流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する 作:梅杉
数メートルほどもある大きな
…あの大きさ、中型魔獣!?
しかも、眷属らしい小さな蠍の群れが壁や天井を走りワサワサとこちらに近付いて来ている。くそ、あんなの一体どこに隠れていたんだ!
「私も戦います!!」
殿下が何か言うよりも早く、スピネルの背中に向かって叫ぶ。
あの速さでは全力で走った所で逃げ切れるとは限らない。それにあんな数、とてもスピネル一人で相手できるものではない。
「いいから、早く逃げ…」
「私は支援魔術師です、騎士を守り補助するのが役目です!!」
きっとスピネルや殿下は私の事を戦力外だと思っている。
殿下が今咄嗟に動けなかったのは、スピネルを置いて逃げたくはないが、私を危険に晒したくもないと思って迷ったからだ。
だが、私は戦える。そのために訓練を重ねてきたし、魔獣などに臆したりはしない。
何より、スピネルは殿下の従者で、友人で、好敵手。少しばかり気に入らない所はあるが、殿下にとってこれからも必要な人間だ。
こんな所で死なせてたまるか。
『水よ、我が声に応え球を成せ!』
「…一緒に戦うしかないぞ、スピネル!」
いくつもの水球を召喚し始めた私の横で、殿下が剣を抜き放った。
殿下まで戦闘に参加させるのは心苦しいが、私が絶対に二人共守ってみせる。
大蠍が振るったハサミをスピネルの剣が受け止める。すぐさまそこに向かって水球を飛ばすと、大蠍は素早く後ろに退がった。
「防御と牽制は任せて!殿下は私からあまり離れず、小さな蠍の数を減らして下さい!」
「分かった!」
「おう!」
スピネルももう反対しなかった。力強い返事が返ってくる。
前世の記憶がある私は二人よりもずっと戦闘経験豊富なのだ、しっかりサポートし支えなければ。
召喚した水球のいくつかを防御に回し、残りを魔獣への牽制に使う。
大蠍と戦うスピネルが眷属の群れに狙われないよう、その背後には特に厚めに配置した。
蠍達の鼻先をかすめて動かし、気を散らす。進行方向に立ち塞がり、攻撃の出鼻をくじく。水球に囲まれ翻弄された眷属の蠍達は、途端に動きが鈍くなった。
そのまま群れを私と殿下の側へと誘導する。
水球自体に攻撃力はほとんどないので、敵にぶつけてもあまり意味がない。だが水を嫌うという魔獣の習性を利用すれば、牽制と誘導にはとても有効なのだ。
「はっ…!」
寄ってきた蠍の群れに殿下が剣を振り上げ、次々に斬り捨てていく。
さすがは殿下。すばしっこい蠍に対して無理に動くことなく、剣が届く範囲で着実に仕留めている。
守りを重視した、持久戦に向いた戦い方だ。実戦などまだほとんど経験がないだろうに、思った以上に落ち着いている。
動きを予測しやすいので、私としても援護しやすい。
…そして、スピネル。
こいつ、想像以上だ。私が水球で援護しているとは言え、たった一人で大蠍を相手にしている。
蠍は堅い外殻に覆われているためなかなか大きなダメージは与えられないようだが、大きなハサミや尻尾を素早く避けながら攻撃を続けている。
私達の元に小さな蠍しかやって来ないのは、スピネルがああして大蠍を引き付けているからだ。
しかもこいつの動き、私の水球をしっかりと活かしている。
牽制を飛ばした所にはすかさず追撃を入れ、防御の盾が間に合うタイミングで敵の攻撃を誘っている。
水球が周囲を飛び回りながらの戦闘は、慣れていないと味方だと分かっていても気が散りやすいはず。
私と組んで戦うのは初めてなのに、よくこれだけ対応できるものだ。内心で舌を巻く。
また数匹、眷属の蠍が葬られる。
「…スピネル!リナーリア!大丈夫か!」
「はい、大丈夫です!」
「ああ、まだまだ行ける!殿下も気を抜くなよ!」
戦闘が始まってからおよそ10分強。
全員で声を掛け合いながら戦っているが、今の所上手く行っている。
水球を操りながら素早く周囲の様子を確認する。
殿下のお陰で眷属の数は半減しているようだ。大蠍もスピネルの攻撃で細かな傷をいくつも負っている。
二人はまだ余裕がありそうだが、あまり戦いを長引かせるべきじゃない。
慣れない戦闘でいつまで集中力が続くか分からないし、大蠍の尾、あれには間違いなく毒がある。
中型魔獣の毒ならきっと身体が麻痺する程度だろうが、もしもそれを受ければ一気に形勢が悪くなってしまう。
そろそろ勝負をかける頃合いだと見て、私は斜め前で戦っている殿下に話しかけた。
「…殿下、これから私が群れの動きを止めます。そうしたらすぐにスピネル様の所に走り、お二人で一気に大蠍を攻撃して下さい」
二人は十分に強い。戦っている姿を見て分かった。あの時から、僅かな期間で更に腕を上げている。
皆で力を合わせれば、必ず大蠍を仕留められるはずだ。
「君は大丈夫なのか?」
「はい。いけます」
殿下は一瞬だけ私を振り返ると、力強く「分かった」と答えた。
水球を操り蠍の群れを誘導しながら、より深く精神を集中させ魔力を練り上げる。
一度大きく息を吸い、それから叫んだ。
『水よ、弾けよ!』
スピネルを援護しているいくつかを残し、残り全ての水球を蠍の群れに向かって弾けさせる。
水に濡れてギチギチと騒ぐ蠍に、続けざまに風魔術を発動させた。
『風精よ、吹き荒び熱を奪い去れ!!』
急激に周囲の熱を奪われた蠍達が次々に動きを止め、真っ白に染まって凍てついてゆく。
びっしょりと濡れた状態で凍りつけば、その身体は当然、床や壁に貼り付いてしまう。これでしばらくは動けまい。
「殿下!!」
「おう!!」
私の声に応え、殿下が駆け出した。予め蠍を両端に寄せ集めておいたため、通路の中央だけは凍っていない。
「スピネル!!俺がこちら側をやる!!」
「分かった!!」
殿下が左のハサミを狙って剣を振り下ろした。それぞれが一本ずつハサミを潰す作戦らしい。
大蠍は大きく両腕を振り回したが、二人は難なくそれを避けた。
右、左。さらに同時攻撃。
息の合った連携が、大蠍にダメージを与えていく。
だが大蠍も黙ってやられている訳ではない。さっきまでよりも激しく暴れ出している。
その間に私は水球を再召喚しているが、もはや牽制はほとんど通用しないようだ。盾として使う事に専念する。
「はああっ!!」
やがて、スピネルの剣が大蠍の右のハサミを斬り飛ばした。間髪入れず、殿下の剣が左ハサミの手首の部分を深く斬る。
両腕に大ダメージを負った大蠍は「ギッ…!」と声を上げ、仰け反った格好のままぴたりと動きを止めた。
「今だ、スピネル!!」
「ふっ…!!」
スピネルが大きく地を蹴り、高く跳ぶ。一気にとどめを刺すつもりだ。
しかしその時、大蠍が再び動いて尻尾を振り上げた。
まずい。スピネルを狙っている。空中ではとてもあれを避けられない。
『行け…!!』
ありったけの水球を最大速度で撃ち出した。次々に命中した水球によって弾かれ、尻尾があらぬ方向を向く。
「はああああっ!!!」
次の瞬間、裂帛の気合と共にスピネルの剣が大蠍の頭に深々と突き立てられた。
「ギギギギギッ…!!」
大蠍が大きく痙攣し、酷く耳障りな断末魔を上げる。
床に降り立ったスピネルの横で、そのまま宙に解けるように消えていった。
「…やった、やったぞ、スピネル!」
「ああ!」
殿下が歓声を上げ、スピネルも嬉しそうにうなずく。
私達だけで大蠍を倒したのだ。誰一人大きな怪我は負っていない。本当に良かった。
ギチギチと音が鳴る中、ほっと胸を撫で下ろし…、うん?ギチギチ…?
「わ、わ、うわわっ!」
「リナーリア!!」
「油断するな、まだ終わってない!!」
眷属の小さな蠍達だ。いつの間にか氷が溶け、動き出そうとしている。
慌てて水球を再召喚し、蠍の掃討にかかった。