月夜に舞えよ、蝶々   作:へびのあし

5 / 17
戦いの火蓋

 

 

桃乃は、ひとまず胸を撫で下ろしていた。

屋敷へ飛び込んでみたら、何の苦労もなく合流できた。全員が無事。

蛇の隊長さんの手話により、状況も把握できた。

鮮やかなこと手品のような、びっくりするほど超高速の手話で、危うく目を回しそうになったけれども。

 

「……なるほど。」

 

白い狐面を斜に傾け、頷く。

 

桃乃はしばし思案した。

 

壁が破壊できない、と隊長さんは言っていたけれど、そんなことはないはずなのだ。

うまく術をよければ大丈夫。

ただしこの部屋が奇妙であることも確かで、“氣“の流れがおかしな具合にうねうねしていて、闇雲に動けば巻き込まれるのは必至。

だから頑張って隙間を縫う。

そうしたら確実に壊せる。

 

 

 

「……ふん、そうか。俺もまだまだ未熟だからな。異能の鬼はまだ二度目、この場はお前が隊長を替われ。」

 

思ったことを素直に伝えたところ、ギョロリと睨まれた。

 

「そのかわり、しくじったら許さない。」

 

……私の方が、階級上ですよね?

偉そうな腕組みを咎めるか迷い、諦めた。桃乃は、この青年から確かな実力と風格を感じ取っていた。

頼れる。そう、桃乃は確信した。

 

「わかりました。じゃあ作戦です。私が一番乗りで道を開くので、みんなで鬼を探して見つけて斬る。闇雲に刀をふらないこと。ヘタ打つと同士討ちになっちゃうらしいので。」

 

 

伝えた途端、村田が情けない顔をした。

 

「…うぅ…さっきの謝りたいけど俺の方こそ可哀想だぞ。刀をどうしよう…鉄花火さんに怒られる……。」

 

 

刀が、綺麗にパッキリと折れている。

村田が血鬼術に踊らされたとき、斬りかかられた隊長の青年が折った刀。日本刀は刃こそ強靭だが、側面から叩けば容易く砕ける。仲間が鬼に操られたなら、青年が行ったような武器破壊は正しい選択だ。

 

……もっとも、今回の血鬼術の実情はかなり違ったようだが。

 

 

「大丈夫です。万一の時は私たちが守るので、村田さんは身を守ることだけを考えてください。」

 

「あ、ありがとう……。」

 

 

 

ぴかりと。

桃乃の瞳が光を宿す。

 

「竹谷さん、白い蛇の方、村田さん……準備はいいですか?」

 

力強く囁く。

四人が、それぞれ縁金を弾き柄を握った。約一名は、折れた日輪刀を。

 

 

 

「では———行きます!」

 

 

 

抜刀。

同時に桃乃は左の薬指に結びつけていた黒紐を、勢いよく引いた。たるんで寝ていた紐が、ピインと張って、それは壁のある一点から出ていることが確かめられた。

 

(やっぱり……あそこの“氣“には隙間があると思ってた。—————えっ?)

 

この紐は、屋敷の石塀のそのまた外側、青々と茂っていた薮の枝へ、桃乃が繋いできたものだ。

桃乃は侵入する前に、避難の道筋をのこしてきたのだ。

つまりこれにより、脱出経路の特定が容易くなるとの計算である。……が。

 

その壁の様子を見て、蛇の青年と桃乃が同時に眉を顰めた。

 

「えっ……?」

「……これは。」

 

……そして無論同時に、残りの二人、村田と竹谷も気づいていた。

 

 

(……あれ、壁じゃないのですよ!)

 

桃乃が手を動かせば、黒紐はなんの抵抗もなく自在に動いた。

壁など、元々そこにないかのよう。

とけた水飴などよりも、はるかに希薄な手応え。

 

 

「壁は幻です!破壊なんかしなくても出られます!」

 

 

叫びながら、桃乃は踏み出した。……瞬間、目の前の壁が牙を剥いた。禍々しい氣の荒れが巻き起こり、得体の知れないナニカが桃乃を巻き込まんと……

 

「……ひゅうう」

 

白狐の姿が、揺らいで空気に溶けた。

 

 

 

   水菓子の呼吸 肆の型 野苺畑の舞い

 

 

「そこですっ鬼!!」

 

独特の歩法で踊るように駆け抜けた桃乃。彼女の姿はあっという間に壁の向こう側へ消えた。

 

 

「小栗林さんが消え……っ!」

 

「え?……ってうわあ!壁が!!」

 

 

瞬間、壁が変貌した。あまりにも衝撃的な状況の変化に、村田は悲鳴をあげたほど。

 

床とまったく同一の板目模様であった壁が、銀色の虹のようなものに姿を変えたのだ。

うねうねと渦巻く怪しげな膜は、絶えず光を反射している。

得体の知れないナニカに変化した……というよりも、本来の姿に戻っただけであるようだった。

 

和装の壁、その正体……銀の膜。

奇妙なその膜へぴきりとヒビが入る。そして一瞬のちに、すべて崩れ去った。ガラガラガッシャーン!!とド派手な倒壊音が響く。

 

もうもうと立ち上る埃。

瓦礫や破片が飛んでくる。何も見えない、避けるだけで精一杯。

混沌の渦の中から、鈴のような女子の声が響いてきた。

 

 

「水菓子の呼吸、壱の型……!」

 

立ち上った煙が、晴れる。現状が明らかになった。

 

 

 

紛い物の壁が消えると、ここは広大な一室。暗い屋敷の中で、梁に捕まり蜘蛛のように足を掛け、鬼は天井に潜んでいた。……獲物の餓死を狙って。

そしてそれと相対する、桃乃。今まさに頸を掻っ切らんと日輪刀を構える。鬼の姿は暗がりに溶け込み見え難いが、桃乃の方は純白の羽織のおかげでよく目立つ。

 

 

「おのれ……!“血鬼術 鏡面転身“!」

 

「…っ…弐の型、干し柿の(すだれ)抜け!」

 

 

 

(ふざけてるのか?!干し柿だと!)

 

伊黒は胸中で思わずつっこんだ。

あまりにも強烈な印象。

なんて技名だと歯軋りした次の瞬間。少女の動きを目にした伊黒は、雷光に撃たれたような衝撃を受けた。

先の“野苺畑の舞い“ の時は一瞬のことでよく見えなかった技が、いきなり青年の眼に鮮やかに焼き付いた。

 

(っなんだ……これは?)

 

月の影ゆらめく夢に引きずり込まれたようだった。

灯りに照らされて、小栗林はしずかに巫女舞を踊っていた。

 

 

「———種が……仕掛けが分かりました!鏡による転移術です!空中に鏡面をつくって、光の反射を利用した移動を強制しているんです!さっきの部屋の壁も、幻を鏡に映して板仕切りに見せていたってことです!……多分!」

 

小栗林の声が遠くで響いていた。

 

「挟み撃ちにします!四人隊列の基本隊形、白い蛇の方が六時!ニ時と十時を竹谷さんと村田さんお願いします!」

「分かった!」

 

ある意味、伊黒はぼんやりしていた。

 

極限の集中により、彼の左目はいつにも増して見開かれていた。生まれつき弱視の右目を補って、あまりある情報を取り込まんと。

 

視界、いや全ての五感の情報が、透明であるかのように明瞭だった。

自分だけがどこか別世界にいる気分。

血が湧き立つような昂揚。と同時に、恐ろしく落ち着いてもいた。これは人生の奇跡的な出会いの一つだと、伊黒には自然にわかった。彼はそれを掴むために、心魂の全てを懸けていた。

 

 

(あの女。……あの珍妙な歩法、舞いのような体の動かし方。俺自身も使用する水の呼吸に、まあ似ないことはない。だが決定的に何かが違う。)

 

彼はちらりと己の日輪刀を見やった。

 

鮮やかな青紫色。

色変わりの刀の色には意味がある。例えば青に近いものは水の呼吸、というように。だから、伊黒は思ったのだ。

 

闇夜で流れる、曲がりくねった川路などはきっと。月灯りを映してこのような色に。

 

 

—————いや。違う。

 

 

俺自身の剣技がある。

幼少の頃より好きだった生き物。

唯一の友。

 

そのイメージは、脳の奥深くまで刷り込まれ。

 

そして今この瞬間。

格好の見本が現れた。

 

あの女の奇妙な動き。

どこまでも不規則な剣の軌道。

 

 

 

「蛇の呼吸……壱の型、」

 

うねる。

 

避け、掻い潜る。

 

鬼の、頸へ。

 

 

「………委蛇斬り!」

 

 

 

 

 

目の前で弾けた白い光を見て、まずしくじったと思った。

稲妻のような眩さ。

伊黒の視界が、一瞬、真っ白に染まった。

 

まごうことなき鏡の乱反射。

 

やはり初めての技を出したのは不味かった。不完全な技で、中途半端に鬼を追い詰めてしまった。

 

 

「おのれ人間め……!“血鬼術 灼熱鏡光!“」

 

「……っ!しまっ」

 

ゆうらりと。眼前に光の天蓋が広がる。

やけにゆっくりと進む時の中で、伊黒は鬼の姿を見た。

 

薄汚れた袴を履き、上半身は裸体。バサリと乱れた髪は眼にしただけで悪臭を催すような不潔さだった。その顔は低く俯かれ、紅い眼のみが怨念でギラギラこちらを睨め付けている。

 

 

「……おまえらは」

 

唸り声が重く響いた。パッと僅かに白光が瞬いて、鬼が背後へ転移した。

はっと見れば、鬼は伊黒の背後にいた。

 

 

「なにがしたい。何故俺から取り上げる。全てを奪われた哀れな者から、命さえも奪おうとする!!」

 

ウオオオッ!と鬼が咆哮した。

 

瞬間、熱波が放たれた。

前方で桃乃が動くのが見えた。竹谷と村田を回収し、滑らかに床下へ潜り込んでいる。こちらへ対処する余裕は——ない。

伊黒は誰より鬼に近い。故に、避けきれない。

 

彼は、きつく首に巻きつく鏑丸を庇った。同時に羽織を翻して頭を覆い、床へ伏せる。

刹那、灼熱が背後から襲い掛かった。ジュゥッと背を焼かれる感覚に、思わず呻き声が漏れた。……が、隊服のお陰で火傷は軽い。伊黒はぱっと跳ね上がり鬼から距離を取った。

 

 

「だ、大丈夫ですか蛇の……「いちいちうるさい。隊員の安否など確認を取らずとも把握しろ間抜け。」……は、はい!」

 

 

伊黒は内心舌打ちをしていた。

行けたと思った。己は普段から鍛錬を怠っていないし、全く油断はなかった。

 

だが。

血鬼術というものはいつでも厄介だ。

この鬼は実戦経験がほとんどないようなのに、こちらが梃子摺る間に実力を確実に伸ばしている。さっきの熱光の術も、あの追い詰められた表情を鑑みるに、たった今習得した応用術だろう。

 

学んでいる。

奴は、もともと強者の才覚が眠っていた鬼だ。

 

時間が経過するほど奴の頸が遠ざかる。

 

 

 

「……次は決める。コツは掴んだ、二度としくじらない。」

 

悔しさを埋めるように。

己に向かって呟いた。

青紫色の刀身を一瞥し、ぎゅっと握る。

 

 

 

「行きます!隊形立て直して散開!私が撹乱するから、各自頸を狙って!」

 

 

凛と落ち着いた声が響き渡った。

鬼殺隊で長らく生き延びてきた経歴は伊達ではない。女子だろうが、歴戦の猛者。

居住まいが、自然に人を従える。

闇に、ひらりと桃乃の白い羽織が舞った。

 

 

   水菓子の呼吸 参の型・改 流れる梅の串通し

 

 

「っこの……!」

 

鬼も負けじと、術で転移して逃げる。

しかし桃乃は、移動完了前に血鬼術の気配を感知する。

 

「村田さん後ろ危ない!」

 

「へひゃ!」

 

折れた刀で身を守らねばならない村田は必死であった。桃乃の声に従い跳んで離脱したところ、際どい所でさっきまでいた場へ鏡面と鬼が現れる。

実のところ、鬼はただ逃げているだけだったのだが、何がどう戦況に作用するか解らない。ひとつ間違えば殺される予感に、村田は肝を冷やした。

 

……そして。

 

鬼はこの攻防で、あることを掴み始めていた。

 

(——攻め立ててくる奴が二人しかいない。白い羽織の女と、蛇のような縞模様の羽織の奴。……あとの奴らは、弱いんだ。)

 

鬼の予測は当たっていた。

村田と竹谷を庇いながら戦う桃乃。そして伊黒。

 

彼らにとっては、これが最善の作戦。まさに連携の取り方の模範であるだろう。

だが、それは時として、こちらの弱点を曝け出すことにも繋がってしまう。

 

 

「水菓子の呼吸、弐の型……」

 

稲妻のような速さで駆け巡る桃乃。

思わぬ死角から現れる、蛇のように曲がりくねった太刀筋。

 

鬼はあっという間に追い詰められ、ギリギリの均衡が徐々に崩れていく。絶体絶命であるはずの鬼はしかし、やけに据わった目でニヤリと笑った。

 

 

  血鬼術 鏡面転身

 

  血鬼術 鏡面転身

 

  血鬼術 鏡面転身

 

 

あらぬところへ、何度も瞬間移動。しかも。

 

「!?……しまっ」

 

「危ない!竹谷さんよけてっ!!」

 

「ふん、遅いなぁあ!」

 

 

鬼は、まっすぐ竹谷を狙っていた。

抜け目のないことには、彼を盾のように扱っている。鬼の体は、竹谷の影に溶けて見えない。桃乃や伊黒の攻撃は、彼が退かなければ当たらない。

 

 

「っく!水の呼吸、参の型……」

 

「馬鹿野郎っ!離脱しろ竹谷!!」

 

伊黒の警告。

竹谷の黒い純粋な眼が、熟れた桃の実より大きく見開かれた。

 

 

……竹谷松之助は見誤っていた。

彼は、参の型を使って血鬼術を斬るつもりだったのだ。

迎撃ではなく、離脱でもなく、斬る。

そう、桃乃のように。

 

堅実な判断だ。

そしてそれをするだけの実力があったこと自体、賞賛に値する。

転移の血鬼術に取り込まれれば、まさにどこへ飛ばされるか不明である。戦況にどのような重大な影響を与えるか解らない。

ただ、今回だけは思考が彼の判断を誤らせた。

 

 

「っ?!術じゃ……」

 

松之助の驚愕の声が漏れた。

水の呼吸の構えをとった瞬間、鬼が床を蹴って跳躍した。眼前へ鬼の巨躯が迫り来る。爪を剥き出しに手を引く格好から、拳の殴打がくると悟った。理解した。

しかし遅かった。

 

———遅すぎた。

 

 

ゆっくりと、時が進む。

刀を握る腕……通された羽織。松之助の目に、黒々と闇に浮かび上がる青千鳥の羽織が、不思議にはっきりと映った。

おかしいな、と思った。

浮かんだ問いに答えるまでもない。見慣れた羽織の紋様。

己の腕が、通された布の紋様。

 

奇妙な気持ち。

まるで、他人の腕のように見える。

 

そりゃそうかもしれない、とぼんやり思った。

 

 

 

 

 

—————これは、父の羽織だったのだから。

 

 

 

 

 

育てであり、親でもある。

松之助が憧れた唯一の人。

 

そして、“鳥の呼吸“ 百年の歴史を守る最後の人。

 

無口でぶっきらぼうで、父親として立派な人ではなかった。

しかし剣士としては、一流だったのだ。その証に、今も現役で活躍している。互いに忙しすぎて、いつしか親子で会うことも出来なくなってしまったが。

いつだって憧れていた。

だから父の誇りである、鳥の呼吸を受け継ぎたかった。

羽織をくれと頑固に父にねだったのも、そういうことだ。

 

だけど。

……自分には使いこなせなかった。

 

文字通り命を懸けて、血を吐くような思いで鍛錬していた。庭で失神することも、毎晩のように熱を出すことも、そんなことどうだって良かった。それだのに何年か経ったある時に。ふっと自分の限界を悟ってしまったのだ。

わかってしまえば不思議になる。なぜ理解できなかったのか。鴉の羽根が金色でなく、黒色と宿命づけられているように。全く自明の理であったというのに。

 

僕には無理だ。足の骨格からして鳥の呼吸に適していない。

父さんみたいに跳べない。

空に羽ばたく鳥になりきれない。

 

自分の適正は水の呼吸。

己の手は、色変わりの剣を青く染め上げた。

もう、鳥の呼吸へ執着する理由はない。

 

技への縁は全て、生家へ捨ててきた。

 

——それでも。

 

 

「鳥の呼吸、壱の型……!」

 

 

真上に跳躍した竹谷と、下から掬い上げるように腕を薙いだた鬼の、刀と爪が衝突して火花を散らした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。