月夜に舞えよ、蝶々 作:へびのあし
無惨は討伐され、巨悪は滅びた。
朝日が昇る。街は金色に照らされる。
ついに平和な時代がやってきた……いや、俺たちがこの手で掴み取ったのである!
—————善逸伝『最終決戦之章』より
麗らかな春の朝、青い空の下で。
黄色い羽織にたんぽぽ頭の少年が泣き声をあげた。
「これ絶対今日中に終わんないよぉ!」
お墓参りに来た、奇妙な四人組だった。
「どんだけ墓あると思ってんだよ。全部に花供えてたら、炭治郎んち行けねぇよォ」
炭治郎—————黒と緑の市松模様の着物に、太陽の耳飾りをつけた少年。
彼は泣き付かれて苦笑いをしながら、たんぽぽ頭の少年—————善逸を宥めている。
……と、こちらでは炭治郎の妹である、桃色の麻の葉紋様の着物を纏う少女—————禰豆子が。
「俺様がやってやるよォ!」という謎の雄叫びと共に御供えの花を撒き散らし始めた、猪の頭を被った半裸の少年—————伊之助に、優しくお墓参りの作法を教えていた。
「アハハ、平和になったなぁ。善逸。」
「どこが平和だよぉ……この穏やか利かん坊の炭治郎め……」
「良いじゃないか。鬼舞辻が死んで、鬼の被害がないからこんなふうにゆっくりできるんだぞ?ほら、善逸だって安心して禰豆子と結婚できるって喜んでたじゃないか。」
「そっ、それはそうだけどさあ!」
一本ずつ、丁寧に花を供えてゆく。
山育ちの野生児伊之助も、見たことのないツルツルピカピカのお墓を前に、なんとか手を合わせることを覚え出した。
一列に並んだ四角柱の石群が、土に埋めて石を乗っけただけのお墓と、何ら違いはないことをやっと認識したのだろう。『生き物は死んだら土に還るだけ』という哲学とともに、弔いの心を芽生えさせ始めた彼は、どこか独特の雰囲気を漂わせて墓参りをしていた。
墓には名前が刻まれている。
一体いくつあるのだろう。
鬼殺隊一千年の歴史で、死んだ者の数はあまりにも多かった。
ふいに、空をつんざくような鴉の鳴き声がカアーッと響いた。炭治郎が、あっと顔を上げる。
「あっ!天王寺松右衛門!」
「カアーッ!久シブリ!久シブリ!」
「お兄ちゃんの鎹鴉?」
「うん!」
おーいと手を振ると、鴉はスィーッと天を旋回し、ゆっくりととある墓石の影の人物の肩へ舞い降りた。
「あれは……」
「だれだろう?」
「権八郎の知り合いか?」
「……うーん、わかんない。」
黒々と闇に浮かび上がる青千鳥。ゆとりのある袖が、風に煽られ、まるで羽を広げた鴉のようにも見える。
涼しげな顔の青年が、そこに佇んでいた。
天王寺松右衛門の顎をくすぐるようにしながら、何かを会話すると、ふいに大きく頷いて、まっすぐ炭治郎たちの方を向いた。
「炭治郎くんたちですね。」
「えっと……はい!俺は炭治郎です!よろしくお願いします!」
状況がわからないなりに、礼儀正しく挨拶。素直で純粋な炭治郎を見て、青年は頬を緩めた。あまり年は変わらない……炭治郎より二、三歳年上のようだった。
青年は、落ち着き払った仕草でゆったりとお辞儀をした。
「僕は竹谷松之助。天王寺松右衛門を育てた、鎹鴉の調教師です。」
「あぁ、なるほど!」
「……やっぱり調教師さんっていたんだ……俺、全部隠の仕事なのかと思ってたよ……。」
「ふふ、そういうきみは善逸くんですね。」
「なんで知ってんの!まさかチュン太郎を育てたのもアンタなんですかそうですか!」
「いえいえ、違いますよ?しかし雀をあてがわれた隊士なんて、歴史的に見てもきみ一人くらいですから。調教師の世界では全員知っています。きみはとても有名人です。」
「えぇ〜。」
男に有名でも意味がねぇよ〜などとぼやきながらも、満更でもなさそうな表情の善逸。
とそこに、横からの乱入者が現れた。
「おいお前!食える鴉は育ててねぇのか?あと、勝負できる鴉!」
「失礼だぞ、伊之助!」
「ソウダソウダ!ツツキマースゾ!カアーッ!」
「……おやおや。」
松之助は穏やかに笑った。そんな彼を天王寺松右衛門が咎めるように睨みつけ、彼は「ごめんごめん、面白がったわけじゃないんだ。」と眉を下げて謝った。
「……ただ、そうだな。ちょっと昔を思い出したんだ。」
「……昔?」と、炭治郎が首を傾げる。
「うん。君たち、同期でしょう。」
「はい、善逸も伊之助も……ある意味では禰豆子も、みな同じ時期の最終選別で入隊しました。」
松之助は、杖にもたれかかるようにして空を見上げた。
「僕にも、同期が二人いたんですけれどね。あとは幼馴染が一人。でも、三人とも死んじゃいました。……で、そのうちの一人が、天王寺松右衛門の名付け親なんです。」
「………。」
あ……と黙ってしまった炭治郎に代わるように、善逸がおずおずと「竹谷さんも、鬼を斬る方の鬼殺隊員だったんですね。」と言った。松之助は、「うん。」と頷いた。
「だけど、僕はあまり才能がありませんでしたからね。あっという間に怪我で神経をやって、足が動かなくなりました。それに比べて同期の二人は才能があったので、とんとん拍子に階級を上り詰めて、蟲柱の胡蝶様の継子をやっていましたよ。ですが、あともう一歩で柱になるだろうってところで鬼に殺されてしまいました。………ほら、そこに。」
松之助が杖でさし示したところに、『月森ヒナ』『山路アカネ』『小栗林桃乃』と、白い墓が順番に並んでいた。
「……あっ!」
「どうした、炭治郎?」
「鱗滝さんの弟子のうちの一人!」
「え?」
「……おや、よくご存じですね。」
「俺の育手も、鱗滝さんなので!威力出したい時は日の呼吸ですけど……水の呼吸使えます!」
むん!という謎のオーラを発揮しながら目をキラキラさせた炭治郎に、松之助は驚いたような顔を向けた。
「……それは。」
「それで俺、今思い出したことが色々あるんですけど……」
「桃乃さんのことですか?」
「はい。鱗滝さんが『もう教えることは何もない』って言って鍛錬みてくれなくなっちゃった時期があって……すごく悲しい匂いがしてたからどうしたのかなって思ってたんですけど、そういうことだったのかも……。錆兎も後々『才能や努力はどんなにあっても足りないんだ』って呟いてたし、小栗林桃乃さんよっぽど強かったのに死んじゃったから、そんなこと言ってたのかなぁ……。」
顎に手を当てて昔を思い出す炭治郎に、善逸が何気なく声をかけた。
「炭治郎、錆兎ってだれ?」
「うーん、幽霊?」
「え?」
「んん?」
「ん…?」
「……うん。」
「いや!良い感じに誤魔化して締めたつもりにしないでよ炭治郎!」
ワイワイガヤガヤ。
炭治郎と善逸の会話を、松之助は寂しそうに目を細めて聞いていた。
禰豆子は、なんとなくそんな彼の横顔を見上げてみる。
見つめていると、不意に「あなたは、かの有名な鬼の子ですね。」と声をかけられて飛び上がった。慌てて「えぇ、まあ、はい。」と返事をする。桃紅色の混じった瞳で、まっすぐ青年を見上げて微笑んだ。
「……でも無事、人間に戻れました。みんなのおかげです。」
「おやおや。とても……いえ、信じがたいほどに謙虚な考え方です。」
「そ、そうですか?」
「あなたは鬼殺隊千年の歴史に報いたのですよ。家族や友人を鬼に転じられて絶望した人々の慟哭が聞こえませんでしたか?あなたが鬼舞辻の呪いに抗ってみせたとき、そんな彼らの歓喜の声が聞こえませんでしたか?」
ふう、と松之助は息をついた。彼の目は伏せられていたが、穏やかだった。
「……桃乃さんのお母様は、桃乃さん自身が手にかけました。彼女はいつも、鬼を憐れみ、戦いを厭い、それでいてなお純真な刃そのものとして戦場に立っていたのです。辛かったでしょうに、そうは見えなかった。矛盾だらけなのに、真っ直ぐで穢れがない。とても優しい心の持ち主でした。」
「………。」
「もし、彼女が生きていたならば。きっとあなた方兄妹の奇跡を前にして、真っ先に笑顔と喝采を送ってくれたことでしょう。……だから自信を持ってください。あなたは素晴らしいことを成した。」
緑色の香を風が運んで吹きすぎてゆく。
禰豆子は涙ぐんでいるようだった。
しばらくして、少し落ち着いて。涙声を隠すように低く抑えられた声で。彼女は「そういえば」と言って松之助に声をかけた。
「いつからここにいらっしゃったんですか?」
「二週間くらい前の夜から。」
「えっ!」
涙声が華麗に吹き飛んだ。松之助が、苦笑しながら頭をかいている。
「この前、お館様にお会いした時のことなんですけどね。『僕の勘だと、きみはもうすぐヒナの弟くんに会えるような気がするんだ。お墓で。』…っておっしゃっていたので、それで。」
「何それ!怖すぎでしょお館様!妖怪ですか!」
「人をそんな風にいうのは失礼だぞ善逸!」
いつの間にか炭治郎と善逸の二人も会話に戻ってきたようだった。伊之助も、なんだかんだで彼らにくっついて、珍しいことに大人しく話を聞いている。
「……なんだか、鬼舞辻の討伐の決戦の夜から妙に勘が冴えるようになったらしく。でも、だんだん衰えてきているから、あと半年くらいで常人に戻ると思う……ともおっしゃっていましたよ。」
「……へえ。」
鬼の首魁を倒すため、一夜で爆発した奇妙な異能。
ただいま八歳のご当主様である。
まったくもって嘘か本当かわからない話だが、……まあ、本当なのだろう。
「『最終決戦の時は色々な醜態を見せてしまったけれど。一人分の運命に集中できるなら、結構な精度で僕の勘は当たるはずだから』と、かなり自信を持っている様子でしたので。きっと当たると信じてます。」
桃乃に託された遺書を、今は松之助が持っている。
果たして。
彼はヒナの弟に会えるのか。
会ったところで、これからどうしていくのか。
……まだ。何も、わからない。
「わからないなりに、みんな生きていくんでしょうね。」
「ええ。」
松之助が、空に向かってため息をつくように言った。
やけに大人しいと思っていた伊之助が、こっそり墓のお供物をつまみ食いしていたことがバレ、善逸がギャーギャー騒いだり禰豆子がまたも礼儀作法を教えるハメに陥ったりする騒ぎが勃発しているが、松之助は落ち着いたもの。全く意に介さず、炭治郎へ語りかけた。炭治郎も真面目なので、声をかけられればしっかりと耳を傾ける。
「……炭治郎くん。きみは、運命って信じますか。」
「よくわからないです。でも、俺のつけてるこの……太陽の耳飾りは、戦国の世の鬼狩り様のものだったそうで。額の痣も、色々な偶然でついたものだったハズが、なんかそこと同じ場所にすごい力を発揮する本物の痣があとから発現することになったりして。いつもいつも奇跡が俺を包んで守ってくださってるような気がしていました。
—————何があってもきれない、人の想いの繋がり。そういう意味では、運命ってあるのかもしれないです。」
「……なるほど。」
「松之助さんは、運命を信じてるんですか?」
「うーん。」
すぐそこで善逸が拳を振り上げながら「伊之助!やっぱお前はバチ当たりなんだよぉ!」と声を限りに叫んで騒いでいる。
松之助は、首を傾げて困ったような顔をした。
「僕にもよくわかりません……でも、運命の神様がいるとしたら、とても残酷だなと思います。」
「残酷、ですか。」
「だってそうでしょう。鬼を生み出し、その元凶が討伐されるまでの一千年もの間、数えきれないほどの無駄死にをさせて……みんな、みんな……」
奥歯を噛み締めるような、そんな想いが、ふいに漏れ出した。
「僕は、いつだって……いつだって置いていかれて……」
鳥の呼吸を諦め。剣士を諦め。
……友達の命を諦め。
父に、幼馴染に、仲間に……何もかもに置いていかれた。
失ってばかりの人生で、鴉を育てたことだけが誇りだった。
しかし、その技術ももう、時代に捨てられる運命にあることを松之助はなんとなく感じ取っている。
「……松之助さん。」
ふいに、紅みがかったガラス玉のような瞳がこちらを捉えた。
赫灼の子。
日輪の力の徴。
炭焼きの家出身の炭治郎は、縁起がいいと何度も喜ばれてきた……その瞳に、松之助は魅せられた。
彼の瞳は、美しく……優しかった。
「泣いても、うずくまってもいいんですよ。」
「………。」
「そういう時代が、きたんです。みんなで頑張って、こんな今をたぐりよせたんです。」
あまりにも優しかった。泣きたくなるくらいに。
松之助の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「………あ。」
「いいんです。みんなで泣けばいいんです。」
励ます炭治郎の目にも、涙が浮かんでいた。
もう血反吐を吐くような思いで鍛錬をしなくてもいい。思う存分に恋をして、遊んでいい。だって二度と、鬼に奪われる命はないのだから。
「元気が出てきました。ありがとうございます、炭治郎くん。」
存分に泣いたあとだった。
松之助が、炭治郎の顔を見て笑う。
鼻が効く炭治郎にはよくわかった。常に穏やかな微笑みを浮かべる松之助が見せた、初めての、本物の安堵の笑みだった。
「桃乃の遺書の言葉が、ずっと謎でした。月夜に舞う鴉が好き……やっと意味がわかった気がします。」
天王寺松右衛門が、空に飛び立つ。
一陣の風が吹いた。
「僕も同じです。月夜に舞う蝶が好き……今までも、これからも。」
空は晴れやかだった。
「僕の人生、好きなように生きていいんですね。」
—————えぇ。松之助さんの人生、ずっとそばで見守ってあげますよ。
—————みんなでしょーくんの応援、してるからね。
—————うちらの気分によっちゃあ、夢枕に化けて出るかもな。
松之助の耳へ、幻のような声が届く。
純白の蝶が羽を広げたような、小さな雲が三つ、青空に浮かんでいた。
(完)
これにて完結。
ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。
実を言うと、鬼滅の刃は私が二次創作に出会ったキッカケの物語です。
アニメを見る環境が整っておらず、いきなり漫画を買うのも乗り気がせず、ネットの海であらすじ・ねたばれを探して泳いでいると、
んん……童磨が氷柱ってどういう……?
などという珍事態が発生し、ようやくそれが二次創作なのだと知りました。
鬼滅の刃はとても思い入れのある作品だったので、こうして書くことができて幸せです。
ちなみに今はアニメを繰り返し視聴し、漫画はおろか公式ファンブックまで揃えております。
最後に。素敵な作品を世に送り出して下さったワニ先生に大感謝して、この場をしめたいと思います。
ありがとうございました!