流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する 作:梅杉
「ほほう…なるほど!ここの『妖精の鈴』というのは、この地方に咲くニジイロスズランを指すのではないかと、君はそう言うんだね!?」
「はい。しかもこの花、とても可愛らしいのですが、毒のある花でして」
「何と!じゃあ少女が婚姻前日に妖精の鈴を求めた理由には、全く違う解釈が出て来る…!!」
…あのシェルターから帰還した翌日。
我が家のティールームで、私とセナルモント先生はあそこから持ち出した古代神話王国の本を広げ、熱く語り合っていた。
今日は殿下一行を案内して近くの池を見に行ったりとのんびり過ごし、今は屋敷に戻ってきた所だ。
そこにちょうどシェルターの調査を終えたセナルモント先生も戻ってきたので、こうして話をしているのである。
なお殿下とスピネルは我が家の騎士達が使う修練場の方へ行っている。晩餐前に軽く身体を動かしたいのだそうだ。
「いやあ、君は実に素晴らしい!!魔術師でもこの古代文字が読める人間は少ないというのに、これほど堪能だなんて…。知識もあるし、魔術の腕も13歳とは思えないほどだ。まだ若いのに優秀だなあ!」
「有難うございます」
古代神話王国マニアの同志が見つかったと思っているのだろう、先生は上機嫌である。
先生の趣味でありライフワークでもある古代研究はあまりメジャーではなく、理解者が少ないのだ。
「僕はあと数日周辺の調査をしたら王都に戻る予定だけど、研究室にはいつでも遊びに来てくれていいよ!古代神話王国に興味を持ってくれる人は、誰であろうと歓迎してるからね。僕はいつも研究棟に籠もってるから、王宮魔術師団の受付で僕の名前を出すといい。今回発掘した本、読みたいんだろう?」
「はい!!ぜひ訪ねさせて頂きます!!」
良かった、あの本には天秤の手がかりがあるかもしれないのだ。先生がいればもっと難しい本でも翻訳できるだろうし助かる。
今回の件ではあちこちに迷惑や心配をかけてしまったが、あの本を見つけられたし、こうして先生とも知り合えた。
災い転じて福となすとはこの事だ。
…そして、その日の夜、皆が寝静まった頃。
私はこっそりと自分の寝室を抜け出した。
まだ起きているだろうかと思いながらノックをすると、すぐにドアが開いた。
「…リナーリア嬢?」
「すみません。少しお話しても良いですか?」
そう言うと、スピネルは少しだけ目を丸くした。
「…ったく、貴族令嬢がこんな時間に男の部屋を訪ねるんじゃねえよ」
「すみません」
ブツブツ言いながらも大人しく招き入れてくれたのは、私が真剣な表情だったからだろう。
スピネルはそのままドアを閉めようとしたが、途中でその手をピタリと止める。
彼が「部屋で女性と二人きりになる時は、疑われないようドアを少し開けておくべし」という騎士の教えを守るべきか迷っている事に気付いた私は、思わず少し笑ってしまった。
普段は年上ぶっている癖に、意外とこういう場には慣れていないらしい。
「貴方のことは信用していますから、ドアを閉めて下さって大丈夫ですよ」
「……。そこ、座れよ」
スピネルは気まずそうに扉を閉めると、私に椅子を勧め、自分はベッドに座った。
「で、何の用だ?」
「スピネル様。…この度は、本当に有難うございました」
「何だよ、改まって」
「貴方や殿下がいなかったら、私はきっと死んでいました。こうして無事に帰って来てよく分かったんです。私がどれだけ皆に心配をかけたか…」
あの大蠍と、眷属の群れ。素早かったし麻痺毒も持っていた。
私一人ではあれらを倒せなかった。殲滅し切る前に毒を受け、動けなくなったところを殺されていただろう。
お父様やお母様、お兄様。コーネルに、使用人達。
私があのまま戻らなかったら、皆どれほど悲しんだだろうか。
「だから、有難うございます。…あの時は、責めたりしてすみませんでした」
出来る限りの誠意を込めて頭を下げる。
あの時一緒に転移する事を選んだスピネルの判断は、結果的に間違ってなかったのだ。
「…いいよ、気にすんな。俺は別に気にしてない」
スピネルは苦笑しながら言った。
ごちゃごちゃ口うるさかったり、すぐからかって来たりもするが、やっぱりこいつは私の事を心配してくれているのだ。
…それでも、私は。彼の優しさに甘える訳にはいかない。
もう一度、深く頭を下げる。
「…だけど、お願いします。次はきっと、殿下の手を引いて下さい。私と殿下の両方が危機に晒された時は、必ず殿下を守る事を選んで欲しいんです」
「お前…」
スピネルは眉を険しくして少し私を睨み、それからぐしゃぐしゃと髪をかき回した。
「…殿下はお前の主君になる人だから、か?」
「はい」
今回の件で確信した。スピネルは信頼できる人間だと。
これからも、殿下を裏切るような事は決してしないだろう。
彼は間違いなく殿下の味方で、殿下の将来にとって必要な人間で…でも、優しすぎる。
私の事も助けようとしてくれたその気持ちは嬉しいし、騎士として誇るべき、尊い心掛けだとも思う。
でもやはり、いざという時には迷わず殿下を選んで欲しい。そうしなければいけないのだ。
…だって、「いざという時」はきっと来てしまう。
殿下は命を狙われているのだから。
敵はまだ影も形も見せていないが、いつか必ず牙を剥いてくる。
そのいつかの時、優しさが迷いとなって殿下やスピネルの生死を分けてしまうかも知れない。
それだけは絶対にだめだ。
「それで私が死んだとしても、私は決して貴方を責めませんし、貴方が悔やむ必要もありません。これは私が望んだ事ですから」
スピネルはしばらく沈黙していたが、やがて小さくため息をついた。
「…やれやれ。とんだ頑固者だな、お前は」
「はい。これだけは絶対に譲れないんです」
家族や皆、殿下を悲しませるとしても。これが、私のただ一つの願いなのだ。
「まあ、お前が本気なのはよく分かったよ。だが、俺にも一つ条件がある」
「何ですか?」
「お前が言う『いざという時』が来たら、お前が一番優先するのは、当然殿下だろ?」
「はい、もちろん」
「…でも、二番目はお前自身だ。殿下の次でいい、自分の身を守る事を考えろ」
「え…?」
「それで俺や他の誰かが死ぬとしても、お前は必ずお前自身を守れ。それが俺の条件だ」
「……」
私は思わず絶句してしまった。
鋼色の瞳が真剣な光を浮かべ、じっと私を見る。
「できないとは言わせねえぞ。自分は先に死んで、後は人に任せようなんて無責任なんだよ。殿下を守りたきゃ、自分が最後まで生き残って守り抜け」
無責任だなんて、そんなつもりは決してなかったけれど。
スピネルの言う事は正しい。本当に殿下を守りたければ、私は必ず生き残らなければならない。
「…承知しました…。私は、ちゃんと私自身の事も守ります」
「分かりゃいい。…安心しろ、殿下はそんなに弱くねえし、俺だってこれからもっと強くなってみせる」
スピネルはふっと口元を緩め、優しく笑った。
「今回の件で分かった。俺もまだまだ修業が足りないってな。お前が俺を見捨てなくて済むように、精一杯努力するさ」
「私は貴方を見捨てる事に躊躇いなど感じませんが?」
「そこは嘘でも頑張れとか言えよ!」
「はあ。がんばってくださいスピネル様」
「すげえ棒読み!!」
「…ふふ、冗談ですよ。貴方の事は信じていますし、私だって強くなります。殿下を守って、自分を守って、そして貴方も守るよう努力します。貴方は殿下にとって必要な人ですし…私にとっても、と、友達ですので…」
最後はちょっと恥ずかしくなってどもってしまった。
途端にスピネルがニヤニヤとする。
「ようやく俺の事を認めてくれたらしいな?」
「は、初めから認めてましたよ!」
「そうかぁ?お前会ったばっかりの頃、よく俺を睨んでたじゃねえか」
「うっ、それは…」
確かに私は最初、こいつをあまり信用していなかった。従者だからって殿下の味方だとは限らないからだ。
事は殿下の命に関わるので仕方がない。
別にチャラチャラしてるのが気に食わなかったとか、従者をやっているのが羨ましかったとか、そういう訳では決してない。
「…友達の過去をあれこれ言うのは良くないと思います!!」
「急に友達友達って連呼しだしたな…友達増えたのがそんなに嬉しいのかよ」
「べべべ別に?そんな事ありませんが???」
「図星すぎんだろ…」
スピネルは呆れたように言い、肩を揺らしておかしそうに笑った。
そして、私の方へ片手を差し出す。
「全く、しょうがねえな。…これからもよろしくな、リナーリア」
「…はい!これからもよろしくお願いします、スピネル!」
私は嬉しくなって、笑顔でその手を握り返した。