流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する 作:梅杉
錆びついて軋む扉を開くと、通路は真っ暗だった。部屋の中にしか明かりはないらしい。
明かりの魔術で光球を作り出す。通路の左右にぽつぽつと入口が見えた。
「じゃ、手前から一つずつ調べていくか。まずは大部屋からだな」
大部屋はかなり広かった。光球の光量を上げ、中央に浮かべて隅まで照らす。
反対側の壁には膝くらいの高さの段差が作られていた。腰掛けるためのものだろうか。
「…何にもねえな」
「そうですね」
隅の方には朽ちた布が畳んで置かれていたが、軽く持ち上げただけでボロボロと崩れた。何の役にも立ちそうにない。
すぐに次の部屋に行く事にした。
「ここは…何だ?」
「多分、トイレですね」
床に掘られた穴を覗き込みつつ答える。排泄物を分解する魔法陣か魔導具と併用するんだろうな、多分。
ここもやはり、何もないようだ。
「ここは医務室か何かでしょうか」
「そうだな」
朽ちたテーブル、ベッドのような台、大きな棚。それに何かの残骸が床に落ちている。どれも非常に古いもののようだ。
棚の中には瓶がいくつか並んでいたが、中身は全て干からびていた。他には何もない。
「うーん、こっちの部屋も何もないですね…」
全ての入口を覗いてみたが、特にめぼしいものはなく、何も見つからない。
人の痕跡すら大して感じられず、本当にただの放置されたシェルターという印象だ。
もしかしてここは、魔獣よりも噴火の被害を避けるのが主目的で作られたのだろうか。火竜山が大きな噴火をしたのは数千年も前だというし、ずっと使われないままだったのかもしれない。
「後は通路の突き当りくらいか。とりあえず行ってみよう」
「…こりゃ、とても通れそうにねえな」
スピネルがため息混じりに腰に手を当てる。
その視線の先…通路の奥は、瓦礫や土によって完全に塞がっていた。
「私達が転移した魔法陣は緊急用の裏口か何かで、こっち側が地上に繋がっている正規の入口だったんだと思います。それが崩落したのか、あるいは土砂が流れ込んだのか…」
「どうりで使われていないはずだ。これでは入れない」
「この瓦礫を取り除くのは、まず無理だろうな…」
こんな瓦礫、道具もなしに人力でどかせるものではない。
かと言って魔術で吹き飛ばしたりすれば、衝撃で周り中が崩落しかねない。
「参ったな。文字通りの八方塞がりだ。鍵っぽいものもなかったし」
「…それなんですが、隠し部屋があるかも知れません」
「隠し部屋!?」
殿下が珍しく食い気味に問い返しながら振り返った。
「ええ、最初に探知した時と、小部屋の数が合わないようなんです。こっちの奥の方はぼんやりとしか分からなかったので、多分ですけど…」
「なるほど…!それは隠し部屋の可能性が高いな!」
「ああ。間違いないな…!」
殿下は、いやスピネルも、隠し部屋と聞いて見るからにテンションを上げている。
やれやれ、二人共子供だな…と思いつつ、私はぐっと拳を握った。
「…行きましょう!隠し部屋を探しに!!」
「おー!!!」
3人揃って拳を突き上げる。
…いや、だって隠し部屋なんてそんなもの、誰だってワクワクするに決まってるだろ。しょうがない。
探知魔術を使い、壁に手を当てながら慎重にゆっくりと通路を戻って行く。
歩き出してからそれほど経たないうちに、何か引っかかるものを感じた。
「…見つけました。この向こうに小さな空間があります」
「本当か!」
周辺の壁を調べてみるが、どこから見てもただの土壁でしかなく、特におかしな所はない。探知魔術を使っていなければ隠し部屋の存在に気付かなかっただろう。
魔術で入口を塞いだのか、全く別の場所に入口があるのか。どちらにせよ、壊して入る方が手っ取り早い。
「それほど厚い壁ではないようなので、土魔術で崩します。中からは何の気配も感じませんが、一応注意していて下さい」
「分かった」
『…土よ、砂と化せ』
手のひらを当てた部分から、ざらざらと音を立てて壁が崩れて行く。
やがて、私の背丈ほどの穴がぽっかりと開いた。埃っぽい空気が中から流れてくる。
「本当に隠し部屋だ…!」
「よっと…危険なものはなさそうだな」
スピネルは屈み込んで中を覗くと、そのまま入って行った。私と殿下も後に続く。
中は、他の小部屋と同じような狭い部屋だった。
ボロボロに朽ちた木製のテーブルとベッドらしい台。一番目立つのは、中央に置かれた大きな木箱だ。
スピネルが口元に袖を当てつつ、箱の上に積もった埃を払う。
「ん?この箱、妙に綺麗だな」
「多分、保存の魔術がかかってますね。何か貴重品が収められているのかも」
「宝物という事か!?」
殿下がまたもや食いついた。
宝物。胸が高鳴る響きだ。古代の遺物とか、宝剣とか、貴重な魔導具とか、ついそういう物を期待してしまう。
もしかしたら凄い大発見があるかも、とか。
スピネルが蓋に手をかけ、全員で顔を見合わせうなずき合う。
「行くぞ。せーのっ…!」
「……わあ!凄い!」
「むっ…これは…」
「…本?」
箱の中には、背表紙が見える形で沢山の本が収められていた。
「…お二人共、何故あまり嬉しくなさそうなんですか」
「いや…だって…」
「何かもうちょっと良いもの入ってると思ったんだがなあ」
「本だって貴重な宝物ですよ!?下手な宝飾品などよりよっぽど価値があるんですよ!?」
「そうかも知れねえけど、本かあ…」
二人は明らかにテンションが下がっていた。
むむむ、もしかしたら考古学的に価値がある発見かもしれないのに。これだから脳筋の騎士共は…いや、殿下は脳筋などではないが、決して。
本の背表紙を見たスピネルが顔をしかめる。
「しかも、何だこりゃ。古代文字か?」
「ええ。古代神話王国文字ですね」
今から2千から3千年も昔、この島で栄華を誇ったという国、古代神話王国。正式名称は物凄く長いし発音も難しいので、皆この名前でしか呼ばない。
今よりもはるかに優れた技術や魔術、文化を持ち、その力は強大な竜をも殺すほどだったと言う。
しかし人同士の戦と魔獣災害とで滅びてしまい、その文明のほとんどが失われてしまった。現在には、朽ちた遺跡と何らかの道具などがごくわずかに残るのみだ。
あの入口の魔法陣を見た時からそうではないかと思っていたが、やはりここは古代神話王国時代以前に作られたシェルターらしい。
「ええと…『竜と狩人』『岩山の火竜』『竜むかしばなし』『黒き翼の向こうに』…」
「読めるのか?」
「独学で少し勉強したもので。ちょっとした趣味で」
「そうなのか。凄いな」
殿下が驚きながら感心する。
遠い昔に失われたこの文字が読めるのは研究者か、学院の選択授業でも特にマイナーな古代文明の科目を選んだ変わり者だけ。…私は後者である。
だってほら、古代ってロマンがあるし…。
「どうやら、竜に関する本ばかりのようですね」
大きさはバラバラで、分厚い本もあれば薄い本もある。
とりあえず一冊抜き出して開いてみた。童話集のようだ。