月夜に舞えよ、蝶々   作:へびのあし

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今宵は夏祭り。
神輿もある。夜店も出る。
若人たちにとって———とりわけ、夜な夜な鬼を斬り殺して回る、鬼殺隊員のような者たちにとっては———何よりも大事な年中行事。



夏祭り

 

 

 

 

「しのぶさまは、どーしても来れないんですか?」

 

アカネが、真剣な目で問う。右手でぎりぎりと握った鎹鴉に向かって。珍しく夢見心地ではない声で。まるで詰問口調。

鴉はぐえっと変な声を上げた。

 

「ホッ、北西デ、隊士ガ死ンデイル!十二鬼月ノ可能性ガアルタメ、今日ハ諦メロ!」

「「「はぁ……」」」

 

三人の継ぐ子は、心底落胆したように肩を落とした。

実は、山里の任務を片付けた翌日。三人は、しのぶとある約束をしていたのだ。しかし彼女の階級は柱。他の隊士では務まらない任務が、山ほど回ってくる立場にある。急な任務への対応も仕方がない。

 

解放された鴉が、ぜいぜいと喉を鳴らしながら慌てて飛んでいった。

 

桃乃がため息をついて、俯く。

「せっかくお休み取ったのに……カナヲちゃん連れ出して、竹谷松之助さんまで鎹鴉で呼んでるのに………」

 

桃乃にしっかり手を握られたカナヲが、こくりと首を傾げた。桃色の蝶の髪飾りより、ふわりと藤の香が舞う。隣で、ふんっとヒナが鼻を鳴らした。

 

「うじうじ悩んだって仕方ないだろ。人生は長いんだ。祭りくれえ、山ほど行く機会があるさ。」

「そ、それを私たち鬼殺隊員が言えますか……!」

 

桃乃は、あわてたように両手で顔を覆った。垂れる浴衣の袂が、ふわっとヒナにぶつかり、その着物、彼女の空色の雪花紋に触れる。さらり、と衣擦れの音。

今宵は特別な日。

普段より純白にこだわる桃乃でさえも、無地であるならと「薄桜」の生地を受け入れていた。しのぶ直々に選んでくれた四人の少女の晴れ着は、まこと良く似合い美しい。

 

「まあな。明日の命も知れぬ身……なんて言やあかっこいいけど、“言霊“って信仰もこの日本国にはあるんだから。」

「そうそう。心を楽に生きないと、人生悪夢の始まりですよ〜。」

 

アカネがパッと出鱈目舞いを踊ってみせる。うふふ、と桃乃も苦笑いした。

「そうですねぇ。今を楽しんだって、バチは当たらないのですよ…」

 

「そうだぜ!嬢ちゃんたち!今をときめく新時代の飲み物、ぜひお試しあれえー!!」

「……っヒョエ?!鬼!?」

「…あんなあ。ただの押し売りに反応しすぎだ、桃乃。」

 

藍染め半纏にハチマキ。汗で輝く額と笑顔。首から木の箱を下げて飲み物を売り歩いていたらしい若者が、なんの遠慮も断りもなくずんずん近寄ってきた。盛り上がった二の腕。豪快で迷いのない素晴らしい気迫。桃乃が鬼と誤るほどの凄まじい勢いで、売りつけてくる。

 

「これはラムネ!シュワシュワァッと口の中で弾ける新感覚。ただの甘い水と思ったら大間違い!」

 

(「炭酸か…うちの苦手な飲みもんだ…!」)

(「私もちょっと、こういう系のは飲めないです…!」)

(「あぁ、一瞬で私の眠気を吹き飛ばした悪魔の飲み物…!」)

 

ぐいと箱を押し付ける若者。継ぐ子の三名は、なんとか振り切ろうとするが、あまりの熱情を無碍にするのが躊躇われる。

 

「そっその!祭りを回るための最低限のお金しか持ち合わせていなくてですね!」

「またの機会にさせていただけないでしょうかっ!」

「むう、そうか仕方がない!それでは一本だけ受け取ってくれ!代金はいらない!俺が本来働いている店舗はこの通りの先の “新時代甘味処“ ぜひ贔屓にしてくれ!それでは!」

 

若者は嵐のように去っていった。

…ひと瓶のラムネを残して。

 

「あの人、炎の呼吸とか向いてそう。」

「同意だな。」

 

ぽつりと。

 

「それにしてもどうしよう。」

 

地面に置かれたラムネの瓶。薄青いガラスが透明で美しい。

食い入るように魅入られて、目が離せなくなった少女がいた。

 

「……あれ、カナヲちゃん?」

 

変化に気づいたのは、桃乃だった。

 

「もしや飲んでみたいですか?」

 

カナヲは問われても答えない。否、答えられない。

無言で硬直して、桃乃の顔を見つめる。口を開くものの、返事をしようとして焦るばかり。ただただ額に汗が噴き出してきた。

 

虐待。カナヲが、蝶屋敷に拾われる以前のことだ。幼い時分の惨い暮らしの中で、少女の心は壊れた。人買いに売られ、泥とシラミに塗れた彼女は、まるで無表情に他人の指示を待つ、人形のようだったという。

 

今でも時折、判断を迫られた時に彼女は硬直する。頭が真っ白、パニックに陥るのだという。

 

「せっかくだから試してみればいいんですよ。どーせ味見しないと、うまいも不味いもわからない!」

 

気付けばラムネの瓶は目の前にあった。

桃乃の優しい声が、耳に木霊する。じんわりとぼやけるような非現実的な夢心地で、カナヲは目を見開いてソレを受け取った。

 

口をつける。途端に、冷たい液体が流れ込んできた。甘い水。シュワシュワパチパチと、舌の上で弾ける不思議な感覚。さあっと口の中が爽やかになって、カナヲは思わず咳き込んだ。

 

「けほっ!」

「……あわわ。やっぱりキツかったのでしょうか……?」

「あったりめえだ。おい、無理すんなよカナヲ。」

「大丈夫ですか?」

 

 

口々に心配する継ぐ子たち。しかしカナヲは、キラキラした眼で彼女らを見上げた。

 

「おいしい。」

 

 

そして喋ったのだった。一日に一度も自ら言葉を発しようとしないカナヲが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんながあって。

約束の時間、向こうに人影が現れた。ゆっくりとこちらへ近づいてくる。羽織はのっぺりと鴉の濡羽色。青千鳥の紋様がはたりと風に舞い踊る。彼は待ち合わせ場所のこの茶屋へ向かって、ゆっくりと歩いて来ているのだった。

 

「あっ!」

「来ました!竹谷松之助さんです!……おーいっ!」

 

大きく手を振る、桃乃。

松之助は、こちらを視界に認めると、すぐに足を早めようと———して、失敗した。

彼は両手に木の杖を握っていた。足を引きずり、慎重に進んでいた。それが慌てて歩こうとした瞬間、カツン、と杖が何かに引っかかり、はっと青くなったがもう遅い、あわや転倒——

 

 

「———っと!うわぁ、危ないですよぉ!」

「ふう、間に合ったか」

「……怪我なくて、よかったです…?」

 

三人の少女が、瞬きの間に飛んできて、しっかり彼の体を抑えた。

瞬身。鬼殺隊士の本領発揮である。

 

「ど、どうも……ありがとうございます。」

 

松之助が、慌てて杖を持って体勢を立て直した。

しっかりと踏ん張り、バランスを取り戻す。

ふぅ、と息をついて顔を上げた、その瞬間。彼はぽかんと口を半開きにした。

 

「え、アカネ?」

 

松之助の目の先は、山路アカネ。夢みる土笛吹きの少女。名前を呼ばれた途端、トロンと眠たげな目が、いっぱいに開かれた。

 

「ありゃ、しょーくん?」

 

青い蝶飾りをシャラリと傾げ。薄紅と山吹色の晴れ着を纏ったアカネは。

 

「なんで、急におじいちゃんになったの?」

 

そんな、めちゃくちゃな言葉をのたまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茶屋の前の床几へ、四人で腰掛ける。

すっかり目が覚めたアカネが、萎れた梅の花のように意気消沈し、松之助に頭を垂れていた。

 

「とってもごめん、しょーくん。私、半分寝ぼけてて……」

「いえいえ、僕の方こそ。驚かせてしまい申し訳ないです。」

 

松之助が、戸惑ったように言葉を返す。

確かに彼は、杖をついていた。

しかしそれはもちろん、おじいちゃんになったからではない。断じて違う。鬼殺隊員がそういう格好をしているということは、つまり怪我以外にあるはずがない。

 

「あのぅ、呼んでしまってごめんなさい。まさか療養中だったとは、思わなくて……。」

 

便りの送り主である、桃乃。かわいらしい白狐の面がバツ悪そうに顔を傾ける。松之助は取りだした青い竹筒の栓を抜きながら、サラリと言った。

 

「いえいえ、僕が来たいから来たんですよ。それに、これは治りませんしね……半年前くらいの怪我ですから。」

「「「えっ?」」」

 

三人の素っ頓狂な声が響く。そして一瞬のち。広がる沈黙。ヒナが誤魔化すように咳払いをした。アカネも、ぼんやりと見開くのはどんぐりを見つけた栗鼠(りす)のような大きい目。

桃乃はまだ驚きから立ち直っていなかった。小さな黒目を見開いて、言う。

 

「半年前の怪我って。……え、私その頃会ってますよ。任務で合流して、あ、もしかして“鏡のお屋敷“の時じゃないですか?ひどい怪我してましたよね、でも脚じゃなくて背中だったような。」

「はい、小栗林さん記憶力がすごいですね。……そうです、あれで脊椎?とかいう神経をやったらしく…まあ、完全な下半身不随を免れただけ、僕は幸運です。」

 

言葉が出ない。当人が明るく振る舞っているだけに。迂闊な言葉を出せない。

しいんと静まり返った。

———薄暗い夏の黄昏に、茶屋の寂しい通り。

カァカァと、鴉の鳴き声が、灰色の空へ響いてゆく———

 

「……あれ。なんか暗い空気にしてしまいましたか?」

 

松之助は、困ったような顔で口を開いた。三日月のような眉はハの字。“まさかここまで深刻にとらえられるとは思わなかった”という戸惑い溢るる表情。

 

「全然気にしなくていいですよ。なんというか、僕の場合、鬼殺隊以外にも居場所があったので。」

 

松之助が言った途端。横で、小さく声が上がった。

 

「……あっ。」

「はい。…アカネは、嫌と言うほど知ってると思いますが。」

 

少々バツの悪そうな顔で、松之助が言う。彼は、ふぅっと息を吹くと、手を擦り合わせた。そして、「ちょっと見ていて下さいね」と得意顔で言うと、いきなりピュィーと指笛を鳴らした。ピッピッと抑揚をつけながら、何かの暗号のような音の羅列。

突然、バサバサッと鳥の羽ばたきが響いた。少女三人が見上げると、そこには鴉が三羽。ぐうるりとまわる、夏の夕暮れ空。

 

「これが僕が調教した鎹鴉(こどもたち)。実は僕、母の仕事を受け継ぐことに決めまして。」

 

心底嬉しそうな松之助の微笑み。しかし、その隣では暗い影がどんよりと降りた表情の少女が。

 

「毎日の稽古後……鴉小屋の掃除手伝わされたり……やだって言うのに無理矢理鴉の赤ちゃんを抱っこさせられたり……。」

「弁解の言葉もないです……」

 

恨みがましそうなアカネ。

どうやら彼らは、同じ道場で稽古した幼馴染だったらしい。

かなり仲も良かったようだ。実力の差は当時からかなり開いていたらしかったが。

 

「さ、そろそろ夜店巡りの時間だろ。」

 

ヒナの声掛けで、皆も立ち上がる。

 

昔の幼馴染の予期せぬ再会。そんな微笑ましい一場面のお陰もあり、華やいだ雰囲気の中。四人は夜店巡りを開始した。

さっそく桃乃が狐の面を見つけて声をあげる。

りんご飴を見つけ、輪投げに挑戦して、ヨーヨーを四人で五つ手に入れた。櫛や簪選びに情熱を傾け、そばの屋台で熱々をすする。みんな満ち足りていて、せめて今宵だけはとはしゃいでいた。

 

 

 

 

 

—————これが、彼らを引き裂く最初の晩だと、知ることもなく。

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