流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する   作:梅杉

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第20話 シェルター・3

 …昔々ある所に、両親を亡くした少年がいた。

 残された家族は一匹の小さな犬だけ。

 仲良く山に入っては、木の実を採ったり兎などを狩って細々と暮らしていた。

 

 そんなある日、少年は山で足を滑らせ、崖の下に落ちてしまう。

 足に怪我を負い、動けなくなった少年は途方に暮れた。幸い犬は無事だが、既に日は傾いている。

 夜の山はとても危険だ。今から助けを呼びに行った所で、朝になるまでは誰も来られないだろう。

 獣が襲って来ない事を祈りつつ、一晩このまま耐えるしかない。

 

 しかし、辺りが暗くなると周囲は一気に冷え込んだ。

 犬が寄り添って暖めてくれていたが、それでも寒い。足の怪我も酷く痛む。

 寒さと痛みで震えながら、少年は犬に話しかけた。

 

「僕はきっと、朝が来る前に死んでしまう。どうかお前だけでも逃げてくれ」

 

 犬は一つ吠えて少年に頭を擦り付けると、どこかへと走り出した。

 少年は犬が無事に山を降りられる事を祈りながら、静かに目を瞑った。

 

 

 それからどれほど経っただろうか。

 不思議な温かさに包まれ、少年は目を覚ました。

 もう寒くない。足からも痛みが消えている。

 驚いて身体を起こすと、少年の目の前に大きな黒い翼が広がった。

 

 竜だ。

 夜空よりもなお深く黒い竜が、赤い瞳を爛々と輝かせこちらを見下ろしている。

 竜はその大きな口を開くと、少年に言った。

 

『か弱く小さき命が、どうかお前を助けてくれと私に願った。その勇気に応え、私はお前を助けよう』

 

 見ると、竜の足元にはボロボロに傷付いた犬がうずくまっている。

 恐らくは山の獣に襲われた傷だ。

 犬は逃げたのではなく、少年が力尽きる前に助けを呼びに行こうとしていたのだ。自らを犠牲にしてでも。

 

 少年は傷付いた犬に駆け寄ると、その身体を抱いて両目から涙を零し、竜に跪いた。

 

「お願いします、彼を助けて。やっとわかったんだ。僕は彼だけでも助かって欲しいと思ったけれど、それは間違ってた。僕たちはずっと、力を合わせて一緒に生きてきた。これからも一緒じゃなきゃだめなんだ」

 

『良いだろう。お前の願いを叶えてやる。これからも互いに支え合い、生きていくが良い』

 

 竜が一つ羽ばたくと、そこに黄金に輝く天秤が現れた。

 天秤の光が少年たちを照らすと、犬が負っていた傷はたちまち癒えた。

 

『生の喜びを、感謝の祈りを忘れぬように』

 

 そう言って竜は飛び去って行った。

 黒い鱗は星の光を受けて赤く輝き、夜空を切り裂くように飛ぶ様はまるで流れ星のようだった。

 

 少年と犬はその後も仲良く暮らし、毎晩星空を見上げては感謝の祈りを捧げたと言う。

 

 

 

「…天秤…」

 

 思わず呟きながら、本に描かれた挿絵をなぞる。

 翼を広げた竜の前に、輝く天秤が浮かんでいる。白黒だが精緻に描かれていて、神々しさを感じさせる絵だ。

 

 …あの夜、フロライアは言った。「天秤は殿下の元にはなかった」と。

 彼女が何故殿下を狙ったのかを知るための重要な手がかりだ。

 だが、その天秤とやらが一体何を指すのか分からなかった。そんな物に心当たりは一切なかったからだ。

 

 王家には様々な宝物が伝わっている。宝石、芸術品、武器、魔導具。

 王子の従者で魔術師でもあった私は、成人した時に宝物庫の奥の地下室に案内され、秘匿された宝物や禁じられた魔導具についても一通り教わったが、その中にもやはり天秤などなかった。

 今世で記憶を取り戻してからも色々調べてはいるが、まだ何も分かっていない。

 

 この少年と竜の話はただのおとぎ話だ。だが、天秤は何の脈絡もなく突然出てきた。

 現代の竜のおとぎ話にこんな物は出て来ない。一体どんな意味があって登場したのか。

 

 

「…リナーリア、どうした?何が書いてあったんだ?」

 

 次のページをめくろうとした時、殿下の少し心配げな声が聞こえ慌てて顔を上げた。

 しまった、つい思考に没頭してしまっていたようだ。

 

「すみません、少し考え事をしていました。…これは童話集のようです。一つ読んでみましたが、山で迷った少年と犬を黒い翼の竜が助けるという内容でした」

「ふむ?竜が人を助ける話なのか」

「ええ。珍しいですね」

 

 パラパラとページをめくってみるが、挿絵を見る限りどの話も竜を善良なものとして描いているように感じる。現代に伝わる竜のおとぎ話とはまるで違う。

 他の本はどうなのかと手を伸ばそうとした私を、スピネルがジト目で睨んだ。

 

「おい、お前完全に目的を忘れてんだろ。今は読書してる場合じゃねえぞ」

「そっ…そうでした…いえ勿論覚えてましたよ?手がかりを探してましたよ?」

「嘘つけ!話しかけても本に夢中で全く反応しなかったじゃねえか!」

「うぐ…、すみません…」

 

 すぐ読書に熱中してしまうのは私の悪い癖だ。それで食事の時間を忘れたり、夜更かしをしてしまう事がよくある。

 前世でも寝不足のまま剣術の稽古に行き、怪我をして殿下に心配された事があったっけ。

 

 

 本の内容、特に天秤の事は気になるが、今はここから脱出する方法を探すのが先だ。

 何かヒントになりそうなものはないだろうか。例えば日記とか…と思った時、一番端にある本が目に留まった。

 かなり厚みがあるのに、背表紙には何も書かれていない。

 

「……?」

 

 気になって手に取ってみる。表紙を開くと、手書きの文字が目に飛び込んできた。

 

「…『流星の真実を伝えるため、これらの本を残す』…?」

 

 ページをめくると、中には布が張られ、一つのネックレスが収められていた。

 銀鎖の先に小さな黒い板状の飾りがぶら下がっているだけの、ごくシンプルなネックレス。これは本の形をしたケースだったらしい。

 

 取り出してみると、黒い板飾りはゆらゆらと揺れて光を反射し、赤く輝いた。

 何だろう、この板。石か?

 魔術師にとって鉱石はよく扱う素材だが、こんな光り方をする石など知らない。

 

「綺麗ですね。こんなの初めて見ました…とても温かい、不思議な魔力を感じますね」

 

 持っていると不思議と温かく、安らいだ気分になる。

 …そう言えば物語の中で、竜の黒い鱗は光を受けて赤く輝いたって書いてあったっけ。

 もしかしてこれが竜の鱗だったり?いやいや、まさかな。

 

 スピネルは無言でじっとネックレスを見つめていて、殿下は小さく首を傾げた。

 

「何かの魔導具のように見えるな。もしやそれが魔法陣の鍵なのではないか?」

「そうかも知れません」

 

 ただの装飾品としては素朴すぎるし、よく分からないが魔力もこもっている。これが鍵である可能性は高そうだ。

 一応、3人で手分けして他の本も調べてみたが、全て古代語で書かれているだけの普通の本だった。

 この部屋に他にめぼしいものはない。

 

「戻って、それで魔法陣が動くか試してみよう」

「はい」

 

 首にかけたネックレスに触れながら、私はもう一度木箱を見下ろした。

 他の本の内容は凄く、物凄く気になるが、とりあえず後回しだ。後ろ髪を引かれつつ、しっかりと箱の蓋を閉めた。

 鍵さえあればもう一度シェルターに入る事だってできるだろうし…多分…。

 

 

 

 少しの肌寒さを感じながら、ごつごつとした通路を3人で歩く。

 ここに転移してからどれくらい経っただろう。1~2時間くらいだろうか。

 きっと皆心配しているだろうなあ。特にお兄様は、今頃必死で私達を探しているはずだ。

 早く帰りたいと思った時、ふいに殿下が足を止めた。

 

「殿下?」

「…何か来る!!」

 

 振り返った時には、スピネルが剣を抜きながら後ろへ駆け出していた。

 

「殿下!!そいつを連れて逃げろ!!」

「なっ…」

 

 廊下の奥から物凄い速さで迫り来る、黒い影。

 

「魔獣だ…!!」

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