流星の天秤~貴族令嬢になった元従者、王子を救うために奮闘する 作:梅杉
15歳の春を迎え、私は再び王都へ来ていた。
今年の9月には王立学院に入学し、学問の他に実戦的な魔術や戦術を学ぶことになる。
だが、その前に今年15歳になった貴族の子女たちにとっての一大イベントが控えている。
舞踏会デビューだ。
それは8月の半ば頃、学院への入学を祝うパーティーという形で王宮で開催される。
入学前の生徒の顔合わせという意味合いもあり、ほとんどの者がそこで本格的な舞踏会デビューとなる。
ここで注目になるのがそれぞれのファーストダンスの相手だ。ファーストダンスを踊るのは意中の相手という不文律が貴族の間にはある。
ちなみに、特に相手がいない者は親族と踊る場合が多い。
予め相手を決めず、その場で何となく選ぶという者も中にはいるが少数派だ。
約束はしていないが当日になって突然申し込む、というドラマチックな演出をする者もいる。
よほど自分に自信がなければできない芸当だが、成功すればかなり注目を集め、学院で生徒たちに一目置かれる事になる。
貴族にとって学院はただ学ぶための場ではなく、結婚相手を探すための場でもある。
もちろんファーストダンスを踊った相手と必ず婚約するとか結婚する訳ではない。しかしここでどんな相手を選ぶかは、学院生活のスタートにおいて少なからぬ影響を与える。
誰と踊るか。誰を誘うか。
入学を控えた15歳の子供たちにとって今一番の関心は、兎にも角にもこのダンスパーティーの事なのである。
「ワン、ツー、ワン、ツー…そうそう、良い感じよ、リナーリアさん!」
「はい!」
ダンスの先生のリードに合わせ、しっかりと集中しながらステップを踏んでいく。
「姿勢が崩れないように注意して…、はい、ターン!」
「…はい!」
「うん、バッチリね!綺麗に決まったわ!」
ぱちぱちと拍手され、私は息を弾ませながら「有難うございます!」と頭を下げた。
我ながら、今のは上手く踊れたんじゃないかと思う。
「後はもう少し堅さが取れたら良いんだけど…まあ、まだパーティーまでは時間があるわ。頑張りましょう」
「は、はい…」
うう、ダンスの道は険しく長い。
一旦座って休憩していると、後ろに回った先生が私の肩を揉んでくれた。
「あ、有難うございます」
「うふふ、ずっと踊っていたから首が疲れちゃったでしょう」
「はい…少し…」
このレーリング先生は、スピネルが紹介してくれたダンス教師だ。
女性のような言葉遣いをしているが立派な男で、しかもかなり背が高い。
レッスンの時は先生がパートナーを務めてくれるのだが、ずっと見上げているとどうしても首が疲れてしまうのだ。
「身長差があるから踊りにくいだろうけど頑張って。当日の事を考えたら、あたしくらいの方が練習には丁度良いだろうし」
「え、でも、うちの兄は先生ほどには大きくありませんよ」
「えっ?」
先生は何故かきょとんとした。
「リナーリアさん、もしかしてまだお誘いを受けていないの?」
「はい、特には」
まだというか、この先も特に誘われる予定はない。
我が家はどうせ新参侯爵家だし、殿下以外に特に親しいご令息などいないし。
まあ、領地の近い幾人かとは比較的仲良くしているが、彼らにはもう誘う相手がいるはずだ。
なので普通に兄に相手を頼むつもりだが、もし都合がつかなければ、当日適当な相手に声をかけられるのを待ってもいい。
別にお互いがファーストダンスでなければならないという決まりはないので、誰かが来るのを待てばいいのだ。
壁の花を見つければ「自分が誘ってやらなければ!」という謎の使命感でもっておせっかい…もとい、親切な誘いをしてくれる貴族はどこにでもいる。
「あらやだ、そうだったのねえ。…でもこれからきっと誘われるわよ。リナーリアさんってば可愛いんだもの!」
「はあ…」
うーん、そんな奴いるんだろうか。いても困るんだけどなあ。
私にとって入学祝いパーティーとは学院生活を円滑にスタートさせるために出るものであって、ダンスは正直面倒くさいが3割、物凄く面倒くさいが7割である。
そんな事言ったらレーリング先生に申し訳ないので言わないが。
「それに、ダンスパーティーでは色んな人と踊るものよ。最初はお兄さんと踊ったとしても、その後で背の高い人と踊る事になるかもしれないしね」
「それもそうですね」
当日失敗して恥をかいたり、相手に迷惑をかけるのは嫌だ。
練習ではダンスが上手な先生がパートナーなので、それに助けられている部分もある。どんな相手でもちゃんと完璧に踊れるようになっておかなければ。
「…レーリング先生、もう一度お願いします!」
「うふふ、リナーリアさんのそういう真面目で一生懸命な所、あたしは好きよ。まあやっぱり、ちょぉーっと堅いんだけど…」
「うっ…」
前世でもよく言われたんだよなあ。真面目過ぎるとか、頭が固いとか、融通が利かないとか…。
生まれ変わってもそういう所は治らないものらしい。
「気楽に行きましょ、気楽に!ねっ!」
「は、はい!」
意気込んで返事をすると、先生は「そういう所が堅いのよねえ」と苦笑いをした。