月夜に舞えよ、蝶々 作:へびのあし
ぐるりと麓をとり囲んでいる薄紫の帯。それは古来より、牢獄と呼ばれる藤の結界。
試験の生贄にここへ放り込まれた鬼どものみならず、鬼狩りを志す若き
今宵は子供たちの夜。
……惨禍と奇跡がくりかえされるこの山で。再び血濡れの物語が始まる。
「水菓子の呼吸 壱の型 林檎は薄切りっ!」
「ギャアアーッ!!」
掬うように斬りあげられた剣。鮮やかに鬼の頸が舞いあがる。
チャキン、と響く納刀の音。真っ白な羽織と袴をまだ幼い身に纏う少女が、嬉しそうに息をついた。
「よっし一匹!」
林檎のようにみずみずしい頬を紅潮させ、こぶしを握る。
邪気のない、しかし恐ろしいことに生身の人間としてあるべきはずの気配までもがまったくない。ただの少女にあらずと一眼でわかるその横へ、もうひとりの女が寄ってきた。春の海のごとく澄み切った空色の袴を履き、鼻を泥に汚したその顔は少々吊り目。
二人は、前夜にこの藤襲山で知り合ったばかりの選別者だった。
—————小栗林桃乃。水菓子の呼吸の使い手である、白い少女。
—————月森ヒナ。花の呼吸の使い手である、空色の女。
「…あんさ、桃乃。毎回技名聞いて気が抜けるん、何とかしてくれよ。」
桃乃と呼ばれた少女は、嬉しそうに女をふり返り悪びれることなく答えた。
「いや、私だって頑張って考えたんですよ? 水の呼吸の “水面斬り“との違いをうまく感じさせる言葉を探して悩んで三日三晩。ある夜の夢の中で林檎を包丁で切っていた時に、これだ!ともう、ひらめきの神様が降りてきたわけですよ。」
「…そう巫山戯た由来、よく師匠が許可したな。」
女はまたしてもため息をつく。桃乃は、稀代の天才を自負していた女自身をして、驚天させた実力者だ。まだ齢十二にも満たない童女だが、すでに独自の型を開発しているらしい。凄い、いやたしかに凄いのではあるが。
苦い顔を続ける女に、桃乃が抗議とばかりに頬をふくらませた。
「いやだって、なぜ剣技の型に名前がついているのか考えてみてくださいよ? つまりああいったのは、技の感覚が伝わることが第一! ——例えば、いかにかっこよくともですね。水の呼吸の最終奥義である “生々流転“ が “山紫水明・一閃“ とかメチャクチャな名前だったりしたら困るじゃないですか。私の場合は林檎を輪切りでもなく、微塵切りでもなく、ペラペラの薄切りに包丁をシャラリとすり抜けさせるとしたこの表現のうまさ!」
なるほどなあ、と女は少し得心した。
桃乃の言葉、案外ものごとの本質を掴んでいるのかもしれない。
「…まあいいや。それよりあの狐面のことさ、うちずっと気になってたん。どこにやったんか?」
死装束かと勘違いするほど(もしかして本当にそのつもりなのか?)真っ白な着物に全身包み込まれた少女は、選別前にはこれまた真っ白な狐の面を被っていたのである。受験者が集められた広場では、圧倒的に異様な空気を漂わせていた。
それが前夜に山の中で再開したとき、すでにお面は消えていた。一体何処へ?
桃乃は、彼女特有の熟した金柑のようにかわいらしい声で、返事をする。
「ああ、あれは入山と同時に木の枝にぶらさげてきたんです。つまり、ギリギリ藤の結界の外へ置いてきました。」
「…それは、そういう願掛けかなんかで?」
「いえ、違いますが?」
「??」
女は、わけがわからくなった。
「あれは厄除の面っていって、私の先生が直々に彫って
「はああ!?」
女は頭を抱えた。
彼女にも同じように、選別試験へ持ち込んだものがある。今艶やかな髪を一つに結っている紫紺の髪紐は、師匠が御守りとして贈ったもの。花の呼吸の使い手だから、とほんのり香を焚き込めてあるそれには、今宵まで随分と勇気づけられた。
「だ、大事なもんなら肌身離さず持っとくんが礼儀だろ?!」
桃乃は答えなかった。
ただ、笑った。
さらりと垂れる桃乃の漆黒の髪が風に揺れる。顎のすぐ上でザクリと両断されている様相は、なぜか神社のこんぴらと戯れる童女を彷彿とさせた。
なぜだろう。
女として生きる喜びを放棄したもの。神聖なまでに、ただ白い。
哀しさや絶望をも超えた純真。
それを目の当たりに、女の心に憐れみの類の感情はどうしても湧かなかった。
ただただ美しかった。桃乃は幼く、それでいて成熟していた。
「…あのですね、そろそろヒナさんのことも話してくれませんか?さっきから、私ばかり喋ってるじゃないですか。」
突然、桃乃が話題をかえた。
「ヒナさん」と名を呼ばれ、女は瞬きをした。彼女は敬称で呼ばれることになれていなかったので、すこし面喰らった。
「あー、うん。そいで…何話せばいいんか?」
「好きな食べ物とか。」
「なるほど。」
しばし逡巡して、ヒナは思いついたものを適当に口にした。
「羊羹。」
「嫌いなものは?」
「……海のもん。魚、海藻、そんほか何でも、潮の香にゃぁ吐き気が湧く。」
「へぇー」
桃乃は漆黒の瞳をまんまるく見開いた。
ヒナはそっと目を逸らした。
ふと歩み続けていた二人の視界が明るくなった。紺碧の月夜にしんしんと降り注ぐ雪は、いつの間にかやんでいた。薄暗い森の木々から透かしてみれば、浮雲が流されやっと全身を現した月が凛然と輝きだしていた。
息を吐くと、氷のような空気の中で煙状の条が白くたなびく。
「ふぅ……」
のんびりと。なんとはなしに天を見上げた二人のうなじが、不意に殺気に反応してピリッと緊張した。
「ヒナさん。」
「あぁ、分かってる」
即座に抜刀。
飛び下がって鏡合わせのごときに油断のない下段の構え。
ざわざわ、と怪しげな木擦れの音が一帯に鳴り響いた。折り重なった枝の間から、にゅっとどす黒い手の指が現れる。続いて、闇夜に爛々とこちらを虎視する紅く縦に割れた瞳孔。
月光が後ろから照らしていた。妖しげな幻燈会のような光景で、鬼が影絵そっくりに浮かび上がる。
「…なぁ桃乃。今度はうちが行くか?」
なんとなく。二人は今まで交代で斬っていた。
ヒナは実は稀血と呼ばれ、鬼を呼びやすい特殊体質であった。鬼が喜ぶ栄養価が高い体。そのため呆れるほど次々に姿を現す人喰い鬼だったが、桃乃とヒナにとっては大した脅威にはならない。
一人で十分対処可能。
むしろ、連携慣れしていないために、下手な共闘は危なかった。
よって、順当に行くならばここで桃乃が下がった。
さらりとした声で『うん。危なくなったら助太刀するね。』と、言い残して。
しかし。
今回は例外だったようだ。
「…私がやります。ヒナさんは先に行っていてくれますか?」
桃乃の声が震えていた。
ヒナは振り返り、その姿を見てもっと驚いた。
桃乃の顔から血の気がひき、すでに真っ青であった。
「大丈夫です。あの雲が、」
と言って桃乃は天上の一角をくいと眼で指し示した。
「…あの白い月にかかる頃にはヒナさんに追いつきます。」
桃乃らしからぬ鬼気迫る表情。気圧されたからか。それとも掛けるべき言葉を見つけられずに終わったからか。ヒナは無言で頷いた。
胡蝶しのぶの継子の話、ありそうで意外と少ない。
水菓子の呼吸も、ありそうでない。
ということで自分で書いたという次第です。
〜プロフィール〜
漫画を見て、おそらく誰が誰だかわかる範囲で容姿を考えました。ちなみに水菓子=果物です。
<小栗林桃乃>
誕生日:四月六日
容姿:純白の羽織を纏った少女。顎のあたりでざっくり切った黒髪に、白い狐面が特徴。
性格:明るい、優しい、礼儀正しい、の三拍子!
弱点:こしょこしょくすぐられるのは苦手ですかね……あと、誰かに名前をつけるのもちょっと難易度高いのでご遠慮願いたいです……
使用呼吸:水菓子の呼吸
趣味:お掃除とかお洗濯とか。時間があったら服とか道着とかも作りたい。
好きなもの:きな粉餅、白い蓮華の花
<月森ヒナ>
誕生日:七月十五日
容姿:空色の羽織を纏った女(といっても桃乃の二、三歳年上なだけ)。ポニーテール。
性格:影があるけど凛としたキノコみたいなかんじ。
弱点:海の香のするもんにゃぁ吐き気が湧く……
使用呼吸:花の呼吸
趣味:米を数えること。畳の目や天井の目もなんか好き。
好きなもの:羊羹