僕らはてんもんぶ   作:higgs

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前回で終わりと言っておいてなんですが、どうしても1話だけ書きたくなってしまいました。


番外編
あたしと卒業


 文化祭からもう何か月も経った3月、最後のホームルームが終わるやいなや、まだ少し腫れている目もそのままにあたしは彼が待つであろう部室へ向けて駆け出した。

 

 1分1秒でも長く一緒にいたい、その一心でいつもより長く感じる部室までの廊下を疾走しいよいよ扉の前までたどり着いた。

 

 今日でここに来るのも最後と思うと扉を開けようとする手が止まり、再び涙がこぼれそうになる。いけない、こんな顔で会いたくないとぐっとこらえ無理して笑顔を作り、思い切って扉を開けた。

 

 おっまたせー、なんて空元気な声とともに部室へ入るとそこには誰もいなかった。少しだけ呆けた後、寂しさと苛立ちが募った。なんでいないの、あたしのことなんてどうでもいいのと今ここにいない彼に不満をぶつけていると、不意にポケットにしまっていたスマホが震えた。

 

 画面を確認すると一通のメッセージが届いていた。その内容を確認するやいなや踵を返し部室から飛び出した。

 

 

 

 重たい体育館の扉を開きすっかり片付けが終わった館内を確認すると、舞台下でパイプ椅子と小包を抱えた彼、俊くんを見つけた。

 

「もーこんなとこに呼ぶなら早く言ってよー!」

 

 息を切らしながら彼のもとに駆け寄り頬を膨らませながらそう言った。

 

「それについてはごめんなさい。…ともかく日菜先輩、ご卒業おめでとうございます。これ卒業祝いです。」

 

 そう言うと彼は手に持っていた小包をこちらに渡してきた。

 

「ありがとー!これ開けていい?」

 

「今ですか?いや別にいいですけど。」

 

 包装を丁寧に開けると雑貨屋で買ったであろう可愛らしいティーカップが出てきた。彼らしくないデザインにくすりと笑い感謝の言葉を述べた。

 

「ありがとう、大切にするねー」

 

「どうも。…日菜先輩、ついてきてもらえますか?」

 

「?うん、いいよー」

 

 あたしが返事をすると彼はパイプ椅子を持ちステージに上がった。それに従って少しだけ歩くとグランドピアノにたどり着き、すぐそばにパイプ椅子を広げた。彼自身はピアノの椅子に腰を掛け、座ってくださいとの声であたしも椅子に座った。

 

「もうひとつの卒業祝いです。今から2時間くらいは使用しても大丈夫らしいので日菜先輩の聞きたい曲、できる限り弾きますよ。」

 

「本当!?じゃあじゃああの曲とか———」

 

 あたしは目を輝かせながら次々にリクエストを投げかけ、彼はそれにすべて応えてくれた。たった2人だけの演奏会がこの小さなステージ上で開催された。

 

 

 

 もうどれくらい演奏してもらっただろうか、次に何を弾いてもらおうか悩んでいると今までほとんどしゃべらずピアノに向き合っていた彼の口が開いた。

 

「日菜先輩、次の曲で最後です。」

 

 時計を確認するとここに来てからあと少しで2時間が経過しようとしている。じわりと目頭が熱くなるのを感じた。卒業式で散々泣いたはずなのに、拭えども拭えども大粒の涙が止まらない。

 

「…嫌だ、もっと聴いてたいのに、なのに、最後なんて、言わないでよ…」

 

 本当はこんなこと言ったって迷惑かけるだけなのはわかっている。しかしとめどない気持ちが嗚咽交じりの言葉となって彼に訴えかける。

 

「…もう時間ないですから、曲、選んでください。」

 

 いつもと変わらないぶっきらぼうな言い草に少しむっとした。

 

「俊くんは寂しくないの…?」

 

 睨みつけようと顔を上げると、彼が目を潤ませ唇を噛んでいる様子に虚をつかれた。

 

「そんなの寂しいに決まってるじゃないですか。明日から部室に行っても日菜先輩がいない日常が続くのは本当に退屈ですよ。だからそんなこと…言わないでください…」

 

 彼も声を震わせながらそう呟く。なんだ、彼も同じ気持ちだったのか。そう思うと心がほんの少しだけ軽くなった。

 

「じゃあ、わがまま言ってもいい?」

 

「まあ、僕ができることなら。」

 

「ありがとー。じゃあ曲は何でもいいから弾き語りしてー?」

 

 そう言うと彼はきょとんとした顔でこちらを見てきた。

 

「いや、僕別に歌上手くないですし、それに弾き語りとか慣れてないからピアノもおろそかになりますよ。てかなんでことあるごとに歌わせようとするんですか。」

 

「だってカラオケ誘っても来てくれなかったし。だから聴きたいな、だめ?」

 

「カラオケ行かなかったのは音楽嫌いが治ってなかったからで…わかりましたよ。でもあまり期待しないでくださいね?」

 

 彼はため息をつくと顎に手を当てながら思考にふけた。1分ほど悩んだ末にピアノへ向き直り、鍵盤に手を添えた。

 

 いつも通りの綺麗な音色で30秒ほど前奏を弾いただろうか、いよいよ彼が歌い始めた。

 

 

『いろいろと下手くそな僕は この道しか歩いてこられなかった』

 

『出来るだけ転ばないように そして君に出会えた』

 

 

 それは彼の言う通り特別上手くはなく、かと言って下手でもないいたって普通の歌声だった。

 

 

『叶わないままの夢はどんな光より綺麗で』

 

『変われないのに変わりたいままだから苦しくて』

 

『流れ星ひとつも 気づけなくても』

 

『君を見つけて 見つけてもらった僕は 僕でよかった』

 

 

 高音も無理して歌っているのがよくわかるし、ピアノのほうもパフォーマンスが落ちている。

 それでも、あたしのためだけに歌って演奏してくれている彼の姿から目が離せず、一音も聞き逃さないよう集中して聴き入った。

 

 ほどなくして歌が終わり後奏を弾き終えた彼の手が鍵盤から離れ、膝の上に置いた。あたしは拍手をしながら立ち上がり、彼のそばに近寄った。

 

「歌、あんまりうまくないねー」

 

「だから言ったじゃないですか!なんでやらせたんですか!」

 

「でもよかったよ、すごく、るんっ♪てきた。」

 

 囁くように言うと彼はむっとした表情を崩し、目を横にそらした。彼が照れているときの仕草にくすっとした。

 

「やっぱり嫌だな、これでお別れなの。ピアノだけじゃないよ、もっともーっと一緒にいろんなことしたいし、ずーっとあの天文部で2人で楽しくおしゃべりしてたいなー。ねえあたしの大学受験しない?そしたらまた一緒にいられるし。」

 

「日菜先輩女子大じゃないですか、無理ですよ。」

 

「もーなんでいつも通りぶっきらぼうなのー?あたし卒業生だよ、ちょっとは優しくしてくれてもいいんじゃない?」

 

 頬を膨らまし不満をあらわにする。というかあたしがこれだけアピールしても全く気づいてくれない。この朴念仁がと言わんばかりに彼を睨みつける。

 

「僕が口下手なの知ってますよねってなんですかその目は、何が言いたいんですか。」

 

「俊くんのあほ、ぼけ、意気地なし。」

 

 ツンとした態度で言いたいだけ言うとあたしはくるりと彼から背を向ける。

 

「…どうしたんですか。」

 

「今日はありがと!この後つぐちゃんにも挨拶しなきゃだし、リサちーも待たせてるからもう行くね!バイバイ!」

 

 語気を強めて言い放ち、こぶしをぎゅっと握りしめゆっくりと歩き出す。少しだけ、ほんのちょっとだけ後ろ髪を引かれる思いがしなくもないが。

 数歩だけ歩いたところで、日菜先輩、とあたしを呼び止める声がして足を止めた。

 

「僕はここに入学して、そして天文部に入部して日菜先輩に出会えて本当に良かったです。最初は日菜先輩のこと変な先輩だなって思ってました、しゃべってる内容もよくわからなかったし、いつも突拍子もないことに付き合わされて毎日本当に疲れました。

でもそんな日常は嫌じゃなかったっていうかすごく、楽しかったです。日菜先輩がこんな僕にも嫌な顔せずかまってくれたおかげで変わることができたし、何よりピアノが弾けるようになるなんて夢にも思わなかったです。だから、本当に感謝してます。」

 

 それは、あたしも同じだよ。初めてできた後輩に接し方がわからず振り回してばかりだった。あたしが好き勝手に色々なことに巻き込んでも嫌な顔…はしてたけど離れないでずーっとそばにいてくれた。だんだん心を開いてくれて本当に嬉しかった、ひとりじゃこんなにるんってくる天文部にできなかったよ。あたしのほうこそありがとう。

 

「日菜先輩が卒業式で泣き出したときは本当に驚きました。だって先輩は別れを惜しむより次の出会いを楽しみにする人だって思ってたので。だからこそ僕たちとの別れを悲しんでくれて本当に嬉しかったです。」

 

 あたしも壇上に立つまではそうだった。でもみんなの顔を見てもうここで俊くんと、みんなと一緒に思い出を作れないんだーって思うと涙が止まらなくなっちゃった。…本当に寂しいんだよ、俊くんとお別れするのは。

 

「さっき日菜先輩とずっと一緒にいたいっていうの、嘘や冗談でもないですから。だからその、なんていうか…」

 

 何かを言い淀んだ様子が気になって彼のほうに向きなおると、そこには今まで見たこともないくらい顔を紅潮させて目をきょろきょろさせている彼がいた。何も言わすにその様子をじっと見つめていると、ややあって彼と目が合った。そうすると観念したようで彼は目を閉じ息を吐きだすと、再度こちらをまっすぐ見つめ返してきた。

 

 

「日菜先輩、大好きです。先輩としてでもアイドルとしてでもなく、ひとりの女性として、大好きです。」

 

 気が付けばあたしは走り出し、彼の胸元に飛び込み腕を背中に回した。彼は少しぐらつきながらもそっとあたしを抱き返してきた。その温かさに少しばかり身を委ね、ゆっくりと顔を上げて彼と視線を合わせる。

 

「あたしもだーいすき!」

 

 冷え切った体育館の中で、あたしたちだけが別の世界に包み込まれていった。

 

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