月夜に舞えよ、蝶々   作:へびのあし

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金魚と銃弾

 

「カナヲちゃん!天才ですか?!」

 

興奮して、桃乃が叫ぶ。

カナヲは水の入った空き缶を針金でぶら下げ、ぼうっとそれを覗いていた。中身は金魚だ。夜店の灯りに、反射する。鮮やかな赤い鱗が、チロリチロリと現れては消える。

 

桃乃がくしゃくしゃとカナヲの頭を撫でた。

カナヲは相変わらずぼんやりしている。

 

「すごいですよ!私一匹も掬えなかったのに。カナヲちゃん、あれ三匹同時にさらっていきましたね?!見てましたよ!」

 

美しい金魚さんも手に入れた。

ついでにお小遣いの元手も取れた。

まさに嬉しさの極といった恍惚の表情で、桃乃はカナヲを褒め称える。

 

 

「手先が器用……っというか、観察するのがうまいのですよ。金魚さんの逃げてゆく方向、水流、ポイが破れない微妙な動かし方。カナヲちゃん、全部見てますね?」

 

カクン、と首を傾げるカナヲ。

 

かくいう桃乃はと言うと。ポイを水に入れたままどの金魚を掬うか悩むうちに、あんまりにも水につかりすぎたポイがふやけ、溶けてしまったのだった。故に結果、零匹。

 

 

「………。」

 

「金魚さん死なないうちに、蝶屋敷へ帰りましょう。さっき鐘が鳴りましたし。もうそろそろこのお茶屋さんに、みんな集合するはずです。」

 

ちょうど、二人は茶屋へ到着した。

 

桃乃は優しく手を取って、カナヲを店の前の腰掛けへ誘導する。

ぽふん、と音を立てて座ったカナヲへ、桃乃が愛おしそうに笑いかける。いや、正しくは金魚の入った缶に。よっぽど嬉しかったのだろう。

 

「………。」

「ん?どうかしましたか?……あぁなるほど!アカネさんと松之助さん!」

 

別行動をしていた二人が、連れ立って戻ってきた。

なぜか香りよい薬草の束の冠を被った松之助。首にも同じものをかけている。……両手で杖をついている彼への配慮のつもりらしいが。何がなんでも荷運びを手伝わせるというアカネの執念が伝わってくる。対してアカネは、大きな紙袋を提げていた。中身はどうやら可愛らしい手拭いやハンカチ、出し物の景品、お菓子など。

 

「遅れました。すみません。」

 

松之助がぺこりと頭を下げると、薬草冠が落ちそうになった。慌ててアカネが押さえる。

 

「いえいえ、これで四人揃いましたね。後はヒナさんだけです!」

「……え。」

 

桃乃の言葉に、アカネが怪訝そうに眉を顰めた。同じように怪訝な表情になった松之助と顔を見合わせる。

 

「……もしかして、まだ戻ってない……?」

「えぇ、私たちが最初ですよ。この場所に人がいた気配もないですし。」

 

アカネはふわりと顎に手を当てて悩む。

 

「妙だね……。さっき、合流しようと思って探したけれど、いなかったし……よっぽど遠くに行っちゃったのかな……?」

「う〜ん、確かにおかしいです。ヒナさん、約束はいつだって守る人なのですよ。」

 

 

ぽちゃん。

突然涼しい水音が鳴る。

みんなが振り向く。カナヲの缶の中で、金魚が跳ねた。

 

松之助が、それを見て何かを決心した。杖をつきながらゆっくりと歩いていって、カナヲの隣へ腰掛ける。濃紺の竹刀袋を背負った、桃乃とアカネを見上げる。

 

「カナヲさんは僕が見てますから。ヒナさんを探して下さい。こちらと行き違いに到着するような事態になったら、僕の鎹鴉を飛ばします。」

 

「ありがとうございます。」

「じゃぁまたね、しょーくん。」

 

二人の少女は互いに目を見合わせると、手を繋いで駆け出した。薄紅と山吹色の晴れ着、褪せた白のような薄桜の晴れ着。闇夜に跳ねてゆく二人の影は、あっという間に遠ざかって人ごみに消えた。

 

「それではカナヲさん。……影絵遊びでもしましょうか。」

「……?」

「例えば、カラス!どうです、僕上手いでしょう?」

「………!」

 

静かに遊ぶ二人。

平和な心地よさがその場を満たしてゆく。夜はしんしんと更けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アカネさん、笛吹いてみませんか?あれです、鬼狩りでたま〜に使う呼び出しの号令。」

「………ふわぁ。眠い。」

「ちょっと、大丈夫ですか!」

 

桃乃たちは、祭りをひと回りして、真ん中へと戻ってきた。近くの店のお手洗いまで覗いたが、ヒナは見つからなかった。焦る桃乃。しかしアカネは睡眠不足でトロトロしてきた。このままだと……というか、今まさに半分眠りながらの活動になっている。

 

「笛、借りますよ?」

「……はぁい。」

 

目をふわふわ泳がせながら、アカネは笛を差し出す。

桃乃は初めて触るこの楽器に戸惑いながらも、必死に指で穴を押さえて息を吹き込もうとする。

 

「ええっと、確か合図は……フィー!フフャッヒャ、ヒー!————って何これ!?全然ダメダメじゃないですかっ。」

 

助けて下さい……とアカネに泣きつく。

仕方がない。いかに首飾りの小さなおもちゃのような笛でも、難しいものは難しい。熟練者のみが美しい音を奏でられる。対して桃乃はその音の出し方も、空気の吹き込み方も知らないのだから。

 

「……いつ練習したんですか。鬼狩りってかなり……いや相当……というか殺人的に忙しいですよね?暇見つけるの大変じゃないですか。」

 

多少恨み言に聞こえなくもない桃乃の問いかけ。口をへの字に曲げて、笛を返す。

アカネはふふっと微笑んだ。

 

「私のお母さんが、旅芸人だったの。私も小さいときから舞や曲芸とか、笛とか、歌とか……色々やらされたなぁ……。」

 

その眼にうっすらと涙の膜がかかる。

今は亡き家族の思い出。

一晩で、野宿をしていた一座が蹂躙された。

あの日に失ったものを悔いても、泣いても、もう戻ってこない。

 

静かに、アカネは夢を見る。

そっと唇に当てた土笛からは、あの頃に学んだメロディが流れ出した。一座の空気を盛り上げるために、決まったパターンで吹き鳴らされる旋律。ピッピッと少女が吹いた音楽に合わせて登場する、着飾った芸人たち。

 

ピィーッ。ピピッ、ピィーッ!

 

祭りの囃子に混ざって、確かにアカネの笛の音が広がってゆく。

 

 

二人の少女は待ち続ける。

……ヒナは、いつまで立っても現れなかった。

 

 

 

「……お祭り会場からちょっと離れた場所も、回ってみますか?」

「……はい。」

 

不安げな表情で。二人は、再び手を繋いで走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……見つけた。)

 

祭りの広場から続く大通り。鬼舞辻無惨の命令を受けた鬼が、そこを見張っていた。それがいる場所ははるかに遠く。十町(およそ1km)ほど離れた古民家。黒々とした影が、白い障子に映っていた。

 

腐って穴の空いた壁から、点のように黒い銃口がのぞく。

見えるか見えないか。霞むような遠距離であるはずなのに、その銃身はピクリとも動かずに獲物を狙う。

 

「……あのお方の命令だ。悪く思うな。」

 

バンッ!!

 

なんの躊躇いもなく銃の引き金を引いた。丁寧に鬢付け油で撫で付けられた黒髪と、てっぺんで結われた髷。古風な羽織袴に身を固めたその鬼は、舌なめずりをしながら狂気的な笑みを浮かべた。

 

はるかな遠く。

ゆっくりと倒れる人影。自分のしたことの結果を見て、その鬼は満足そうに第二弾を装填する。空の薬莢がカランと地面へ排出された。

 

「さあて残り一匹……、ん?」

 

そこで初めて、鬼は少々焦りの表情を見せた。

 

「……っなに、消えただと?!馬鹿な、わしの視界から外れることなど……不可能だ!」

 

鬼は血眼になって打ち損じた鬼狩りを探す。

じっとりと。人間をやめてからは無縁になったはずの汗が確かに滲み出ていた。

 

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古民家に身を潜めた鬼は、そこから飛び出してあたり構わず鬼狩りを探し回りたい衝動に駆られた。しかしそれは許されない。

何故ならば、それは無惨様に命令されたことと違うからだ。

 

彼はかつては凄腕のスナイパーだった。

明治維新の戊辰戦争で一念発起、戦場へ。

獅子奮迅の活躍を見せて、敵からは畏れられ、味方からは神のごとく讃えられた。

 

しかし、彼は知っていた。

自分は最強ではない。

 

どこから情報を仕入れたのか。どこから忍び込んだのか。自分たちが潜伏していた塹壕へ、刀一本で斬り込んできた五人小隊があった。奇声をあげて暴れまわる、剣の達人たち。

 

倒れ臥し、息も絶え絶えに血の海をつくっていく仲間たち。

碌な抵抗もできず。斬られる。斬られる。

敵が引き上げて行ったあと、立ち上がれるものはいなかった。

 

あわや命の灯火が消えるかと思われた時、救い上げてくれたのが、鬼の首領『無惨様』だった。

 

 

 

……あのお方は恐ろしい。

 

しかし、無惨様に従う理由はそれだけではない。

かつての命の恩がある。刀という野蛮極まりない凶器の刃から、自分を助けてくれた。

 

 

「……わしの弾から、逃れられると思うなよ。」

 

 

その怯えたような呟きは。

果たして強がりか。それとも静かな決意表明か。

 

 

 

 

 

 

 

バンッ。

 

乾いた音が響いた。

 

 

「……っなん!」

 

ゆっくりと倒れる友達。

桃乃は、目を見開いて見つめた。

 

みるまにアカネの爽やかな黄色の浴衣の一点が紅に染まった。じわりと広がってゆく血の染み。だらりと。笛を握っていた手が下がった。

桃乃は、彼女が地面に倒れ臥さぬよう慌てて手をさしのべた。

支えられながら、アカネが蒼白な顔で声を絞り出す。

 

「………っく、鉄砲、です……逃げて、…」

「わかってます!もう喋らないで、全集中の呼吸で止血をしてください!」

 

桃乃はアカネを抱えて、真横へ跳躍した。

とにかく射線から外れる。しのぶ様から教わった戦闘の基本のひとつだ。前後の動きよりも、左右の動きの方が銃には捕捉しにくい。

 

 

間を開けずにもう一度跳躍する。

 

「ごめんなさい。……ちょっと手荒に飛びますっ!」

 

横目にちらりと見えた、上水道。地面へ埋め込まれているが、どうやら木蓋で開けられるらしい。まだ滑らかで美しい木目から、真新しい工事の跡が、垣間見える。

瞬間移動で跳ぶ。着地と同時に、溝をガクンッと踏み抜いた。ついでに抜刀。地面を抉り斬って、一帯の土を木っ端微塵に吹き飛ばす。広がる溝。ちょろちょろと小気味よく流れゆく水の中、バシャンッと躊躇いなく飛び込んだ。

 

……生憎、近くに隠れられるような建物はなかった。何か大きな盾の影へ身を潜めたいのに、ここにはない。

 

 

土に汚れた惨めな格好。

冷たい水に浸り、血は流れ出る。

絶望に打ちのめされる少女を中心に、異変に混乱した群衆が遠ざかってゆく。

どんどん人が少なくなってゆく、夜の大通り。

 

桃乃は泣きそうになりながら、ぎりぎりまで地へ伏せる。少しもはみ出すことのないように。しかしアカネの体が、怪我をした部位が、決して水に濡れないように。

 

……きっと罠が張られていた。

約束事に律儀なはずの月森ヒナが戻ってこなかったのにも、多分理由があった。

 

 

(私は大馬鹿です!)

 

桃乃は伏せたまま、アカネに寄り添う。

すうっと呼吸をする。

ぎりぎりと歯を食いしばった。

 

(私の眼なら、攻撃の“氣“の流れが視えたんですよ。もっと警戒していれば、あの空気を切り裂く異常な震えを、あれを感じた瞬間に対処できたんです。銃の攻撃だとか、そんなのわからなくっても。アカネさんを、突き飛ばして避けるくらいのことはできたはずなんです!)

 

涙目で、ぐったりと横たわるアカネの手を握る。

……銃弾は、アカネの左の肺を正確に撃ち抜いていた。明らかに心臓を狙った攻撃。

僅かにでもかわせたのは、さすがアカネだと言えるだろうか。

——いや、言えない。

 

鬼殺隊員にとって、肺を失うということの重大さは計り知れない。何故ならば“呼吸“は単なる鬼殺しの技ではなく、熟練者ならば血流や筋肉、骨や神経などをコントロールする、つまり自らの怪我の応急手当てまでが可能になるすべだからだ。

それを封殺されることは、文字通りに致命的。

 

しかも医療道具が手元にない今、桃乃にできる治療はほぼ何もないと言えた。

 

 

 

 

ふいに、アカネがうっすらと目を開けた。ひたと桃乃の袖を握る。

喘ぎながら何かを喋ろうとすれば、ゴボ、とくぐもった音が鳴る。血の塊が喉から溢れた。

 

「……桃乃。私を置いて、…鬼を……討って……」

「そんな!」

「足手纏いは……やだから。……役にたちたいの。ねえ……私の体、おびきよせる餌でも、盾でも、つかっていいの、……お願い。」

 

だんだんと真っ青になっていく顔色。

抜けていく命の気配。

桃乃は血相を変えてアカネを抱きかかえた。伏せたまま、息のかかるほどに顔を近づける。

 

「死んじゃダメです!ヒナさんもずっと戻ってきませんし……、アカネさんまでいなくなったら、私一人ぼっちになっちゃいます。そんなのあんまりです!ただの薄情者です!」

 

必死で呼びかける桃乃に、アカネは大きく目を見開く。

その漆黒の瞳に、大粒の涙が浮かんだ。

くしゃりと。

夢みる少女の顔が歪む。

 

「……私……生きられるの、かな…?」

「もちろんです!私たちはかの有名な “熊より強い蝶“ 三姉妹ですよ? 簡単にくたばっちゃあ鬼殺隊全体の士気に関わるのですよ!」

「……なにそれ…そんな二つ名……ついてたの?」

「もしや知らなかったとかですか?陰ではかなり噂になってるらしいですよ?」

 

桃乃は気配を絶ったまま、静かにピッタリと体をつけて温もりをつなぐ。

握る手が、少しずつ冷たくなってゆく。

 

「……ねえ、桃乃。大丈夫。私は、ずっと一緒よ。」

 

穏やかな表情で、アカネは語る。

奇妙に虚ろに微笑む瞳は、どこか桃乃の目を貫いて遠くを見ていた。

 

……ゾッとする。

桃乃はひゅっと息を吸い込んだ。

 

「アカネさん?……ねえ、本気です、死んだら許しません。絶対に、絶対に、私を置いていかないでください。」

「………まだ天国にはいかない。鬼殺隊を見守る。……桃乃のそばに、……ずっといる。」

 

ふわりと。

白い指が桃乃の頬を撫でた。

ガサガサして、豆だらけの手。鬼殺隊の仲間として、これ以上ないほど信頼できる、手。

 

アカネは強い。

こんな場所で斃れるような少女ではない。

隊服を着て、みんなで共闘するために任務に出ていたら。

きっとあんな、とろくさい鉄砲玉に当たるようなことはなかったに違いない。

 

誰よりも感知に優れた桃乃が反応し。

それを敏感に察知して回避行動を取る。

万が一弾を避けきれなくて掠っても、鬼殺隊員の隊服が、完璧な防弾服になっただろう。

 

 

……本当に。あまりにも、運がなかった。

 

 

「でもそれは。ただの言い訳なんですよ。」

 

桃乃は、ゆっくりと瞼を閉じる友達の目を、見つめながらつぶやいた。

 

「アカネさんの死は、天の定めです。私たち人間ごときが運命を操れるわけないんですよ。……だけど私は欲張りだから。それを覆してやりたかったのですよ。」

 

黒髪が風に揺れる。

冷たくなった持ち主を包む浴衣が、パタパタと翻る。

ずっしりと重い刀が入った濃紺の竹刀袋は、もはやその少女の形見となっていた。

 

 

 

「どんなに強くっても。死んじゃぁ、終わりなんですよ。」

 

 

桃乃は目を閉じる。

ぽたんと涙の一滴を残し。

次の瞬間には、その姿を風のようにその場から消し失せていた。

 

 

 

 

 

 

 

……夢みる土笛の音が、月の晩に響くことはもうない。

 

 

 

 

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