ごすずんとエアちゃんは共に救われるべき 作:ルビコニアンソルトピラー
“父”を殺した。
“友人”の意思と“父”の遺志を天秤にかけ、自ら選択して彼を殺した。それが事態の先延ばしに過ぎないと分かっていても。
“友人”を焼いた。
“父”の遺志と恩人の意志を汲み、自ら選択して彼女とその同胞を焼いた。数多の星々諸共に。
その裏で暗躍していた“黒幕”も殺した。
好敵手とも友人とも戦友ともつかない、けれど確かな因縁のある男を殺した。そして、“友人”と共に引き金を引いた。
轡を並べた戦友を殺した。窮地に駆けつけてくれた恩人を殺した。
ただの独立傭兵にも確かな尊重と敬意を持って接してくれた青年、何者でもない自分を慮ってくれた大人、命乞いをする無様な敵、様子のおかしい友人、仁義に厚いニンジャ、“父”の旧い因縁の相手、笑えるAI。
殺して殺して殺して殺して殺し尽くして、それでも、心は動かない。
悲哀も憐憫も同情も懺悔も寂寥も、
『登録番号Rb23。識別名:レイヴンによる認証を確認。安否不明状態を解除、ユーザー権限を復旧します。傭兵支援システム「オールマインド」へようこそ。レイヴン、貴方の帰還を歓迎します』
聞き慣れた/聞き慣れない合成音声を聞き流す。
そして。
視界に、見慣れた/見慣れないエンブレムが映る。
数多の手綱を引く、その鎖に雁字搦めにされる飼い主の図柄。
『認証は通ったようだな。お前には十分な経験がある。この惑星にもすぐ適応するだろう。早速だが仕事を取ってきた。確認しろ──621』
621。
そう呼ばれて──何度目か、十何度目か、何十度目かになる“父”との惜別を終えたばかりの殺人用の臓器に、致命的なバグが生じた。
『……どうした? バイタルに変化が──』
心拍、呼吸、脳波。
戦闘に不必要な機能を完膚なきまでに排除して、それでも削り切れなかった生命維持の根幹機能が荒れ狂う。
手癖で握っていた操縦桿がガタガタと震え、ハンガーの安全装置が作動中であることを示す警告表示が視界に瞬いた。
『落ち着け、621。大気圏突入で不具合が生じるのはよくあることだ。すぐに調整する』
飼い主の声に一瞬だけ浮かんだ動揺は、即座に覆い隠される。
事実として、彼は麾下の強化人間が不具合を起こすことに慣れている。その不具合を修正することにも。
不具合──そうなのだろう。
悲哀も憐憫も同情も懺悔も寂寥も、全ては切除されているはずなのだから。だからこれは、心を、脳髄を焼くような激情は、ただの錯覚に過ぎない。
再会できた歓喜も感動も、自分で殺した後悔も自責も、何度繰り返しても救えない慙愧も、焼かれた脳が持ち合わせているはずのないものだ。
“父”と慕う心さえも、きっと。
──ハンドラーとは、まだ出会ってからそう長くないのだから。
『命令だ。まずは休め、621。仕事は──調整が終わってからだ』
落ち着いた声に、或いはハンドラーの権限で投与された鎮静剤に引かれて、強化人間C4-621の意識は闇の中に落ちていった。
その間際、脳波デバイスを通じてハンドラーへ返した返答がウォルターの管理デバイスで再生される。
感情を排された強化人間の思考形態は単純だ。命令に対する肯定と否定、後は作戦遂行に必要不可欠となる5W1Hの疑問情報。故に、返答も単純なものになる。
命令を受諾した。それだけだ。そして最後に──父と、呼びかけて。
ウォルターはそれを、脳の片隅にこびりついた手術以前の記憶の残滓であると判断した。
『俺は……父などと、呼ばれる資格はない』
どこか苦しそうな独白を聞くものはいない。
そして彼は、強化人間C4-621の調整を手配した。