流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する 作:梅杉
「…やっと、全部倒したな…」
大蠍が死んで統制を失った小さな蠍を全滅させるのはかなり骨が折れた。
どっと疲れてその場にへたり込む。
「お二人共、こっちに来て下さい。蠍に刺されてしまったでしょう?解毒します。それと、怪我の治療も」
「この程度なら自分でできるから、お前は自分の治療をしろ。俺たちの防御を優先したせいで、お前が一番刺されてんじゃねえか」
言われてみればスカートから覗く私の足はあちこちが赤くなって腫れているし、何だかジンジンする。
疲れてへたり込んだつもりだったが、もしかして身体が麻痺しかかってるのか、これ。
慌てて解毒の魔術を発動させる。
「どうだ、殿下?」
「手足の先に少し痺れがあるが、特に問題なさそうだ。傷も大した事はない」
「俺も似たような感じだな」
…ま、まずい。私だけ動けない。足の感覚がろくにない。
解毒はしたものの、既に毒が回り始めていたせいですぐには抜けきらないのだ。
スピネルは焦る私を見下ろすと、傍にしゃがみ込んだ。そのまま横抱きに抱え上げられ、思わず悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょっと、何するんですか!」
「いつまでもこんな所に座ってられないだろ。また魔獣が出て来たらどうすんだ」
「でも」と言いかけ、言葉を飲み込む。
スピネルの顔は何だか、ちょっと怒ってるような気がする。
「行こう。魔法陣の部屋なら扉があったから安全だ」
「ああ」
「…あの、すみません、お手数をおかけして」
「謝らなくていい。大体お前めちゃくちゃ軽いじゃねえか。こんなに小さかったら、毒がすぐ回るのも当たり前だ」
「むぅ」
小さいとか言われるのは悔しいが、この状況では全く反論できない。
前世でもそうだったが、私は少食でなかなか肉がつかない体質で、身長も少し、ほんの少し平均より低めだ。
スピネルは同年代の少年と比べてもかなり身長が高いので、正直ムカつ…もとい羨ましい。
しかも本当に軽々と私を運んでいる。身体強化も使ってないのに。細く見えるけど結構筋肉あるなこいつ…くそう。
魔法陣の部屋の前まで来ると、両手が塞がっているスピネルの代わりに殿下が扉を開けてくれた。
何だか申し訳ない。
「まず、そのネックレスで本当に魔法陣が動くか確認したい所だな」
「鍵だったら、近付けただけで魔法陣に反応が現れるはずです。魔力を込めなければ発動はしません」
私は胸元から黒いネックレスを取り出した。戦闘中は邪魔にならないように服の中にしまっていたのだ。
受け取った殿下が、壁に描かれた魔法陣へネックレスを近付ける。
「……。あれ?」
光らない。何の反応もない。
更にグイグイ押し付けたり、角度を変えたり、裏表を返してみる。
だがやはり、何も起こらない。
「えっ…ええー!?そんなぁ!!」
「マジか」
「これが鍵ではなかったのか…」
どうしよう。もうすっかりこれで帰れる気になっていたのでショックが大きい。
思わず呆然とする私の手に、殿下がネックレスを戻す。
「気を落とすな、リナーリア。違っていたものは仕方がない。このままここで助けが来るのを待とう」
「だな。魔獣が入ってきたくらいだし、空気の流れもあるから、外から完全に遮断されてる訳じゃない。待ってりゃそのうち魔術師が見つけてくれるだろ」
「そう…ですね…」
しょんぼりしつつ手のひらの上のネックレスを見る。
いかにも
しかし、ぐだぐだ言った所でどうしようもない。
皆でその場に座り込むと、殿下もスピネルも少し疲れた表情になった。気が抜けて戦いの疲労が遅れてやってきたのだろう。
かく言う私も結構疲れているし、麻痺もまだ取れていない。
足をさする私を見て、殿下が眉を曇らせる。
「かなり赤くなっているな。大丈夫か?」
「大丈夫です、私、赤くなると人より目立つだけなので。解毒も済んでますし、すぐ治ります」
「それなら良いが…」
「それに、思ったより毒が抜けるのが早そうです。これのお陰でしょうか」
もう一度首にかけたネックレスを示してみせる。
さっき殿下に渡した時に気が付いたのだが、これを身に着けていると身体の痺れや疲れが少し楽になるのだ。
「それが?解毒の効果でもあるのか?」
「と言うよりも、これが回復の手助けをしてくれているように感じます」
何だろう、私の魔力を増幅しているんだろうか?不思議な感覚だ。
思わずじっと見つめてしまう。きらきらと赤く光って本当に綺麗だ。
「もしかしたら、護符として作られた物なのかも知れません。どうやら私の魔力と相性が良いみたいです」
「だったらそれ、ここ出てからも大事に持っとけ。いいお守りになるだろ」
「ええ?でもこれ、絶対貴重なものですよ」
「そういうのは基本、見付けた人間の物だろ。それに黙ってりゃバレねえよ」
「えええ…」
確かにこういうのは発見者が所有権を持つものだが、貴重な古代遺物だ。
王宮魔術師団に譲り渡して研究してもらった方が良いんじゃないだろうか。
「…護符ってのは、人を守るためにある物だ。それを作った奴だって、誰かを守るために使って欲しいに決まってる」
スピネルはどこか真剣な表情でそう言った。
殿下も「俺もそう思う」と言い、私はネックレスをぎゅっと握りしめた。
…作った者の想い。それが込められているから、どこか温かく感じるのだろうか。
「そうですね。そうします」
その後は何となく沈黙が落ち、あまり会話のないまま時間が過ぎた。
部屋は薄暗く、話が盛り上がるような状況ではない。
しかも辺りが冷え込んできたのか、少し寒いしお尻が冷たい。
既に日が暮れているだろうし、今日はもう助けは来ないだろうな。
せっかくの殿下の視察だと言うのに、とんだ事になってしまった。
少し落ち込みながら膝を抱えていると、ふらりと部屋を出ていたスピネルが戻ってきた。
「あっちの大部屋にテーブルを運んだ。寒くなってきたし、あれを燃やして暖を取ろうぜ。あともう一つ持って来るから、殿下はあれぶっ壊して薪にしててくれ」
「分かった」
てっきりトイレにでも行ったのかと思っていたが、そんな事をしていたのか。
テーブルもまた古代のものだし勿体ない気もするが、背に腹は代えられない。大部屋に運んだのは、この狭い部屋で焚火をするのは換気に問題があるからだろう。
それからスピネルはおもむろに上着を脱ぐと、私の方に放り投げた。
「お前はとりあえずそれ着てろ。寒いんだろ?」
「そ、そんな事ありませんが」
「じゃあ何で鼻水垂れてんだよ」
「えっ!?」
慌てて鼻のあたりに手をやると、スピネルは「ブッ」と吹き出した。
「…騙しましたね!?」
「鼻水が出るような心当たりがあったって事だろ。いいからそれ着て大人しくしてろ」
「ううー!!」
唸る私にニヤッと笑うと、スピネルはすたすたと部屋を出ていった。腹立つ!!
しかし寒いのは事実だし、意地を張るのも馬鹿らしいので、しぶしぶ上着に袖を通す。
ぶかぶかに大きな上着はぬくもりが残っていて暖かく、何だかすごく悔しい。
思わず頬を膨らませた私に、殿下が苦笑する。
「そう怒るな、リナーリア。あいつなりに気を遣っているんだ」
「…それは分かりますけど。どうしてあの人、ああやってすぐ人をからかってくるんですか」
あいつは良い奴だし、色々と気が回る。剣の腕だって立つし、認めたくないが有能な従者だ。
だけど意地が悪い。
「あいつは普段はああじゃない。他のご令嬢に対してはいつも愛想良くしている」
「知ってます。あんな風にバカにするのは私の事だけです」
「バカにしてる訳じゃないと思うぞ」
「そうは思えません」
「だがあいつは、君と話している時が一番楽しそうだ」
「…それって要するに、私の事をからかうのが楽しいんですよね?やっぱり意地悪です」
「ううむ…まあ、そうとも言えるが…」
殿下はもう一度苦笑し、それ以上は何も言わなかった。