ごすずんとエアちゃんは共に救われるべき 作:ルビコニアンソルトピラー
『また犬を飼ったようだが、何度でも殺してやる』
見知らぬ/いい加減嫌厭の念も抱き始める声に、自身ではなくハンドラーが反応する。
機体情報を確認するまでも無く、知っている。彼は第一世代の強化人間C1-249、独立傭兵のスッラ。
ハンドラー・ウォルター麾下部隊“ハウンズ”のみならず、強化人間を「狩って」回る老兵。今やその雇い主さえ定かではない流れ者。
『貴様は……待て、621。周囲に多数の反応がある』
言われるまでも無くQBを噴いて機体を躱すと、数瞬前までいた場所に
躱されることなど想定もしていない全く同時に同じ位置を撃ち抜く、ある意味では優れているといっていい機械的な緻密さを無感動に把握する。
しかし、心中には大きな疑問があった。
──二体多い。
こんな展開は初めてだ、なんて、当たり前のことを考える。生きていれば「今」という瞬間を迎えるのは常に初めてだ。常に、そして絶対に、そのはずだ。
だが、ここで出てくるのは四機のはずだったという確信もまた強い。驚愕も同等に。
強制監査妨害は恙なく──何ら違和感を覚えることなく、そうなるだろうという確信に従った結末を迎えたというのに、何故。
『背後からも狙われているぞ。……これは、光学迷彩か。一度見失うと面倒だ、見つけた奴は一気に片付けてしまえ』
四機、いや前後で三機ずつの計六機。取り囲むように配置された光学迷彩搭載無人機“ゴースト”を優先的に排除していく。
数が増えようと所詮は遠距離支援機。MTよりは強いが、封鎖機構のLCの方が強敵だ。
『この短時間で半数を撃墜か。いい犬だな、ハンドラー・ウォルター。私がやったのは……618だったか? あれも悪くはなかったが、今度の猟犬はそれ以上、いや、これまで以上だ』
『……スッラ。何故この仕事を知っている?』
そりゃあ“黒幕”──オールマインドが依頼情報をリークしたからだ。そしてスッラ自身もまたウォッチポイントを狙っている。オールマインドの命──或いは依頼によって。
本当なら、この辺りのことを全てウォルターに話してしまいたい。
オールマインドのこと、コーラルリリースのこと、全ての“記憶”のこと。そして──ずっと心の底にあった、「ウォルターと“彼女”の共に救われる世界を」という願望を。
だが、駄目だ。
そうすべきではないと直感が囁きかけてくる。
オールマインドの暗躍能力は本物だ。
ウォルターだけでなく、企業や惑星封鎖機構さえ騙しおおせ、最後までその正体と暗躍を悟らせなかったのだから。自分だってそうだし、情報収集力やハッキング能力では並ぶもののない“彼女”でさえも、向こうからアプローチしてこなければどうにもならなかっただろう。
もしもウォルターにオールマインドのことを明かせば、アレはきっと排除に動く。ACのロックオン能力さえ振り切るステルス性を持った、これら“ゴースト”を差し向けて──きっと、自分がACに乗っていないハンガー内や、出撃中などを狙って仕掛けてくる。
少なくともオールマインドの計画を半壊させ、自分が必要不可欠なピースになった後でなければ、オールマインドの暗躍に気付いていると気付かれるべきではない。
もしかしたら他にももっと、考えるべき、気にするべきことがあるのかもしれないけれど──ぱっと思いつくだけでも、「相手はこちらの本拠地を知っているが、こちらは相手の本体の位置を知らない」という、特大の不利を背負っている状態なのだ。こちらから戦端を開くのは得策ではない。
『あまり手を煩わせるな、ハンドラー・ウォルター。余計だ。その犬も、な……』
余所事を考えながらゴーストを全滅させスッラに集中すると、敵APはみるみるうちに減っていく。
ロックスミス。
何を考えてこの構成にしているのかと思っていたし、こんな機体では遊べたものではないと思っていた。
事実、このアセンブルのフロイトとは何十回、何百回と戦ったけれど──そんなはずはなく、一度だって戦ったことはないはずなのだけれど──一度だって苦戦したことがない。
だが、使ってみるとこれはこれで愉しいものだ。
自分のように対多戦を想定し、「一匹殺す時間が短ければ短いほどよい」なんて考えは持っていない。構成思想はおそらく、一人の強敵と戦い、相手を理解した上で下すこと。
牽制用のレーザードローン、中距離戦用のライフル、一瞬でケリが付きやすい至近戦を拒否するための拡散バズーカと、応じるためのレーザーブレード。
“殺すこと”ではなく“戦うこと”を目的としたアセンブル。いや、或いはその先──“愉しむこと”を目的としているのか。
『この感じは第六……いや、第四世代か? いやに感情豊かだが、また犬に愛着を持っているのか、ハンドラー・ウォルター。育て方を間違っているぞ。上手く育てればいい猟犬になったものを』
旧世代型強化人間は情動が薄い。
恐怖、憎悪、悪意、憤怒、嫉妬、そういったノイズを排した完璧な戦闘機械へ仕上げることだって可能だ。感情のない、命令に忠実な殺戮装置へと。
しかし、スッラは眼前の機体の奥に潜む、醜悪な臭いを鋭敏に嗅ぎ取っていた。
これに乗っているのは、命令に忠実な猟犬ではない。誰彼構わず噛みつく狂犬の方がまだマシなものだと、長年の経験と直感で理解していた。
『妙な動きだ……先に進みたくて仕方ないか? そう焦れるな、苛立つな。私たち旧世代型は、感情を持ち込まずに戦えることが売りだろう。……なあ、ハンドラー・ウォルター?』
戦い方で強化人間手術の年式を当てるばかりか、あるかどうかさえ定かではない──しかし自覚していた焦燥と懸想を言い当てられ、スッラに対する脅威判定をさらに上乗せする。
『こいつは良くないぞ、ハンドラー・ウォルター。命令に忠実な猟犬でもなければ、誰彼構わず吠え立てる狂犬でもない。もっとどうしようもないクズだ……』
その通りだと、ライフル弾をしこたま叩き込みながら心中で頷く。
“父”も殺した。“友人”も焼いた。
恩人も戦友も、みんな殺した。目的のために、そう選択した。目的のために、何十、何百……或いは何十億も殺した。星系を焼き払って。
そんなモノが、上等であるはずがない。
スッラの言葉は正しい。自分は場合によっては、ウォルターを欺き敵にさえなる。そんな犬は、今すぐ捨ててしまうべきだ。
スッラは正しい。
だが……余計だ。
“彼女”との再会/邂逅の、邪魔だ。
レーザーブレードがスッラの乗機エンタングルのコアパーツ、その絶対不可侵でなければならない部分を致命的に切り裂く。
そして機体が爆発し、消し炭のようになった二脚ACが頽れた。
通信越しの声からさえ、そして共感能力に欠ける自分にさえ分かるほどの悪意を湛えていたスッラの声は、最後の最後に少しだけ緩んだ。
『ハンドラー・ウォルター……その猟犬は、やめておけ……』