悟様、いい加減にしてください 作:木野兎刃(元:万屋よっちゃん)
天元がいる薨星宮には専用のエレベーターで移動する必要がある。夏油と綱時は黒井と天内を連れ薨星宮の参道を歩いていた。
「理子様、私はここまでです。どうか…………」
星漿体である天内は薨星宮本殿に辿り着いてしまえば天元によって守られる。刻限が迫っているとはいえ、伏黒甚爾という襲撃者が迫ってきている中天内を安全な場所に逃せる状況ではない。
天内の生存を考えた場合、最も確率が高いのが天内を天元の下まで送り届ける事になる。
黒井は、星漿体の世話を任される一族に生まれた。嫌気が差し、看護師として生きようとしたが、天内との出会いがあり星漿体の世話係として復帰した。
長い間共に過ごしてきた2人の間には家族のような強い絆が結ばれている。黒井は必死に涙を堪え、泣き顔を天内見せまいと頭を下げて見送ろうとする。
「黒井、ずっと大好きだよ」
「私も…………私もです。理子様‼︎」
夏油と綱時という部外者など関係なく2人は涙を流しながら抱擁する。そこには星漿体ではなく天内理子本人がいる。
その様子を見た綱時は夏油の方を確認する。夏油は優しい笑顔を浮かべながら小さく頷く。
「天内様、今なら同化を拒否しても間に合います。星漿体としてではなく、天内様はどうしたいですか」
「え、でもお主らは妾を天元様と同化させるのが目的なんじゃろ」
「天元様からは天内様の要望は可能な限り応えろと聞いてます。なら、拒否したらそれに応えなければ天元様からの司令を無視した事になりますよね、夏油先輩」
「沖縄でも話したけど、私達は君の意見を何より尊重する。君が同化を拒否するなら君達の未来は我々が保証する。大丈夫、我々は最強だから」
夏油と悟は任務の話を聞いた時から決めていた事があった。星漿体である天内が同化を拒否した際はそれを支持することを。その結果呪術界全体を敵に回してでも同化をさせないと話して決めていた。
ここから本殿に行けば天元が侵入者を拒否して同化まで天内を守ってくれる。しかし、それは天内理子という存在の抹消を意味する。
「私は…………………」
天内は生まれた頃から星漿体として生きてきた。天内にとって特別である事が普通で普通である事が特別だった。
幼い頃に両親を失い、自分が消える事を悲しむ者も寂しがる者も居ないと思っていたし天内自身も寂しいとか悲しいといった感情は湧かないと思っていた。
しかし、黒井と過ごしてきた日々や学校で出来た友達、沖縄での楽しい一時を過ごして天内は自覚した。
「私は…………もっと皆といたい。皆と色んな所に行って色んな物を見たい‼︎皆と一緒にいたい‼︎」
「理子様………………」
「なら先ずは君達をここから逃がさないとね。さ、行こうか」
天内に手を差し出す夏油。その瞬間、甲高い金属音が鳴り響いた。
「甚爾様、今良い所なので控えて頂けませんか?」
綱時の視線の先には拳銃を持った甚爾がいた。甚爾は天内を殺そうと引き金を引いたが警戒していた綱時によって防がれた。
「やっぱり綱坊がいるならこんな玩具じゃ意味ねぇか」
「どうしてお前がここにいる」
「あ?あぁ。五条悟は俺が殺した」
「そうか、なら死ね」
頭を掻きながら言う甚爾に対し、夏油は自身が持つ呪霊の中でも強力な呪霊を呼び出す。
最高の防御力を誇る虹龍と仮想怨霊、切り裂き女。
「綱時、こいつは私が殺す。2人を連れて逃げろ」
「夏油先輩。その役目、僕がいただきます」
「何を言って…………」
「僕じゃ、2人を連れて逃げ切る事は出来ません。あの人以外の襲撃者がいたら2人を守り切る事は難しい。夏油先輩なら2人を連れて安全な所へ避難させる事も出来るでしょう」
「それは、そうだが………………」
綱時の術式は誰かを守りながら戦うという事に向いていない。しかし、夏油の呪霊操術であれば2人を守りながらでも戦う事が出来る。
「2人を頼みますよ、夏油先輩」
夏油達に背を向けると童子切安綱を呼び出し腰に差す綱時。
「死ぬなよ、綱時」
「了解」
夏油はそう言い残すと呪霊を呼び出し、黒井と天内を飲み込む。そして薨星宮を出ていった。
綱時はそれを確認すると呪力を練り上げる。練り上げられた呪力は童子切安綱と反応し、バチバチと紫電が奔る。
「五条の坊が死んで残った戦力がお前とあの呪霊操術の前髪だけ……………前髪は簡単にキレてくれそうだしな。どう見てもお前らの勝率は低いぞ」
「自分が負けるって事は考えた事無いんですか?」
「五条悟が死んだ今、お前らの勝率はどれだけある?万が一か、億が一か?」
「那由多の彼方でも、僕には十分過ぎる」
綱時が簡易領域を展開するのと同時に綱時の視界から甚爾の姿が消える。
術師同士の戦いならば、呪力の流れを見て次の攻撃を予測するということも出来るが甚爾にそれは通用しない。
生まれながらにして呪力が完全に無い前天的な縛り、天与呪縛を受けた代わりに異常とも言えるほどの身体能力を手に入れた男。
同じ天与呪縛の真希ですら一般人程度の呪力がある事を考えること甚爾がどれほど異質な存在か分かる。
その身体能力からスピードは呪力で強化したとしても今の綱時では捉え切る事は出来ない。
「シン・陰流簡易領域『抜刀』‼︎」
シン・陰流の最も基本的な技にして最速の技。抜刀。刀身を呪力で覆い鞘の中で加速させる技。簡易領域と組み合わせれば領域内に入った者を反射で迎撃することのできるフルオートのカウンターとなる。
「なるほど、これがシン・陰流ってやつか。これは中々良い」
最速のカウンターですら難無く避け、背後に回り込む甚爾。刀を構え綱時に向け振り抜こうとしていた。
「だが、当たらなきゃ無意味だかな」
「それはお互い様でしょ」
綱時は童子切安綱を握っていない方の手で術式を発動し、槍を呼び出す。
完全に自分の間合いだった甚爾だが突如槍が現れた事で腹に槍の柄がつっかえ倒れ込む。
「やるじゃねぇか綱坊。まさか先手取られるとは思わなかったぜ」
「今ので僕を仕留められないとか、そっちは少し鈍ったんじゃ無いですか?」
「かもな、だけど調子も上がってきた。次はもっとスピード上げてくぞ」
(甚爾さんの事だ…………簡易領域の事知っててもおかしくないし、気付いてる可能性が高い)
リズムを取るように小さくジャンプをする甚爾。綱時の簡易領域は半径2.21mの領域内に侵入したものを自動で迎撃するものだが、両足が展開時のポイントから離れると解除される。
(範囲を絞って反応速度を上げなきゃ話にならない‼︎)
綱時の簡易領域はその性質上、呪術における領域展開に対する対抗策となる。似たような技もそれなりにある。
御三家秘伝の落花の情、領域展延。どちらも共通点として呪力を纏い、必中の術式に対する対策として生み出されて技術である。
(綱坊………何をしようとしてやがる)
甚爾は気軽に踏み込めずにいた。シン・陰流の簡易領域というものをよく知らないからだ。
綱時がやろうとしている事はその範囲の縮小とそれによる効果の強化。領域展延のように纏いながらでも自由に動けるように可能な限り薄く、自分の体に張り付くように展開しつつも、反応速度を損なわないように効果を維持する。
それに加え、反応した意識に身体をついていけるようにする為呪力で身体能力の強化もしている。
「シン・陰流、簡易領域『纏』」
領域の対策として生み出された簡易領域とは違い、自分が反応しきれない速さを持つ相手との戦いを成立させる為に綱時が編み出した技だ。
「良いねぇ、少しは楽しめそうだ」
綱時の術式は、呪術戦において直接的な強さを持たない。源家の所持する無数の呪具があってこそ初めて効果を発揮する。
それ故に綱時は近接戦の技術と呪力操作を徹底的に磨いた。
幼い頃から磨き続けた呪力操作を持ってしても何とか出来た技術。綱時にとって上手くいくかどうかも分からない博打であるがこの場ではそれしか手が無い。
「ここからは油断も様子見もねぇ。全力でお前を殺す」
甚爾はこの日、初めて構えを取った。何故構えようとしたのか自分でもよく分かっていないが気が付けば自然に構えを取っていたのだ。
お互いにじり寄りながら間合いの読み合いが始まる。どちらが最初に踏み出すか、思考だけではない高度迫り合いがそこにあった。
「行きますよ、甚爾さん」
「来い、綱坊」
2人は同時に動き出し、戦いは更に激しさを増すのだった。
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