月夜に舞えよ、蝶々   作:へびのあし

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弔いと寄り添い

 

上弦の伍:玉壺

壺を使い、至高の芸術家を自称する

金魚や水獄、その他海の生物を使役すると思われる

毒は喰らえば終わりとみていいだろう

壺を使った瞬間移動にも注意すべし

 

情報はすぐに鬼殺隊……特に柱や継子を中心に伝達された。

何百年もの間、一度として討伐の功績が上がっていないのが『上弦』の六体。

しかしそれを討ち果たすことを決して諦めない鬼殺隊にとって、これはヒナと、その鎹鴉が、文字通りに命を賭して持ち帰った貴重な情報だった。

 

「ふん……若手がどんどん死んでゆく。上弦の鬼ごとき、やられるくらいならば臆病に逃げ隠れでもしていればいいものを。」

唸るように呟いたのは、白と黒の縞模様の羽織を纏い、首に襟巻きの如く蛇をつたわせる青年。

 

「……む。これはあの胡蝶の継子か。黄泉の国よりの手助け、ありがたい!」

この情報を決して無駄にはしないと、拳を握るは、炎の如き熱い青年。

 

「あんなに、いい子だったのに……」

任務で何度か会ったことがある由縁で、その死を悼み涙に喉を詰まらせるのは、桃色と黄緑色の三つ編みを垂らし、優しい目をした娘。

 

そして。

ぼんやりと。薄い瑠璃混じりの長髪に、まるで霞の如く希薄な気配の少年。

刀を握って二ヶ月で柱となる、天才剣士。

後に玉壺と激突することとなる運命を持つ彼は……

 

「どうせ忘れるのに。」

 

鎹鴉の銀子の濡羽を撫でながら、どこか空ろな声で、呟いているのだった。

 

 

 

 

カナヲの肩を抱いて、静かにお墓へ手を合わせる。

小さな少女は、線香の匂いと読経の異様な雰囲気に冷たい汗を流し続けていた。

 

「……大丈夫ですよ、カナヲちゃん。」

 

優しく声をかけているのは、桃乃だった。

 

「昔々、中国やインドの方のお話なのですがね。禅の修行僧たちの真ん中で、お師匠様が『私はもうすぐ死ぬだろう』と言ったそうです。弟子たちはとても嘆き悲しんだそうですが、たった一人涙を流さなかった弟子がいまして。お師匠様は、彼に跡を継いだそうですよ。」

 

カナヲの乾ききった目が、動揺するように揺れている。

 

「生きていることも、死んでいることも、変わらないこと。この宇宙では何も生じたり滅したりしないし、自分は死後どこへ行くかわかっている。……そんなことを言って、同年のうちに亡くなったそうです。」

「………。」

「えらい人の言うことは難しいですね。アハハ、こう言ってはなんですが私も全然理解できてないので、あまり深く考えなくていいと思いますよ。」

 

急に変なこと言ってびっくりさせちゃったですかね、と桃乃はカナヲに笑いかけた。

カナヲは、ただ目を見開いている。

じっと、()()()()

 

小さな少女は、いつでも何かを見つめていた。

周囲の人の顔色。眉の動き。呼吸。発汗。……手や、足の動きの予備動作。

 

昔。幼い頃は。

辛くても苦しくても、それを表現することは許されなかった。殴られ、蹴られ、兄弟たちが冷たくなっていくのを目の当たりにしながら、いつの間にか涙の流し方を忘れてしまった。

 

……そんな彼女だから、わかる。

 

みんなが優しいこと。

みんながどんなに一杯一杯で、どんなに大きな哀しみと戦っているのか。

みんなが桜や団子や水遊びに夢中になる時だけ、本当に幸せな笑顔を見せること。

人を思いやる余裕なんてないはずなのに、どうにかして穏やかな時間を捻出して自分に構ってくれる。

 

—————おぉ。カナヲはあの桜が気になるんか。

—————あの魔術の粋みたいなラムネを好きだと……恐れ入ったな。うちには理解できん。

—————鬼ごっこ、強いんだねカナヲちゃん。

—————眠っている時、枕にこの薬草入れるといい夢見れるんだよ〜。

 

たくさんの思い出が、ぐるぐると頭を渦巻いている。

もう、二度と会えないのだ。

……鬼に、奪われたのだ。

 

—————鬼ごっこ、強いんだねカナヲちゃん。

 

夢見るようなあの声が、何度もうるさく響く。

 

—————鬼ごっこ、強いんだねカナヲちゃん。

 

鬼ごっこ。

鬼を、追って、捕まえて……狩る。

 

(ほしい。)

 

何が?……日輪刀が。

カナヲは、自分ではまだ気づいていない。しかし、ゆっくりと芽生えは始まっていた。枯れた冬の銀景色に、緑色の萌芽が顔を出すように。

人の顔色を視るばかりだった少女の心に、少しずつ、少しずつ……他でもない己自身の感情が育ち始めていた。

 

 

 

 

葬式の後。

竹谷松之助に誘われて、桃乃はとあるお寺を訪れていた。

地図と睨めっこしながら、首を傾げ傾げ門をくぐる。

 

「ここ……で、合ってますかね。」

 

翠玉のような水々しい青色の葉っぱが美しかった境内は、徐々に黄や紅に染まった別の美しさを醸し出すようになっていた。秋が近づき、楓の葉が紅葉を始めているのだ。

 

「カアー!ココデアッテマス!」

「そうですか……ありがとうございますなのです、矢羽凪。」

 

忙しい桃乃に配慮して、松之助は一番任務先に近い観光地を選んでくれたようだった。『天王寺』の文字が看板へ墨で堂々と描かれている。

ひとまず石段を登り、境内の中へ入る。

小さな寺だった。樹木が天蓋のように空を覆って陰を作り、苔むした土の匂いが漂っている。

 

……ぐるりと本堂の方へ回った時、一本の古木にもたれかかって鴉と戯れている影を見つけた。

 

「あっ。松之助さん!」

 

桃乃が声を上げると、松之助はすぐにこちらへ気づいたようだった。

彼は杖を拾い上げてこちらへ向かおうとするが、桃乃は彼の足を心配して、急いで駆け寄った。

 

「すっかりご無沙汰しちゃったのですよ。もうトマトやきゅうりの季節が過ぎちゃってますからね。」

「えぇ。……今年の夏はあっという間でしたね。」

「ふふ、お山に行くと蝉の鳴き声の移り変わりがもっとよくわかるのです。あぁー、もうそろそろ美味しい栗や柿が楽しみになってくるのですよ!」

 

かつてこんぴらと戯れる童女のようだとヒナに評された、桃乃の透明な神聖さ。

純白の羽織に包まれた桃乃。あれから数多くの修羅場を潜り抜けても、幼い純真さだけは変わらないままだった。

竹谷松之助は、そんな彼女といるとほっとする。

桃乃も、彼の穏やかな心を好ましく思っていた。

 

傷ついた二羽の鳥が体を寄せ合うように。彼女たちは次第に仲を深めていっていた。

 

「蝉ですか……。そういえば、山といえば桃乃さんの育手は狭霧山にいらっしゃるのでしたよね。」

「えぇ。鱗滝さんのほうには……随分顔を出してないですね。厄除の面が割れるたびに帰って作り直していただいてはいますが、お手紙のほうも筆無精がたたってなかなか返せていませんし……もっとしっかりしないとです。」

「あはは。そういうものですよ。」

 

気まずそうに眉を下げる桃乃を、松之助はただぬくもりを乗せた言葉で包み込んだ。ただ隣に立って同じ方向を眺めながら、静かに紅葉を眺める。

ふと思いついたことを、提案するように言ったのは桃乃だった。

 

「今度、一緒に狭霧山へ遊びに行ってみますか?」

「おや、いいんでしょうか。」

「もちろんですよ。鱗滝さんが山菜鍋と焼き魚で歓迎してくれますよ。」

「あはは、天狗のお面をつけた元水柱殿ですよね。鬼殺隊士が天狗の格好をすれば、おとぎ話の伝説が真にもなるでしょうって笑い話の噂になってたのを聞いたことがあります。」

「顔が優し過ぎて鬼が舐めてくるから、悩んだすえにつけたお面だそうですよ。」

「なるほど、それはそれは。」

 

またしても、沈黙が広がる。涼しげな風が吹き、楓の木がざわざわと鳴る。

目を細めながら、松之助は天空を舞う鴉を眺めていた。ふと、今度は松之助が口を開く。

 

「……ちなみに、僕の鎹鴉(こどもたち)が働き始めているんですが。」

「お、ついにですね!」

「まだ名前をつけていない子もいるので、桃乃さんが名付けてくれませんか?」

 

えっと驚いたような顔。

しかし桃乃はすぐに合点し、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「竹谷家の鴉は、『竹』の漢字を入れるんですよね?」

「あ、えぇ……いつもそうしていましたね。」

「じゃあ、『松』を入れましょう!育ての親は松之助さんなので!」

 

カアーッと。何処かで黒鴉の鳴声が聞こえたような気がした。

桃乃は懸命に考えている。……が、かつて自分の鎹鴉の名前を改名しようと試みて、結局挫折した彼女である。

うーんうーんと悩みに悩み、ウロウロと視線を彷徨わせた挙句。

寺の看板を見上げてほっと救われたような顔。

 

天王寺(てんのうじ)!」

「……て、天王……寺?」

「あっ、もちろんこれで終わりではなくてですね!あの、あれです!名字です!」

 

慌てたように言う桃乃。

『松』の漢字を入れると自分自身が明言したことすら忘れていたあたり、桃乃は人の名前をつけるのがかなり苦手なようだった。

 

天王寺(てんのうじ)……松右衛門(まつえもん)!これでどうでしょう!」

「いい名前ですね。古風で侍のよう。鬼殺隊の鴉にぴったりの名です。」

 

少々生意気ではあるが優秀な鴉を脳裏へ思い浮かべ、松之助は微笑んだ。

きっと彼ならば、この桃乃が選んだ名を背負ってこの青空を飛んでくれるだろう。そう思ったのだった。

ふいに、松之助の口から言葉がこぼれだす。

 

「……これから、また任務でしたっけ?」

「えぇ。東北のほうに飛ばされちゃいます。なんでも、男ばかり狙って食う鬼がいるとか。」

「安全のために、女性隊士の派遣ですか……。」

「まあ、命を盗りにくる相手を鬼が殺さないなどと、一縷にも期待できないことですから。気休めにもならない可能性でしょうが、まあないよりマシですね。」

「……えぇ。」

「でも、ちょっと不思議なんですよね。稀血の隊士が鬼を惹き寄せる罠として引っ張りだこになっていたのに、男が食われるから女の隊士を派遣したり、逆に女が狙われる区域に男の隊士を派遣したり……鬼をおびきよせるのと隊士の温存と、その辺の匙加減をお館様はどうしていらっしゃるのでしょう。」

「僕たちの及びもつかないようなお考えがあるのではないですか。鴉たちの噂によると、お館様はどうやら……勘?…とかいうものが著しく優れていらっしゃるとか。」

「………勘……なにかの隠語ですかね。」

「………文字通りの解釈以外なさそうですが。」

 

「「うーん。」」

二人は揃って首を傾げた。

 

秋晴れの空に、一筋の雲がたなびいている。うっすらと紫がかった色と、水色が絡み合ったような色。

 

「……しのぶ様によると、私ももうすぐ柱の打診を受けそうだということですから。直接お館様にお会いしたときに尋ねればいいですね。」

 

パッと立ち上がる。

白羽織の奥に忍ばせている厄除の面が、垣間見えた。あどけない狐の仔の顔が、ニッと笑ったようだった。

 

「それでは。」

「また今度。」

 

九月。

これより闇夜を照らす月は、満月か、新月か……それとも。

颯爽と駆け抜ける狐の運命は、宇宙の吉凶に委ねられている。





公式ファンブックによると、天王寺松右衛門は自分でつけたこととなっています。
色々と今更なのですが、こういう細かい改変が発生しています。他にもあると思うので、見つけたら『独自設定』『独自解釈』のタグが効いてるなと思ってください。
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