悟様、いい加減にしてください 作:木野兎刃(元:万屋よっちゃん)
呪術界を牛耳る御三家が一角、禪院家。術式至上主義のエリート一家で御三家の中で最も術式への拘りが強く、一族の中で身分の差異が強く、その影響からか男尊女卑の傾向もある。
「なんや、ドブカス猿の綱時やないの」
綱時が禪院の屋敷の門を潜ると出迎えたのは直哉だった。
「一応アポ取って来た来客ですよ僕。立場的にはこっちが下であっても最低限の礼儀くらい尽くしてください。それでは当主になれませんよ」
「お前以外にはちゃんとしとるわ。甚爾君の猿真似しかせんで、悟くんの金魚の糞やっとる猿になんでボクが礼儀つくさなあかんの」
綱時は常日頃から悟相手をしているだけあり、沸点の高さには自信があった。多少煽られたくらいで自分は怒ったりなどしないという自負があった。
しかし、度重なっての猿という罵倒や悟とは別ベクトルのウザさに苛立ちは募っていた。
「呪具頼りって言いますけど…………直哉様こそ術式頼りじゃないですか」
「あ?」
「術式無しの肉弾戦で直哉様、僕に勝てた試しが無いでしょ。そんなんだから悟様から雑魚扱いされるんですよ」
「お前……………本当いい加減に……………」
わなわなと肩を震わせ今にも殴りかかりそうな直哉。したくもない交渉の為に禪院の屋敷に顔を出す事になり綱時の機嫌は地の底を這う程悪かった。
このまま殴り合いになって多少ストレスを発散するのもやぶさかではないと拳を握る綱時。
「綱時様、当主様がお呼びですのでこちらに」
まだ小学生くらいだろうか、おかっぱ頭の少女が綱時と直哉の間に割って入った。
「命拾いしたな、次はこういかんで」
流石の直哉も当主からの呼び出しでは引っ込まざるをえない。直哉は綱時は睨むと踵を返し何処かへ向かって歩き出した。
「真希ちゃん、止めてくれてありがとね」
「良いんだよ。ジジイが呼んでるのは本当だし遅れたら私も何されるか分からねぇしな」
2人の間に割って入った少女の名は禪院真希。現当主である直毘人の弟、禪院扇の娘で双子の姉である。
「全く………あの人は………………」
「何のつもりで来たか知らねぇけど余計なことしなくて良いからな。私は自分で何とか出来る」
呪術界で双子というのは不吉の象徴として語られている。呪術的には一卵性の双子というのは同一人物としてみなされる。家柄を重んじる術師にとっては跡目争いの火種となるし呪術的にも凶兆なのだ。
ましてや真希は呪霊を見る事すら出来ない。呪力は一般人のそれと何ら変わりない。そして、妹の真依は呪霊の認知は出来るものの、一般人に毛が生えた程度で簡単に言えば落ちこぼれだ。
「真希ちゃん、最近はどう?虐められたりしてない?」
「前よりはマシだよ。殴られるのは訓練以外で殴られる事は減ったよ。最近はちゃんと飯も食えてる、まぁ不味いけど」
真希は呪霊を見る事が出来ない代わりに高い身体能力があった。小学校低学年な真希だが、身体能力だけでいえば大人のそれを越えていた。
真希のその特異性、妹の真依も落ちこぼれ。禅院からすれば、まさに余計なお荷物といえる。そのせいか、2人は虐待に近い扱いを受けていた。
「そっか」
「余計な事すんなよ?私を今虐めてる連中は私が一級術師になって鼻を明かしてやるからな。そん時はアンタをこき使ってやるから楽しみにしてろよ?」
「うん、その時が楽しみだよ」
悪戯が上手くいったかのような、少しだけ悪い笑みを浮かべる真希。
綱時は改めて強い子だと感じた。自分が同じ境遇であったら耐えられるという自信は無かった。
自分が辛い境遇であるにも関わらず、妹である真依の居場所を作る為に呪術師を目指すという真希は、代々続く家系であるからといっても呪術師をしているだけの綱時にとって眩しい存在でもあった。
「こちらの部屋で当主様がお待ちです。私はこれで失礼いたします」
現当主である直毘人が待つ部屋に近づいたからなのか、普段の砕けた口調とはうって変わり名家の者らしい丁寧な言葉遣いをする真希。
ぺこりと頭を下げると真希は足早に去っていった。
「直毘人様、綱時です」
「入れ」
綱時は襖を開けながら、ため息を吐きたくなるのをグッと堪える。悟とはまだ年齢が近いのもあり、気楽に接する事が出来るが、直毘人には苦手意識が強い。
婚約自体は真希も綱時も未成年で法的に結婚出来る年齢でない事から保留としていた。
保留といっても限りなく決定に近い婚約で禪院家と源家の婚約というニュースは呪術界にそれとなく広まった。これにより、綱時の退路は絶たれ真希との婚約はほぼ決まったようなものとなってしまった。
こうした事から綱時は直毘人に対して苦手意識が強くなった。
「久しぶりだな、綱時」
「……………………………」
「直毘人様、こんな昼間から呑むというのは如何なものかと。扇様もお久しぶりです」
部屋の中にいたのは白髪と特徴的な髭を蓄えた初老の男性と黒く長い髪を一本に纏めた同じく初老の男性。
「余計なお世話だ」
綱時が禪院家を訪問したのはお昼過ぎの時間。まだ日は高く、真っ当な人間なら酒を呑むような時間では無い。
それだというのに白髪の老人、直毘人はどぶろくを片手にグビグビと酒を呑んでいた。
「早く要件を言え、綱時。私は貴様や兄のように暇では無い」
口を開いたのは黒い髪の扇。当主である直毘人の実弟であり真希と真依の父親である。
「貴様の要件はどうせ真希と真依の事だろう。私は貴様との契約を守って彼奴らには最低限の生活はさせているぞ。親としては彼奴らを貰ってくれるなら万々歳だ。早く決めろ」
「それなりの金を払って契約しないと育児らしい事も出来ない出涸らし風情が父親面しないでください。本来は直毘人様だけで事足りますが、血縁上、父親である貴方の顔を立ててこの場に呼んでいるんです。その辺り、弁えてくださいよ」
「貴様‼︎」
左側に置いてあった刀を手に取り抜刀しようとする扇を直毘人が静止する。
「それで?お前は何を言いに来た、綱時」
「源家当主として、禪院真希との婚約を正式に受け入れます」
「それだけじゃないだろ?そうじゃなきゃオレに直接言う必要もねぇ。書面なりで済むからな」
「僕が真希さんとの婚約を受け入れる代わりに禪院家と僕の間で縛りを結んでもらいます。前回のような口約束とは違ってちゃんとした縛りです」
他者間での縛り、それは術師同士の間で行われる最上級の契約で破って際のデメリットは計り知れないとされ、呪いの王ですら縛りを破る事はしないと言われている程である。
「良いだろう。言ってみろ」
「僕が婚約を結ぶ代わりに真希さんと真依さんの身の安全を保証する事。2人が不必要に暴力を受ける、虐待を受ける、傷ものにされるような事が無いようにしてください」
真依はともかく、真希は呪術師になる事を望んでいる。綱時の立場であれば安全に経験と技術を積む事が出来る環境を用意する事が出来る。
しかし、真希はそうした施しを望まない。それは彼女にとって同情されるのと同じで所謂余計なお世話というものになる。
「禅院で生きていく上で危険は付き物です。命に関わるような危機以外にも危ない事は沢山あります。2人が望まない形で傷付くような事があれば、僕は一切の容赦をしません」
「なんだ、処女しか抱くつもりがねぇってか?」
「んな事は一言も言ってませんよ。そこに拘りなんてありません。ただ、1人の人間として望まない事はさせたくないだけです」
「そこまでオレらに縛らせるんだ。お前は何をしてくれる」
呪術というのは基本的に足し引きである。対価を望むのなら相応の掛け金をベットせねばならない。
2人の人間の身の安全と生活を保証させるという長期的な縛りを設けさせる以上綱時からも何かを差し出さねばならない。
「源家が禪院家に貸し出している呪具の贈与、追加で一級相当の呪具を丙の人数分、特級も幾つか差し上げましょう。足りないというなら僕個人が所有している幾つかの呪具もくれてやります」
源家は呪具の貸し出しを行なっており、御三家それぞれにも相当数の呪具を貸し出している。源家の基本的な収入は術師としての収入もあるが1番大きなものは呪具の貸し出し、販売と作成である。
「あの2人にそこまで出すか」
御三家や呪術連ですら総数や実態を把握しきれていないとされる源家の呪具をこれでもかというほどの大放出。
直毘人としては、呪術師として凶兆とされる双子にそこまでする価値は無いと考えていた事もあり、綱時がここまでする事に驚いていた。
「こっちも一族が結んできた縛りを破る危険性もあるんだ。仮にこの縛りを受けるつもりが無いならこの話は当然無しだし、貸し出してる呪具を取り上げさせてもらう」
「貴様、何を勝手に‼︎」
縛りを破った際のペナルティは謎でありどうなるか分からない。しかし、破った際のペナルティまでを縛りとすれば成立する。
禪院に所属する術師の多くは源家から呪具を借り受けており、これを取り上げられる事はかなりのダメージとなってしまう。
直毘人は呪具を使う訳でも無い為その縛りには特に思う事は無かったが、扇は違った。
「あのような出来損ないの為に我らの呪具を取り上げるだと⁉︎認められるか‼︎禪院の血を分けてやるだけでもありがたい事なのに、貴様は何様のつもりだ‼︎無礼にも程があるぞ‼︎」
「僕が敬意を払い、仕えているのは御三家の当主であって跡目争いに負けた出涸らしではありません。禪院の血を分ける?2人を人間とも思っても無い出涸らしが言える事じゃないでしょ。僕が婚約を受け入れたのは真希さんの意思を尊重する為と僕自身の我儘を貫く為であって、あんたの点稼ぎの為なんかじゃないんだよ」
綱時は基本的に御三家という存在を嫌悪している。中には幾つかの例外はあるが、扇はその例外に当てはまらない。
悟は上層部や御三家の大半を腐ったみかんのバーゲンセールと称している。直毘人も腐ったみかんの一部とは言えるが、綱時的にもまだ話は通じる部類で比較的まともな方と思っている。
一方で扇は禪院家の中でも腐ったみかんの代表のような人物であり、一族の縛りや術師としての使命感などが無ければ殺してやりたいと思うほど扇の事を嫌悪している綱時。
「貴様ぁぁぁぁあ‼︎」
綱時が扇を嫌悪しているのと同様に扇も綱時を嫌悪していた。真希と真依の存在が無ければ当主になっていたのは自分であるという自分に敬意を払う様子を見せない綱時に苛立ちを覚えていた。
しかし、真希との婚約という話題が出た時は扇は初めて真希という存在に感謝した。
呪術界における呪具の実質的な支配権を持つ源家を禪院に引き込んだも同然なのだ。当主は直毘人だが、場合によっては当主交代も可能かもしれないと扇は思っていた。
しかし、自分を敬う所か、侮蔑の言葉すらかけてくる綱時に扇の堪忍袋の緒は切れてしまった。
「まぁ待て。その縛りを受け入れる。だが、そこまで言うなら彼奴に相応の試練を与えるが構わんな?」
抜刀しかけた扇を遮る直毘人。当主である直毘人が了承してしまった事でこの縛りは成立してしまい怒りのぶつけ所を失った扇は綱時を睨むと部屋を出ていった。
「縛りを破らない程度ならお好きに。強くなる事を望んでるのはあの子なので。真依さんは強くなる事を望んでいないのである程度加減してあげてください。こちらは僕個人の蔵の鍵です。源の本家にあるので自由にどうぞ」
「うっかり源本家の忌庫を開けても知らんぞ?」
「本家の忌庫の場所は僕しか知りませんし、源の当主以外は開ける事も近づく事も出来ませんので探したいならお好きにどうぞ。呪われてもしりませんが」
くっくっくと笑う直毘人に綱時は眉一つ動かす事なく言葉を返す。
源家の本家は代々あらゆる呪具を格納している忌庫があり、所有している呪具の大半はそこにある。術式を使う際はこの忌庫から呼び出しているがその場所と格納されている呪具の詳細、開け方などは源の当主しか知らない。
直毘人としては特に価値が無いと思っていた真希と真依の身の安全を保証するだけで良い為、実質無料で質の良い呪具を大量に手に入れたのと同義だった。
これ以上源家を刺激して手痛いしっぺ返しをくらうつもりも無い為源本家の忌庫を暴くつもりは無かった。
「婚約祝いに酒でも奢ってやろうか」
「まだ未成年ですのでお断りします。これ以上長居したく無いので失礼します」
「今度ウチに来る時は何か土産でも持ってきてくれ」
「覚えてたらそうします」
綱時はそれだけ言うと部屋を出ていった。道中直哉が綱時を睨んでいたが綱時は無視して禪院の屋敷を出ていった。
門を潜った所で振り返ると真希が深々とお辞儀をしているのが目に入った綱時は真希に小さく手を振った。
今の呪術廻戦、激アツだけど後が怖い。。。。助けて東堂、助けて張相