流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する   作:梅杉

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第15話 先は見えなくとも(後)

 やがて晩餐の時間になった。食堂に集まったのは御者などを除いた殿下ご一行と我が家族である。

 話はやはり、視察の道中で見たものについてだ。

 殿下の話を聞き、お父様がワイングラスを傾ける手を止める。

 

「ほう、殿下はパイロープ公爵領を通ってこられたのですか」

「ああ。天気に恵まれてよかった」

 

 王子の身を狙う不届き者が現れないよう、視察の道筋は事前には伏せられている。道中にある各貴族家に来るのは「大体このあたりの日にちに行って、何泊くらい泊まりますよ」という通達だけだ。

 調べようと思えば調べられるが、そんな事をするのは王家に喧嘩を売るのも同然なので、おおっぴらにやる者はいない。

 こっそり調べて他の貴族の様子を探り、「うちが一番凄い歓待をするんじゃい!」とかやる貴族もやっぱりいるのだが。

 

「パイロープ領はずいぶんと豊かでしたでしょう」

「そうだな。とにかく農地が広い。しかし種蒔きはしっかり終わっていた。農具が領民に行き渡っているようだ」

「あそこは優れた魔導師が多いですからな」

 

 物体に魔術効果を定着させる術、魔導術を得意とするのが魔導師だ。

 魔導術があればさまざまな便利な魔導具を作り出すことができる。わずかな魔力で点灯できる明かりだとか、遠くに声を届ける道具だとか、少量の湯を沸かす石だとか。

 

 領民を魔獣から守るために最も重要なのは騎士、そして魔術師だが、魔導師が多いという事はそれだけ領が豊かで財政に余裕があるという証拠だ。

 例えば畑を耕したり、小麦を収穫する魔導具。さらに脱穀する魔導具。どれも高価だし毎年のメンテナンスも大変だが、これらがあれば耕作できる面積が一気に広がり収穫量が増える。

 それによってまた豊かになるという循環なのだ。

 

 

「しかし、その後通ったサーピエリ侯爵領では秋だというのに刈り取った後の畑があって少し驚いた」

「なんと。種蒔きをしないのですかな」

「…サーピエリ侯爵領では今、春蒔き小麦を試しているのですよ、お父様」

 

 思わず口を挟んでしまい、お父様が「そうなのか」と目を丸くした。

 サーピエリ領はうちの領から近いのでそれくらい知っておいて欲しい…。

 この父は魔術師としてはとても優秀なのだが、それ以外は色々と残念な部分が多い。領の事に関しても、基本部下に丸投げである。

 

「まだ昨年始めたばかりで、試験段階のようですが。普通の冬小麦が不作の時でも収穫できる可能性があるとかで、他にもいくつかの領が試しているようです」

 

 そう補足したのはラズライトお兄様だ。

 しまった、ここは余計な口を挟まず跡取りである兄に花を持たせるべきだったか…とちらりとお兄様を見ると、「大丈夫だよ」というように微笑んでくれた。優しい。

 

 

「ラズライトもリナーリアも、他の領のことまでよく勉強しているな」

「ありがとうございます」

 

 兄と二人、頭を下げてにっこり笑う。

 殿下も出会った頃に比べ他の人との会話がずいぶんお上手になりましたね…!前は「うむ」がせいぜいだったのに。

 

「自慢の子供たちなのですよ。私は魔術しかできませんが、子供たちはとても賢く、他のことも優秀で」

 

 お父様が本当に自慢気に言ってくれるのも嬉しい。

 お母様も子供達を褒められ嬉しそうだが、そつなく殿下を褒める方向へと話題を変えた。

 

「そう仰る殿下は、剣術に大変素晴らしい才能をお持ちと聞いていますが」

「皆そう言って褒めてくれるが、まだまだだ。スピネルにはとても敵わない」

 

 殿下の視線を受け、隣のスピネルが「ありがたきお言葉」と軽く頭を下げる。

 

「しかしそれは、まだ殿下が成長途中だからです。いずれ私など超えてしまうでしょう」

「なんと。かの高名な騎士家、ブーランジェのご子息が言うのならば間違いありますまい」

「そうだといいのだがな…。今はまだ、背を追いかけるだけで精一杯だ」

「簡単には追いつかれないよう、私も努力していますから」

 

 スピネルはそう言うと、私の方を見ながら冗談めかして付け足した。

 

「…何しろ、手を抜くとまたリナーリア嬢に叱られてしまいますからね」

「リナーリアが?スピネル殿に何か言ったのですか?」

「あっ、えっ、えっと」

 

 驚くお父様に少し慌てる。

 あの剣術の稽古を見学した時の話だろうが、今にして思えば結構無礼な事を言ってしまった気がする。

 

「リナーリアは俺たちを叱り、励ましてくれたんだ。お陰で以前より稽古に身が入るようになったし、成長できているように思う」

「そうですね。私も前より手応えを感じています。毎回時間が長引きがちなのが困った所ですが…」

 

 スピネルは苦笑しているが、案外満更でもない様子だ。やはり彼としても、思う存分やれた方が楽しいのだろう。

 殿下が感謝のこもった眼差しで私を見る。

 

「ありがとう、リナーリア」

 

 

 …何か返事をしなければ。

 そう思いつつも胸が一杯で言葉が出てこなくて、私はただ「いいえ」と微笑み返した。

 

 良かった。私は殿下のお役に立てている。

 私が今ここにいる事は、きっと無駄じゃない。

 今はただ闇雲にもがいているだけだが、少しずつでも良い未来へ向かっているのだと、そう信じよう。

 

 

 そんな風に思った時、ふとスピネルと目が合った。

 な、何だよ。やけに微笑ましそうな顔して。

 つい睨み付けてやりたくなったが、そうするとますます微笑まれそうな気がする。

 

 だったらと思い切りにっこり笑ってみせると、スピネルは一瞬目を丸くして、それから何だかおかしそうに笑った。

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