ごすずんとエアちゃんは共に救われるべき   作:ルビコニアンソルトピラー

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 実を言うと、自分には実は感情があるのではないかと思っていた。

 ハンドラーの声を聞くだけで胸いっぱいに広がるもの。ミシガンの声を聞くと不思議とざわめくもの。まだ出会えない“彼女”を想うと胸に穴が開いたような気になること。

 

 どれもこれも、強化手術の過程で排除された感情に違いないと思っていた。

 

 だが──どうやら違うらしい。

 

 寄せては返す波のように──寄ったものをどれほど排しても次から次へと押し寄せる波浪の如く、連携が取れなくなるギリギリの数なのだろう十数機のMT部隊が、何度も何度も押し寄せては消えていく。

 

 消していく。

 

 爆発音。金属音。銃声。時折、混線した通信から聞こえる悲鳴や断末魔や命乞い。

 

 すべてを無視してただ只管に、遠くに見える“壁”を見据えて進軍する。

 とにかく数を減らすことを念頭に置いた戦い方は、レッドガンに対するものとは全く違う粗雑なものだ。

 

 ジェネレーターかコックピットを狙い、乗員の安全や脱出など一切考慮せず──そこに人間が乗っていることなど一顧だにせず、最短最速で潰していく。

 

 その大殺戮を為して、心は全く動かない。

 

 ただ、戦術眼がシクシクと危機感を訴えるだけだ。

 

 一撃必殺を心掛けていたにも関わらず、両手のショットガンはとうに弾切れで、またぞろパンチで戦う羽目になっている。殺してはいけない相手ではないし、加減をする必要なんて全くないのに。

 流石にこの状況では、“彼女”も笑ってはくれないだろう。“恩人”であれば、むしろ呵々大笑しそうだけれど。

 

 『残りAP50パーセント、リペアキット残数はゼロだ。一度退いて態勢を立て直せ、621。補給シェルパを手配しておいた』

 

 飼い主の言葉に素直に従い、飛んできた補給用コンテナで機体を修復する。弾薬もリペアキットも満タンだ。

 これでまた、まだまだ戦える。

 

 だが、十全なのは機体だけだと、脳の冷静な部分が評価する。

 

 解放戦線の殲滅は大した負担ではなかったが、レッドガン部隊を一人も殺さずに機体だけを壊し、脱出ポッドの行く先まで把握して人員を保護するのは、戦闘機械である自分にはとても不向きな作業だった。

 精神面の疲労──判断力や思考速度の低下が見られる。

 

 『621、そちらに向かう大規模部隊が二つある。一つはV.II(ヴェスパー・ツー)スネイルが率いるアーキバス部隊、もう一つは解放戦線の増援だ。……増援との会敵は避けろ。()()が──重装機動砲台“ジャガーノート”がいる』

 

 視界の端に観測機からの映像が映る。

 ブリーフィングで一度見た/幾度となく撃破した、巨大な機影。本当に文字通り「壁」のようなのっぺりとした前面装甲はこけおどしではなく、大抵の攻撃を弾くことを知っている。

 

 『壁上に配備されているものは動いていない。もう一機いたようだ』

 

 それも既知だ。

 “戦友”が撃破していたことを、放置されていた残骸を見て知った時には驚いた。そして、それほどの戦果を誇ることも無い人柄に感動した。

 

 ……尤も、どちらもただの錯覚なのだけれど。

 

 あるはずもない/確かな記憶を思い返していると、飼い主からのものではない通信が入る。

 見覚えのない/癪なことに見慣れてしまった、不気味な顔とカタツムリのエンブレム──V.II(ヴェスパー・ツー)スネイルだ。

 

 『そこのAC、所属を──あぁ、確かベイラムが拾ってきた駄犬でしたか。見るに、ベイラムの部隊は壊滅……む? いや、この残骸は……?』

 

 イグアスとは違う、だが同じくこちらを軽蔑したような声色に、僅かな疑問の色が混ざる。

 その視線は無数に散らばるMT残骸の中に、ベイラムのものではなく解放戦線に機体を供与しているBAWS社のものがあることを見抜いていた。空の右手で殴り倒したベイラムのものとは違い、そちらはショットガンやパイルバンカーで完膚なきまでに破壊された鉄屑だというのに。

 

 『なるほど。駄犬は駄犬なりに、露払い程度には使えるようですね』

 

 それだけ言って通信が切れる。

 かと思えば、再び飼い主からの通信だ。

 

 『──621、仕事が入った。ここからはアーキバスが壁越えに挑むが、お前にはその補助が依頼されている。内容……いや、選択肢は三つだ』

 

 選択肢──ということは、複数の依頼が提示され、こちらがどれかを選んで請け負う形なのだろう。

 そして飼い主は、その選択をまたも猟犬に委ねてくれるつもりのようだ。

 

 『一つは市街地に展開している解放戦線の殲滅。ここまでかなりの数を倒してきたが、市街地の部隊は殆ど手付かずだ。もう一度、あの乱戦を繰り返すことになるだろう』

 

 いつも落ち着いているように見えて、ウォルターの声色は意外と雄弁だ。

 今も「やめておけ」という言外の意思がはっきりと汲み取れた。

 

 街区の防衛線に配備されたMTは健在だし、もろに砲台の制圧圏内だ。

 パイルバンカーを打つのに足を止めるだけで集中砲火を浴びることになる。

 

 が、まあ、()()()()()こなした仕事だ。欠伸交じりに突破できるだろう。

 

 『一つはお前とアーキバス部隊を挟撃する形で展開している増援部隊、および“ジャガーノート”の排除』

 

 この展開は未知のものだが、その選択肢には察しがついていた。前か後か、その二択になるのは必然なのだから。

 

 やるならこちらだ。

 折角ならもっと速度に特化した軽量機体でやりたいが、今からアセンブルは変えられない。

 

 ……もう一つの選択肢には察しがつかない。

 僅かな期待を胸に──そんな機能が残っているとは思えないけれど──言葉の先を待つと、ウォルターは「これを選べ」と懇願するかのような色をほんの僅かに滲ませる声で告げる。

 

 『もう一つは俺から提示する選択肢だ。……依頼を拒否して帰投しろ。補給したばかりで機体は万全かもしれないが、お前自身には疲労が蓄積している。戻って休め』

 

 疲労は──ある。

 レッドガン全滅と護衛に続き、解放戦線の前線部隊殲滅までこなしたのだ。

 

 けれどどういうわけか、視界がすごくクリアだ。

 ハンドラーの声、いや、その言葉で、まだあと100年は戦えそうだった。

 

 透明だ、気分がいい──そんな軽口も浮かぶほど。

 

 そして、二つ目の選択肢を選ぶと告げる。

 

 『……分かった。だが、必ず生きて戻れ。……お前には、まだやって貰わなければならない仕事が残っている』

 

 

 

 

 

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