入ってる。どっかの武人みたいじゃん?

 

 それはさておき。ワタシはこの時、今後どうするかの結論を出したさ。

「お姉ちゃん、トレセン学園目指すのやめる」

「はぇっッ!?」

 妹が驚いて大声を上げていたよ。近所迷惑だったね、たぶん。

「もうダービー目指して走らない」

 またワタシは決意を述べたさ。

 で、妹はしばらく呆然としてから――まぁ当然の反応なんだけどさ――涙目になってきたから慌てたモンサ。お姉ちゃんも涙目になりながら説得したヨ。

「……で、でも……どうして……? クラスの子に"双子は走らない"なんて言われたから……?」

「違う、そうじゃない」

 ワタシは、手元にある銀色の目覚まし時計を抱きしめた。

「――なんかさ、『ワタシじゃ無理だ』って思ったんだ。ほら、トレセン学園って、すっごい頭の良い子もいっぱいいるでしょ? ワタシ、バカだからさ……」

「そ、そんな事……えっと、あるかもしれないけど……」

 うん、ここまでずっと我慢してたのにその言葉で泣いたよ。実際0点何回か取ったバカだけどさ。ワタシ。

「わー! 泣かないで! ごめん!!!」

 

 ともかく泣き止んでから、ワタシは妹を納得させる為に意を決したように話したよ。

「頭の良さもそうだけどさ――ほら、漫画とかでよくあるじゃん? "ウマ娘は、皆にキラキラな夢を届けるステキな存在"」

「う、うん……」

「出来ると思ウ~? お姉ちゃん、クラスの男子とかに怖がられてるの知ってるよ。ほら、手は出さないけど口ケンカとかするしさ~」

 妹は必死に否定してきたけど、巻き戻る前に不合格になった事を踏まえれば。ワタシには適正がなかったっていう結論が出るのは当然の事でさ。

「……それにさ。やっぱ、みんなを幸せにする夢を叶えるのって、どっちかっていうとエナーが似合うじゃん?」

「え、お姉ちゃん……いや、私は……」

 何か言いたげな妹を押し切るように、ワタシはくっちゃべったさ。

「じゃ、決定! お姉ちゃんはキラキラな女子校生活を満喫するよ! ま、トレセンも女子校だろうけど……」

 妹が、すごく寂しそうな表情をしていたのをよく覚えてるさ。

 でも、ワタシが走っても"夢を届ける"とかキラキラしたの似合うと思う? アンタ? だからこその決断だったんだよ。

 

 もちろん、その後も悔しかったし何度も泣いたけどさ。そういうもんさ。お姉ちゃんだから我慢しなきゃね。

 結局、私はトレセン学園へ入学しない事にしたんだ。

 

 時間が巻き戻って何が変わったかといえば、母親や妹とも仲良く出来たし、クラスメイトと六年生以前のようにじゃれ合う事は出来た。

「ディーさんはまるで皆のお姉さんみたいになったわね~。前よりずっとしっかりしてて……」

 先生がそんな事を言ってたっけか。まー、実際精神的には一歳くらいお姉さんだったからね。その時のワタシは。

 ガキんちょの失言の一つや二つくらい、乾いた笑いで受け流せるのが当たり前ってもんサ。

 

 ま、一年ってのは案外短いもんでさ。春夏秋冬、あっという間に過ぎ去るもんね。

 そうして始まるのは受験シーズン。この時期になると、妹も勉強に勤んださ。

「もっと真剣に取り組まないと……貴女も中学生よ?」

 お母さんから言われた言葉に対して、ワタシはヘラヘラと笑いながら答えたモンさ。

「義務教育でしょー。どうやったってどっかの中学校入れるデショ? 違う?」

 お母さんにため息を吐かれた。まぁ、華のトレセン学園を目指して頑張ってた子がこうもアッケラカンと落伍者になっちゃぁね。そりゃ溜息も吐きたくなるサ。

 

「ラウディーお姉ちゃん……」

「あ、エナー。勉強の方はどう?」

 妹の勉強を覗いてみると、まぁ普通に優等生って感じだったさ。元々のポテンシャルが高けりゃそうなるネ。

「……お姉ちゃんはどうして、トレセンは諦めたの?」

 受験の直前になって、妹がそんな事を聞いてきたんだ。

「んー……なんでだろうね。もう走るのはいいやって思ったのかも」

 ワタシがそう答えると、妹の表情が曇った気がしたさ。

「……お姉ちゃんは、本当に"双子は走らない"って言葉気にしてないの?」

「違うヨ~」

 泣きそうな顔をしてたから、優しく抱きしめてやった。そうしたらエナーも抱き着いてきたんだ。まぁそりゃそうだよネ。小学生だしサ。まだ甘えたい盛りだろうサね~。かわいいかわいい。

「そう、だよね……」

 

 ま、ワタシは"双子が走らない"なんてどーでもいい事よりも、妹に幸せになって欲しいって気持ちの方が強かったからサ。

「エナー」

「なぁに?」

「アンタの夢、叶えられるといいね」

 私はそう言うと、妹の頭を優しく撫でてあげた。

 しかしまぁ……バカだバカだと思ってたけど、ワタシも大概バカだ……もうちょっと上手く立ち回れてたかもしれないけどね。

 

 

 

「お姉ちゃん、エナーは菊花賞とか目指した方がいいと思うナァ。一番強いヤツが勝つってヤツ」

「え、お姉ちゃんよく覚えてるね……」

「えー、当然じゃん。ウマ娘なら常識」

「そう、か……常識なんだ……そっか……」

 妹はなんだか巻き戻し前の時より落ち込んでたように見受けられた。まぁ、一年近く経ったからあやふやなんだけどね。

「だーじょーぶだーじょーぶ! エナーはきっと合格してるさ!」

「……ヤケに自信があるね」

「だってさ、お姉ちゃん知ってるんだ! エナーがトレセン学園に合格するって、それに、きっと皆にキラキラな夢を届けられるような子になれるよ――なんたって可愛いんだし!」

 ワタシがそう力説すると、妹が「うん……ありがとう」と呟いていたよ。

 

 で、ここで、まぁ、妹が無事にトレセン学園合格したら「ハイオメデトハッピーエンド! 完結! くぅ~疲れました」ってさ。ワタシはオハナシ〆られるわけなんだよ。

 ……オチ見えてるよね。

 やっぱ話さなきゃなんない? ヤダナァ……。

 

 正門に入ってからさ、受験番号を合格発表に照らし合わせるの。

「……」

 妹は、合格発表の掲示板をじっと見つめていた。

 そんときゃ、感動のあまり掲示板とにらめっこしているのかとワタシは思ったね。

「エナー、どうだった~?」

 ワタシが楽しげにそう聞くと、まるで死んだような眼で見つめ返したんだ。

 

「……無い……」 

 彼女は掲示板と自分の受験番号を二回も三回も見直したよ。まるで巻き戻し前のワタシのようにね。

「無い……無い無い、無い!!!!」

 周囲がドン引きするくらいの大声で嘆いてたさ。妹、頭のいい子でさ。取り乱したところなんて、ほとんど見た事ないんだワタシ。

 その子が地面に膝ついてさ、涙ボロボロ流して「無い」って連呼してたんだ。

 ワタシはさ、ようやくそこで理解したんだ。『妹が不合格だった』ってね。

 そこからはもう大騒ぎだ。皆が妹をチラチラ見ててさ、あんまりにもヒドイから学園のヒトがやってきて慰めてたさ。

 ワタシももちろん参加したよ? でもなんか妹に逆効果っぽくってさ。

「お姉ちゃん、ごめん、ごめんなさい……ごめ、……!!」

 妹は、ワタシに怯えるようにひたすら泣いてた。まぁ、一番辛いのは本人だって分かってるよ。そりゃ。

 

 

 

 

 でもさ、ワタシ知ってるんだ。ワタシが不可抗力で時間巻き戻しちゃう前は、妹がちゃんと合格してたの。

 だから、妹は本当は不合格じゃないんだよ。分かってるんだ。

 えっと、だからさ、いたたまれなくなって、まーた歩道橋の上に逃げ出してきちゃったわけさ。

 

「……」

 

 なんでだろうねぇ。そんな事をしてしまった贖罪だったのかもしれない。あるいは、また巻き戻ってくれるっていう期待があったのかもしれない。

 どっちにしろ、ワタシは歩道橋の手すりに手をかけて、車が通りかかるのを待ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ところでさ。アンタ。――そう、話聞いてるアンタ。

 ちょっと頭の整理に聞いておきたいんだけどさ。

 なんで妹が不合格になったんだと思う?

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  • 「貴女が一緒に走る夢を諦めたからです」
  • 「貴女が瑕疵に気づけなかったからです」
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