月夜に舞えよ、蝶々   作:へびのあし

7 / 17
三人で仲良く

 

山奥の里山。

ただでさえ閉ざされた、よそ者への警戒心の強い土地。

妖怪や神仏への信仰も根強く、鬼をおそれ崇めて生贄を捧げていた事例も少なくない。このような場合、鬼狩りの任務を妨害されることすらも、多くあるという。

 

「そげっから、帰れってんじゃ!こん前もあんたらみてえな怪しかもん入れたらば、ばちさ当たりよって!」

 

小栗林桃乃、月森ヒナ、山路アカネ。三人の隊士が、里の入り口で立ち往生を食らっていた。

 

「ばち、ですか?」

 

「たりめえよ!みんな翌日にゃばっきり折れた刀さ残して、跡形もなく消えよった!山神様ば怒らせたむくいじゃが!」

 

「山神様って、どんな神様なのでしょうか?」

 

「よそもんにゃ教えるもんか!いいから帰れ!」

 

口角泡を飛ばし、物凄い剣幕で怒鳴る男。

危ない農具をこちらに向け、追い払う仕草を繰り返す。いくら話そうとしても埒が開かない。

桃乃は悲しそうに息をついた。

 

「おじいさんとは仲良くなりたかったのに…うぅん、」

 

———残念です。」

 

 

「な…っ!」

 

「確保ー、できましたアカネさん!」

 

「はぁい」

 

懐へ隠し持っていた黒紐で、男の手足を縛り上げる。

桃乃が縛った男を、アカネがあくびをしながら軽々と運んで行った。バタバタ暴れるが、男は全く何もできず。木に犬のように繋がれて、悔しげに歯噛みした。

 

「そんじゃ、いつも通り」

「はい!」

 

アカネが戻ってくると、三人で手を重ねた。

 

「ヒナさんの稀血で誘き寄せて、私が感知!アカネさんの笛でびっくりさせて、仕上げに三人で……斬首っ!」

「「おー!」」

みんなで手の平を天へ突き上げる。緑ざわめく山奥の森、のんびりした女子の声が、木霊しながら響いていった。

 

 

 

 

 

 

 

それは獣だった。

否、それはもと人間だったもの。まるで家一つ分ほどもある巨躯。

それは硬い甲羅のような毛皮に守られていて、あらゆる武具を弾き返してきた。それは鬼殺隊員の日輪刀も同様。

 

針のように尖った毛。何層にも重ねがけされた天然の鎧が。特に頸を守るように膨れ上がっていた。

 

 

「あぁー余裕ですね。」

 

真顔で。桃乃が言った。

その隣で、ヒナが大きくため息をついた。

 

「あんなぁ、桃乃。こんな場で虚言を吐くなよ。」

 

「う、うそじゃないんですよ!ちょっと大袈裟に言っただけで……大丈夫、集中したら絶対斬れるんですよ!そう!賭けてもいいです!お弁当のおにぎりの梅干しを!」

 

桃乃は、むうっと頬を膨らませて抗議した。

闇の森の中、小さな白い姿が浮かび上がる。

 

「それにしても大っきいですね……。私の感知、いらないじゃないですか。どっからどうみても鬼ですし、遠くから丸見えで。隠す気も全然なさそうなの、悲しいです……」

 

桃乃の呟き通り。鬼は巨大だった。

しかし。

 

「……ふん、関係ない。こっちはいつも通りにすりゃあ良いだろ。」

「っ!そうなんですよ!よくぞ言いましたヒナさん!」

「任せたぞ。今日の仮想隊長役。あくまで訓練だからって気ぃ抜いたら、うちらが死ぬかもしれんからな。」

「ガッテンです!……ではアカネさん、さっそく笛の撹乱よろしくお願いします!」

 

ふらりと。

夢遊病者のようなトロンとした足取りで。アカネが前へ進み出る。

首にかけた土笛を取る。

紐を撫で、笛を口に当てて、突如ピィーッと吹き鳴らした。

 

 

「よし……ヒナさんはあの大っきな樫の木の方へ!」

「あぁ!」

 

二人が走る間も、笛の調べは鳴り続ける。奇妙に物悲しく上がって、下がって。リズムだけは愉快な祭囃子。

魔笛。

それは人の脳みそに深く沁み入り、その音に慣れていないものの思考を一瞬停止させる。アカネだけの特別な技術。

鬼は笛の音に気を取られ。しかし先程から強く匂う、稀血の人間にも心を惹かれ。血眼になって、苛々とあたりを見回した。

 

 

「こちらだ!悪鬼!」

 

突然ヒナが飛び出した。あっと思う間もなく、素早い身のこなし。枝から枝へ軽やかに舞い、最後に幹を蹴ってこちらへ接近する。鬼はその動きを全て目で追っていく。不意に毛むくじゃらの巨大な手を持ち上げる。……と、意外な速さでそれを打ち振った。

 

 花の呼吸 伍の型 仇の芍薬

 

ヒナは迫り来る剛腕を、たった一撃で受け流した。ひょいっと猿のように体を宙へ投げ出す。あろうことか着地先は鬼の腕。先程の技が連撃なのを良いことに、ガキンッと上手に角度をつけて刀を当てていく。不安定な鬼の体。硬い毛皮は滅多なことでは斬れないのだが、それすら利用し、自身の体勢を調整しながらどんどん鬼の頸へと跳ね近づいてゆく。

 

「これで終わりだ!」

 

鬼は、ようやくヒナが意外な強さを持つことを理解した。闇雲に腕を振り回しても、捉えることはできない。……ならば。

飢餓状態で頭が回らないわけでもなかった鬼は、この状況で最も適切な反応をした。

すなわち。

全力で頸を守るっ!

 

腕を頸に巻き付け、ドデンと仁王立ちに構える。これで安泰。どんな剣士でも、この守りは破れない。刀が折れれば、あとはこちらのもの。いかようにも料理ができる。

 

「あれ……」

 

鬼は、やけに冷静なヒナの表情を見た。

ぞわり。

背中に恐怖が走る。

 

「っ!まさか———」

「……ふん!」

 

ギャア——ッ!!

それは、鬼自身の咆哮だった。喉が切れて血が滲むほどに、鬼は叫んでいた。

信じられぬ。

生まれて初めて感じる、痛みと恐怖の絶頂。

 

鬼の目玉は両方とも、潰れていた。……刀が一閃。一拍遅れて、血が噴き出す。一瞬で、視界が真っ黒に塗りつぶされた。

耐え切れずに、鬼は両手を頸から離す。顔を覆う。前のめりに倒れそうになり、危うくたたらを踏む。

 

その鬼の背後に。

白い影が這い寄っていた。

 

「よくやりました、ヒナさん。」

 

音もなく。しかし雷のような素早さで。木々の遥か奥から、流れくるように突貫してくる。うさぎのように枝から枝へと跳び、舞いながら、風に乗って速度を増していく。物凄いスピードを出しているのにも関わらず、桃乃の通り過ぎた後の木々の葉は、まるで小川のほとりの柳のようにゆらりと微かに揺れるのみ。

 

これこそが、水菓子の呼吸の最強の技。

 

身を任せるのは、自然の“氣“の流れ。

鬼の毛皮の強度のムラは、桃乃の眼にはっきりと波打つように視えている。

 

 

  水菓子の呼吸 漆の型 弾けた金柑泳ぎ

 

 

「さようなら。鬼さん」

「ッ……?!」

 

鬼の最後。

突然ジュッと首が熱くなる。……と思ったら、奇妙な浮遊感。生まれてこの方味わったことのない、……いや、味わってはならない感覚。

日輪刀で斬られた。ならば当然、

 

「体がっ!?崩れ………ギャアッ———!!」

 

 

長年、山里の村人たちから神と畏れられ。

討伐に来た者共を返り討ちにし。

盤石の守りを誇っていた毛皮の鎧の塊は。

 

たったまま気持ちよく寝息を立てる少女と、ガッツポーズをする少女と、心底鬼を侮蔑した表情を浮かべる少女に。

……あっさりと討ち取られた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。