流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する 作:梅杉
剣を使って器用にテーブルを解体していく殿下の横で、薪を組んで行く。そこに木のテーブルを抱えたスピネルが戻ってきた。
準備も大体できたしと早速火の魔術を使うと、ぱちぱちと音を立ててオレンジ色の炎が燃え上がった。
「暖かい!」
「何だか
「地下だけどな」
殿下が少し嬉しそうな顔をし、スピネルが笑った。
王子が野営をする機会なんてまずないから楽しいらしい。こんな状況だが少し心が和む。
薄暗い部屋が炎で照らされたおかげもあり、気分まで何となく明るくなった気がする。
「あっ、そうだ。この上着お返します」
「いいよ、俺は別に寒くないからそのままお前が着とけ」
しかし、スピネルが着ているのは薄手のシャツだ。いくら焚火があっても寒いんじゃないだろうか。
こいつ絶対格好つけてやせ我慢するタイプっぽいし、風邪でも引かれたら困る。
「分かりました。ではこうします」
近くに歩み寄りぴったりくっつくように隣に座ると、スピネルはぎょっとしたように仰け反った。
「お前、いいって言ってんだろ、離れろよ」
「だってこの方が暖かいでしょう」
「そういう事は殿下にやれ!」
「あっ、そうですね、殿下もどうぞこちらに。暖かいですよ」
「ああ、そうしよう」
殿下が反対側に座り、二人でスピネルを挟む格好になった。
「うむ。暖かいな」
「いやそうじゃねえだろ!何で俺を挟むんだよ!?」
「貴方が一番薄着だからですが?」
「だからってなあ…」
スピネルはぐったりと脱力したが、すぐに「まあ、いいさ」と言った。
「元気になったみたいだな、お前」
「え?」
「さっきは落ち込んでたじゃねえか」
「…そ、それは、ちょっと疲れていただけで」
「どうせ責任感じてたんだろ。分かりやすいんだよお前。こんなの、お前のせいじゃないんだから気にするな」
ため息混じりに言われ、私は膝に視線を落とした。
「…でも、殿下を危険な目に遭わせてしまいました…」
前世ではこんな事件は起きなかった。
デクロワゾー領でシェルターが新しく発見されたなんて話は聞かなかったし、殿下は特に問題なく視察を終えていた。そもそもこの年、デクロワゾー領は視察先に入っていなかったのだ。
何より、わざとではなかったとは言え転移魔法陣を発動させたのは私だ。殿下を守るどころか、危険に晒してしまった。
「ここに転移したのはただの事故だし、魔獣と戦った時だって、君は精一杯頑張って俺やスピネルを助けてくれただろう。そんな怪我をしてまで」
殿下はそう言って私の足をちらりと見る。もう腫れは引いたが、まだ赤みが残っている。
「このくらい、何ともありません」
「リナーリア。俺たちにも君の心配をさせてくれ」
「そうだよ。嫁入り前だってのに、痕でも残ったらどうすんだ」
私は嫁になんか行く気はないが。今の性別が女だという自覚はあるが、男と結婚などしたくはない。
でもそんな事言ったらまたスピネルに怒られそうなんだよな…。
いや、待てよ?いっそ、このチャンスに…。
少し考えてから、私は思い切って顔を上げた。
「あの、聞いて下さい。…私、殿下が大切なんです」
「…うん?」
「実は私、殿下の事を…」
「ちょ、ちょっと待て!」
スピネルが慌てて割り込んでくる。何だよ、人が大事な話をしようとしてるのに。
「俺は席を外す、だから、そういう事は二人っきりでだな…」
「何言ってるんですか、スピネル様もちゃんと聞いて下さい」
「は?」
立ち上がろうとするスピネルの袖を引き、無理矢理もう一度座り直させると、私は言った。
「…実は私、殿下の事を、生涯の主君にしたいと思っているんです!!!」
「……。えっ????」
スピネルは何故か、顔面を疑問符でいっぱいにした。
「初めて会った時から感じておりました。殿下こそ、私の忠誠を捧げるに相応しいお方であると!」
「…あの物凄く泣いていた時にか?」
「あっ、いや、それについては忘れて頂けると…」
あれは私にとって黒歴史である。思い出しただけで顔から火が出そうだ。
「…とにかく!私は殿下にお仕えしたいんです。殿下なら必ずや将来、良き王となられます。そんな殿下をお支えし、この国をより良き国にする為に働くのが、私の夢なのです!!」
拳を握って力説する。これは本当に、前世からの私の夢なのだ。
殿下の従者、殿下の片腕として、生涯を国の為に捧げる。そんな未来を思い描き、従者という仕事に誇りを抱いていた。
…悔しい事に、今世では従者では無いんだが…。
しかしこの際魔術師でも、文官でもいい。殿下の命を救った後も無事生きていられたら、今度こそ殿下とこの国のために働きたい。
「そうですね、第一の臣の座は従者であるスピネル様にお譲りするしかありませんが…せめて第二の臣になりたいのです!!」
「は???なんでそうなる???」
スピネルはまた疑問符をいっぱい飛ばしたが、殿下は「ふむ」とゆっくりとうなずいてくれた。
「なるほどな…そういう事だったのか。有難う、リナーリア。そんな風に言ってもらえて、とても嬉しい」
「はあ!??」
「あの、スピネル様、さっきからうるさいです」
「そうだぞ、スピネル」
「ええっ!??」
ほとんど悲鳴みたいな声を上げるスピネル。何をそんなに驚いてるんだよ。
「つまり、君は俺の事を主君だと思っている。だから俺を巻き込んだ事に責任を感じているし、必死に守ろうともしてくれたんだな。ここに転移した時、スピネルに怒っていたのも…」
「はい。臣下が身を挺して主を守るのは当然の事です!」
「…だが、リナーリア。君はそれ以前に、俺の友達だ」
「……」
殿下が私の目を見つめる。
「俺のために友達が傷付くのは悲しい。俺だって君を助けたいし、守りたいんだ。だからもっと俺の事も信じて頼ってくれ。困った時はお互い助け合うのが、友達だろう?」
「…殿下…」
殿下の言葉は真摯で、本当に私を案じてくれているのだと分かり、思わず目が潤んでしまう。
この私に、そこまで言って頂けるなんて。
「それと、スピネルの事ももっと頼っていい。ずっと君を心配している。スピネルだって君の友達だからな」
「…え?友達だったんですか?」
「マジで言ってんのかお前!??」
「えっ!?あっ、いや、親しくしてくれてるとは思ってましたよ!?でもほら、殿下からはこれから仲良くしてくれってはっきり言われましたけど、貴方とはそういうの特に無かったじゃないですか!」
「…言われなきゃ分かんないのかよ…本当に友達いないんだな…」
「憐れまれた!!」
さ、最近はちゃんと友達できたし…少しくらいは…。
ごほんとごまかすように咳払いをする。
「ま、まあそれは良いとして、分かりました。私としても、あまりご心配をおかけするのは本意ではありません。これからは、もっとお二人を頼らせて頂きます」
「ああ」
殿下は少し嬉しそうにした。
スピネルも一応は「そうだな…」とうなずいてくれたのだが、何故かがっくりとうなだれて膝を抱えた。
「はぁあああああ…、マジかよー…嘘だろぉ…」
「何ですか、さっきから。何をそんなに落ち込んでいるんですか」
「落ち込むに決まってんだろ!!…何だよ主君って…俺はてっきり…やっと殿下のお妃候補が見付かったと思ったのに…」
「は?私が殿下の?そんな事ある訳ないでしょう」
「だそうだぞ、スピネル」
「いやちょっとは危機感持てよあんたも!!もうすぐ14なのに全然相手がいないだろうが!!」
「む、むう…」
確かに、スピネルの気持ちもわかる。
学院入学まであと2年を切ったし、婚約者の目星くらいは付けておきたいお年頃だからな。
今度こそ真に殿下に相応しい女性を探すというのも、今世での私の目的の一つだ。
「大丈夫です、必ず私が良いお相手を探してみせます。私だって、女友達くらいおりますし!」
「お前の友達ってどうせ全員カルネリアの知り合いだろ!!そんなの俺だって知り合いだよ!!」
「うぐっ…」
そうだった…そもそもカルネリア嬢だってスピネルの紹介で友達になったんだった…。
スピネルはもう一度「はぁ…」と深くため息をつくと、ごろりとその場に横になった。
「もういい!俺は寝る!」
「そうだな。俺も少し眠くなってきた」
「あ、じゃあ周囲に魔獣の気配を察知する結界を張っておきますね。少しは魔力が回復しましたので」
いつもより回復が早いような気がするのはやっぱり、あの黒いネックレスのお陰だろうか?
しっかり結界を張ってから、3人寄り添って横になる。
…どうか、明日の朝には助けが来ますように。